再び燃える炎
――やはり、上位級の吸血鬼と半々吸血鬼との間には絶対的な差があったということか。
威勢よく挑んだはいいものの、敵の実力があまりにも高すぎてこちらが攻め入る隙も無く。
防御する暇も無いほどの蹂躙がたった一人の吸血鬼によって無茶苦茶に繰り広げられ。
気付けばまだ戦闘開始から五分しか経っていないというのに、すでに霧江と海紗は満身創痍の状態であった。
「あーあ、案の定だったねえ」
力尽きて地面に伏す二人の頭上から、ダインスレイヴの憐れみの声が聞こえる。
声のする方向に首を向けてみると、彼が木の上からこちらを見下ろしている姿が見えた。
が、ただ見下ろしているだけでは無い。鎌を構えながら膨大な量の風を搔き集め、迅速にこちらと決着を付けるための準備を着々と進めている。
「やっぱり、半々吸血鬼じゃ僕の足元にも及ばないよ。君たちだって分かってたでしょ?」
「ぬ、かせ……」
「そう、です……わたしたちは、まだ……」
反論する霧江と海紗だったが、それは口先だけに留まる。
これまでの戦闘においてダインスレイヴにほぼ一方的に攻撃を負わせられたせいで、双方共にまともに動くことは不可能であった。
全身を斬り刻まれ、多量の血を失い、何か所かの骨を折られ。意識朦朧の海紗は燐火の欠片さえもを放射することができず、自慢の武器を中途から折られた霧江も肉体損傷のせいで一矢報いることができない。
これ以上戦闘が続けられないほどに身体を痛めつけられたというのに、それでもまだ心では勝利を諦めていない霧江と海紗。
そんな二人を前にして、未だ傷を全く負っていないダインスレイヴでも、流石に嘲りを通り越して憐れむことしかできないようであった。
「うわ……流石にこんなボロボロな状態でもまだ諦めずに食い付こうとしてるだなんて……。いくら何でも痛々しすぎて見てられないよ……」
「痛ましい」という感情が滲む表情を浮かべつつ、ダインスレイヴはゆっくりと大鎌を振り上げる。
半々吸血鬼の双子のことを、楽に逝かせるために。
「だけど安心しなよ。吸血鬼だけど僕は心まで鬼じゃない。できる限り苦しみが続かない形で殺してあげるからさ」
と、思った以上に優しげな声で語りつつ、ダインスレイヴは大鎌の切れ味を乗せた暴風を霧江と海紗に向けて放つ。
流石に風の速さは避けようが無い。霧江と海紗に暴風が被弾し、二人の身体が木っ端微塵に分解される――
「――は……!?」
――と思った直前、霧江と海紗は何者かの手によって身体を押され、攻撃が当たらない圏内にまで追い遣られたのだった。
「何、が……っ!?」
ダインスレイヴが放った一撃が沈静化した後、海紗は背後を振り返り、そして驚愕した。
無論それは、霧江とて同じこと。
「……そうだ。この場に、いるはずが無いのに……」
さらにダインスレイヴまでもが、突如現れた第三者に対し、驚きを隠せずにいるようであった。
「どうして、君がここに……!?」
「単純な話です。ずっと後を付けていたんですから」
突然の闖入者は、至って冷静な声音で返答する。
銀髪交じりの黒髪を風になびかせ、深紅の瞳で敵の姿を射貫きつつ。
霧江と海紗の父親であり、彼らが通う学園の理事長であり、彼らが暮らす街を治める権力者である彼――冷泉院暮土は、利き手に赫々とした炎を灯しつつ、敵に向けてさらに告げたのだった。
「ボクは未だにクルースニクに手を貸すことに抵抗感を抱いている……けれども、彼女にボクの大切な子供たちが協力しているとなれば話は別です」
「……ふーん、つまり?」
「彼女のために覚悟を決めたボクの大切な存在のため、ボクは戦うということです。息子と娘を傷付けられ黙っていられるほどボクは酷い親では無いので」
そう語り終えるや否や、暮土はダインスレイヴに向け灼熱の炎を放つ。
「おっ、と!」
ダインスレイヴは咄嗟に回避。足に風を纏わせ、ひらりと木から飛び降りる。
その僅か数秒後、暮土が放った炎が先ほどまでダインスレイヴが立っていた木へと直撃。瞬く間に炎上した。
攻撃は避けられたが暮土は臆しない。縦横無尽に空中を飛来し斬撃の機会を狙っているダインスレイヴに向け、何十発もの炎の弾を放つ。
半数は回避されたものの、残り半数は着弾した。敵の吸血鬼の身体にはいくつもの火傷が刻み付けられる。
