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自分にできることは

 深夜になり、暁美悠人が眠りに付き始めた頃、


「……」


 ローラ・K・フォーマルハウトは、ベランダに出て一人想いに耽っていた。

 思い返されるのは、放課後に行われた会合で、最後に霧江に唾棄された言葉。



半々吸血鬼(ハーフダンピール)である俺と海紗はさほど苦しんでいないが、それ以上に濃い吸血鬼の血を持つ父さんはずっと苦しんでいた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、それによって生まれた自身への負い目によってな』



 その言葉を受けた際、もちろん組織を侮辱されたことへの怒りも感じたのだが、それ以上に感じたのは『過去にマリーエンキント教団にされた仕打ち』という一言への疑念だった。


(……奴は、いったい我が教団に何をされたというのだ……?)


 対吸血鬼討滅組織、神の祝福を受けた誇り高き組織、世界を悪しき者より救済する役目を負った高潔な組織――それがローラ・K・フォーマルハウトにとってのマリーエンキント教団の印象。組織に聖女として祀り上げられたその時から、ローラはマリーエンキント教団の綺麗な面しか教えてもらえなかった。


 だからこそ、ローラは知りたいと思う。自身の知らない教団の一面を。自身が知らないところで教団がどのような行為をしていたのかを。

 世界を救済する使命を背負った聖女が自身を奉っている結社に関して無知なのは恥ずべきことなのだと、霧江との会話で痛感させられたから。


(駄目元ではあるが……尋ねてみる価値はあるだろうか……)


 聖女権限でマリーエンキント教団の裏事情を調査することは果たして可能なのだろうかと思いつつも、ローラは携帯電話を開き、電話帳に登録されているとある番号に掛ける。

 待つこと数十秒、求めていた相手は素直に出た。


『珍しいこともあるのですな。姫様自ら私に電話なさるとは』

「少しばかり貴君に尋ねたいことがあったのでな。マリーエンキント教団の最高指導者である貴君ならば、おそらく答えられるであろう事柄だとは思うのだが」

『内容にもよりますな。吸血鬼関連の情報であればいくらでも提供いたしますが、それ以外であれば――』

「レイゼイイン――半吸血鬼ダンピールを匿っている禁忌の一族に関しての話が聞きたい」

『……』


 電話の相手が露骨に黙ったが、それは図星故のものだと決め付け、気にせずローラは言葉を続ける。


「今日、クレド・レイゼイインの息子である半々吸血鬼(ハーフダンピール)と接触した。その際、彼の息子が『自分の父親はかつてマリーエンキント教団による仕打ちによって心的外傷を受けた』という旨の話を語っていたのだが、それは真なのかね?」

『それを知ったところで、姫様は何をなさるおつもりなのです?』

「決まっている。仮に教団が非道な行いをしていたことが明らかになったのならば、聖女として私がそれを糾弾する。神の組織としてあるべき姿に是正するつもりだ」

『……()()()姫様がそう口にするとはたいそう片腹痛い』


 電話の向こう側にいる人物がそう口にした瞬間、ローラは背筋が凍るような心地を感じた。

 まさか、吸血鬼の真祖と盟約を結んでいることが、教団に筒抜けになっているとでもいうのか……?


『主の祝福をお受けになった姫様ならば、現世に蘇ったばかりの真祖を即座に討滅され、すぐさま教団にご帰還なさると思っていたのですよ。ですが一週間経っても『真祖を発見した。現在討滅の機会を伺っている最中だ』以外の連絡をこちらに寄越さず……いったい何をなさっているのです?』

「それは……討滅せんとした最中に四使徒の襲撃を受けたからだ。先に四使徒を殺さねば、真祖を倒すことは困難だとは思わんのかね?」

『私としては、先にまだまともに力を取り戻していない真祖を狙うべきなのでは思いますがね』

「……っ」


 情けないことに、何も言い返せなかった。


 暁美悠人と出逢ってしまったことで、自分は大きく変わってしまった。それまでは皆残虐だと思っていた吸血鬼の、人間とは変わらない温情を、彼と接しているうちに知ってしまったから。

 そして、真祖を倒す宿命だけを抱いて生きてきたのに、たったの数日間で真祖に対し「死んでほしくない」という特別な感情を抱いてしまったのだから。


 話の流れから判断するに、幸いにもあちら側は聖女が真祖と共闘の盟約を結んでいることを知らない様子。だから何故痛いところを突かれたローラがだんまりを決め込んでいるかなど分かってはいないだろう。


