52 奥の手
「この部屋だ」
王城にあるとある部屋。
そこで立ち止まると、ノックをして入るヘルメス義兄様。
俺も後に続くと、中には大きなベッドと、そこに寝ている少女と介護するメイドさんが居た。
「フローラ、起きてるか?」
「……はい、お兄様」
「気分はどうだ?」
「大丈夫ですよ。ところで……お客様ですか?珍しいですね」
無理やり笑みを作っている少女。
俺と同じくらいの年頃だろうか?
綺麗な青い髪と、空色の瞳でかなりの美少女なのだが、肌が真っ白で顔色も悪い。
あまり食べれてないのか痩せてる姿を見て、俺は少しだけ嫌な予感がしてくる。
「ああ、私の義弟で、ローザの弟のシリウスだ。フローラに会わせようと思ってね」
「そうでしたか、このような姿ですみません……けほけほっ!」
「お嬢様!」
「大丈夫……ありがとう、アンネ」
気丈に振る舞うが、辛いのは見てて分かった。
俺はそっと近づくと、軽く治癒魔法をかける。
――が、治癒が追いつかないくらいに複数の病があることが分かってしまった。
「なるほど……『厄集めの呪い』ですか……」
「ああ」
厄集めの呪い――それは、所謂特異体質で、あらゆる病気を周囲から無造作に集めてしまう、病弱体質のこと。
英雄だった前世には、何人かこの手の体質の人も居たが、この世界で見るのは初めてだ。
「神官の治癒も追いつかなくてな。幸い症状の進行は遅いが……」
それがかえって、彼女を苦しめてるということか。
「それと、生まれながら足に障害もあってね……歩くことが叶わないんだ。本当に何でこの娘だけにそんな厄が集まるのか」
忌々しそうにそう呟く義兄。
「なるほど……足は無理そうですが、病気の方はなんかなるかもしれませんね」
「……本当に?」
「ええ、ただ、俺の奥の手でして……それと、やり方に少々問題がありまして」
「構わない。秘密は守るし、治るならそれがベストだ」
真剣な様子のヘルメス義兄様。
フローラ様を見ると、健気に微笑んでおり、治してあげたい気持ちと、これからする事を考えて悩ましくなる。
「……分かりました」
覚悟を決めて、俺はフローラ様に近づくと、無理やり笑うフローラ様の唇をそっと――俺の唇で塞いだ。
突然のことに驚く周りと、フローラ様。
でも、その後の現象に更に驚く。
「これは……治癒なのか?でも、こんな神々しい光見たことが……」
辺りには、温かい緑色の光が溢れかえっており、更には俺とフローラ様もその光に包まれる。
普通の治癒では、厄集めの呪いの前ではかえって苦しめてしまう。
いくら魔力量が多くて、魔法を使えても、この体質の前ではあまり意味は無い。
……そう、普通なら。
人間の体内に直接、こうして治癒を送り込むこの方法……キスだが、キスというより人工呼吸に近いか?
