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26未来を拓く




「おおおおお前はなんてことを!」


 ジェイドが慄きながら王杖を抜いたエリザに向かって叫ぶ。

 エリザは王杖の突き刺さっていた場所――マナの根源を見つめた。

 留められていたマナが、溢れ出す。濃く凝縮されたマナが出口を求めて噴き出す。


 常人なら一瞬で気絶してしまうであろう――魔術師なら体内のエレメンタルが壊れるかもしれないほどのマナ。

 エリザは外部からのマナには鈍感だったため、マナの奔流の中でも、自分のマナで防壁を張って身を守る。


(すごい……まるで生き物のよう……!)


 あまりの力強さは、生命の躍動すら感じられた。

 この大地の下にはきっと、強く気高い生き物がいる。大地を見守り、世界を見守る大いなる存在が。

 心地よさすら感じながら、エリザは杖に刻まれた魔術王の魔導刻印の上に自分の魔導刻印を刻んだ。


「とうっ」


 どすっ――と。再び杖を地面に突き刺す。

 王杖が再び光り輝き、マナの激しい噴出が落ち着く。あふれるマナが、穏やかな川のように静かに流れる。大地に。大気に。


 その時、螺旋階段に備え付けられている魔導ランプが次々と灯り、煌々と辺りを白く照らす。まるで昼間のように。

 大気中にマナが――それもいままでよりよっぽど強いマナが満ちている証だ。


「――はい。直りました」


 やり遂げた達成感で笑みをこぼしながらエリザは顔を上げた。

 ふう、と額に浮かんだ汗をぬぐって。


「ば……馬鹿な……こんなことが……」


 ジェイドは動揺し、声を震わせながらエリザを見ている。

 エリザはレヴィンに顔を向け、王杖から手を離した。


「触ってみてよくわかりました。ホワイト王国のマナの流れは、この杖のせいで歪んでいたんです。ずっと」

「この、杖で……?」

「はい。多分、大災害が起こった時に、魔術王はこれでマナの流れを押し止めたのでしょう。でも、時が流れてマナの流れが落ち着いても、この杖はずっとここにあって、そのせいでマナの流れが弱まり、歪んでしまっていたんです」


 その時には必要な措置だったはずだが、あまりにも強く封印しすぎたのだろう。いずれまた落ち着かせるつもりだったのかもしれないが、放置されていたため悪影響が出続けていた。


「いま正しい流れにしました。これでもう安心です」


 王杖の輝きも、脈動するようなものではなく一定の輝きを保っていた。マナの根源が安定している証だ。


 レヴィンを見る。呆然としていた。

 ジェイドを見る。呆然としていた。


(……ん? わたし、何かやってしまった?)


 やってはいけないことをやってしまったのか。

 エリザは焦りながらも、平然とした顔を続けた。


「あ、あと魔導刻印を書き換えましたので、たとえ孫のジェイド様でもそう簡単に手出しできなくなっていますよ。というわけで、そろそろ帰ってください。皇国に」


 自分の杖をジェイドに突きつける。

 長居されて、誰かに見つかって、マナが止まっていたことがブラック皇国の宮廷魔術師だと広まったら国際問題になる。


「……お前は、なんてことを……こんなことまでできるとは」

「え? これぐらい、誰にでもできるんじゃないですか?」


 エリザはきょとんと首を傾げる。魔導刻印は魔術師ならば誰にでも刻める。上書きするだけの簡単な仕事のはずだ。


「くくくっ……ははははっ! やはりお前は有能だ! 俺のものになれ!」

「嫌です」

「何故だ、こんなにも愛しているというのに!」

「なぜって……わたしはジェイド様のことを愛していないからではないでしょうか」


 そもそも本当に愛なのだろうか。

 愛しているなんて言われてもエリザにはまったく実感がなかった。


「拾ってくれたことは、感謝しています。魔術師として育ててくれたことも感謝しています。いままでお世話になりました」

「くっ……くくくっ……」


 不気味な笑い声が地下に反響する。


「――王太子殿」


 何かに取りつかれたような虚ろな目は、エリザではなくレヴィンに向けられた。


「貴殿がエリザを求めるのは、この国に魔術師が必要だからでしょう。その必要性はよくわかります。ですので我が国の優秀な魔術師を、未来永劫毎年派遣して差し上げましょう。魔術師が不調を訴えるならすぐに交代させます。これはそちらにとっても良い条件のはずです」


 ジェイドの提案は、順守されるのならばホワイト王国にとって大きな利のあるものだ。


「――その提案を呑むのが、利口な王族なのだろう。なら私は愚か者でいい」


 レヴィンはきっぱりと言い切った。まっすぐに魔術師ジェイドを見据えて。


「エリザは、私の大切な女性だ。他の誰にも代わりはできない」

「レヴィン様……」

「ぐ、ぐぬぬ……俺のものにならないなら……エリザ、お前を殺して、俺も死ぬ!!」


 ジェイドは自らの杖を手に取り、前に突き出した。


(本気?)


