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想い断つ魔弾

 修学旅行三日目。

 いよいよ修学旅行最大のイベント・班別自由行動の日。


 各班がホテル前で散り散りになるのに伴い、悠人もまた班員であるローラ、叶、解と共に京都の市街地へと足を踏み入れる。

 最初の目的地は稲荷駅で下車してすぐの観光地、全国に約三万社ある稲荷神社の総本山――伏見稲荷大社だ。


「あれ? あの千本鳥居は?」

「残念だけど、あれがあるのは稲荷山の中腹部分なんだよね。ここからちょっと歩いた場所だよ。そして鳥居の先からは『お山巡り』のルートになるらしいんだけれど」

「ほう……この神社が世界的に有名だとは知っていたが、それらを含めて山だとは存じていなかったのだよ。ところでまさかとは思うが、ここから貴君らは登山をする気なのでは……」

「時間的に無理だと思うぞ。修学旅行生としては千本鳥居を見て、それで奥にある奉拝所の見物をすればそれで充分だろ」


 叶と解、そしてローラと会話をしつつ、悠人は参道に堂々と(そび)え立つ大鳥居を潜る。

 そうして間近に迫ってきたのは朱塗りの楼門。神社の楼門としては最大規模の建築物だとされる重要文化財だった。


 だが悠人たちは、立派な楼門以上に目を惹く存在を見つけてしまった。


「あ、昨日の悠くんの知り合いの人だ」

「……む。また会ったな、真祖様……では無く悠人殿の御友人共」


 人間社会に溶け込んでも違和感の無い服装を纏った吸血鬼ゼヘル・エデル。

 昨日に『監視』という名目で観光地の見学に同行していた彼が、まるでこちらを待ち構えていたかのように、楼門前の稲荷像に背を預け佇んでいたのだった。


「……何故またいるのだね」


 何も知らない一般人の前であるが故に敵意を見せられないローラが仏頂面で問い掛ける。すると、こちらもまた主君の目があるが故に敵意を見せられないゼヘルが、こちらに毒気の無い微笑を見せつつ答えた。


「今日もまた、観光に同行することとした」


 無論これが建前であると、悠人もローラも気付いている。ゼヘルの真の目的は、修学旅行における悠人たちにの同行を監視することなのだ。

 しかし、ゼヘルを取り巻く状況は昨日とは少々異なっていた。


「あれ? そういえば昨日はもう一人いたよね?」


 それにいち早く気付いたのは叶だ。彼女が首を傾げるに伴い、悠人やローラも違和感に気付く。

 彼らの疑問に、ゼヘルは少々苦々しげに答えた。


「ああ、ダインスレイヴのことか。彼は……昨日見失った」

「見失った?」


 思わず素っ頓狂な声を上げる悠人。

 二日前の夜、ゼヘルは「たかが監視対象が一人増えることなど自分にとっては問題無い」と偉そうに語っていたはずなのに。それなのに、もう一人の監視対象に逃げられるというのはあまりにも怠慢なのではないか。思わずそう感じてしまった。

 しかしその裏には、のっぴきならない事情があったようで。


「昨日の夜二十三時辺りまでは、確かに共に行動していた。しかし、ふと目を逸らしたほんの一瞬の隙を衝かれ逃げられた。追いかけようとしたのだが、入り組んだ市街地の中で完全に見失ってだな……完全に自分の落ち度だ」