『とにかく、半吸血鬼(ダンピール)を匿っている一族については、姫様が関わるべき問題ではございません。姫様はただ真祖を討つことだけを考えていれば良いのです』

「待て。その言い方からすれば貴君はレイゼイインにまつわる過去について何か知っているのでは――」

『それでは』


 そこで通話は途切れた。


「くそっ……!」


 悪態つきながら乱暴に携帯電話を閉じるローラ。

 結局、マリーエンキント教団は頼りにならなかった。どうせ教えてはくれないだろうとは思っていたが、やはり「聖女には関係ない」といった態度で真実を包み隠されるのにはある種の心地の悪さを感じた。


 だが、自分は全てを知らねばならない。神を奉る者たちの罪を暴き処断するのも聖女の役目だから。


「ヴァレンシュタインの権限で聖騎士の誰も真実を語ることができないというのならば、この私が直接調査せねばならないか……」


 ベランダの手すりを強く握りつつ、深く嘆息する。

 そしてローラはベランダから離れ、机の上に置いてあったボールペンを真っ先に手に取った。





*****





 翌日。

 いつも通りの時刻に起床した悠人は、枕元にローラからの置き手紙が置いてあることに気付く。


「なあ、ローラ。この手紙って……」


 尋ねてみるが、送り主の姿は何処にも無かった。


(……まあ、先に起きて朝飯食ってるのかもだけど)


 とにかく今気にするべきなのは手紙の中身だ。寝ぼけ眼を擦りながら、丁寧に折りたたまれた白い紙を開く。

 すると文面には、ご丁寧にも悠人が読めるようローマ字で、以下のような内容が記されていた。



『急用ができた。今日は留守にさせてもらう。ヨリコ殿には言伝(ことづて)済みだ。心配はするな。

また、それに伴い学業も欠席する。教師には『風邪を引いた』とでも伝えてもらいたい』



「……は?」


 文章を読み終え、思わず呆けた声を漏らす悠人。

 なるほどだから彼女はいないのかと呑気なことを考える傍ら、果たして急用とは何なのかという疑問が際限無く湧き上がる。


(用事って、教団の聖女としての仕事のことなのか……?)


 だとすれば妙に納得がいく。クルースニクが真祖と共に仲良く行動しているところを他の教団員たちに目撃されれば、彼女の教団での体面は損なわれてしまうだろうから。

 だが真祖が吸血鬼の残酷な本性を露わにしないよう監視するという役割も担っている彼女が、監視対象のことを野放しにして良いものなのだろうか。


(それだけ俺、あいつに信用されてるってことなのかな……)


 そんな考えをふと抱いた時、部屋のドアが急に開いた。



「悠くーん。起きないのー?」



「カ、カナ!?」


 ひょっこり顔を覗かせた幼馴染に仰天し、ベッドから転がり落ちる悠人。


 実を言えば叶は昔から寝坊しそうな悠人を起こす役目を(勝手に)担っている。だから朝から彼女が部屋に突入していることに関して特に驚きは無い。

 では何故悠人は驚きのあまりベッドから落下したかと言うと、それはローラからの書き置きに気を取られ周囲の様子を窺うことを怠ったからに他ならない。


「うわあ……。悠くん、カッコ悪……」


 床に倒れ伏す幼馴染を目撃した叶は呆れたような表情をしていた。誰のせいだと言いたい。

 転がり落ちたと同時に身体に纏わり付いた布団を剥ぎ取りつつ、悠人は彼女に訴えた。


「急に驚かすなよ……」

「だって悠くん、いつも朝ご飯食べてる時間になっても降りて来ないんだもん。何かあったんじゃないかって心配したんだから」


 若干拗ねたように言う叶。そんな様子の彼女でも、この家の居候の不在には気付いているようで。


「そういえば、ローラちゃんは? 家来た時は見かけなかったけど」

「あいつは今日は用事があるんだってさ。学校も休むらしい」

「そっか。……それならよかった」

「は?」


 今、彼女は明らかに「それならよかった」と言っていなかったか?

 友人が不在なことで何か利益を得ることでもあるのかと疑問視する悠人を目の当たりにし、叶は自分がとんでもないことを口走った事実に気付いたようだ。


「……あ、ううん。何でもない」

「何でもないなら余計なこと言うなよ。仮にもローラはお前の大事な友達だろ?」

「そ、そうだね。本当にごめん、ローラちゃん。今この場にはいないけど」


 苦笑いしながら、叶は言う。そしてさらに「早く降りてきてねっ」と言い加え、まるで逃げるようにこの場を立ち去っていった。


「……変なの」


 悠人は支度をすることも忘れ、しばし叶が去って行ったドアの方向をじっと見つめていた。




 ――この叶の発言の大きな意味はそう遠くない未来に暴かれることとなるのだが、それはまた別の話である。




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