大根どうでしょう ②
「ではまず一杯」
お互いに日本酒をさしつさされつまず、一杯。九王沢さんも、お猪口をくいっと傾けたり、徳利を持ってお酒を注ぐ姿がさまになるようになった。
「日本酒飲んでるね、九王沢さん」
「はい、わたし常温の日本酒が飲めるようになりましたよ☆」
きんきんの冷やも、ちりちりのお燗も美味しいが、お酒の味と香りをそのまま楽しむのには貯蔵してあるままの、常温が良かったりする。九王沢さんも日本酒呑み助になってきた。
ちなみに日本酒美人は「うなじ」だと言うが、それは和服美人の襟足から覗いた首が色っぽいと言うのと混じっていて、実際は徳利の鶴首を持って注ぐとき、思わずもたげた首筋のラインが、たおやかで色気がある、と言うことだろう。
「お酌も強要されると嫌だけど、呑み頃に出来上がったお酒を、一杯ずつ分かちかってさしつさされつするのは悪くないでしょう?」
「はい、親しく飲んでる感じがして何だか楽しいですよ。…ところで最初はお燗ですか?あんまし熱くないんですね?」
「今日はぬる燗だよ」
いわゆる人肌と言うやつである。ほんのり温かいお酒の方が、味も匂いも飛ばないし、早く冷めるのを気にせず楽しめるのだ。
「那智さんのところでもお燗しますけど、チリチリですよ…」
「それは早く酔っ払いたい人がやるんだよ。地獄燗て言ってアルコールが蒸発してくから、アルコールの味しかしない」
さっさと飲まないとお酒が寒冷ましになって、なんの味もしなくなる早飲み上等の酒である。
「熱くしなくてもぬるいくらいで、お燗は温まるよ」
「はい。なんかポカポカしてきて気持ちいいですよ…」
と、九王沢さんがあったまったところで、ほんの突きだしを差し出す。
今夜は大根飲みフルコースである。突きだしは、あったかい大根料理へのつなぎ。ほんの場つなぎの酒肴である。
小鉢に盛られたのは、沢庵の寒干しを薄切りにしたものだ。一般的な塩辛い沢庵ではなく、純粋な干し大根。これに味はついていない。添えるのは生姜の絞り汁、お醤油をお好みで。地味だが、中々座を持たせる肴である。
「あっ、パリパリですね。素朴なお味です。生姜の香り付けがいいですね。噛み続けると、お大根の自然な甘さが沁み出てきます…お醤油ちょっとでいいかも」
合わせて出したのは、烏賊の糀漬けの大根おろし添えである。
烏賊のワタと身をつけたいわゆる塩辛なのだが、米糀で漬けてあるので味はまろやか、ねっとりとした旨味が楽しめる日本酒の好敵手だ。これに大根おろしを添える。
「糀漬けだから、甘くてこってりしてますね。だから大根おろしがちょうどいいお口直しです」
「ふふふ、そうでしょう。ほら(お酌)ぬる燗の残り、飲んじゃっていいよ。…冷たい二品が出たからそろそろ、あったかい大根でいこうか。お酒は冷たいのがいいね。あっ、八海山、冷やして持ってきてたんだちょうどいい」
お店の冷蔵庫から出してきたのか、八海山の深緑の酒瓶は、ほのかに汗を掻いていた。
「じゃあ、ブリ大根ね」
この時期、脂が乗ったブリのあらを見つけたら、やらずにいられないのが大根との炊き合わせ。刺身や切り身でとった後のあらは骨も皮も遠慮なくついているが、美味しいとこだらけである。骨からも旨味が出るし、黒い皮はもちもちの身と一緒に、煮込むとトロトロになる。
甘めに煮込んだこの汁を大根に吸わせると、ブリ以上に美味しいのである。
ブリの旨味を沁み込ませるのには少し時間が掛かるが、わたしは少し大根が縮んで飴色になったのが大好きだ。これは大根に旨味が沁みた分、水分が出て縮んでいるのである。
