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鉄をも鋳溶かす激情

 冷泉院暮土とダインスレイヴ=アルスノヴァの戦いはまだ拮抗を崩していなかった。


「っ、だあっ!」

「――しぶといなあ、もう!」


 暮土が繰り出した炎の鉄拳を、ダインスレイヴは暴風で形成した防御壁でいなす。そのまま壁を押し出し、殴り掛かってきた暮土を無理やり引き剥がした。

 間合いが広がった瞬間を見計らい、ダインスレイヴは追撃を仕掛ける。


「僕はしつこい敵は嫌いなんだよっ!」


 鎌を大きく横に薙ぎ、巨大な不可視の刃を暮土に向けて振るう。周囲の空気が音を鳴らし震えるほど、大きな威力を秘めていることが予想される攻撃だ。


「くっ……!」


 再び炎の鉄拳を喰らわさんと前進していた暮土だったが、巨大な攻撃が迫っていると察知すると臨機応変に方向転換。咄嗟に後方に退いて不可視の刃の直撃を回避した。

 近距離から攻めるのは不利だと判断した暮土は、退避の姿勢のまま灼熱の火球を数発打ち込む。ダインスレイヴに避けられたため不発に終わったが、彼が移動した位置を狙いまた新たな炎を放つ。


「っ、ち!」


 ダインスレイヴの身体を炎が掠める。纏わり付いた炎を鬱陶しげに吹き飛ばし、そのついでに暴風を起こして暮土を仕留めんとする。

 暮土は暴風に呑まれ、そのまま地へと墜落。受け身を取ること能わず、風と炎によって禿げた草むらを転げ回ったが、怯まず再び立ち上がりダインスレイヴへと向かって行く。


 そうして、いつまで泥沼の戦いが繰り広げられたことだろう。

 延々と拮抗したままの戦闘過程の中、ダインスレイヴが唐突に口にした。


「ねえ、君って本当に()()アニュス・ディートリヒの息子なの? 僕が思ってたの違うんだけど?」

「……」


 平静を装っていた暮土の眉根がピクリと動いた。

 それに気付いてか気付かずか、ダインスレイヴはそのまま語り始める。


「四使徒直属だった癖によわっぴでお馬鹿だった彼女の息子だから、どうせ吸血鬼化しても弱いんだろうなって思ってたんだよね。だけど実際は僕と対等に渡り合えるほど強いし……何なの?」

「……その言葉、もう一度言ってください」

「え? どうせ吸血鬼化しても弱いんだろうなって思ってたけど実際は――」

「その前。ボクの母親についての話です」


 不自然に感情を押し殺したかのような暮土の声に牽制され、最初はダインスレイヴも怪訝な顔をしていた。

 だが暮土の声音に潜む真意に気付くと、途端に喜色満面となった。戸惑いの言葉は消え、すらすらと饒舌に語り始める。


「ああ、アニュス・ディートリヒ――いいや、吸血鬼なのに平和主義で争い嫌いだったフォルトゥナ様の面汚し! 挙句の果てには吸血鬼社会を裏切って人間の俗世に染まっちゃったんだよね! 僕もフォルトゥナ様()を裏切っちゃった身だけど、主どころか吸血鬼全てから手を切った彼女は僕以下の恥晒しだよ!」

「……」

「しかもお終いには人間に恋して人間との間に子供作っちゃって心臓破裂させて死んじゃってさあ! 全く、四使徒直属の吸血鬼にあるまじき間抜けな最期だよねえ!」

「……お前に何が分かるというんだ」


 暮土が口を挟む。

 年齢の割に若すぎる容貌(かんばせ)は、底知れぬ怒りで満たされていた。


「もう一度言う。お前にボクの母の何が分かる」

「あれ? 急にそんなに怒って……まさかお母さん馬鹿にされたのそんなに嫌だった?」

「戦闘の実力的には弱かったのだとしても、それでも彼女は自らの運命を裏切ってでも通すべき信念を持っていた。そして、たとえ吸血鬼としてあるまじき間違いを犯したのだとしても、そのせいで自分の命を尽きさせることになったのだとしても、それでも誰かを本気で愛したという証を遺そうとする覚悟があった」


