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誰が為に剣を振るう

「だが……貴様らが起こした一連の悪行は、遅すぎたとしても看過しておくことができない!!」


 怒りのままにローラが放った一撃が、吸血鬼たちに真一文字に向かう。


「へえ……」


 しかし、喰らったらただでは済まないであろう攻撃を目前としても、ダインスレイヴは顔色一つ変えなかった。

 頭上に引っ掛けていたゴーグルを装着し、彼はニヤリと嘲笑う。


「喋っている最中に放たれる奇襲のような大威力攻撃……警戒してないとでも思ってた?」


 まずダインスレイヴは球体のような形状をした風の防御シェルターをリタへと放ち、彼女を攻撃の範囲から逃がさせる。

 その上で咄嗟に大鎌を引き抜き、向かい来る神術砲撃に対し大胆に振るった。


「っ、く!」


 斬撃の余波がこちらへと伝播する。ローラは前に屈むことで衝撃の緩和に望んだが、それでも激しい圧によって数歩ほどの距離を後退させられる。

 その隙をダインスレイヴは逃がさなかった。


「もーらい、っと!」


 頭上から振り落とされる刃。ハッと顔を上げ側方へと避けてみれば、先ほどまでの立ち位置に肉厚の大鎌が突き刺さっている光景が脇目に映った。敵の気配を咄嗟に察知していなければ今頃頭蓋を破壊されていたことだろう。

 一度目はどうにか避けた。だが悠長にしている暇は無い。つぎつぎとこちらの急所を狙う斬撃が今も繰り出され続けているのだから。


『Deus,in adjutorium meum intende.Domine,ad adjuvandum me festina(神よ、私の救いに御心を向け給え。主よ、直ちに私を救い給え)!』


 透明の防御壁を自身の周囲に張り巡らせつつ応戦に望むローラ。銃剣の切っ先を斬撃に合わせ大きく振るい、そのままダインスレイヴを遠距離にまで追い返した。

 間合いが広がったことを好機に、ローラは追い討ちの神術詠唱に掛かる。


『Laudatus sis,mi Domine,propter fratrem ignem(主よ、我らが兄弟、炎によって貴公を讃えん)――』


 唱えた刹那、銃剣の切っ先に灼熱の業火が宿り、そして瞬く間に膨れ上がる。炎はローラの腕までもを飲み込んだが、肉体や銃剣が熱で溶かされ焼き尽くされている様子は見られない。

 それもそのはず、これは神より与えられし聖なる炎。天に忠誠を誓った者は一切焼かず、対して神に反逆せし者は骨の髄まで焼き焦がす煉獄の炎なのだ。


『――per quem noctem illuminas,et ipse est pulcher et jucundus et robustus et fortis(火は夜の光となり、美しく、心地よく、頼もしく、力強い)!』


 詠唱を続ける。それに伴いさらに炎の威力が増した。

 その灼熱を腕に抱きつつローラは疾駆。こちらに向かい来るダインスレイヴを炎纏う銃剣で迎撃した。


「うわっ、熱っ……!」


 紅蓮の一閃がダインスレイヴの足を掠める。須臾(しゅゆ)の間に延焼し、彼の脚部は炎上した。

 

(――これは流石に効いたか)


 赤々と燃える肉体部位をじっと見据えつつ、そう思ったローラだったが、


「どうせすぐ生えるし……捨てるか」


 何とダインスレイヴは燃え盛る足を根元から斬り落としたのだった。


 身体から乖離されてもなお燃え続ける足を、ダインスレイヴはゴルフのショットのような鎌捌きで遥か後方へと捨てる。

 捨てられた脚部は火種となりて校舎の渡り廊下へ。華麗に壁に突き刺さり、そして爆発した。


「ふう、熱かった。何てことするのさ、もう……」


 ガラガラと音を立てて崩落する渡り廊下の残骸。あまりにも荒唐無稽すぎる光景に唖然とするローラの裏で、ダインスレイヴはぶつくさと文句を垂れつつ片足で地面に着地していた。

