27エピローグ
「――はい、完成です。お疲れ様です、聖女様」
マリアンヌによる仕上げの化粧が終わり、エリザは鏡台の椅子から立ち上がった。
「ありがとうございます。マリアンヌさん」
エリザはマリアンヌの手を借りて、聖女らしい白の膝下丈ドレスの上に、黒いコートを羽織る。魔術師の証であるコートを。
服を持ってきた仕立て屋が、感嘆のため息を零した。
「聖女様、よくお似合いです。清純さの中に凛々しさ、愛らしさの中に硬派。素晴らしい……これはきっと流行になりますよ!」
エリザはあいまいに笑って応えた。
(実用性を求めただけなのに……)
白い服はやはり汚れが気になる。なので汚れ防止と防寒性と防御力に優れた黒いコートを羽織ることにしたのだ。黒いコートは魔術師っぽくなるのでエリザも気に入っていた。
いまのエリザの肩書きは、国の呪いを解いた聖女であり、魔術師と普通の人々を双方を守る魔術師であり、未来の王太子妃だ。
その日々は多忙極まりなかったが、毎日がとても充実していた。休みもちゃんと取っているし、時間が空いたときはレヴィンと空から国を眺めたり、遠乗りに行っている。馬にもかなり慣れた。触れるのも乗るのも。
――その時、開けていた窓から黒い鳥が飛び込んでくる。
「カラス? 聖女様、危険ですのでお下がりください」
「大丈夫です。ただの使い魔なので」
エリザを守ろうとしたマリアンヌにそう言い、窓際のカラスの元へ歩み寄る。
黒いカラスはブラック皇国の宮廷魔術師ジェイドの使い魔だ。
エリザがカラスに触れると、本来の姿である紙に戻る。紙には見覚えのある字が綴られていた。
手紙が届くということは、送り主は元気ということだろう。思いっきり殴ってしまっていたから少し心配していた。安心して手紙を開き、読む。
『スカーレットは自分の罪を自白した。いまは真面目にやっている。皇国は優秀な魔術師ばかりで、お前一人がいなくても何も問題ない。だから、お前が戻ってきても何も問題ない。劣悪な就労環境に嫌気が差したらいつでも戻ってこい』
(あいかわらずだなぁ)
高圧的でまどろっこしい。それが彼の性格だ。これからもきっと変わることはないだろう。
エリザは微笑ましくなりながら、手紙を小箱型の魔導具の奥にしまう。窓も閉める。
(でも、よかった)
スカーレットが元気そうで安心した。
彼女は優秀な魔術師だから、あっという間にエリザを追い抜いていくだろう。その日が楽しみになる。
気持ちが落ち着いたら手紙を書いてみようと思う。スカーレットと、世話になった宿の女将に。
「エリザ」
部屋に入ってきたレヴィンに呼ばれ、顔を上げる。
その後ろには護衛騎士のアレックスがいて、隣には補佐官のステファンが控えている。
「はい、レヴィン様」
これからもきっと大変なことがたくさんある。
それでもこの人たちとならどんな困難も乗り越えられる気がする。
エリザは喜びに満たされながら、レヴィンの手を取った――その時だった。
先ほど閉めた窓が割れ、黒い塊が部屋の中に飛び込んでくる。それは先ほどの使い魔カラスよりもずっと大きい――
「ジェイド様!?」
ブラック皇国の宮廷魔術師ジェイドが、割れたガラスが散らばる中から立ち上がる。エリザはレヴィンと、そのレヴィンを守るアレックスに守られながらジェイドの姿を見た。
「エリザ……」
「ジェイド様……どうして本物まで来ているんですか?」
しかも窓を割って城の部屋に飛び込んでくるなど、間者や暗殺者と思われても仕方がない。しかしジェイドからは殺気というものがなかった。むしろ疲労困憊していて、いまにも倒れそうな風体だ。
「……助けてくれ」
「……どうしたんですか?」
あのプライドの高いジェイドがエリザに助けを求めるなど。
あまりにも深刻な様子に、エリザは思わず聞いてしまった。
「……皇国のマナの量が大幅に減ってしまった」
「えーっ? それは大変ですね」
「くっ……他人事のように」
「ごめんなさい。他人事です」
「ぐう……これはお前のせいでもあるのだぞ!」
多くの人々が見つめる中、ジェイドは怒りのままに叫ぶ。
「ブラック皇国の大地から噴き出すマナの量が減ったのは、すべてエリザ――お前が魔術王の杖を正常にしたからだ!」