どうせすぐに癒えてしまう傷だが、動きを牽制するには充分。火傷の疼痛でダインスレイヴの動きが鈍っているうちに、暮土は炎を纏わせた拳を彼に繰り出す。今度はきっちり命中した。
「いぎぃっ!」
苦悶の声を上げながらダインスレイヴは後方へと吹き飛ぶが、その間に彼は苦し紛れの鎌鼬を暮土に撃つ。
鎌鼬は暮土の足を捉えた。すっぱりと断ち切られた足が背後に聳える鉄扉にぶつかり、血を滴らせながらぼとりと落下する。
「う、ぐ……!」
これで暮土が負った傷の痛みはダインスレイヴが負った痛みと同等に。
しかし暮土は先日に半吸血鬼としての生を終え、真の吸血鬼として転生している。故に負った傷はすぐに癒え、さらに須臾の時間が立てばまた元のように動けるようになった。
斬られた足を再生させた暮土は、同じく傷を再生させたダインスレイヴに再び果敢に立ち向かっていく。
「っ、あああああっ!」
「ッ、シッ!」
暮土が無数の火球を、ダインスレイヴが無数の鎌鼬を放つ。
それぞれは互いにぶつかり合い爆散。炎と風の絡み合いによって生じた熱風が夜の空気を蒸らした。
だが二つの遠距離攻撃が衝突した頃には、すでに二人は近距離攻撃に切り替えていた。ダインスレイヴが大鎌を振るい、暮土が炎纏う拳を繰り出し、それぞれの攻撃がまた互いの肉を抉った。
そうして、また戦闘は振り出しに戻る。遠距離、近距離、遠距離……といったローテーションが繰り返されることとなった。
互いの実力はほぼ互角。傷を負い、傷を負わされ、癒えた傷を再び抉り――そんな拮抗した戦いが、廃教会敷地内で凄絶に繰り広げられる。
そんな二人の戦闘を、もはや完全に蚊帳の外となった霧江と海紗は唖然と見上げることしかできなかった。
「何故、父さんはここに……? 一度は助力を断っていたはずだろう?」
「ええ。しかもこの場に新たに人の気配が入ってきた様子はありませんでした。吸血鬼でも察知できないほど気配を殺して潜入したということは、父様は本気で戦闘を挑むべくこの場に参入したのではないかと……」
どうして、父は急に参戦の意向を見せたのだろうか。
湧き上がる疑問と尽きない疑問を霧江と海紗が交互に交わし合っていた時、その疑問に答えてくれたのは、
「さっき本人が言っていたじゃないか。暮土が参戦したのはクルースニクのためじゃなくてお前たちのためだってねェ」
「っ、エルネ!? 何故お前までもが……!?」
「うるさいねェ。暮土がいるなら彼の傭兵役のアタシだって来るさ」
何故か自然と参入している吸血鬼・薬研エルネは、驚きを隠せない双子に向け、面倒くさそうに語った。
「実を言えばアタシらはこっそり後を付けていたのさ。幸いにも二人……ああ、暁美も足せば三人分か。ともかく、強大な吸血鬼たちの気配に紛れ込めたおかげで誰にも気付かれなかった、というやつだねェ」
「つまり『木を隠すならば森の中』……という奴か」
「侮辱的なのであまり言いたくはないですが、父様とエルネさんの力は真祖と四使徒の前では欠片にしか過ぎませんものね」
頷いて納得の意を見せる霧江と海紗に、エルネはさらに思い出したかのように付け加える。
「ああ、そうだ。さっき暮土は参戦した理由を『自分の子供のため』と言っていたが、実はもう一つ理由があったのさ」
「その、もう一つの理由とは……?」
「暁美たちへの借りを返すためさ」
霧江、海紗共にハッと気付く。
「暮土は一度暁美たちに心を救われている。だから今度は自分が暁美を救うことで、借りを返そうとしたんだろうねェ」
「……」
その暮土当人は今、必死の形相でダインスレイヴと戦闘を繰り広げている。
仕方無く、何となく、という意思は微塵も感じられない。彼は自ら固い意志を以て、覚悟と共に戦いに挑んでいる。
かつて利用しようとした者と、かつて親の仇同然として憎んでいた者のために。
「……父様も素直じゃありませんね」
「ああ、そうだな」
父親の一面を垣間見て、霧江も海紗も互いに顔を見合わせながら苦笑する。
だがそれは一瞬のこと。すぐさま視線は戦闘中の父親へと移る。
双方が満身創痍である以上、父親の戦闘に介入することはできない。半々吸血鬼に再生能力は備わっていないため、少し休めば戦えるなんてことも無い。
だから冷泉院の双子は固唾を呑みつつ祈りつつ、そして拳を握り締め自身の弱さを痛感しつつ、吸血鬼同士の戦闘を観戦することしかできなかった。