 斬り落とされた彼の脚部は、早くも膝の付近まで再生していた。


「さてと、上手い攻撃だったけど、これで振り出しに戻っちゃったねえ?」

「……それはまだ分からんがね。貴様を燃やし損ねた炎はまだ消えてはいない」

「あっそ。それならこっちから消させてもらうだけだよん!」


 鎌を大きく振るうダインスレイヴ。彼の動きに呼応し、大きな旋風が巻き起こる。

 渦巻く風は、偶然か必然か至近距離にいたローラのことを丸ごと呑み込んだ。


「くっ……ああっ……!」


 全身を攪拌されているのではないかと錯覚するほどの衝撃に、ローラは気張りながらどうにか耐える。

 目を開けていることが不可能であったため現状把握はほぼ不可能だったが、暴風に上書きされ聖なる炎が吹き消えたという事実だけは唯一理解できた。


 やがて風がぴたりと止む。

 予測通り、神術による炎は燻りすらも残さず消えてしまっていた。


「さて、今度こそ振り出しに戻っちゃったね?」


 上方から聞こえた嘲笑。見遣れば、自ら斬り落とした足をすっかり元通りにしたダインスレイヴが大時計の頂点に立っていて。

 そのまま彼はふわりと飛び降り、かと思えば中空につむじ風を纏わせ、急前進でローラの元へ。


「ぐっ……!」


 肉厚の刃を銃剣の細い切っ先で弾き返す。その延長線としてダインスレイヴの腕を斬り裂いた。

 さらにローラは引き金に指を掛け発砲。敵に与えた傷の口をさらに広げる。

 一発、二発……肉が抉れ腕が引き千切れるまで何度も、何度も撃つ。同じ箇所を何度も撃たれる痛みには堪えられなかったのか、ダインスレイヴは苦痛に引き攣れた表情を浮かべている。


「痛、っ……! ……駄目だ、一度下がろ」


 これ以上攻めるのは得策でないと判断したのだろう。銃撃が止んだ隙を見計らって再び大時計の上へと退き下がるダインスレイヴ。

 彼の顔は、不可解そうに歪んでいた。


「……でもなあ。さっきからずっと、分からないんだよなあ」


 眉根を顰めながら、ダインスレイヴはじっとローラを見つめ言った。


「前々から思ってたけど、どうしてこんなにも君は必死になってるのか、僕にはさっぱり分からない。だって――」


 これ以上言うな。

 何故そう思ったのかは分からないが、ダインスレイヴの発した声を聞いた瞬間、ローラはほぼ直感的に危惧を抱いた。


 しかしローラの内心など、ダインスレイヴには知る由も無い。彼は流れるように言葉の続きを発した。


「――真祖様に対して君はとてつもなく軽蔑した訳じゃん。『所詮は分かり合えない』って失望したの、忘れちゃった?」

「……っ、黙れ……!」


 咄嗟に銃弾を放ち、強制的に彼の言葉を封じる。

 だがその逆上とも見て取れる行為の裏で、ローラの精神はひどく動揺していた。


(……認めよう。彼の指摘は事実だ)


 どうして、自分は必死になって戦っているのだろう。

 どうして、自分は()のために戦おうとしているのだろう。

 どうして、自分は拒絶したはずの少年に焦がれているのだろう。


 そんな思いが延々と巡る。思考回路を支配する。

 自ら彼を遠ざけたのに、我儘にもまたやり直したいと思っている。再び共闘関係に戻りたいと望んでいる。

 聖女と真祖の絆(そのようなこと)など、世界が赦すはずもないのに。そうと分かっているはずなのに。


(今の私は激しくユートを望んでいる……が、理由が全く分からない……)


 しかし、この一瞬の間の動揺が致命的な隙となったことに、惑うクルースニクは気付かなかった。


「あはは、図星だったんだ」


 こちらを見下すような笑声と共に、頭上から膨大な風圧が叩き付けられる。

 透明な塊として押し付けられた暴風は、まるでローラに「目を醒ませ」と告げているかのよう。実際、喰らって初めてローラは悠長に考えている暇など無いと悟った。


「がはっ……!」


 暴風の塊に圧し潰され、ローラは膝から崩れ落ちる。すぐさま風圧を振り払い立ち上がろうとしたが、頭蓋を強く打ち付けられたせいで平衡感覚が狂い、上手く立て直すことができない。

 それが好機と言わんばかりに、今度はダインスレイヴは数発の鎌鼬を乱雑に放つ。何発かは外れていたが、残りはローラの腕や背に深い裂傷を刻み付けた。


「――っ!!」


 声にならない悲鳴が漏れる。裂傷から溢れた夥しい量の血が風に乗って舞い上がり、ローラの白髪や周囲の芝生を鮮やかな紅に染め上げた。

 想定以上の傷を負わされた以上、まともに立ち上がることは不可能。荒い息を吐きつつ、ローラはうつ伏せに倒れ込んだ。

 せめて、傷口だけでも早く縫合しなければ――そう考えつつ治癒の神術を発動させようとしたが、不運なことにそんな暇さえこちらには無いようだった。


「はい、トドメね」


 眼前に立ち塞がるダインスレイヴ。鎌を携えニンマリと嘲笑を浮かべながら、こちらの頭を思い切り踏み付けた。


「ぐっ……!?」

「可愛い女の子にこんなことしたくは無いけど、クルースニク(僕らの天敵)となれば話は別。大人しくくたばって頂戴な」


 その体勢を維持したまま、ダインスレイヴは動けないローラの首筋目掛け大鎌を振り上げ――




「――あ、電話」




 緊迫した殺戮執行現場に突如鳴り響く、子供向けアニメの明るく元気な主題歌。どうやらダインスレイヴの携帯電話の着信音らしい。

 「せっかくいいところだったのに……」とぶつくさ呟くダインスレイヴだったが、着信相手の名前を見るや否や表情が一変。薄く笑みを浮かべつつ素直に電話に応じた。


「もしもしラリッサ様? どうしたんです?」


 ラリッサ。

 その名前が出た瞬間、ローラの顔は自然と強張り始めた。


(彼女が……)


