表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/207

盟約をもう一度

 ラリッサを仕留めてから、少し経った後。

 いつまでもこの場に留まっている意味は無いということで、悠人とローラはすっかり瓦礫の山と化した廃教会を後にすることとした。


 瓦礫の山を迂回し、敷地内の入り口である鉄扉の前へと足を運ぶ。

 だがその時、悠人は信じられない者たちを見た。


「……理事長? しかも会長に海紗さん、薬研先生まで……」


 どういう訳か、冷泉院家の面々が勢揃いしている。

 唯一ひかりだけがいないが、おそらくそれは彼女が何の戦闘力も無いただの人間だからなのだろう。


 ――それにしても、冷泉院家は自分がラリッサに囚われていたことを存じていたというのか。


 何が何だか分からず、思わず唖然とする悠人。

 一方ローラは心当たりがあったのか、黙って彼らに視線を送っていた。


「ああ、お見苦し姿を見せてしまい申し訳ありません」


 何故か全身がボロボロの状態で地面に寝転がっていた理事長――冷泉院暮土が、こちらの視線に気付くや否や上体を起こす。


「実を言えば、少しばかりボクたちは君の奪還に協力していたんですよ、暁美くん。ご覧の通りの有り様ではありますが、一応敵の一人であったダインスレイヴ=アルスノヴァを討滅することには成功しましたのでご安心を」

「確か彼、自分からラリッサに協力していたって言ってましたしね……」


 自分の知らぬ間にダインスレイヴもちゃっかり討滅されていたことに悠人が少しだけ微苦笑。

 だがそんな中、今まで口を閉ざしていたローラが話題転換の口火を切った。


「しかしクレド・レイゼイイン、貴君は一度助力の要請を断っていたはずではないのかね? まだ教団の聖女に手を貸す気にはなれない、という理由で」


 銀灰色の瞳を鋭く細めて彼女が詰問すると、暮土は小さく苦笑した。


「最初はそのつもりでした。ボクはまだマリーエンキント教団に根を持っていましたし、それに一度ボク自ら酷い目に遭わせてしまった貴方たちにどう顔向けしたらいいのか分からなかったもので」

「あ……」


 思い起こせば一か月前、悠人はかなり本気で暮土に殺されかけた。

 暮土側の事情が事情だったため悠人としてはこれ以上責めようとは思わなかったのだが、それでも加害者のあちらとしてはいろいろと思うことがあったのだろう。反省後に引きずるのも無理は無い。


 今の暮土もまた、悠人とローラに対して何処かよそよそしい。

 が、今彼はこうしてローラに手を貸した。あえて距離を置いているのだとしたら絶対に有り得るはずの無い出来事だ。


「……そんな顔をするのも無理は無いですよね」


 少しの間が置かれた後、疑問の種を暮土は明かす。


「ですが、少し考えたのです。ボクは一度暁美くんに心を救われたけれど、逆にボクは暁美くんを救っただろうか――と。そう考えると、借りを返すという意味で協力せざるを得なかった。要するに、恩返しがしたかったんです」

「そんなこと、頼んでないのに……」

「いいんです。たとえ君が頼んでいなくとも、ボク自身が協力しなくては気が済まなかったので」


 暮土は笑った。苦り切った笑顔では無く、純度の高い清々しい笑顔で。


「これはボクなりの精一杯の好意だと思ってください。本当だったら友人のように振る舞えればいいのですが、流石に一度殺そうとしてきた相手にそんなことをされても嫌でしょう?」

「……」


 後ろ向きな意味合いの言葉を眩しいばかりの笑顔で言うものだから、悠人はどう反応するべきか分からず声を失くしてしまった。


 そんな悠人の心情を知ってか知らずか、暮土は小さく含み笑う。

 同時、まるで用は済んだとばかりに立ち上がり、悠人たちに背を向けた。


「さて、そろそろボクたちは行きますね。破壊された廃教会のこととか今まで暁美くんがいなかったこととか、いろいろと処理するべき点が多いので。君たちもご両親に心配されないよう、早めに帰宅するべきでしょう」