エリザはすぐに事態を把握した。
「――それって、いままであの杖でホワイト王国側のマナの供給を絞ってブラック皇国側に流していたということですか?」
「さすがに察しがいい。そのとおりだ」
なぜか誇らしげな顔をする。しかし次の瞬間には再び怒り顔に戻る。
「――なのに、お前がそれを直したせいでブラック皇国のマナが減ってしまったのだ!」
「言ってることが無茶苦茶です。わたしは本来の流れにしただけです。いままでの半分になっただけで、ゼロになったわけでないんですからいいじゃないですか」
「お前はそれでも皇国の宮廷魔術師か!!」
「もう辞めましたし」
「いままで贅沢にマナを喰いまくっていた皇国民が、半分のマナで満足できると思うか!!」
「してくださいとしか」
――だが、できないだろう。
人は贅沢にはすぐに慣れてしまう。便利な生活に慣れきってしまう。100年前のマナ量に戻ったから我慢しろと言われて、どれだけの皇国民が我慢できるだろうか。
ジェイドはガラスの破片の中で、両手両膝を床についた。
「頼むエリザ! 元の状態に戻してくれ!」
なりふり構っていない懇願だった。
ホワイト王国の城に窓を割って飛び込んでくるぐらいなのだから、とっくに冷静な判断力は失われているのだろう。
「嫌です。嫌です。嫌です」
「そこまで言うか!?」
「意地悪で言っているわけじゃないです。なんと言われても、皇国の都合で王国のマナを減らすわけにはいきません。これが本来の流れですから。歪めるから、さらなる歪みが出るんです」
ここで王国のマナの量を減らせば、王国の方に支障が出てくる。エリザは既にホワイト王国の人間だ。自国に不利益をもたらすようなことはできない。
――だが、皇国にも大切な人たちがいる。
それを想うとエリザの心が揺らぐ。
「――皇国の事情は理解した」
「レヴィン様?」
ステファンが驚きの声を上げる。マリアンヌは静かに口を押えていた。仕立て屋は部屋の隅でずっと静かにしながらジェイドの服装を見ている。
「――王杖は動かせないが、我が国の魔導具の技術者を皇国に派遣しよう」
エリザは知っている。
この国の魔導具技術者の腕の良さを。
魔術師でもないのに、魔導具を、国を、ずっと守ってきた人々を。
「いままで我が国が少ないマナでも魔導具を動かせていたのは、技術者たちがいてくれたからこそだ。その技術を供与するようにしよう。いままで魔術師を派遣し続けてくれていた皇国に、恩を返す時だ」
「でも絞っていたのもブラック皇国の魔術王なんですよ」
エリザは思わず呟いた。
レヴィンは苦笑する。
「100年も前の話だ。それに、きっかけは大災害。魔術王も良かれと思ってしたことだろう」
――本当にそうだろうか。
その大災害を機に隣国のマナの出口を絞り、自国により多くのマナを流そうとした可能性もある。エリザはいぶかしんだが、レヴィンの言う通り100年も前の話だ。真意はわからない。
それに、昔のことよりいまのこと――未来のことの方が大事だ。
「さすが次代の賢王と名高き、王太子殿下」
ジェイドの顔に安堵の色が浮かぶ。尊敬の眼差しでレヴィンを見上げていた。
「こちら国の高い魔導具技術があれば、少ないマナでも必要な魔導具を動かしていくことができるでしょう」
「ああ。勿論無償で援助というわけにはいかないが」
ジェイドの表情がぴしっと固まる。
いままでホワイト王国はブラック皇国から魔術師を派遣してもらうために莫大な金塊を払っていた。対価を要求するのは当然のことだ。
「そちらからは、魔術師を派遣してもらいたい。我が国の魔術師はまだエリザ一人。彼女ばかりに負担をかけるわけにはいかない」
ぐっと、繋いでいる手に力がこもる。
「レヴィン様……」
エリザは手を熱く握り返した。
違う国の生まれでも、違う立場の生まれでも、こうして手を繋ぐことができているのだから。
「絶対にうまくいきますよ!」
――その後。
ホワイト王国とブラック皇国では、魔導具の技術者と魔術師が交流するようになり、さらなる魔導具の発展に繋がっていくことになる。
【あとがき】
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