第22話 『海洋国家と大陸国家』
「まずはヒノモト人、チャイカ人、アリコ人が地政学的に全く異なる属性を持った人種である……ということから説明しておきましょうか」
そういうとウェンディは、椅子の背もたれに沿って、一度大きく伸びをする。そんな様子の家庭教師を見ながら、ヤマトは少しだけ言い難そうに苦言を呈する。
「肌の色は似ていても、民族性がまったく違いますよね。アジア人と一括りにされるのには、大きく抵抗を覚えるほどです」
このヤマトの発言を、その場にいるヒノモト人たちは強く頷いて肯定する。
確かにヒノモト人、チャイカ人、そしてアリコ人はまるでソリが合わない。まったく異なる思考回路を持ち、まったく異なる価値観を有するのだ。
「そうね。では、どうしてこんなに違うのかというと、これには国家の特性が大きく影響しているの」
ヤマトの言葉に頷いたウェンディは、自らのグラスに葡萄酒を注ぎながら、講義を始める。
「ヒノモトは地政学的には海洋国家。チャイカは大陸国家。この属性の違いをキチンと理解しましょう」
ヒノモトは、地図を見れば一目瞭然。国土の大部分が海に囲まれている島国の海洋国家だ。
反対にチャイカは巨大な大陸をベースにした大陸国家として分別される。
「海洋国家と大陸国家の定義や学術的見解は極めて複雑で、それを説明し始めたら夜が明けてしまうから、ここでは説明を省くけれども……」
ウェンディの言う通り、地政学的な国家属性の分別は難解である。細かく突き詰めると、それだけで本数冊分の情報を必要とする。
ここではおおまかに、海洋国家と大陸国家という属性を漠然と理解しておけば良いだろう。
「海洋国家は、まぁ単純に言えば、どれだけ海と関わりが深いか、ということね」
ウェンディの言葉を受けて、セルマも口を挟む。
「そうですね。ヒノモトの小学校には当たり前のようにプールが設置されていて、水泳の授業があることにも驚きました。これは海洋国家ならでは、だと思います」
セルマの言う通り、ヒノモトでは教育の一環として水泳が盛り込まれている。ほとんどのヒノモト人は小学生のうちに実技で水泳の基礎を学ぶのだ。
それに対して、大陸国家の多くは海すらロクに見たことも無い、泳いだことすらないという人間も多い。
「さて、ここで質問です。あなたの領土を同じ広さで貰えるとしたら、島と大陸のどちらが良いですか?」
このウェンディの質問に、その場にいる全員が『島』と答える。
無理からぬことだ。つい先ほど、島国が地政学的に優位であるという話を聞いたばかりである。そうでなくとも、海洋の持つ防衛力は軽視できないものがあるのだ。
「ま、当然よね。領土は人間が生きていくための根幹とも言える場所だから、少しでも有利な地形を得たいと考えるのはごく自然なことよ」
産業を営み、娯楽を享受し、休息を得る……そういったあらゆる経済活動、日常生活が行われるところが領土なのだ。言わば自分の存在が許される場所なのである。少しでも安全な領土を欲するのは、生物としての本能なのかもしれない。
「海洋国家は穏和で悠長、そして協調的。大陸国家は主観的、革新的、覇権的というのが概ねの特徴ね。例外も数多くあるから一概には言えないのだけれど」
ウェンディのこの説明は、それぞれにヒノモトとチャイカを当て嵌めれば合点が行く。少なくともヒノモト人が抱く国家のイメージ像に限りなく近いと言えよう。
「領土が島であるという事実は、本当に安心感がありますね。少なくとも侵略に対する恐怖は、大陸と比較にならないと思います」
ヤマトはストレートな感想を述べる。
例えば、大陸が国家で分割されているといっても、大地に線が引かれている訳ではない。国境に関しては神経質にもなるし、陸続きのリスクも無視できない。
仮に河川などで境界が区切られていたとしても、大雨で流れが変わるなどすれば、悶着が起こるに相違ないのだ。
それに比べて島国は、防衛力に優れながら、画然たる境界線となる海に囲まれているので、安全かつ安心なのである。
「チャイカやシロアが判り易い例だけれども、大陸国家が陸上支配の拡大に動く心理はなんとなく理解できるでしょう?」
ウェンディの言葉に、その場にいる人間たちは大きく頷く。
大陸国家の目的は、まず自領の確保にある。自分たちが存在するための地盤を守りたい。そんな当たり前の心理が根底に存在するのだ。
ところが話は、そう単純なままでは終わらない。
『自分たちの居場所が奪われるかもしれない』
そんな不安を伴った心理は次第に膨張していく。それがそのうち、同じ陸続きの人間たちに負けてなるものか……という気持ちを生み出し、いずれ自分の領土を脅かす恐れのあるものを排除し、支配し、そして拡大を是として突き進み始めるのだ。