 言いつつ、暮土はこちらに手を振りながら去って行った。

 また、彼の後に続くかのように、霧江と海紗とエルネも立ち上がり、去って行く。


 そうして、冷泉院家の面々は静かにこの場から離脱していく――ように見せ掛けた時、


「……ああ、そう言えば伝え忘れていたな」

「ええ。ただ黙って帰宅させるのは協力者としてもどうかと思いますし」


 不意に霧江と海紗がこちらを振り返り、茶目っ気のある笑顔を浮かべながら告げてきた。


「暁美、フォーマルハウト。自分の本心を互いに伝え合うこと、くれぐれも忘れるなよ」

「わたしたちは密かに応援しています。二人とも、頑張ってくださいね」





*****





 冷泉院家の面々が完全に廃教会から撤退してから少し後、ようやく悠人とローラも居住地へと帰還することとした。


 まだ夜明け前ということもあり、家路はとても静かだった。聴こえてくるのは二人分の足音くらいだ。

 地域住民がまだ起きていないというのも理由だろう。が、それ以上の理由は悠人もローラもずっと黙ったままでいることであった。


「……」

「……」


 先ほどからであった。互いが互いを見ようとせず、ただひたすら機械的に歩を進めているだけの状態が続いているのは。

 修学旅行の時に最悪な形で仲を決裂させ、それ以来一度も口を聞いていなければ顔見せさえもしていないのだから、気まずさ故にこうなってしまうのは当然のことと言えるだろう。


 しかし悠人は、口を閉ざしていながらも、その状況をどうにか打破したいと意気込んでいた。


(早く、ローラに謝らないと……)


 自身がラリッサに拉致監禁される直前、霧江がこう告げてきた――互いに本心を伝え合え、と。

 彼女が今、こちらのことを何と思っているのかは分からない。だが、彼女の心の内を知ることを恐れてこちらも黙ったままでいては、一向に状況が良くなるはずも無い。


(ローラがまだ俺のことを軽蔑しているのかは分からないけど、俺のせいで事態を悪化させたんだから、俺が……!)


 思い至った悠人は、ついに意を決し開口する。


「あのさ、ローラ――」


 だが、


「……今まですまなかった、ユート」


 先に謝罪を述べたのは、ローラの方。


「は……!?」


 霧江に「どちらもどちらだ」と諭されていたものの、やはりこの件に関して彼女は全く悪くないと考えていた悠人は、当然反発した。


「何でお前が謝るんだよ……! 俺が奴らの口車に乗せられて、つい真祖としての残虐さを解放して、快楽殺人に踏み込みさえしなければ、こんなことは起こらなかったのに……」

「否、一番の原因は私が貴君を拒絶したことだ」


 ローラは即座に否定。

 彼女の整った容貌(かんばせ)は、とても苦しそうに歪んでいた。


「私はずっと『吸血鬼は殺すべきもの』と教え込まれてきた。私は教団の聖女にしてクルースニクであったから、その固定観念に縛られる自身を何ら不思議に思っていなかった。……のに、貴君との出逢いが、そんな私を変えた」

「ローラ……」

「最初は貴君のことは悪辣非道な存在だと信じ切っていた。だが共に在るうちに自然と『そうでは無い』と、『ユークリッドとユートは別物だ』と考えるようになっていた。敵同士だと知りながら、条件付きで盟約締結を決意したのはそれが理由だ」


 そして、互いに停戦協定を結んだままで日々を共にしているうちに、ユークリッドと暁美悠人が同一の存在であると信じることができなくなっていたのだろう。暁美悠人は本当に善良な存在だと思い込むようになっていたのだろう。

 ローラの悲痛な語りを聴きながら、悠人はそう考えた。


「修学旅行の時に俺のことを拒絶したのは、いつの間にか俺を吸血鬼の真祖として捉えることができなくなったからなのか?」

「恥ずべきことだが、正解だ。聖女でありながら真祖の本性を忘れ貴君と接していたなど、私にとってはあってはならないことだった。聖女としてのこだわりが強かったが故に、私は貴君と交流することなどできないと判断したのだろうな。貴君の本心も目的も見ぬふりをして……」


 少しの間を置いた後、ローラは銀灰色の瞳に少しの涙を浮かべながら呟く。


「……そして、私の貴君に対しての本当の想いを封じ込めて」


 呟くだけ呟いて満足したのだろうか。ローラは涙を拭い取り、真摯な表情でこちらに面と向かい合ってきた。


「だが、それも今日限りで終いにする。聖女としての誇りはまだ完全に払拭することはできないが、それでも自身の想いだけは誇りに縛り付けずにいたいと願ったのだ」


 ローラが距離を一歩詰め、こちらの肩に向け両肩を伸ばす。

 まるで自身の発言を一句も漏らさず言い聞かせんとしているかのような行動を取った彼女は、悠人の深紅の瞳をまっすぐに見据えながら口を開いた。


「私は真祖(貴君)を殺すべくして生まれたクルースニク、人類の存亡を担った聖女。だが、聖なる者としてこのような感情を抱くことは間違っているかもしれないが、これだけは『ただのローラ・K・フォーマルハウト』として貴君に正直に伝えたい」


