23異変
王都に戻ったエリザはすぐに魔導具の状態を確認するため、広場にある大噴水を見にいく。清涼な水を優雅に噴き出していた噴水はいまは沈黙を保っていて、森の奥の湖のように静かだった。循環が止まっているのだ。
周囲には不安そうに噴水を見つめる民衆の姿があった。
エリザは兵たちに守られながら、魔導回路を確認する。そして何の異常もないことを確認した。
(魔導回路はきれいなまま……どうして動かないの?)
問いかけに、魔導具は答えてはくれない。
「エリザ、どうなんだい?」
レヴィンに後ろから声をかけられ、エリザは振り返って首を横に振る。
「そうか……まずは城に戻ろう」
城に戻ったエリザにレヴィンは告げる。
「エリザはしばらく部屋で待機するようにしてほしい」
「いえ、上水道施設に行かせてもらえませんか?」
水は都市機能にとって重要な役割を持つ。復旧するとしたらまずそこからだ。一刻も早い復旧のためになら、何日でも徹夜できる。
「そこもいまは技師たちに任せてほしい。方針が決まったらすぐに伝えるから、少し休んでいてくれ」
レヴィンの表情は真剣だった。
「はい……」
これ以上エリザのわがままで時間を取らせるわけにはいかない。エリザはいったん自分の部屋に戻ることにした。
護衛の兵に守られながら部屋に戻ったエリザは、自分の荷物の中から小箱型の魔導具を取り出す。ブラック皇国から持ってきた私物だ。
蓋を開くと音楽が流れ、中の小さな人形たちが躍りだす、子ども向けの魔導具。エリザが子どものころから大切にしている宝物だ。
蓋を開けてみる。やはりメロディーは奏でられない。無音のままで、人形たちも踊らない。少年の人形も、少女の人形も。寂しそうに佇んでいるだけだ。
「…………」
エリザは小箱の中の魔導回路に自分自身のマナを流し込んだ。すると金属の音が鳴り始め、それらの繋がりが一つの音楽になる。人形たちも嬉しそうに、だがどこか悲しそうに踊り始める。マナを止めると、その動きも止まる。
魔導具は壊れていない。
これは、大気中のマナが完全に途絶えているせいだ。
エリザは窓を開けて外の風に当たった。元々弱々しかったマナだが、いまはいくら意識を研ぎ澄ませても、ほんのわずかなマナも感じることができない。
(もともとこの国のマナは弱いところがあったけれど……完全に流れが止まっている。これだといくら直しても動くわけがない。壊れてはいないんだから)
そして問題は魔導具のことだけではない。人間の身体にもエレメンタルがある。エレメンタルはマナによって動く。このままマナが途絶えれば、人々にも影響が出るだろう。原因不明の心身の不調が出てくるかもしれない。
すべて初めてのことなので、どんな影響が出るかもわからない。
(どうして、こんなことに……ううん、考え込んでいる暇はないわ。すぐにこのことをレヴィン様に伝えないと)
――この国のマナが完全に枯れてしまっている、と。
――それは、とても恐ろしいことだ。下手をすれば民はこの地を捨てて別の場所に移るだろう。遷都だけで済むのならまだしも、国中のマナが枯れれば――この国は滅びるのではないだろうか。
恐ろしさに身体が震えた。
そのとき、マリアンヌが部屋に入ってくる。エリザが仕立て屋に頼んでいた黒いコートを持って。
「聖女様。仕立て屋に頼まれていた服が届きましたので、お持ちしました」
「マリアンヌさん、ありがとうございます。ところでその、少し外に出ようと思うんですけどいいですか?」
「聖女様、しばらくは部屋からは出ないでくださいませ」
「……何があったんですか?」
マリアンヌは言いにくそうに口をつぐむ。
「教えてください」
「……魔導具が動かなくなったのは、聖女様のせいではないかと噂されているのです」
マリアンヌは俯きながら、申し訳なさそうに言う。
「そうですか。仕方ありませんよね。皆さんが不安になるのは当然です」
いままで壊れながらもなんとか動いていたものが、エリザが手を加えてから完全に動かなくなってしまったのだ。不審がられても仕方がない。
しかしこれは少し困った。民衆の不安が高まれば、エリザに矛先が向くかもしれない。それは暴力に繋がるかもしれない。
魔術師は、人間相手には無力な存在だ。威嚇させるためにすら攻撃魔術は使えない。もし当たってしまえば心臓の誓約が発動して死んでしまう。当たらなくても、魔術師が一般人に向けて魔術を使ってしまった時点で、不安は恐怖に変わるだろう。二度と信頼してはもらえなくなる。
――それは、困る。エリザ一人の問題ではない。これからこの国に訪れる魔術師すべてが恐怖の目で見られてしまう。
だがそれも、国が存続できたらのことだ。
「レヴィン様にお会いできますか?」
「いまはお忙しくされていますので、しばらくは難しいかと……聖女様がお会いしたがっていることはお伝えしますので」
短時間会うことすら、いまのエリザには許されていない。
もしかしたら、皇国の工作員の疑いをかけられているのかもしれない。
「そうですか……」
「聖女様……」
「ごめんなさい。ひとりにしてもらえますか?」
魔導具を直したのはエリザなのだから、動かなくなったのもエリザの責任だと思われるのは当然だ。
エリザは魔導具不調の原因をマナの流れが止まったことだと考えていたが、マナの流れを感じ取れるのは特殊なエレメンタルを持つ魔術師だけだ。魔術師以外の人間にはわからない。
それはいい。
だがこのままではエリザを雇った王太子レヴィンの責任になってしまうかもしれない。
それはいけない。
早急にマナの流れを正常化させないと。
部屋に一人になったエリザは、片づけておいた昔の服を引っ張り出して着替えた。先日仕立ててもらったばかりの黒いコートを羽織る。
化粧はしない。そして髪型も変える。自分で一本の三つ編みをつくる。
鏡で自分の姿を確認してみる。あか抜けない、見慣れた姿だ。ここにいるのは聖女などではなく、ただのエリザ・ルーウェスだった。
「これで、わたしだってすぐにはわからないはず」
鏡を見ていると、マリアンヌの化粧技術の凄さがよくわかる。
「うん、これがわたし」
魔術師エリザ・ルーウェスだ。
エリザは夜を待って、こっそりと窓から抜け出した。杖にマナを充分に補填していてよかった。そして自分のエレメンタルが、マナをたくさん生み出す性質でよかったと思った。
普通のエレメンタルは、マナを消費するだけだ。魔術師だけが持つ特殊なエレメンタルは、マナを生み出すことができる。自分の生み出したマナを使って大気中のマナやエレメンタルに干渉し、魔術を行使するのだ。
その特殊なエレメンタルの中でも特別に強いものは、二つ名で呼ばれる。ジェイドは黒のエレメンタル。
そしてエリザは白のエレメンタルと呼ばれていた。そこから生み出されるマナが、白い光のように見えるから、だった。
杖に乗って、下へ降りていく。いつもよりマナの消費が激しいし、空中姿勢も安定しない。慎重に降りていく。
空から見える王都の姿は、夜の闇に沈んでいて暗い。最初のころに見た姿よりもずっと。最近は魔導具で夜も明るかったため、更に。
「あ……」
暗闇にひとつ、光が灯る。
もうひとつ。更にもうひとつ。
――炎の明かりだ。
(ああ、そうだ……)
この国は長らく、多くの魔導具が壊れていた。当然、魔導具に頼らない暮らしにも慣れている。
エリザは少し安心して、城の地下に向かった。誰にも見つからないように気をつけながら。