この方法なら、俺の魔力量で無理矢理深部まで届かせることが出来る。
まあ、本当はもっといいやり方もあるのだが……その方法はR18指定なので、未成年の俺には出来ない。
それに、キスですら本当に申し訳ないくらいだ。
俺みたいな会ったばかりの人となんて、誰だって嫌だし、厄集めの呪いの人達にこの方法が知られたら、男も女もこうして治すことになるので、本当はあまりやりたくない方法なのだ。
そうして、数分、落ち着いて唇を離すと、フローラ様は顔を赤くして、潤んだ瞳で俺を見つめていた。
「ふ、フローラ様?お加減は……」
「ふぇ……?あ、あれ?苦しくない……」
顔色も元に戻り、同時に俺から少しだけ精気を送ったことで体調も多少安定しただろう。
よろけそうになるのを踏ん張ってから、俺はフローラ様に言った。
「厄集めの呪いの体質が、消えた訳じゃないので、その……定期的に治療が必要ですが、ひとまず苦しむことはないと思います」
厄集めの呪い自体は打ち消すことは出来ないが、こうして定期的に俺が病気を抜けば、普通の生活も送れるだろう。
……ただ、定期的に俺がキスしないとダメという意味でもあるのだが……
「驚いたよ……シリウス、君は本当に凄いね」
「いえ……それより、フローラ様には悪いことをしました」
「いいえ、助けて下さってありがとうございます」
体調を確認してから、そう微笑むフローラ様。
ファーストキスだったら本当に申し訳ない……でも、これは人工呼吸と同じで人助けなのでノーカウントでいいと思うんだ。
「しかし、渋ってた意味が少し分かったな。これだけのことをするのに必要なのがキスなら、確かに躊躇うのも分かる」
「すみません……」
「いや、シリウスには感謝しかないよ。ありがとう」
3人からお礼を言われるが、少しふらつくのを抑えるので必死だった。
思ったより、精気を送り込み過ぎたようで、俺も後でゆっくり休まないとな。
「それでだ……定期的に先程の治癒が必要なんだよね?」
「ええ、まあ……」
「ふむ……」
チラッとフローラ様と俺を見てから、ヘルメス義兄様は頷くと言った。
「よし、ならシリウス。フローラを娶ってやってくれないか?」
「お、お兄様?」
「俺がですか?」
「まあ、傷物にした責任を……ってね」
それを言われると弱いが……
「冗談だよ。でも、これからもフローラが生きるにはシリウスの力が必要だし、形だけでもどうかな?無理強いはしたくないが……」
「ダメですよ、お兄様。私みたいな欠陥品を……足だって動きませんし……シリウスに迷惑をかけます」
「どうなのシリウス?」
欠陥品ねぇ……
足が動かないことと、定期的に厄集めの呪いの体質の治療が必要な程度で果たして欠陥品と言えるのだろうか?
俺としては、唇を奪った罪悪感もあるし、婚約者ってことなら、フィリア達に余計な心配をかけないで、済みそうだが……
「うーん、フローラ様が嫌じゃ無ければいいですよ」
「私はむしろ……いえ、でも、宜しいのですか?」
「うん、ただ、正妻のフィリアの序列を崩したくないからそこだけがねぇ……」
そんな心配があったが、ヘルメス義兄様はそれに頷くと言った。
「ああ、それなら心配ない。この娘の母親は庶民で、序列は多少低くても問題ないし、私としても可愛い義弟に任せられればそれが1番だしね」
「……じゃあ、後はご本人の気持ちってことで」
そう聞くと、フローラ様は少しだけ迷うように言葉を選んでから聞いてきた。
「あの……私、こうして誰かに頼らないと生きられない上に、足も動かない欠陥品ですが……宜しいのでしょうか?私なんかで……」
「うーん、そんなに自分を下げなくてもいいんじゃないかと」
「え……?」
「フローラ様、可愛いし、話してて優しい人だって分かるから、俺はそれで十分かなって」
はい、ぶっちゃけ、容姿だけならフィリアと同等に俺の心に刺さるものがありました。
足が動かない?
なら、俺が運んであげるし、色んなとこに連れていくよ。
生活の手助けだってしよう。
厄集めの呪い?
苦しまないように、ちゃんと治療してあげるし、その程度問題ない。
まあ、俺にしたらその程度ならハンデにもならないし、子供が出来ないならそれでも構わないかなって。
……ええ、そうですよ。キスして情が芽生え初めてしまったんですよ。
これ以上側室増やす気無かったけど……むしろ、こういう娘とならゆっくりライフ過ごせそうだし、それに、好きに生きると決めたので、好色でもなんでも好きに呼んでくださいな。
そんな俺の言葉に、フローラ様は少し俺を呆然と見つめてから……くすりと笑って言った。
「シリウス様は、変なお方ですね」
「そう?」
「あの……私のこと、呼び捨てにしてくれませんか?」
「……分かったよ、フローラ」
「では、シリウス様……ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
そう微笑むフローラは、凄く可愛かった。
そうして俺にまた婚約者が増えた訳だが……フィリア達にちゃんと説明しないとなぁ……





