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Re:絶望と狂愛の楽園

 クルースニクが再び意識を取り戻してから一週間後、とある日の週末にて。


「――っ、たあっ!」

「くっ、奇襲の華麗さは流石のものだが一撃の重さはまだまだ足りない!」


 ローラが霧江に飛び蹴りを浴びせんとし、霧江がそれを素早い身体捌きで躱し切る。


「さて、今度はこちらから攻撃させてもらおう!」

「――残念だが貴君の攻撃、見切らせてもらった!」


 次は霧江が得意の縮地で瞬時に相手に肉薄、それを利用しローラは受け身の姿勢から不意打ちの蹴りを繰り出す。

 先ほどは躱されたが、今度は攻撃を着弾させることができた。


「っぐ、う!」

「っ、と……偉そうなことを宣っていたが、時には奇襲が有効打となるということも覚えておくべきだ」

「……ぐっ、だがフォーマルハウト、お前がこれから戦う相手に奇襲はまず通用しないと考えていいだろう。今後大切なことは、相手の攻撃を見切り、相手の能力を打ち破れるだけの一撃を放つことだ」

「……む、ならば神術の鍛錬を重点的に行うべきだと思うが」

「そんなことを今の鍛錬において行ったら俺が死ぬだろう馬鹿め。それに時には肉体攻撃で重い一撃を与えることも大切だぞ」

「……」


 そして最後に二人は互いの攻撃について評価を交わし合う。

 そんな光景を見て分かる通り、現在ローラは冷泉院邸の中庭で彼と模擬戦を行っている。



 ――全ては近い未来、ラリッサを倒し悠人を取り戻すために。



 ラリッサとの再戦を決意して以降の一週間、ローラは自身のリハビリに専念していた。

 意識を取り戻す前に懸命の治療を受けたからであろうか、ある程度の身体機能は雑ながらもすでに修復された状態であった。そのため一度自身の手で回復の神術を施してしまえば、負傷した箇所の全てを何事も無かったかのように綺麗に復元することができてしまった。

 しかし傷が完治したとしても、身体が元のように動くとは限らない。本調子を取り戻すためにもリハビリの必要性があった。

 幸いにも冷泉院家が「事故で入院している」とでっち上げてくれたため、学校や暁美家のことを気にすることなく、ローラは一日中自己鍛錬に時間を費やすことができた。リハビリの暇を設けてくれた彼らには本当に感謝である。


 そして一週間後、リハビリが功を奏し自分の身体がすっかり万全の状態を取り戻した時を見計らい、改めてローラは霧江たちに協力の助勢を依頼した。

 戦うべき相手は四使徒、ましてや一度クルースニクを打ち破った相手。そんな彼女に勝つには、自力だけではどうしても足りない。

 だから、とある一件を契機に協力関係となっている冷泉院家の面々に助太刀を頼んだ……


 ……のだが。


「……すまないな。父さんにも頼んではみたんだが、返事を得ることはできなかった」


 ある程度の模擬戦を終え、しばし休憩している最中。

 霧江はローラに、苦々しい顔で謝罪した。


「そうか……。まあ、分かってはいたがな」


 それに対しローラは、溜め息を吐きながら頷くことしかできない。


 何故なら、知っていたから。

 冷泉院家当主・冷泉院暮土は、聖騎士の手によって父親を殺されたという過去から、マリーエンキント教団の存在をひどく憎んでいるということを。

 無論、憎悪の対象には教団の聖女であるローラも含まれている。冷泉院家の管轄にある学園の入学を許可されなかったりと、割とあからさまな軽蔑を受けたりしたものだ。


「私からの頼みに彼が了承する訳が無いとは薄々勘繰っていたのだよ。いくら自身の恩人であるユートが危機にあるとはいえ、憎きマリーエンキント教団の聖女からの懇願など素直に頷きようが無いであろう」

「……俺から頼めば快く受け入れてくれたのかもしれないがな」

「どちらにせよ結果は同じな気がするがね。結局は教団の聖女からの頼みであることに変わりは無い」


 と、ローラは再び溜め息を吐き、いつの間にか差し入れとして用意されていた缶入りの緑茶に口を付ける。

 その緑茶缶を持ってきたのは霧江の双子の妹の海紗なのだが、当の彼女は模擬戦には参加せずローラたちの様子をずっと静観していた。尤も今は模擬戦は中断されているため、静観を止めこちらの会話に交ざっているが。