 それに続くような形で、『真祖殺しのクルースニク』改め『ただのローラ・K・フォーマルハウト』は、瞳に芯の通った覚悟を灯し、重みのある一言を悠人に告げる。




「ユート、私は貴君のことを愛している」




「……!」


 思わず、悠人は言葉を忘れ瞠目していた。

 今まで聖女本来の在り方に固執していたはずのローラが、交友関係を持ってはいたものの敵同士として一線は越えないよう心掛けていたはずのローラが、聖女にいあるまじき感情を抱き、それを当人に向け正直に発信したのだから。


 それは今までの彼女を知っていれば、即座にあり得ないことだと分かる。

 だがあり得ないはずのことをローラが告げたということは、彼女が修学旅行からの一連の事件を契機として自身の考えを一心したということに他ならない。


「勘違いはしないでくれたまえ。これは誰かに指示されたものでは無い。確かに第三者に助言はされてはいるが、ユートに対するこの感情は、『真祖殺しのクルースニク』ではなく『ただのローラ・K・フォーマルハウト』としての、自身の全てを変える覚悟を持った上での確かな想いだ」


 悠人の両肩に置かれていたローラの両手が、悠人の両手の方へと持っていかれる。

 こちらの手を優しく握りながら、彼女は真剣めいた表情を柔らかな笑顔へと作り変えた。


「ところで、ユートの本心もどうか聞かせてくれまいか。今までの貴君の行動や発言から察するに、貴君にも世界の道理を捻じ曲げてでも遂げたい想いというものがあるのだろう?」

「……ああ」


 彼女の推測の通り、悠人にも理に背いてでも遂げたい想いがある。

 自分のことをずっと慕ってくれていた幼馴染を裏切ってしまう罪悪感、いずれクルースニクとは殺し合わねばならないという運命――様々な壁が立ちはだかっていながらも、全てに背いてでも愛しい彼女のために遂げたいと願った想いが。


 だから悠人も、ローラと同じように素直に本心を告げた。


「俺も……ローラのことが好きだった。お前と盟約を結んだ時からずっと、普通の少女としてのローラを失わせたくないと想っていた。ローラの笑顔を曇らせたくないと、使命に縛られるローラをせめて今だけは自由にしてあげたいと、ずっと願っていた」

「貴君がルチアのことを殺したのは、その想いに起因していたのだな」

「そうだ。ローラのことを強制的に教団に連れ戻そうとした彼女が、どうしても赦せなくて……。聖女の使命に縛られない普通の少女としてのローラを失わせないために、つい……」

「そのようなことを、私は望んでなどいないのだがね」


 ルチア殺害後の悠人の苦し紛れの言い訳に対しての答えを、もう一度ローラは言った。

 しかし、あの時のような軽蔑の表情では無い。彼女はこちらの発言を可笑しがるように、いじらしい笑みを浮かべていた。


「しかし、あの時は怒りと失望のあまり気が付かなかったが……私のことを本気で想ってくれて、とても嬉しかった」

「赦して、くれるのか……? お前との約束を裏切ったのに、本能に呑まれて人殺しをしたのに、お前の心を傷付けたのに……」

「ああ、赦す。その代わり、新たに盟約を結んでほしい」


 微笑みつつローラは接近し、悠人の背に自身の手を回す。

 こちらに抱き着くような体勢になったところで、彼女は耳元で小さく囁いた。


「たとえ世界が赦さなかったとしても、私のことを一途に愛すること――それが私の提言する新たな盟約だ」

「……分かった。快く受け入れるよ」


 彼女の想いへの答えとして、悠人もおずおずとローラの背に腕を回す。

 最初は戸惑っていたが、ローラの温もりに触れれば触れるほど「愛しい」という想いが膨れ上がっていく。

 やがて、不器用だった二人の抱擁は、互いの強固な絆を証明するかのように力強いものとなった。


「ユート、もうしばらくこのままでもいいだろうか。この時ばかりは、貴君の愛に触れていたいのだよ」

「少しだけな。触れ合うこと自体は家でもできるだろうから」

 

 こうして相思相愛関係となった少女の温もりに包まれる中。ひっそりと悠人は赦されざる恋に生きることへの誓いを改めて立てる。



 たとえ敵同士とはいえ、彼女の笑顔を護ることができるのは、彼女のことを誰よりも愛している自分しかいない。

 だから、仮に彼女の笑顔が曇った時は、吸血鬼の真祖としてその根源を斬り払おう。

 そして、ローラの自由が阻害されるようなことがあれば――




 ――その時は、彼女のために()()()()()()()()()






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