 ダインスレイヴの嘲弄を遮り、暮土は怒りのままに言葉を吐き出す。

 全身に熱気を漂わせ、利き手から徐々に炎を灯し、自身の親を侮蔑された怒りを形として生成し始める――。


「そんな母の想いを、腑抜けた思想を持ったお前にだけは愚弄されたくない!」


 形として現れつつあった暮土の憤怒は、その言葉と共に凄絶な炎の柱として表出された。

 否、炎の柱と表すには、その炎は有形的かつ鋭利すぎる。先端が螺旋を描くように鋭く尖った炎は「炎の槍」と呼称する方が相応しいのではないだろうか。


「誰かのために己の全てを投げ打とうとする覚悟も無い癖に、ボクの母親を嘲笑うな!!」


 暮土は一際大きく絶叫し、生み出された炎の槍をダインスレイヴ目掛け発射する。


「っ!!」


 つい反射的に大鎌の峰で槍を弾き返そうとするダインスレイヴだったが、


「――! 鎌が!?」


 炎の槍と大鎌が接触した途端、それまでは炎を受けても何とも無かった大鎌の刃がドロドロと液状化した。

 つまりそれは、今暮土が放った炎の摂氏が、刃の主な構成素材である鉄の融点を超えていたということであり。


「その動揺している暇が命取りと知れ、ダインスレイヴ=アルスノヴァ!」


 突然の事態に彼が狼狽えた一瞬の隙を狙い、暮土が二発目の炎の槍を射出。

 ダインスレイヴは咄嗟に避けようとしたが、間に合わない。



「――っぐ、ああああああああっ!」


 炎の槍は、彼の心臓部に直撃した。



 火の粉が舞い、鮮血が飛び散り、肉が焼け焦げ、煙臭さが充満する。

 そして身体が、末端からさらさらと灰と化していく。吸血鬼の命が終わる寸前であるという何よりの証拠だ。


「……あーあ、負けちゃったか……」


 敗北を喫し、永遠の命に終止符を打たれたダインスレイヴは、悔しげに呻く。


「まさか元・半吸血鬼(ダンピール)()られることになるだなんてね……。それだけ、君の力が予想を遥かに上回る、僕のものと同等レベルだったってことか……」

「いいえ、単純な戦闘力ならば貴方の方が上でした」


 暮土は首を横に振って否定する。


「それでもボクが勝つことができたのは、おそらく貴方よりも『勝たなければ』という想いが強かったからでしょう。ボクの大切な子供たちを痛め付けられ、挙句の果てにボクをこの世界に生んでくれた母を嘲笑われては気が済まなかったので」

「はは、そうか……」


 もはや命の灯火が一寸ほどまで減ってしまった中で、ダインスレイヴは苦笑した。

 彼の笑顔は、戦いの中で得た満足感と半吸血鬼(ダンピール)に対しての相変わらずの嘲弄が()い交ぜになったもので。


「君はアニュスに似て、本っ当に生意気だなあ……」


 その言葉を遺し、ダインスレイヴ=アルスノヴァは天に散っていった。





 ダインスレイヴの死を見届けてから数秒後、暮土もまた力尽きたように倒れた。


「……っ」

「父さん……!」


 海紗はただ驚いたように見ていただけだったが、それに対し父親への敬意が取り分け強い霧江は慌てて駆け寄ろうとする。

 が、未だ傷の癒えていない身体が甲高く悲鳴を上げたため、結局父の元へ向かうことができない。思わず疼痛の走る身体を抑え蹲ってしまう。

 そんな息子を見た暮土は、「必要無い」と言わんばかりに制止した。


「ボクを気遣う必要は無い。お前たちの方が重傷なんだから」

「ですが、父さん……」

「ボクはただちょっと異能を酷使し過ぎただけだから。少し休めばまた元のように動けるようになるよ」

「……」


 こちらを気遣うように笑う暮土を見て、自身の安堵感を誘発されたのだろうか。

 結局霧江は、その場に静かに倒れ込んでしまった。


「……一人で戦っているフォーマルハウトへの加勢もしなければならないのだがな」

「結局、それは叶わないことなんでしょうね。こんなボロボロの身体じゃ、かえって足手纏いになるだけでしょうし……」


 深く息を吐きつつ霧江が呟いた一言に、双子の妹の海紗も賛同。

 だが二人の父親は、その言葉を僅かに否定する。


「でもここは、彼女の力を信じるしかないのかもしれない」


 暮土にしては意外な言葉だった。

 いくら彼が「借りを返すために参戦した」とはいえ、それまで疎んでいた存在に対しそう簡単に心を赦せる訳も無いであろうから。


「何せボクの妻(ひかり)が言っていたからね。『協力するのは自由だけれど、くれぐれも肝心なところで水は差すな』って。だからここはひかりが言った通り、彼女の底力に全てを託すことにしようと思う」


 かつて教団を疎んでいた彼には似つかわしくない、教団の聖女を信用するかのような口振りを以て、暮土は静かに夜空を仰ぐ。


「何より、この場におけるボクたちはあくまでも足止めの役割を担う存在である訳だから、ラリッサ・バルザミーネにとどめを刺す大役は相応しくない。本当にラリッサのことを倒すべきなのは、彼女に大切な者を奪われたクルースニクだ」


 暮土の言葉に釣られ、霧江と海紗、エルネもまた夜空を見上げる。

 紺色の天では、彼らの小さな希望を反映したかのように、欠片ほどの星が瞬いていて。


「だから――ボクたちは彼女が敵の親玉を倒してくれることを信じよう」


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