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接触



『でも、そんなんじゃいずれ取られちゃうよ。君の愛しい人が、君の望まない最悪の形でね……』



 ダインスレイヴ=アルスノヴァが口にしたその言葉。

 それは、奴らの目的にやはり真祖が関わっていることを示唆している。


 本来は敵である彼と友好的に接するべきかどうか、未だに迷いはあった。

 しかし私が彼に対し正直にならなければ、彼が奴らの思うが儘となってしまう危険性が高かった。



 だから、これからどうするべきかは決まり切っていた。



 とりあえず、今だけは。





*****





 金閣寺を含めた三つの世界遺産の観光を経て、次に一行が向かったのは嵐山。四季折々の美景を感じることのできる、京都の人気観光地だ。

 ここで生徒たちは、時間いっぱいまで自由散策ということになっている。尤も、二人の吸血鬼に構われている悠人としては自由を奪われているも同然であったのだが。


「まだ紅葉の時期には早いけれど、それでも秋らしい絶景だよね」


 嵐山でも屈指の人気スポットである渡月橋(とげつきょう)を渡りながら、解が呟く。

 が、悠人としてはやはりそれどころではなかった。


「貴様、いい加減ユートから離れたまえ。現在の彼は貴様だけのものでは無いのだよ」

「聞く耳持たぬな。本来この自分は真祖様に認められし忠臣。故に自分が真祖様のお傍に付き従うのは理に適っている」


 自分の両隣で、ローラとゼヘルが一触即発の雰囲気を放っていたからだ。


 何故か、仁和寺の見学を終えた後辺りから、今まで遠くで自分たちを静観しているだけだったローラが積極的に介入するようになってきた。

 仁和寺の見学の最中、自分に関する話題でダインスレイヴと揉めていたようだというのは何となく察していたのだが、その際彼女に心境の変化が生じたのかもしれない。


(何というか……今までローラと俺の間にあった壁を、ローラは取り除こうとしているのかもな……)


 聖女に要らない余計な感情を排除されて生きてきた彼女とは異なり、自分には真祖に要らないたくさんの善の感情がある。

 それに加えて彼女に対して密かな恋心を抱いているこの身としては、ローラが自分の立場に介意することなく普通の少女としてこちらに接しようとしていることに、この上無い安堵を感じる。


 実際、眷属の目が隣に無ければ、自分はローラの手を迷わず取っていただろう。


(真祖に対する忠義が行き過ぎているゼヘルが何をし出すか分からないから、迂闊にローラに身を寄せる訳にはいかないんだけどな……)


 ともかく今は、こちらを常に監視している最中たるゼヘルを刺激しないようできる限りの手を尽くし、修学旅行を通してローラに『普通の少女』としての在り方を与えてあげることが、自分には求められているのかもしれない。

 故に悠人は、現在己に求められていることを実現するための第一歩として、未だに両隣でいがみ合っている二人の仲介に踏み込むことにした。


「あ、あのさ……とりあえず今は仲良くしよう……な?」


 しかし、何とかその場を凌ぐために口にした言葉は、双方にとっての地雷。


「なっ……何を言っているのだね貴君!!」

「真祖様……それは冗談のおつもりですか?」


 ローラは狂犬じみた表情で吠え、ゼヘルは隻眼を鋭く細め睨んできた。

 「敵同士で仲良くなど言語道断」というのは分かるが、何も知らない一般人たちの目が周囲にあることを忘れてはならない。そう、人間と吸血鬼の境界(どっち付かず)の立場にいる悠人は思う。


「お前らが種族的に分かり合えないってことを、周囲は知らないだろ? だからそうやって開けっぴろげに種族間の争いをされると、カナたちにも迷惑が掛かるし、お前らを取り持っている俺にも迷惑なんだよ」


 ローラには叶の、ゼヘルには悠人自身の、それぞれが被る問題について切り出す。そうすれば、友人を案じる聖女も主君を案じる配下も大人しくなるだろう……そう悠人は考えたのだった。