なので噛むと、じゅわりと旨味そのものが飛び出してくる。
「すごいっ間違いないですね、ブリ大根!これ、教えてください!」
「うん、貧乏な那智くんも喜ぶと思うよ。コスパいいし。…ここだけの話、煮汁をとっておくと、大根さえあれば何回でも楽しめるんだ」
「ええっ、本当ですか!?これが何度でも…!それはお得です!那智さん家の冷蔵庫に常備してあげなくては!」
「煮汁甘いから腐りやすいので、臭みが出てきたら気をつけてね」
また、ブリは脂っこいので、あまり食べすぎると、お酒にも障る。一人一品、小鉢で十分だ。
「さて、ブリは美味しいけど、長っちりの酒飲みには、座持ちが悪いかもね。…てわけでもっと手軽に作れて美味しいのが、豚バラと油揚げの煮込み」
こちらは年中手に入る材料で作れるし、ブリ大根のように沁みるのを待たなくていい。さっと作って煮えばなでも、沁み沁みを味わえる。
「うわーっ、おつゆたっぷりです!出汁つゆとお砂糖で味をつけただけなのに、優しくてまろやかな深みがあります…」
「豚バラの旨味がいい味だしてるのよ…」
スープは薄い黄金色。大根も、お揚げもじゅんわり沁みる。大根はごろごろ豪快に切った方が食べごたえがある。
「こちらはブリ大根と違って薄味だから、スープを直接飲んでもあったまれますね…」
「うん、これは全然、おつゆ飲んじゃっても美味しいね。あったまったところで、冷酒が美味しいし」
八海山は、深情けと言うわけではないが、甘味のふくよかなお酒だ。冷やすとより味がしまって、甘さが爽やかになる。清楚と言う表現が相応しい。
「さあ、冷や酒にはおにぎりだ。ぬく飯でおにぎり握ったから、しめにお食べよ」
ころりと、手頃なおむすび二つをお皿に乗せて九王沢さんに出す。
一品は、ご飯に明太子を混ぜ込んだおにぎりである。
「あ、中に四角い大根の糠漬けが入ってますね。お大根の辛みが残っていて、明太子のお口直しに本当にいいですよ!」
淡くまぶした明太子飯にしゃくしゃくの大根漬けがアクセントの一品である。
「こっちは菜飯ですか?大根の葉っぱをまぶしてあるみたいですが…」
「大根の葉っぱをちりめんじゃこと炊いたんだ。それをご飯に混ぜ込んでおにぎりにしました」
胡麻油で刻んだ大根の菜っ葉を、ちりめんじゃこと炒めたのである。青臭い菜っ葉だが、油でちりめんじゃこと炒めるとしんなりして食べやすい。しかも時間が経つごとに、じゃこから魚の旨味が、菜っ葉に沁みて馴れてくるのだ。ちなみに炒めるときに、鷹の爪を混ぜてピリ辛にしてもよし。
「うん、こっちも美味しいです!なんかあと引くお味です…」
「ご飯に混ぜなくても、タッパーにとって常備おかずにしても美味しいよ」
しかも塩漬け菜っ葉より、日持ちするので重宝だ。
「それにしても、ぬくいおにぎりに冷酒美味しいですね」
「でしょう?熱々炊きたてより、お酒に合うとわたしは思うんだよね」
冷酒にぬく飯おにぎりを堪能したら、お腹を温めて、締めくくりだ。
「あったまるには、やっぱりお味噌汁だよね…」
大根は、白味噌仕立て。油揚げを入れてもいいが、入れなくても美味しい。しかし一つ、欠かしてはいけないものがわたしには、ある。
「油揚げは入れなくても、七味はたっぷりと!」
「ちかげさん、かけすぎでは…!?お味噌汁真っ赤ですよ…」
いやいや、これがあったまるのである。
「喉痛っ。七味入れすぎたかも…」
さて今晩は、大根どうでしょう。




