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18【sideデイジー】こんなはずでは




 デイジー・クルセニア。ブラック皇国の宮廷魔術師は、今日ものんびりと宮廷魔術師本部に入った。


「あれぇ? 今日はスカーレットちゃんおやすみなのぉ?」


 職場である第三部隊本部にスカーレットの姿がないことに気づき、同僚のフリージアに聞く。

 昨夜も帰宅せずに職場で寝て過ごしたらしいフリージアは、血色の悪い疲れた顔で言う。


「謹慎中だって」

「謹慎? えー、もしかして、言っちゃったのぉ?」


 ――エリザの研究成果を横取りしたことを。


「みたいよ。ったくわざわざこの忙しいときに」


 イライラしたように言う。目と口元が歪んでいる。

 ただでさえ人員が少なく、仕事量が膨大な職場だ。しかも激務に耐えきれず次々と脱落している宮廷魔術師も出てきているのに、自分勝手な離脱に怒っているようだ。


「責任感ないなぁー。まあ元からかぁ」


 しかも気も小さい。まさか自分から白状するなんて。


「あんたが言う?」

「んー?」

「そそのかしたのあんたでしょ」

「まさか実行するなんてねー。そこまでおバカさんだとは思わなかったよー」


 エリザがスカーレットの研究成果を奪おうとした事件――実際はスカーレットがエリザの研究成果を奪った事件は、デイジーがスカーレットをそそのかして、やり方も教授して行われたものだ。

 馬鹿だと思った。

 エリザの研究成果を奪ったところで、スカーレット本人には知識も才能もない。少し突っ込んだ質問をされたり、さらなる成果を求められればあっさりと詰んでしまうようなやり方だ。


「というよりすぐにバレると思っていたのにぃ」


 気づかないなんて、上司である天才魔術師もたいしたことはないようだ。

 ともあれ目障りなエリザは消えて、スカーレットも消えて、ジェイドの目が節穴だったこともわかった。大成果である。


「いつか痛い目見るわよ」


 すべての成り行きを知っているフリージアは憎々し気に言うが、デイジーは何も悪いことはしていない。スカーレットと少し世間話をしただけだ。

 どうしてそんなことをしたのかといえば、狙っていた男性をスカーレットに取られたからだ。

 ――そう。いつもいつも。男たちは見た目が派手なスカーレットをちやほやする。目障りだった。

 その目障りな女はしばらく職場には来ないだろうし、出世の見込みもないだろう。


「さて、お仕事お仕事ー」


 デイジーは晴れ晴れとした気分で仕事に入った。

 効率よく仕事を進め、定時には割り当て分はすべて終わる。他のみんなはまだ仕事中だ。今日も残業だろう。家に帰られない人間も多いだろう。


 デイジーはエリザのマニュアルやテンプレートを活用しているので、効率よく仕事を終わらせられるため残業はほとんどない。

 スカーレットにはエリザの机の中にあったものはすべて燃やしたと言ったが、使えそうなものは全部デイジーが取り込んでいた。


 エリザの机の中は、仕事に役立つものばかりだった。彼女が有能な魔術師なのは間違いない。


(さーて、デートデート。いまの彼と早く結婚して、早くこんなところやめたいよ)


 宮廷魔術師と褒めそやされても、やっている仕事は地味だ。皇国の魔導具の修理や、新規魔導具開発の手伝い、モンスター討伐。工事の道具扱い。

 魔術師はどこまでいっても単なる魔術師で、まともに人間扱いされていない。こんな仕事は早く辞めたいとデイジーは思っていた。


 職場を出ようとすると、上司である黒髪の魔術師ジェイドと鉢合わせた。


「デイジー、もう終わったのか」

「あ、隊長。おつかれさまですー」

「お前は随分優秀なようだな。ちょうどいい。明日から、スカーレットの分の仕事はお前がやれ」

「ふええっ?」


 あまりにもあまり。傍若無人な命令にデイジーは驚愕する。


「わたし、みんなとおんなじだけの仕事はしていますよぉ? わたしだけ増やすっておかしくないですかー?」

「できる人間が仕事をするのは当然のことだ」

「でもぉ」


 それだからできる人間から潰れていくのだ――エリザのように。

 実力はあったとしても精神と肉体には限界がある。


「口答えをするな。お前は皇国に心臓を捧げたのではないのか」


 デイジーは心の中で毒づいた。心臓を捧げる儀式はしたが、実際に捧げるつもりはない。命も、時間も、人生も。すべては自分のものだ。このまま潰されたくはない。


「デイジー。俺が何も気づいていないとでも思っているのか」

「ひえっ?」


 肌がちりちりと焼けるような痛み。身体が凍りそうな冷気。

 黒い霧のようなものがジェイドから立ち上っている。これは魔術ではない――ジェイドのマナだ。

 ――黒のエレメンタル。


「俺は、無能は嫌いだ」

「ひっ……ご、ごめんなさいぃ。お仕事しますー! この心臓は皇帝陛下に、皇国に捧げましたぁー!」


 このままでは物理的に消される。

 デイジーは恐怖に震え、叫び、許しを求める。


「わかればいい」


 重圧が薄まり、デイジーは脱力した。


(た、助かった……?)


 呆然とするデイジーの前で、ジェイドは窓の外を眺めながら呟いた。


「ふん。あいつもそろそろ頭が冷えた頃合いだろう。そろそろ呼び戻さねばな」


 それがエリザのことを言っているのだとわかり、デイジーはぞっとした。同時に安心した。

 これで、仕事が楽になる――と。




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