「環境や経験が人間の性格を形成していくように、環境や歴史が国家の性格を作っていくのですね」
ヤマトのその言葉に、ウェンディは神妙に頷く。
「明確な境界線が存在しないというのは、そのぐらい怖いことなのよ。恐らく今のチャイカは、チャイカ大陸とそれに伴う半島、海域のすべてを飲み込むまで拡大を止められないのではないかしら」
チベート、ウィグル、モンゴールを飲み込み、更にはスプラトリー海域。ひいてはヒノモト列島をも勢力下に収め、太平洋の彼方を眼下に望む。
そこまでしないと、チャイカは心の安寧を得られぬのであろうか。想像すると恐ろしいことである。
「加えてチャイカは国家としての帰属意識……つまりアイデンティティが希薄なの。それがより一層、拡大路線に拍車をかけている側面があるわね」
このウェンディの講説には、この場にいる多くの人間が違和感を覚える。
チャイカは徹底した愛国教育を行い、また周辺国への憎悪を国民に植え付ける政策を推進している。四大文明のひとつ『黄河文明』の発祥地でもあり、その歴史も長い。そんな国のアイデンティティが希薄だと言われてもピンと来なかったのだ。
「大仰にチャイカ四千年の歴史……などと言うけれども、実際は建国して七十年やそこらの国家でしかないの。アイデンティティが確立されている訳がないのよね」
そう、当たり前のように言ってのけてから、自国の学者の言葉を引き合いに出す。
「メアリー合衆国の政治学者はこう言ったわ。『チャイカとは国家を装った文明である』……と」(※)
ウェンディは、なおも偉人の言葉を引用する。
「ヒノモトの昔の政治家はこうも言ったわね。『物あれば必ず名がある。しかるにあの大陸には国の名が無い』……と」(※)
その家庭教師の言葉の意味を、ヤマトたちはすぐには理解できなかったが、そのうち得心したように頷いた。
「……確かにその通りですね。唐、元、明、清、どれも朝廷の名前であって国の名前ではありません。チャイカという名も、それと同列に思えます」
ヤマトは自国の歴史はもちろん、世界史にも通じる史学マニアだ。こうした話題にはすぐに順応することができる。ウェンディはそれを受けて、嬉しそうに話を続ける。
「それに比べてヒノモトという国は、ミナモトノ・ヨリトモが天下を取っても、アシカガ・タカウジが天下を取っても、トクガワ・イエヤスが天下を取っても、ずっと一貫してヒノモトだったのよ」
ヒノモト人たちにとっては当たり前のことだが、改めて言われてみると、面白い視点のようにも思える。そしてつくづく、ヒノモトとチャイカの国家特性の違いを認識するのだ。
「つまるところ、仮にチャイカ共産党が現在の政権から引き摺り降ろされるようなことがあれば、あの国は『チャイカ』ではなくなると思うわ」
この家庭教師の考え方は、この場に居るヒノモト人たちには斬新に思える。しかし全くその通りだとも思うのだ。
朝廷が変わり、権力者が変わるたびに国名が変わり続けた国家。
ヒノモトと違い、統一名称を受け継がなかった国家。
チャイカ共産党の独裁体制が崩れれば、また別の国名に変わってもなんら不思議ではない。
「もっと判り易く説明しましょうか。例えばヒノモトの総選挙で与党が破れて、政権交代が起こったとしても、国の名前はヒノモトのままでしょう。でもチャイカは違うの」
ウェンディの言葉には説得力がある。
しかしそうなると、現在チャイカ大陸と呼ばれている、あの大陸の名前も変わってしまうのだろうか。若者の脳裏には、ついそんな余計な考えも浮かんでしまう。
「国家としてのアイデンティティが希薄だと、そのぶん拡大路線に拍車がかかるの。自分たちの存在がアヤフヤであることが怖くて、暴力的になるという理屈よ。彼らも彼らで、国家としての立場を確立しようと必死なの」
ウェンディは諭すように言ってから、フゥと小さく息を吐いてワイングラスを傾ける。
「さて。この国家属性、アイデンティティといった要項も踏まえて、なぜヒノモトと南北アリコが地政学的に敵国なのか、それをじっくりやっていきましょうか」
ウェンディはもう一度小さく伸びをすると、呼吸を整える。
長い話になるのだろうか。生徒たちは少し姿勢を正して、家庭教師の言葉の続きを待った。
(※)ここで書かれているアメリカの政治学者というのは、ルシアン・W.パイ氏のことです。
『恐怖の地政学 T.マーシャル氏 さくら舎』参照
(※)ここで書かれているヒノモトの政治家というのは、かつて『憲政の神様』と言われた尾崎行雄氏のことです。
『「反日」中国の真実 加藤隆則氏 講談社』参照




