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14地方巡回






 何もない二日間、エリザは杖にマナの補充をしたり、非常食の準備をしたり、魔術の研究をしたりして過ごした。


 三日目に呼ばれて王太子の執務室に行くと、レヴィンから巻かれた書類が渡される。


 ざらりとした厚めのスクロールを開くと、そこにはエリザの聖女としての身分の証明と、魔導具の修理をエリザに一任すること、すべての責任はレヴィン・アルノルト・ホワイトにあることが書かれていた。そして最後に王太子の印章とサインが入っている。


「これを各地方の責任者に見せてから仕事をしてほしい。いきなり壊れた魔導具が直ると混乱が起きかねないから」

「わかりました」

「各地には聖女が来る旨を伝達しているし、領主にも話は通している。もしかしたら君の到着の方が速いかもしれないが――」


 レヴィンは苦笑しながら、エリザにもう一枚紙を渡す。


「これが地図だ。見方はわかるかな」

「ありがとうございます。――はい、これなら大丈夫です」


 ホワイト王国と周辺地域の描かれた地図。貴重品だ。詳細な地図を託されたことに、喜びと責任感が沸き上がってくる。


(さすが広い……場所も多い。一か所にどれだけ時間が取られるかわからないけど、三日くらいかかるかも)


「エリザ」


 顔を上げると、琥珀色の瞳と目が合う。


「君は単独行動中に魔術を使うこともあるだろう。私たちを助けてくれたときのように」

「そうですね。モンスターが人を襲っていれば、きっとそうすると思います」

「ああ。だから、魔術の使用前には――いや、使用後でもいいから、ちゃんと私に報告してほしい。その働きに応じて報酬を追加する」


 エリザは驚いた。


「報告するのはもちろんですが、いまでも随分よくしてもらっているのにこれ以上報酬をいただくわけにはいきませんよ」


 もはや、使いきれそうにないほどの金貨をもらっている。これ以上の報酬をもらっても、使い道がまったく思い浮かばない。


「正当な働きには正当な報酬を。この国で働くすべての人のためにも、君にはきちんと報酬を払う。正当な対価を受け取ってもらわないと皆が困るんだ」

「わ、わかりました」


 頷く。それがこの国の、レヴィンのルールなら従う。


「ああ。あと、何か意見があるときや、もっとこうしたほうがいいと思ったとき、不満があるときは遠慮なく相談してほしい。善処する」

「……わ、わかりました」


 一国の王太子に魔術師風情が意見するなんてと思うが、それがレヴィンの考えならとエリザは承諾した。彼をがっかりさせないように何か考えておかないといけないなと思いながら。


「エリザ。無理だけはしないでくれ」

「はい。三徹までなら余裕です」

「寝てくれ」


 ぴしゃりと言われる。


「私はこの国をよくしたいと思い君を雇ったが、君は自分のことを第一に考えてくれ。君の代わりはどこにもいないんだ」


 真剣に話されて、エリザも真剣に聞いた。

 そして胸が熱くなった。


「たとえ失敗したとしても、やり直せる。もっといい手を考えられる。だが君が身体を壊してしまったら――……いまはそれが一番怖い」

「レヴィン様……」


 こんな風にエリザを心配してくれた人がいただろうか。


 ――わかっている。

 この国にはエリザの他に魔術師はいない。

 他の魔術師が来たとしても、マナが合わずに体調を崩してすぐに帰国してしまうかもしれない。この国のマナに適応しているエリザの存在が貴重なことは、エリザ自身にもわかる。


 それでも、うれしかった。


(気をつけよう……)


 いままで以上に。

 徹夜もできるだけやめておこう。あれはやはり仕事の効率が落ちる。


「君ももう、私の守るべきものの中にいる。私の大切なものを守ってほしい」

「わかりました。気をつけます。それでは――いってきます」





 王城を出発したエリザは、南に向けて飛ぶ。

 杖に乗って風と一体化して、どこまでも広がる何の障害もない空を。


(レヴィン様って不思議な御方……一介の魔術師でしかないわたしをあそこまで気遣ってくださるなんて)


 高貴な身分なのに気さくに接してくれる。

 気さくすぎてこちらが礼儀を忘れてしまいそうなほどに。


(レヴィン様の役に立ちたい)


 そうしている間に、最初の街の姿が見えてくる。エリザはさっと小雨を降らせてから、街に降り立った。

 役所らしき建物に向かおうとすると、年配の男性が笑顔でエリザを出迎える。


「聖女様。お待ちしておりました」


 話がすでに伝達されていることに驚く。

 レヴィンはエリザに地方巡回を打診するより先に、各地に通達をしていたのだろう。聖女が魔導具を直しに行く旨を。


「初めまして。王太子殿下から魔導具修理のために派遣されたエリザです。早速ですが、魔導具を修理させてもらってもいいですか?」

「ええ、もちろんです」


 話が早くて助かる。


「わかりました! ――はい、終わりました」

「え?」

「終わりましたので、確認してもらってもいいですか?」


 しばらくお茶をして待っていると、町長が戻ってくる。


「た、確かにすべて直っていました。こんなにすぐに直せるものなんですね……」

「ではわたしは次の街に行きますね。全部回ったらもう一度見に来ますので、問題があったらその時に教えてください」


 その後エリザは近くの街や村を周り、同じように雨を降らせてから魔導具の修理を行っていった。どこに行っても話が通っていたため、スムーズに仕事は進む。情報伝達の早さと正確さのおかげだ。


(本当、いい国だなぁ)


 空の上でお礼にもらったリンゴを食べながら、心からそう思う。

 シャクシャクとした触感と豊富な水分、果汁の甘さと香りがおいしかった。


 この国の人々は、みんな本当にやさしい。王家の統治が良く、聖女という肩書きのおかげでもあるだろうが。エリザはだんだんとこの国が好きになってきていた。


(魔術師がこの国にくると気分が悪くなるというけれど、どうしてなんだろう……)


 幸いエリザにはそのような症状はまったく出ていないが。

 マナは確かに弱々しい。そして魔導――マナの流れる道も、何かがおかしい気はする。


(仕事がないときに調べてみようかな)


 そうすれば暇をつぶせる。理由がわかればホワイト王国のためにもなる。その研究から低濃度マナでも動く魔導回路や魔導具の開発につながるかもしれない。いいことづくめだ。


(――よし。この仕事が終わったら調査してみよう)


 食べ終わったリンゴの芯をマナ分解し、地図を確認して、次の街のある方角へ向かった。








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