89 異国の来訪者
「ん?」
ショッピングも終わったし、さて帰ろうなぁと思いながら3人で王都を歩いていると、何やら通りかかった路地に人が倒れてるのが見えた。
珍しいことに、その人物は黒髪で長い髪を後ろに纏めている侍のような服装の男性であった。
「がぁ……ぐぅ……」
すやすやと気持ちよさげに寝ている侍。
というか、あれって着物だよな?
やっぱり、どこかしらには日本文化が根付いてそうな地域もあるのだと再確認をして、俺はスルーすることを決めた。
うん、よく分からないけど、寝てるだけみたいだし放っておいても問題ないだろう。
「……んお?」
そんなことを考えていると、仰向けになってから寝ぼけたように目を開けた侍と視線がかち合う。
無精髭の強面のその男は婚約者二人を侍らせて見下ろしている年下の子供に対してどんなイメージを持つのか。
「……親子?」
「私は騎士だ!誰が母親か!」
「シャルティア、断定するのは早いから」
「……いや、どう見てもシャルティアが母親で、私がシリウス様の姉だと思う」
どうやら、婚約者二人を侍らせてる年下の子供とは予想せずに、無難に親子、姉弟で結論したらしい。
シャルティアが母親でセシルが姉か……両方とも本物が居るし、今世の母様も姉様も大好きなので、2人は婚約者がいいかな。
「お兄さん、そんなところで何してるの?」
シャルティアを宥めて、お姉さんぶろうとするセシルに後でとリクエストすると、とりあえず俺はその男に尋ねてみる。
本当はスルーするつもりだったが、声を掛けてしまった以上仕方ない。
「なあ、お前さん貴族の子供か何かか?」
そんな俺の問いかけに、男は俺をジッと見てから逆に問い返してくる。
「だとしたら?」
「いや、何、ただの興味本位だから気にしなくていい。悪かったな」
あまり貴族などの訳アリのお忍びを口にするものでも無いと男はそう詫びるが、その様子から何となく悪い人ではないかもしれないと思えた。
「実は国から出てきたんだが、金がなくてな。仕事を探そうにも夜中に着いたから泊まる所もなくて、ここで野宿してただけだ」
現時刻はオヤツの時間を過ぎた頃。
夜中から随分と爆睡していたものだが……場所的に警備の兵士に見られなかったのは幸いとも言えるかもしれない。
普通に見たら不審者にしか見えなかっただろうしね。
「そっか、お兄さんはどこの国から来たの?」
「東にある大陸の小国の出さ。海を渡ってきた」
「へー、凄いね」
ということは、やはりそちらが日本文化に近いものがありそうな地域になるか。
確信が深まったので有り難い。
「でも、わざわざ海を渡ってまでウチの国に来るなんて、何か悪いことでもしたのかな?」
「はは、悪いことなんて沢山したぜ。まあ、その辺はご想像に任せるが……この国は良い国だと有名だからな。来て分かったよ。この王都だけでも、俺の居た国の人間よりも生き生きとして日々を暮らしてる。何とも住み心地は良さそうだ」
そう言われると悪い気はしない。
父様や兄様達、この国の人達の努力を褒めらて嬉しくなるくらいには俺にも今世は愛国心があるのだろう。
「なあ、冒険者ギルドはどこにあるんだ?」
「この通りから西に行った場所だよ。ところで、お兄さん名前は?」
「ん?ああ、俺の名前は虎太郎だ。侍……じゃあ、伝わらないか。この国風に言えば異国の騎士ってやつだ」
立ち上がると、二メートルはありそうな大男で、強面と合わさって中々迫力があった。
シャルティアは警戒気味にその男……虎太郎に視線を向けているが、向こうはそれを分かった上で受け流していた。
ふむ……思ったよりやり手なのかもしれないな。
「それにしても、女の騎士も居るとは凄いな」
「見るのは初めて?」
「男の方が向いてるからって、決まりでもあるのね?行く先々で男の騎士しか見たことはないな」
「そっか、でもシャルティアもセシルも俺の婚約者だから、あまりジロジロ見ないでよね」
「婚約者?へー、そりゃ凄い」
俺と二人を見比べて驚いたように表情を一瞬変えるが、どこか感心したように頷く虎太郎。
「何にしても、ありがとうな坊主」
「シリウスだよ」
「そうか、シリウスって呼んでもいいのか?」
「うん、今はただのシリウスだからね」
「なるほど、それはそうだな」
貴族が平民のフリをしてお忍びで出掛けているのだからこその言い訳だが、それに納得する虎太郎。
そうして、俺はその日少し変わった人物と知己になるのであった。