 黒い魔術紋章がジェイドの前に浮かぶ。詠唱もなしで。

 エリザは一目でそれが攻撃魔術の紋章だとわかる。本気で、心臓が止まってもいいと思っているのか――こんな狭い場所で、王太子であるレヴィンもいるのに。暴走するジェイドはもう何も見えていない。


「エリザ!」


 レヴィンがエリザを庇うように立つ――


魔力防壁(マナ・シールド)・ダブル!)


 言葉より早い思考で魔術を組み上げる。詠唱も紋章もなしで。単純な防壁魔術はジェイドの攻撃魔術よりも先に顕現した。ジェイドの杖と、黒い魔術紋章の間に。そしてレヴィンの前に、二枚。

 ジェイドの間に生まれた魔力防壁(マナ・シールド)は、魔術師と魔術紋章のマナの繋がりを絶ち、無効化させる。


 そしてエリザは駆けだした。


「ぐっ――お前、こんな芸当まで――」

「とう!」


 エリザは杖の頭をジェイドの脳天に、したたかに振り下ろした。

 確かな手ごたえ。衝撃にジェイドが気絶し、真後ろに倒れる。


「まさかの物理……」

「魔術師は人間相手には攻撃魔術は使えませんから、身を守るための杖術の特訓もしています……最近は少しサボっていましたけど……」


 杖は魔術を使うための補助具だけではない。マナを貯蔵しておくためだけものでもない。護身用の武器にもなる。


「……彼は、大丈夫なのか」


 レヴィンは心配そうに倒れたジェイドを見ている。その視線の先で、ジェイドの身体は光に溶けるように消えた。後には黒い紙が一枚、ぺらりと残るのみだった。


「消えた……?」

「そもそもこれは使い魔なので、マナが切れたら元の姿に戻ります」

「つ、使い魔……? 本物にしか見えなかった」

「高度な使い魔なので、ほとんど本人と同一存在です。たぶんいまごろ向こうで、痛みで頭を抱えています」


 高度な魔術師による高度な使い魔は、感覚をすべて共有している。殴られた衝撃も伝わっているはずだ。治癒(ヒール)で治しているころだろう。


「レヴィン様、お怪我はありませんか?」

「あ、ああ……」

「よかった……守っていただいて、ありがとうございます」


 レヴィンに何かあれば、エリザは自分を許せていなかっただろうと思う。


「いや……私は何もできなかった」

「そんなことないです。レヴィン様がいなければ、どうなっていたか……」


 誘われるままにブラック皇国に戻って、忙殺されていただろう。身も心も壊れるとわかっていても、取りつかれたように仕事に打ち込み、いつか命を落としていたかもしれない。


 想像だけで身震いしながら、エリザは王杖を見た。マナの根源に刺さっている、エリザが刺しなおした王杖を。


「……ほとんどの魔導具はまた動き出したと思いますが、いちおう全部ここで直してしまいますね。ここはこの国のマナの源泉ですから、ここからならどこまでも届きます」


 マナの根源に両手を触れて、エリザ自身のマナをそこに溶かす。溶け込んだマナはそのまま王国全土に広がっていき、すべての魔導具の魔導回路に入り込む。


「――終わりました」

「もう?」

「新しく作るのならともかく、正しい流れに直すだけですから、かんたんです」

「……さすがだな。君は簡単そうに言うけれど、そうじゃないのは私にもわかる。君は、最高の魔術師だ」


 手放しで褒められて、エリザは照れながら微笑んだ。

 まだまだ未熟だけれど、レヴィンにそう思い続けてもらえるように頑張ろう――そう心に決める。

 たとえこの先どのような道を歩むことになっても。


「レヴィン様」


 エリザは王杖を見つめる。


「マナの流れは正常に戻りました。なので、国にかかっていた魔術師が生まれない呪いも解けると思います。気分が悪くなる魔術師も、もう出ないと思います」

「――それは、本当に?」

「はい」


 ここはもう「穢れの地」ではなくなった。

 魔術師が訪れ、魔術師が生まれ、魔術師が育っていく地になる。

 少しずつ、あるいは劇的に、変わっていくはずだ。


「……レヴィン様、これでわたしはお役御免かもしれません」


 振り返り、レヴィンの顔を見つめる。

 レヴィンの琥珀色の瞳は、エリザにとっての太陽だ。

 眩しく、あたたかく、貴くて――ずっとその光に、恋焦がれていたいと思う。

 震える手で、自分の杖を強く握りしめる。


「でも、わたしは、この国にいたいんです。この国の隅で暮らすことを、許していただけますか?」


 一世一代の告白だった。


「――エリザ。私は君に、幸せでいてほしい。元気でいてほしい。笑っていてほしい。できれば、私の隣で、ずっと。――君が好きだ」

「……わたしも、レヴィン様が大好きです」


 差し伸べられた手に、エリザは恐る恐る自分の手を重ねる。

 手を握られ、微笑みかけられ、そのまま身体を抱きしめられた。




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