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絶望と狂愛の楽園

※今回寝取られのような描写を含みます。苦手な方はご注意ください。

 満身創痍のローラが連れて行かれた場所は冷泉学園高校から遠く離れた住宅地、そのさらに外れに位置する小さな廃教会だった。


 ぐるりと敷地を取り囲む雑木林のような木々を抜け、伸び放題に生えた背の高い雑草を掻き分け進む一行。

 そして目の前に聳える寂れた外観の教会の扉が開けられ、さらにその真正面に位置する礼拝堂への扉までもが開けられる。


 その瞬間、ローラの目に飛び込んだものは、


「……何だ、これは……」


 異様な光景だった。

 びっしりと棘が生えた無数の荊が、天井から、床から、壁から、無茶苦茶に蔓延り絡み合っている。室内であるにも関わらず、この空間一帯は荊による密林と化していた。


 そして深緑色の鉄条網の遥か最奥。祭壇の上に座っていた赤いドレスを纏う美少女が、こちらを見下すかのように笑声を漏らす。


「うふふ。いらっしゃったようですわね、穢らわしいクルースニク」


 その甘ったるい声に合わせ、ローラたちの前方を塞いでいた荊の壁がモーゼの海割りのように一斉に開く。

 まるで「こちらにおいで」とでも言わんばかりに。


「ラリッサ様ー、約束通り殺さずに連れてきましたよー」

「尤も、連行途中ですでに息が絶えそうではありました。死なれては困るので、ぼくの方で軽い止血は施しておきましたが」

「ご苦労様。予想以上の働きで何よりですわ」


 ラリッサが労いの言葉を掛けると同時、ダインスレイヴとリタが開かれた道を進み始める。


 リタが語った通り、ローラは満身創痍であるとはいえ、「ラリッサ様が始末なさる前に死なれては意味が無い」とのことである程度治療を施されている。

 そのためまだ傷口に引き攣れる痛みを感じているものの、先ほどよりは意識は鮮明になっていた。

 だからこそ、現状のあまりの悲惨さを、ありありと脳裏に焼き付けられることとなってしまったのである。



「……ユート……!?」



 徐々にラリッサとの距離が縮まる最中、ローラは思わず声を上げていた。


 祭壇の上に腰掛けるラリッサの傍らに、無数の荊で四肢を拘束された暁美悠人――漂わせている濃密な気配から「本物」と断定できる――がいた。


 その表情はひどく虚ろ。目は開かれていたが焦点が全く合っていない。外界の一切の認識を遮断された状態で、彼は磔刑のように大人しく吊るされている。


「ユート! 聴こえているか!? 私だ!」

「……」


 もちろん、ローラの呼び掛けに反応することは無い。口を半開きにした状態のまま、悠人はただ呼吸を繰り返すのみであった。


「うふふ、無駄ですわ。ユークリッド様の御心はこのアタクシが掌握しておりますもの」


 じたばたと暴れ悠人に呼び掛けるローラを、ラリッサが憐れむように見下す。


 ラリッサがそう口にした頃には、とうにローラはラリッサと悠人の至近距離に達していた。

 ローラは隙を見計らい悠人を救おうと試みていたのだが、相手は真祖に執心する四使徒と彼女に忠実な配下、そして受けた依頼に忠実なフリーランスの吸血鬼。生半可な思索は通用しない。