 悠人との真の関係性を怪しまれぬよう敢えてタメ語で返答したゼヘルは、そのまま悔しげに項垂れる。

 悔恨のあまり今にも介錯でもしてしまいそうな彼を、この中では一番機転が利く解がすかさずフォローする。


「まあ、仕方無いとは思うよ。夜の京都もまた魅力あるのは確かだし、彼はきっと一人でそれを楽しみに行ったんだ。そして今になっても帰ってこないのはその延長だろうし」

「……そうか? そうだと良いのだが……」

「うんうん。とりあえず、一度連絡を取ってみたら? そうしたら来てくれるかもしれないよ?」


 ゼヘルの肩を軽く叩きながら優しく諭す解。まるで母親のようだと悠人は錯覚してしまった。

 それから数分ほどの間、解とゼヘルは何かを話し合っていたようであったが、ややあって示談が成立したのか、解はくるりと悠人の方へと首を向け言った。


「ごめん悠人。僕、彼と一緒に連れの人のことを待ってあげることにしたから、悠人は浅浦さんとフォーマルハウトさんと三人で伏見稲荷の観光をしていてくれないかな?」

「は……? そしたらお前、自分自身の観光の時間が無くなるんじゃないか……?」

「どうせそんなに時間も掛からないだろうし、僕は大丈夫だよ。無事に合流できたようだったら、僕も悠人たちの元へ戻るからさ」


 不安と不審から眉根を寄せた悠人に、解は「大丈夫だ」という体で返答する。

 それから彼は、ローラと叶の顔を交互に見渡しながら言葉を加えた。


「それにちょうど、彼女たちに悠人と接近できる暇を与えたいって思っていたところだからね」


 その発言を受けた叶とローラは、何故か頬を紅潮させ、顔を逸らしたり俯かせたりしていた。





 結局、解の好意を受け取り、悠人たちの班は解が抜けた状態で伏見稲荷大社の観光をすることとなった。

 解が離れてしまったのは心寂しいが、それに伴いゼヘルもいなくなってくれたので非常に清々する。唯一、ゼヘルが解のことを先日の遊園地の時のように襲わないかどうかは気掛かりだったが。


 稲荷山から溢れる霊妙な力に満ちた朱塗りのトンネルを、悠人、ローラ、叶はゆっくりと進む。

 幽玄に立ち並ぶ無数の鳥居が織り成す神秘的な空間。何処までも何処までも続く朱色。果たしてこの鳥居の繰り返しは何処まで続くのか……それも分からぬままに一行はただ歩く。


 そんな中、悠人は戸惑っていた。


(……何なんだ? この状況……)


 現在、自分の両隣をキープする二人の少女。それが悠人のことを困惑たらしめていたのだった。


 まず、現在自分の左隣にて密着している叶。

 叶には先日「本当はローラのことが好きだ」という、ずっと自分のことを想い慕ってくれていた叶のことを裏切るような本音を打ち明けてしまった。にも関わらず、彼女は今まで通り……いや、今まで以上に幼馴染の少年に対して積極的になっている。まるで迷いが振り切れたかのように。


 そして、昨日の嵐山観光の時から急に積極性を見せるようになったローラ。この現在も、昨日と同じように自ら進んで居候先の少年に接近しようとしている。

 何故突然積極的になったのかは分からないが、それを疑問に思わないほどまでに、悠人はローラが素直な様子で間近に接近していることに甘酸っぱい想いを感じていた。

 ローラと共に在るようになってから早一か月。その間、ローラに対して淡い恋心を抱くようになった身としては、彼女が積極的になったのは自身の想いが通じたからではないかと思うと非常に嬉しくなる。反対側にいる叶には申し訳無いとは思うものの、同情心から生じた恋心は止まる様子を見せない。


 とはいえ、悠人がローラに接近されていることに胸を熱くしていても、ローラ当人は今何を想っているのか。それは知る由も無い。

 だが、彼女も彼女で非常に清々とした表情を浮かべていることから、彼女も何かしらの迷いを払拭したのではないかと見受けられる。

 例えば、真祖とは壁を隔てて接しなければならないとか真祖とは敵であることを忘れてはならないとかいったクルースニクとしての義務感と、学生生活を送る中で生じた普通の少女としての感情とのギャップから生じた迷いとか……。