「あの、ところで話は変わるのですが……これからのことを考えるために、もう一つみんなで話し合うべきことがあるかと」


 と、海紗。彼女が口火を切ったことで解き放たれた話題転換の合図に、ローラも霧江も一斉に顔を向く。


「話し合うべきこと……とは?」

「ラリッサ・バルザミーネの能力の正体についてです」


 端的な海紗の返答に、ハッと目を瞠目させるローラ。

 悠人を奪還するためには、どうしてもラリッサが持つ異能の真髄を看破する必要性がある。故にこの海紗の指摘は、これから再戦するにおいて真っ当なものであった。


 しかし、ラリッサの異能に関しての情報はあまりにも乏しい。現状が現状である以上、話しようが無いのではないかと思う。


「結局、彼女の能力とは何なんだろうな」

「吸血鬼専門の組織であるマリーエンキント教団でも能力の本質が分からないとなると、特定はかなり困難ですね……。教団が知らないならばわたしたちの母様でも知る由が無さそうですし……」

「全ては真祖ユークリッド、それ以上にラリッサ・バルザミーネ本人が知る、ということか……」


 その時、顔を渋らせ唸っていた霧江が不意に尋ねてきた。


「ところでフォーマルハウト、前回彼女と戦った際、何かヒントとなり得るかもしれない発言を聞いたりしなかったか?」

「む……つまり私が耳にした発言が解決の糸口になるかもしれんということかね?」

「ああ。覚えている限りで構わない」


 霧江に促されたローラは、言われるがままに記憶の糸を手繰り寄せる。

 ラリッサの発言を一つ一つ、慎重に紐解いていく――




『断言致しますわ。貴女にはユークリッド様のお傍にいる資格など無いと』


『まだ活路を見出そうとするその姿勢……はっきり言って生意気ですわ』


『だから言ったでしょう? 『荊姫の檻(ドルネンガルデン)』を突破することは不可能だと』


『何故なら『荊姫の檻(ドルネンガルデン)』はこの空間上において無敵の異能。アタクシの愛しきユークリッド様でさえも、突破することは不可能なのですわ』




「……まさか、」


 刹那、ローラの脳裏に閃く答え。



()()()()()()()()()()()ということは、逆に空間外に引きずり出せば弱体化させることが可能ということでは……?」



 ようやく導き出された一つの可能性に、冷泉院の双子は即座に反応する。


「ということは、彼女の能力は『空間の支配』ということか……!」

「ですが兄様、ラリッサ・バルザミーネは屋外でも荊を操ることができるそうなのですが……」

「おそらくだが、それはあくまでも付随的な能力というものだったのだろう。彼女の異能の本質は空間支配……いや、より正確にいうのならば()()空間の支配なのだろうな」


 と、口々に彼らが言ったその刹那。




「あれ? ラリッサ様の能力バレちゃってるの? これはちょっと予想外……」




 飄々とした声がローラたちの頭上から降り注いだ。

 かと思えば、声の主が軽い身のこなしで眼前へと到来したのだった。


 頭にゴーグルを載せ薄汚い外套を纏う吸血鬼――ダインスレイヴ=アルスノヴァが。


「貴様……何の用だ!」


 直ちにローラが立ち上がり、突如現れたダインスレイヴのことを睨む。

 だが逼迫したローラに対し、普段からへらへらとしている彼は取り乱すことはしない。「うわあ怖い」と肩を竦めながら苦笑するのみだ。


「安心しなって、クルースニクちゃんとそのお友達。今の僕は君たちと戦いに来た訳じゃないって」

「何……!?」

「だってこんな昼間に三対一で戦ったら、流石の僕だってあっさり負けちゃうし。今回は僕はラリッサ様からの伝言を伝えるためだけにやって来たんだからねっ」

「伝言、か……ラリッサ・バルザミーネからのものならば、くだらない内容という心配性は皆無だろうが」


 冷静ではありながらも敵意に溢れた様子で霧江が念押しすると、ダインスレイヴはニヤリと陰湿に笑むことで答えた。



「『今日の深夜、もう一度あの廃教会にいらっしゃい、クルースニク』――だって。今度こそラリッサ様が直々に、君のことを生存確率がゼロになるまでにコテンパンに殺してやるってさ」