「忠告させていただきますが、アタクシのユークリッド様には指一本さえ近付けさせませんわよ」


 ダインスレイヴがローラを乱暴に床に叩き付けるや否や、床や天井から数本の荊が生えてくる。退避する暇も無く、瞬く間にクルースニクの身柄は真祖同様拘束されてしまった。

 聖女の無様な姿を間近で目にしたダインスレイヴは、さも可笑しそうに嘲笑。


「あーあ。かっこ悪いね、クルースニクちゃん」

「こらこら、あまり言ってやるものじゃないよ」


 馬鹿にする彼を窘めるリタも、表情ではローラのことを冷笑している。

 しかし彼女は、自分たちの目的を聖女の侮蔑に挿げ替えるようなことはしない。未だ嘲笑い続けるダインスレイヴの腕を了承無く掴み、ラリッサに対し恭しく一礼する。


「ではラリッサ様、ぼくたちはこれにて失礼します。何かあればいつでもお呼びください」

「え、はあっ!? 僕たちの出番これで終わり!?」


 役目がもう終わったことを察したダインスレイヴが何故か抗議の声を上げたが、リタはそれを無視し礼拝堂から立ち去った。

 こうして、拘束されたローラ、意識の無い悠人、そしてラリッサのみが集った状態が形成される。


「さて……部外者も消えたことですし、ようやく本題に入ることができますわね」


 開口一番、ラリッサがローラに向けてくすくすと小さく笑う。

 それに対し、相変わらず惨めなこちらを冷笑する彼女を睨み付けつつ、ローラは端的に言葉を切り返した。


「貴様、一体ユートに何をしたのかね?」

「あら、何を仰るかと思えばそのようなことですの?」


 こてんと小首を傾げるラリッサ。仕草自体はとてもいじらしいものだが、根が性悪な彼女がその所作をするのはどうも癪に障る。

 ローラは悪意すら見せないラリッサに嫌悪感を抱くが、それは向こうとて同じこと。ラリッサはこちらを軽蔑するような視線を送りつつ冷笑した。


「決まっているでしょう? ユークリッド様はこのアタクシのものとなった。アタクシの永遠の恋人となった。ただそれだけのことでしてよ」

「ユートの身柄を拘束し自由を奪ってもなお、そのようなことをほざくと?」

「あら、『自由を奪った』というのは心外ですわね」


 動かない悠人に愛おしげに頬ずりをしつつ、ラリッサは陶酔めいた声で返答する。


「何故ならこれが、ユークリッド様にとっての真の幸福なのですから。永遠に想い人に拒絶されず、永遠に想い人に必要とされる……一度()()()拒絶されたユークリッド様にとって、これこそが望ましい楽園なのですわ」

「……っ!」


 狂っている、とローラは真っ先に思った。

 が、彼女にそう糾弾することはできなかった。


(……私はユートを拒絶した。その結果がこれだというのか……)


 ローラは無意識に歯噛みする。

 自分が彼を跳ね除けなければ。盟約を破った彼を赦すことができていれば。

 そうしておけば、悠人が囚われの身になることは無かったのに。


 しかし、もう事が済んでしまった以上、後悔しても何の意味も無かった。


「うふふ、何と素敵な絶望の表情(かお)なのでしょう」


 口に手を当て優雅に微笑むラリッサ。こちらを蔑む視線さえなければ、楚々とした深窓の令嬢と見紛うたことだろう。


「ですがこれは、貴女に刻み付ける絶望としてはまだまだ甘い……。真に貴女が絶望する瞬間は、もうユークリッド様の御心が貴女の元に無いのだと白日の下に晒される時ですわ」

「何を……」

「うふふ、例えばこのように……」


 薄く微笑んだ後、ラリッサは拘束されている悠人の身体にぴったりと寄り添い――



「……っ、ふ、うっ……んむ……っ」



 ――そのまま彼の唇に、熱く蕩ける自身の唇を押し付けたのだった。


「きっ……貴様……!!」


 あまりにも破廉恥が過ぎる光景を唐突に見せられたローラは即座に制止の声を上げるが、ラリッサは全く介意しない。無我夢中で悠人の口の中を貪り尽くしている。


「は、ふぅっ……ん……」


 激しいほどの攻めを敵から受けているにも関わらず、悠人は変わらず虚ろな目を当ての無い方向に向けているのみであった。

 彼がされるがままになっているのをいい事に、ラリッサはより激しく愛しの彼を求める。腕を絡ませ、腰をくねらせ、足を擦り寄らせ……


(……やめろ)


 娼婦のように盛るラリッサを目の当たりにして、ローラは激しい怒りと不快感を心中に灯した。


(ユートは……()()()()()()()()()()()()


 繰り返し繰り返し唇を(つい)ばみ、一心不乱に脚をなすり付ける――そんな淫靡な蛮行を前に、清廉潔白な聖女が怒りを爆発させない理由は無い。

 だがこれまでとは異なり、怒った理由は秩序のためでは無く――


(彼のことを真に想い、彼のために行動せんとしている者は、ただ愛玩しているだけの貴様では無い……!!)


 暴発した怒りは、無意識にも神術の発動を招く。


『Magnificat anima mea Dominus, et exultavit spiritus meus in Deo saltari meo(我が魂は主を崇め、我が霊は救世主たる神を喜び讃えん)……!』


 全身に聖なる気配を纏わせ、強引に荊の拘束を引き千切る。

 だがクルースニクのその行為に、当然ラリッサが気付かない訳が無い。


「……邪魔するおつもりですの? まだ(むつ)み合いは終わってすらいないというのに」


 冷たい殺気を匂わせる声が荊の蔓延る空間に染み渡った途端、再びローラの元へと荊が殺到した。


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