 そして想像通り、それは幸を為して。


「む……カナエのことがあるならば仕方が無いな。流石に彼女にまで被害が及ぶことは避けねばならん」

「申し訳ございませんでした。主にご迷惑が及ぶことを考慮せずに及んだ自身の横行、充分に猛省致します」


 それぞれが沈静化したのを確認した悠人は満足げに頷き、双方の肩を軽く叩く。


「ほら、分かったなら行くぞ。観光を楽しみにしてる俺の友人たちを苛立たせる訳には行かないからな」

「あ、ああ……」

「御意に」


 ローラは戸惑いつつ、ゼヘルは律儀に、一足先に叶と解の元へと駆け寄っている悠人の後を追った。





 ……が、


「……む、そういえば……」


 不意にゼヘルが、誰の耳にも届かないくらいの小さな声で訝しげに呟く。


 彼の深紅の右目は、何かを探し求めるようにあちこちに動いていて。



「……ダインスレイヴ=アルスノヴァ、彼奴(あやつ)は一体何処に消えた?」



 彼に手綱を握られていたはずの軽佻浮薄な吸血鬼の姿が、何故か何処にも見当たらない。

 そのことに気付いたのは、不運にもゼヘル・エデルただ一人だった。





*****





 ――ローラとゼヘルがいがみ合っている頃と、ちょうどほぼ同時のこと。


「ふんふーん♪ ふんふんふーん♪」


 ダインスレイヴ=アルスノヴァは、悠人たちよりも一足先に嵐山の山中へと立ち入っていた。

 気分が高揚しているのか、鼻歌を歌いながら小径(こみち)を進む足取りは軽い。


「あんなドロドロとした口論に巻き込まれるのは、無関係な僕としてはごめんだからねー。いや、ある意味では無関係じゃないけど」


 うんうんと頷きつつ、ダインスレイヴは天高く伸びる竹が生い茂った静かな小径を進んでいく。

 この小径は『竹林の道』と呼ばれる、渡月橋と比肩できるくらいの有名な見どころなのだが、派手なものにしか興味の無い彼はこの道を単なる通路としか考えていなかった。


「とにかく、あの場は真祖様ご本人に任せるとして。僕は観光を堪能するとしましょうかねー……って、あれ?」


 ふと瞠目するダインスレイヴ。

 彼の視線の先には、一人の少女がいた。


「あの娘……」


 フリルがふんだんに盛られたピンクのワンピースとケープ、ピンクのキャスケット帽子といった完膚無きまでのロリータファッションをした少女。なのに可愛らしい装いには似つかわしくない黒いギターケースとロザリオを装備した、金髪緑眼のおかしな少女。

 そして、何かに陶酔しているかのように頬を紅潮させ、嬉しそうに笑う少女。


「確か、何処かで……」


 ダインスレイヴは、その少女に既視感を感じていた。

 いろいろあったせいですっかり忘れていたが、確かこの西の古都を訪れる前、依頼主がそんな特徴を持つ娘の話を切り出していたような気がする。




『京都を訪れた暁には、貴方には一人の娘と接触していただきたいのです。金髪と緑の瞳を持つ、マリーエンキント教団所属の聖騎士……彼女こそが、アタクシの計画のためのいい手駒になりそうな人物なのですわ』




 つまり、仮にあのロリータファッションを纏う少女が、依頼主の言う『鴨になりそうな人物』なのだとしたら、


「……この好機を利用しない訳にはいかないよねえ?」


 喜悦満面。ダインスレイヴは蛇のようにチロリと舌を舐め、背後から接近。


「もしもーし、聖騎士のお嬢ちゃーん」

「――っ、な……!」


 やおら迫った吸血鬼の気配に気付いた少女は咄嗟に振り返る。

 流石、吸血鬼殺しの一味。こちらに向けてくる敵意は生半可なものでは無かった。


「あんた……吸血鬼……!!」

「あー、いや、別に君のことを襲おうと思った訳じゃないって。ただ単に、君にとっても僕にとっても悪いお知らせを伝えようと思って」


 昼間の吸血鬼は普通の人間と同じくらい脆弱。昼過ぎのこの時間帯、用も無く聖騎士の前に現れる吸血鬼などまずいない。

 吸血鬼に関わる者ならば常識のように知っているその事実を少女もまた理解しているらしく、故にこちら側の接触が襲撃を目的としたものだと誤解されることは無かった。


「……その『お知らせ』って何なの? もしくだらないものだったら心臓ぶち抜くわよ」

「いやいや、くだらなくなんてないって。だって、この情報はある意味では君の生命線に関わるくらいの致命的で耳の痛い話だしね」


 仏頂面ではあるもののほとんど殺意の無い表情で問い掛けてきた少女に、ダインスレイヴはにんまりとした笑顔を向ける。






「だって、本当にこんな事実が起こったら黙ってられないでしょ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だなんて……ねえ?」






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― 新着の感想 ―
[一言] ダインスレイヴ………! 何余計なこと言ってるんだ……! 訳)先の読めない展開にもかかわらず、  話がまとまっていてとても面白いです。
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