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「はい、今は寝てます」
午後十六時、芹澤さんからの電話に出た私は簡単に葉山さんの状態を説明していた。
仕事が終わり次第ここに来ると言う芹澤さんに返事をして電話を切る。
――マインドコントロール。
さっきから私がやっているのはそれだ。
相手は三十路を過ぎたおっさん、相手は三十路を過ぎたおっさん。
繰り返し年の差を自分に思い知らせる。大体、見た目年齢が若く見えるからいけないんだと思う。
八つ当たりしながら頭を抱える私に、玄関のチャイムが響いた。
「芹澤さん……じゃないよね」
さっき話したばかりで今来るのはどう考えても可笑しい。液晶で来客を確認して、私の身体は凍り付いた。
「――宮坂、さん」
物凄くタイムリーな人が来た。
オートロックの自動ドアがある筈なのにどうやって入って来たのか、とか。何で葉山さんの部屋を知っているんだろう、とか。瞬間的に沢山の事が思い浮かんだけれど、考えてみたらそんな事はどうにでもなりそうだ。どうしようか考えて、やっぱりどんな解決策も思い付かなかった私は、仕方なく葉山さんの部屋に向かう。
ノックをして、少し待つ。
返事は無いけれど、とにかく来客を知らせなくてはいけないとドアを開ける。
「葉山さ……わっ!」
部屋に入ろうとした私の腕は思いも掛けない程の強い力で引かれて、鼻先に鈍痛が走る。
「いった……」
じんじん響く痛みに文句を漏らした私を葉山さんは難しい顔をして見下ろした。
引っ張ったのは言わずもがな葉山さんで、不満気に見上げた私に、しっとりとした声で問い掛ける。
「お前、俺が好きか」
「はい?」
急な質問に呆けた私の目を見据えて葉山さんはじっと返答を待つ体勢になる。どう答えても地雷を踏みそうだと瞬時に私は悟ったけれど、出てくるのは唸り声。
「あー……えっと、その、それは、どういう意味ですか」
「好きに解釈しろ」
「人として、は、好きですが」
「まぁ、良いだろう。今はそれで充分だ。来たのは宮坂で間違いないな?」
「何で知ってるんですか」
「予想は付く」
葉山さん体調は、と聞こうとした私を置いて、部屋を出ていく後ろ姿。
いやいやいや、と目が点になった私は立ち尽くし、玄関があるであろう方向から宮坂さんらしき人の大きな声が響く。
風邪は大丈夫なんですか、私は置いてきぼりですか、宮坂さんをどうするんですか、様々な疑問がぐるぐる私の中で回ったけれど。
「落ち着け、私」
深呼吸して、あ……なんか良い匂いがする……って違う!違う!葉山さんの匂いが良い匂いとか思っていない。これは加齢臭だと思うようにして。
「……私が出ていくのは、色んな意味で危険だと思う」
と言うことで、葉山さんの部屋から出ないように決めた私の耳につんざくようなヒステリックな声が届く。ぎゃあぎゃあと喚いているのがひっきりなしに聞こえてくる。宮坂さんって打たれ弱い癖に怖いもの知らずなんだな……と何故か冷静に考えながら葉山さんのベッドに腰掛けた。
簡易ベッドも簡易と言えないくらいに気持ちが良いけれど、葉山さんのベッドはしっかりしたものだから更に弾力性と柔軟性に優れているらしい。こんな機会は早々ない……少しだけ、とふかふかのベッドの端に座る。
取り込み中の葉山さんと宮坂さんは一先ず頭の端に置いて――と、自分だけ傍観しようとした罰なのか。
「何であんたがここに居るのよ!」
とんでもなく怒っている宮坂さんが、葉山さんの自室に飛び込んで来て更に怒りの炎を上げた。
葉山さんのベッドに座る私。
真っ赤な顔をして怒る宮坂さん。
後ろから覗いた葉山さんが、にやりと笑った。
「だから、言っただろう。付き合ってる相手が居るんだ」
空耳にしてはやけにはっきりと葉山さんはそう言った。
「……そんな、うそ、だってメールもそんな感じじゃ……」
「他人の携帯を盗んで見た人間が、何か言う資格があるとでも思っているのか」
「葉山さん!どうしてこの子が――」
「恋人が居る人間の家に勝手に上がり込むのは、最低な行為だと思わないか。……仕事を止めたいなら好きにしろ。これ以上の忠告はしない」
やけに説明口調で葉山さんが話しているのは、私に設定のようなものを聞かせる為かと自惚れてみる。自惚れなくてもそうだと思う、と言うより宮坂さんに当て付けみたいな言い方をしてるんだと思った。
取り合えず起き上がって微妙な顔をしながら宮坂さんを見ると、宮坂さんは目に涙を浮かべたまま走り去って行った。
葉山さんはそれを追い掛ける事もせずに、私に視線を送る。
「……そこに居るのは、状況を察知したゆえの先回りか?」
「違いますっ!」
そんな気配りは流石に出来ません、と全力で否定して立ち上がる。
展開に付いていけないのは私だけで、葉山さんは可笑しそうにしているばかり。
空になっているお粥の容器を見て少し気分が浮上した私は、唾を飲み込んで葉山さんを見上げた。