*****





 そして約束の時間、深夜。

 ローラは霧江と海紗を伴い、ラリッサが悠人を幽閉している廃教会へと再び足を運んだ。


 以前来た際は捕虜として連れられた形での来訪だったが、今度は違う。

 主からの誘いはあったものの、今度はクルースニクは自らの足で、徒薔薇(あだばら)咲き誇る絶望と狂愛の楽園へと赴いたのだった。


「おそらくこれが最後の機会だ、フォーマルハウト。奴は今度こそ徹底的にお前を殺しに掛かるだろうからな。覚悟はできているか?」

「――ああ、もちろんだ」


 鋭い声音で窺ってきた霧江にローラは凛と返答。同時、気合を改めて入れんと白い修道服の襟を正す。


 ローラはこの決戦に備え、戦場での自分なりの一張羅である白い修道服を身に纏っていた。

 教団で任務をこなしていた際に必ず着用していただけあり、この修道服は他よりも丈夫な素材で織られている。いわば堅牢な鎧のようなものだ。


 そんな鎧をローラが今宵纏っているのは、言うならば何としてでもラリッサの手から悠人を奪還するという「覚悟」の表れであった。


「私は二度も同じ敵に負けるほど愚かでは無い。次こそは勝つ。勝ってユートを取り戻す」


 堅固な意志の篭もった声を紡ぎ、ローラは廃教会の鉄扉に手を掛ける。ごくりと唾を呑み込んだ後、ゆっくりと扉を引いた。

 教会の庭に吸血鬼の気配は無いが、突然の襲撃が来ないとは限らない。慎重に様子を窺いながら箒草(ほうきぐさ)が生い茂る庭を掻き進む。


 ある程度ローラが進んだところで、冷泉院兄妹もまた後を追うように敷地内へ立ち入る。

 扉を閉め、彼らもまた警戒しつつ前進――


「――ちっ! 来たか!」


 ――前進は、できない。


 いち早く敵襲に気付いた霧江が妹を押し倒し攻撃範囲外へと退避。それからやや遅れて、先ほど霧江たちが立っていた位置に荒れ狂う暴風の槍が突き刺さった。

 轟々と地面が唸り、濛々と土煙が立ち昇る。槍によって抉られた箇所は、草木が根こそぎ刈り取られてひどい有り様になっていた。


 幸いにもローラは安全圏にいたため巻き込まれずに済んだが、それでも突然の奇襲は目に捉えていた。

 攻撃の主には心当たりがあり過ぎたため、応戦として彼らの元へと駆け寄らんとする。


「レイゼイイン! おそらく奇襲してきた相手は――」

「お前は気にするなフォーマルハウト! 先に敵の本陣へと行け!」


 だが霧江に制され、踏み留められてしまう。

 さらに海紗までもが、ローラのことを先へと急がせるために声を荒げた。


()のことはわたしたちに任せて! フォーマルハウトさんにここで時間と体力を費やさせる訳にはいかないんです!」

「貴君ら……」


 戦闘力という点では吸血鬼やクルースニクには劣る半々吸血鬼(ハーフダンピール)たちの覚悟を目の当たりにしたローラは、彼らの元へと向かいたい想いを堪え、立ち止まる。

 この後本命との戦闘が控えているとなると、確かにここで力を浪費させる訳にはいかない。真夜中の四使徒と互角に戦えるのは、この三人の中ではクルースニクの自分しかいないのだから。


(とはいえ彼奴(あやつ)も、レイゼイインの半々吸血鬼(ハーフダンピール)たちに相手を任せられるほど柔な吸血鬼では無いのだが……)


 しかしここはやはり、霧江と海紗の覚悟を受け取るべきだ。

 ローラはぐっと拳を握り締め、そのまま教会の聖堂の入り口の方へと踵を返した。


「……すまない。奴のことは貴君らに任せたのだよ」





 ローラが一足先に聖堂へと向かってから、ややあってのこと。


「……やはり俺たちはお前の相手をすることとなったか、ダインスレイヴ=アルスノヴァ」

「だってラリッサ様から頼まれたからさ。『流石に三対一は不公平だからレイゼイインの相手は貴方がしなさい』ってね」


 皮肉を吐き棄てた霧江の前で、ダインスレイヴはへらへらと笑い、嗤う。


「まあ君たちがクルースニクちゃんと一緒にラリッサ様に挑んでも足手纏いになるだけだけど、僕の足止めだったら充分にできる仕事っしょ? だからここは君たちのためにも甘んじるべきだと思うけどねん」

「奇遇だな。ちょうど俺たちも同じことを考えていたところだ」

「ええ。仮に貴方がラリッサ・バルザミーネに加担したところで出る幕は無いでしょうし、ここはわたしたち二人のお相手をしていただく方が有意義になるかと思いますわ」

「へえ……言ってくれるねえ」


 相変わらずダインスレイヴは楽しそう。

 だが嬉々とした笑みを浮かべていても戦意は本物。ゴーグルを目に掛け鎌を構え、いつでも暴風と斬撃を繰り出せるようにと臨戦態勢を取っている。


「言っておくけど、僕だって気軽に足止めできるほど弱い存在じゃないからね?」

「ああ、それくらいは分かっているさ」

「わたしも兄様と同意見です」


 双子はすでに臨戦態勢を取っている。霧江はバタフライナイフを構え、海紗は手に燐火を灯し、覚悟を宿した藤色の瞳をそれぞれ標的の吸血鬼にまっすぐに向けている。

 そんな彼らの戦意を受け取った標的は、よりいっそう楽しそうに嗤ったのだった。


「あはっ、それなら楽しめそうだ! やっぱり敵のやる気があってこそ戦闘は楽しいからさ!」


 ダインスレイヴは自身の身体に暴風を纏わせ大きく跳躍。

 自身を足止めするべく立ちはだかる二人の半々吸血鬼(ハーフダンピール)相手に、開戦の号砲を放ったのだった。

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