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W婚約破棄された伯爵令嬢はクーデレ王太子から愛されていることに気づかない  作者: 雨宮羽那
第2章

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12・似たもの同士②


 ――この人、なんでこんなところで眠っているの?


 中庭に流れる時間は、城内のものよりも穏やかに思えた。

 優しい花の香りも、葉擦れの音も、昼下がりの柔らかな日差しも心地よい。

 

 殿下が気持ちよさそうに眠ってしまうのも納得のシチュエーションではある。

 だが、いくら城の敷地内といえど、庭でここまで無防備に眠っているのを見ていると心配になってきた。


 私は木陰で眠る殿下のそばにしゃがみ込んだ。

 

「殿下、殿下」


 そっと声をかけてみる。

 しかし、起きる気配はまったくない。殿下はすやすやと寝息を立てて眠っている。

 

「こんなところで眠っていると、風邪をひきますよ」


 私はとんとん、と殿下の肩を軽く叩く。

 その振動で、殿下は目を覚ましたらしい。


「……君は」


 殿下のまぶたがゆっくりと開かれる。美しいセレストブルーの瞳が現れ、間近で見るあまりの美しさに私は思わず息を飲んだ。


「……っ」


 青く澄んだ双眸が、私の姿をとらえる。


 ――私、変だ。


 中庭で、最初に殿下の瞳を目にした時からずっとこうだ。目が合ったら、何故か逸らせなくなる。それはきっと、殿下の瞳が特別に綺麗だからだ。


 ――今まで見たどんな瞳よりも、殿下の瞳は綺麗。だからよ。

 

「ソフィリア……?」

 

「はっ!」


 殿下に名前を呼ばれてハッとする。

 どうやら私は、殿下の瞳に見入ってしまっていたらしい。


 何となく気恥ずかしくて、私は誤魔化すように口を開いた。


「殿下、エリオットが呼んでますよ!」

 

「……エリオットが? 今日の仕事は終わらせたはずだけど?」


 殿下は体を起こしながら、怪訝そうに眉を寄せる。


「なんといいますか……。急ぎでは無いけど夕方までには戻って欲しいそうです」


 我ながら、なんとも説得力にかける声掛けだとは思う。

 言っていて、自分でもなんのために殿下を呼びに来たのか分からなくなってきた。


「わかった。もう少ししたら戻るよ」


 しかし殿下は、私の言葉にこくりと頷いた。

 

 ――素直だ。


 口数が少ないから、殿下はもっと気難しい人かと思っていた。

 どうやらそうでは無いらしい。

 

「殿下は、ここで何をしていたんですか」


「昼寝。ここは静かだから」


 私が尋ねると、殿下はまだ眠たそうに目を擦りながら答えてくれる。

 

「人が多いところは苦手なんだ。特に貴族」


「もしかして、殿下が社交にあまり参加しないのってそれが理由ですか?」


 殿下はぼんやりと空を見あげた。

 その表情には、諦めの色があるように思えた。

 

「ああ。おべっかばかりで……。俺ではなく()()()に取り入ろうとしてくる奴しかいないから疲れる」


 殿下はあえて自分のことを「王太子」という名称で言った。

 ウィリアム・ファウストではなく「王太子」としてしか周囲は自分を見ない。

 そういうことを言いたいのだと思った。

 

「……その気持ち、分かりますよ。()()()()()()


 だから私はあえて、殿下の名前を呼んだ。

 私に名前を呼ばれたことに驚いてか、殿下が少しだけセレストブルーの瞳を見開いた。


 ――もしかしたら私と殿下は似ているのかも。

 

 私も似たようなものだ。

 大人しい「妖精姫」を望むシュミット様に、周囲の貴族に、何度も苦しい思いを飲み込んだ。「妖精姫」ではなく、ソフィリア・ガーランドを認めて欲しいと願った。

 

 貴族に生まれたのなら、ある程度割り切らないといけないのはわかっている。

 それが出来ないから苦しいのだ。


「役割を押し付けられるのは、しんどいですよね」


「君は……珍しいな。誰かに共感してもらったのは初めてだ」

 

 私が困ったように笑うと、殿下は少しだけ瞳を細めた。

 

「君は貴族だろ? それなのに、こんなに落ち着いて話せるとは思わなかった」


「それは……ありがとうございます」


 どことなく嬉しそうにしている殿下に、私はそわそわしてしまう。

 まさかこんな形で殿下との距離が縮まるとは思ってもみなかった。

 エリオットに感謝するしかない。


「先程は、すみませんでした。勝手にお名前をお呼びして」


 私が謝ると、殿下はこちらを見てふっと笑った。

 いつも殿下は無表情だから、突然微笑まれるとどきりとしてしまう。

 

「別に……。ウィリアムでいいよ。君に呼ばれるのは嫌じゃなかった」


「へ……っ」


「じゃ、俺は行くね。君はもう少しゆっくりしていていいよ」


 そう言って、殿下は中庭を出ていく。

 残された私は殿下の後ろ姿を眺めながら、いつもよりも早く鼓動する自分の胸を押さえていた。


 

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