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葉山視点
苦々しく思いながら答えたものの、それが早計であったと言われなくても状況を見れば分かる。
否定する、と言う選択肢は選べない。
誤魔化した所で察しの良い佐藤はすぐに気付いただろう。
自分の知らない所で勝手に自己完結して避けられるよりは、ここで答えた方が良いと判断した。幸いにもこの場には、前田と梶川、それからチーフしか居ない。
チーフはそれを見越して口に出したのだろうと普段の様子から気付ける。
佐藤が俺に対して何の感情も抱いていないとは思わない。多少なりとも意識はしていて、それが決して悪いものでないとチーフが判断したからこの場でああ言ったと言うことも分かる。
それでも、困惑を含んだ戸惑いを瞳に浮かべた表情はやっぱり堪える物だった。
これから良い方向に転がるか、悪い方向に転がるか。それは佐藤の気持ち次第で、俺が改めて何かするつもりは無かった。
今までもこれからも、佐藤に目を掛けるのは変わらない。
あからさまに贔屓するつもりは無いが、優秀で向上心のある人間を無能な他の派遣と同じく蔑ろにするつもりも無い。
言われた事しかしない、それだけでも何も出来ない人間よりは、遥かにマシな方だと思う。俺の言う“無能な派遣”は時間の経過を何もせずに待つ人間のことだ。
その点、やる気がある人材は良くも悪くも他人の目を引き――佐藤は俺にとっては可愛がる価値が充分にある人材で、宮坂は他人に悪影響を及ぼすタイプの人材だった。
気まずそうに目線をきょろきょろと漂わせる佐藤に、微妙な雰囲気を作り出した原因であるチーフは事も無げにニッコリと微笑む。
「ほら食べないと。休憩、無くなってしまうよ」
「あ、はい」
再び幕の内弁当に視線を落として、佐藤は白身魚のフライを挟んだ。
自身の弁当の白飯を口に運びながら、チーフの顔を一瞥する。真意の読めない鉄壁の笑顔は、俺とは比べ物にならないほどの年期の深さを感じさせた。
前田がよく口にする、チーフは謎と言う言葉に今なら迷いなく頷きを返せるだろう。
「でもさぁ、葉山さんも何だかんだ言ってモテるよね」
余計な事を口走る前田に舌打ちしたくなったのを堪え、然り気無く佐藤を盗み見る。
――聞いていない。
一生懸命に咀嚼を繰り返し弁当の中身を減らしていく姿は、好物を取られまいと必死になっている子供のようにも見えた。
聞いていたらどんな反応をしただろう。過った考えを振り払って、空になった弁当に蓋をした。
「チーフ。下に降りて来ます」
「あ!俺も!」
珈琲を買う為に下に降りようとチーフに断りを入れ、着いてきた邪魔な梶原と連れ立って事務所を出る。
エレベーターを前にして、梶原は不気味な声を洩らし俺を見ながら薄く笑った。
「で、どうなんですか!葉山さん!」
「……お前は馬鹿だな。時々羨ましくもなる」
「えええ!何ですかそれ!」
乗り込んだエレベーターの中で、大袈裟にリアクションする梶川は見た目を裏切らない性格でとても分かりやすい馬鹿だ。
思っている事がこんなにも顔に出やすいのは、欠点であり美点でもある。
「それくらい分かりやすかったら苦労せずに済むんだが」
「あ、佐藤さんですか?」
「そうだな」
今更隠すつもりも無く、かといって長々とそれを語る気もないが――梶川ならば、少しは佐藤について何か知る事があるかも知れない。目を掛けていた分、俺の方が詳しいと言えば詳しいだろうが。
「うーん……佐藤さんって、我慢強いって言うか、見切りが早いって言うか」
「諦めが早い所はあるだろうな」
「そうなんですよ。気が付いたら派遣の子が雑談に熱中してて、佐藤さん一人で片付け終わらせる事もあるんですよね」
そう言って、梶川はハッとして慌てて否定するかのような口調で続けた。
「あ、だからって、見限るって訳じゃないんですよ!上手いこと調整して、雑談出来ないように配置したり、然り気無く仕事回して友達同士で塊が出来ないようにするんですよ」
「――そうだな、常に憎まれ役だ」
「……たまに、不憫になります。俺が言うのもなんですけど、派遣の子が佐藤さんの愚痴言ったりしてるの見ると、じゃあお前頑張れよって」
梶川の言いたい事はよく分かる。社員なら大概がそう思っていた。
一ヶ月も続かずに辞めていく派遣が多い中、佐藤の存在は否応なしに重宝される。本人がどう思っていようとホテル側や派遣側が重要視するのは当たり前だ。
若い高校生ならば、楽しくやりたいと友人同士での仕事をしたがる。それを引き離す佐藤の存在は、どう見ても邪魔になっていた。
仕事へ抱く気持ちの相違が歪みを生じさせる事になり、佐藤の立場は目に見えて毎回悪くなる。
「だから、ちょっと期待してます」
「期待?」
「葉山さんは佐藤さんの扱いが上手いじゃないですか」
「……どうだろうな。あれで融通がきかない事も多いぞ」
正しいと思った事は譲らない。それが例え社員相手でも、佐藤は正論を口にする。
そしてそれを、言葉通りにやってのける。派遣にしてはいやに優秀で、梶川のように他の派遣にそれを求めて上手く行かない事もあった。
「葉山さんと上手くいって、そっちに気を取られるようになったら、流石の佐藤さんも今よりずっと手抜きになるんじゃないかなって」
「それはそれで問題だろう」
「でも、今のまま全力投球続けてたら、いつか燃え尽きちゃいますよ。その前に肩の力抜いて貰わないと」
一階に到着したエレベーターから降りて、ホテルの間近に設置された自動販売機に近付く。
梶川が先を促して、それをわざわざ断る事もせずに小銭を入れながら考えた。
佐藤は恐らく“自分には仕事しか無い”と思っている。
だから手を抜かずにいつも全力で取り組める。チーフや梶川が言ったように、仕事から少し目を離してやる必要があると俺自身もそう思う。
落下した缶珈琲を取り出して、一番気になっていた事を口にした。
「梶川」
「はい?」
「佐藤は実年齢より若く見えないか」
「……あー、えー、並ぶとちょっとアレですかね。いやでも、兄妹くらいには、」
「いや、もう言わなくて良い」
気持ちが多少若くても、見た目はどうにもならないものだ。
プルタブを押し上げ、安っぽい珈琲を一口飲む。
一番幸いなのは、佐藤の周囲に親しい男が居ない事だった。
「この歳になって攻めるのは、結構精神的に堪える」
「でしょうね……。でも、俺は期待してますよ」
生意気な梶川を置き去りにして、エレベーターの方へ戻る。脳裏に焼き付いた困惑顔が、多少は晴れている事を願いながら。