「ユート?」


 気付けば、右隣をキープしていたはずのローラの顔が、自身の正面にある。

 彼女の顔には怪訝が浮かんでいて。


「どうしたのだね? いつの間にか足を止めていたようだが、もう観光はいいのかね?」

「そうだよ! 立ち止まって鳥居を見ているのかと思ったら、全然関係無い明後日の方向を見てるし!」


 ローラだけでなく、叶もまた悠人の真正面に移動していた。

 どうやら彼女たちは、思考に耽っていたせいで周囲の鳥居や班員たちを全く眼中に入れなかった悠人のことを気掛かりに思っていたようである。


「あ、悪い……。少し考え事をしててさ」

「全く、シロサキの件やゼヘル・エデルの件を後ろめたく思うのは分かるが、今は素直に観光を楽しみたまえ」


 思いの外優しげな声を掛けてくるローラ。そのまま彼女は、まるで年の離れた姉のような雰囲気で、やれやれと苦笑しつつ手を伸ばしてきた。

 微かに恋心を抱いている相手に、聖女に似つかわしい微笑みと共に手を差し伸べられて。そんな中で手を取らないという選択肢があるだろうか?


「あ、ああ。サンキュな」


 いや、そんな選択肢は無かった。

 いつも以上に優しいローラの魂胆を疑うこともせず、悠人は素直に彼女の白く細い手を握る――




 ――握ろうとしたのだが。




「ユート! カナエ! 伏せろ!」


 突如、ハッとローラの微笑みが掻き消えた。敵襲か何かに気付いたのか鋭い声音で叫び、そのまま悠人と叶のことを強引に押し倒す。

 その直後、ビュンと何かが高速で飛来したような音が境内の静寂を打ち壊した。


「一体、何が……?」


 音が止んで数秒後、悠人は上に覆い被さるローラを押し退け立ち上がる。そして飛来物が飛んできた方向――千本鳥居のトンネルの外にある茂みへと目を凝らした。

 しかし、どう見ても何かいる気配は無い。鳥居の外は稲荷山の観光ルートから外れているのだから、人がいる訳など無いはずなのだが……。


 そう思っていた矢先、再び先ほどと似たようなものが飛来してきた。

 眩き輝きを伴った一発の()()

 間違いない。狙いはこの自分だった。


「――っ!!」


 一か八か、悠人は再び飛んできた閃光を自身の肩で受け止める。

 一般の観光客――ましてや何があっても護らなければいけない幼馴染がいる以上、被害が自分以外に及ぶのは避けたかった。だからこうして、標的自ら急所とならない箇所を撃たせることとしたのだ。


 自分には吸血鬼としての驚異的な肉体再生能力がある。胸なら危なかったが、肩なら生存には充分すぎる。

 しかし急所外であるとはいえ、被弾の痛みと出血が無い訳では無い。撃たれた直後、電撃が走ったかような激痛とぬぬる血が溢れる感覚を察知し、思わず肩を押さえて(うずくま)る。


「悠くん!? どうしたの!?」

「大丈夫だ。ちょっと蜂に刺されただけで……」

「蜂って……それ全然大丈夫じゃないよ! 薬研先生のこと呼ぼうか?」

「いや、本当に大丈夫だって。スズメバチとかじゃなかったから、少し冷やせばたぶん治るはず」


 血にトラウマを覚えている叶にこの惨状を見せる訳にはいかない。悠人は彼女に背を向けた状態で適当にはぐらかす。


(本当に何だったんだ、さっきのは……)


 押さえている傷口がぐちゅぐちゅとか修復していく気味の悪い感触を片手に感じながら、悠人は改めて閃光の飛んできた方向を見遣る。

 しかし相変わらず、そこには何者の気配は感じられず。


 叶はともかくとして、悠人にも襲撃者の正体は看破できなかった。

 しかしローラだけは、突然の襲撃者に心当たりがあるような様子を見せていた。


「まさか、彼奴(あやつ)なのか……?」


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