 彼女こそが一連の黒幕。

 真祖ユークリッドの眷属『四使徒』の一柱。強大な力を有する吸血鬼の女なのだ。


 ローラが緊張感を募らせる中、ダインスレイヴとラリッサの通話は着々と進んでいく。


『ご機嫌よう、ダインスレイヴ=アルスノヴァ。調子はいかがでして?』

「『調子はいかが』って……いかがも何も、ラリッサ様がこのタイミングで電話掛けてこなきゃクルースニクの娘にトドメを刺すことができたんですけど」

『ええ、その件についてお伝えしたいことがありましたの』

「へ?」


 首を傾げるダインスレイヴに対し、ラリッサは携帯電話越しに、うつ伏せに寝かされているこちらにも鮮明に聞き取れるほどはっきりと、毒を含んだ甘ったるい声で告げた。



『気が変わりましたわ。クルースニクの娘はアタクシの方で殺させてくださいまし』



 それはそれは、とても快楽的に弾んだ嬌声のように周囲に伝播して。


(何、を……)


 無意識に、ローラは身震いしていた。

 携帯電話の向こう側にいるラリッサがどのような表情で告げたのかは分からない。が、こちらに「ただ殺す」以上の絶望を刻み付けようという魂胆が含まれているとはあからさまに分かる。


『彼女は何も分かっていない。分かっていないからこそ、くだらない希望論を胸に戦っているのですわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「まあ、確かにそうなのかなーとは僕も思いましたけども。でもそれじゃあ最初の契約と話が違うじゃねーですか。今さら契約破られても……」

『たかが凡吸血鬼の分際でつべこべ言わないでくださいまし。今貴方を飼っているのはこのアタクシ、アタクシの命令を離反することは断じて許可しませんわ』

「うっわ怖……そう脅されちゃあ従わざるを得ないじゃねーですか……」

『納得してくださったようならば何よりですわ。とにかく、さっさとあの娘をこちらに連れてきてくださらない? 一刻も早く、彼女には現実というものを教えて差し上げなくてはなりませんものね』


 そしてラリッサは、ダインスレイヴでは無くローラに言い聞かせるかのように哄笑を上げた。


『ああ……とても楽しみですわ。目障りな白い蛆虫が、アタクシの虜となられたユークリッド様を御前にして、絶望を顔に宿したままアタクシに無残に殺される光景が……!』


 それを最後として、通話は途切れる。


「だってさ、クルースニクちゃん」


 華麗な手捌きで携帯電話をズボンのポケットにしまったダインスレイヴは、こちらを嘲笑しつつ片足をローラの頭部から退けた。

 その代わり、ローラの首根っこを掴んで無理やり立たせたのだが。


「という訳で行くよ、ラリッサ様の元にね」

「……っ」


 ローラに抵抗の気力はあった。どうにかしてダインスレイヴの手中から脱せねば……とは勘繰っていた。

 だが、身体が動かない。先ほど深い裂傷を刻み付けられた肉体は、走る激痛を回避するため、不用意に動くことを拒否していた。


 それをいいことに、ダインスレイヴはローラを掴んだまま学園の裏門へと歩を進め始める。

 さらに、彼の手によって安全圏へと退避させられていたはずのリタも、いつの間にか連行されるローラの隣に並び立っていた。


「悪いね。これもラリッサ様の命令なんだ」

「そうそう、ラリッサ様は何が何でも自分の思い通りにしないとすぐ機嫌を損ねる御方だし。ラリッサ様の機嫌を悪くさせるのは、ぼくにとっては何よりも恐ろしいことであり、避けなければならないことなんだよ」

「……」


 リタの言葉も、ダインスレイヴの言葉も耳に入らない。

 クルースニクの少女は、襤褸雑巾(ぼろぞうきん)さながらの惨めな姿で、ただ敵の元へと無理やり連行されるのみであった。


 だが、動こうとしない肉体に反し、心ではまだ悠人のことを激しく求めている。


(ユート……)



 ――ユークリッド様を取り戻すことはもう不可能だというのに。



 そうラリッサに告げられてもなお、ローラは我儘にも本物の悠人と再会することを()()()()()()()望んでいた。



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― 新着の感想 ―
[一言] ぐぁぁっ、ヤバイですこの作品! 私の好みドストライク過ぎて……! いや、悠人、大丈夫だよな?! 真祖に飲み込まれてないよな?! (真祖に悠人が飲み込まれててもそれはそれで好みなんですけどねw…
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