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「おはよう、佐藤さん。二階で葉山が設営してるからそっちに行って」


 朝イチでチーフに昨日の事を謝ると、あっさりした顔で“うん、大丈夫だね”と言われた。私が落ち込んで浮上した事はそんなに分かりやすかったのだろうか。


 なんちゃってエスパーだ……!と戦慄しながら、二階に降りる。


 夕方から行われるパーティーの設営、ビュッフェ形式だから長テーブルだ。先にテーブルクロスだけ取りに行って、設営会場へと向かう。


 開きのドアを開けると、上着を着ていないワイシャツ姿の黒服、葉山さんと梶川さんが居た。


「おはようございます」

「あ、おはよう!佐藤ちゃん」

「おはよう」


 明るい梶川さんの挨拶と、素っ気ない葉山さんの挨拶は対照的で愛想の良さには雲泥の差がある。


 私が手にしたクロスを見て梶川さんがにっこり笑う。


「ほら、やっぱり持って来た。しかも大判が三枚ですよ」

「……え、違いました?」

「ドンピシャです。さすが」


 にっと笑った梶川さんにホッと胸を撫で下ろす。


 設営の配置が印刷された紙から、必要なクロスを予想したつもりだったけれど、梶川さんと違って葉山さんは渋い顔だ。


「……指示される前に読み取るのはもう癖みたいなものか」

「えっ、あ、すみません。次から言われたら取りに行くようにします!」

「いい。時間短縮になる。気を回しすぎるなと言いたいだけだ」

「気を付けます……」


 はぁ、と溜め息を吐いた葉山さんに梶川さんが苦笑する。


「佐藤ちゃんは言わなくても分かってくれるから楽なんだけど、それに慣れちゃったら出来ない子に苛々するんだよねぇ」

「すみません……」

「いやいや、佐藤ちゃん悪くないよ!俺がまだ派遣の子を捌く程の力量が足りないだけだから。いつも佐藤ちゃんが居る訳じゃないし、単純に俺が指示出すのが下手なんだよ」


 落ち着いて聞いてみると、私の行動は全てが良い方向には行っていないという事が分かる。やるべき事に一直線になっていたせいで、周りの人の感情や意見を素通りしてしまっていたのかも知れない。



「……クロス引いてピンで留めろ」


 はっと手を止める。既に持っていたピンの箱から、慌てて手を引いた。


 まだ何もしてません、言われてからやります。


 そういうつもりで両手を挙げると梶川さんが爆笑した。


 設営を途中まで終えて休憩の時間になると、葉山さんの携帯にチーフから連絡が入った。三人とも昼休憩に入れと言われたらしい。


 一旦事務所へ戻る葉山さんと梶川さんを見送って、私は控え室に戻る。鞄からコンビニの袋を出して、出勤前に寄ったコンビニで買ったサンドイッチを取り出した。


 椅子を引いた所で控え室にノックが響く。


「はい」

「こっちで食え」

「いえ、大丈夫です」


 ドアを開けた葉山さんに首を振ると、何故か苦々しい顔をされた。


「チーフが呼べって言ってる」

「え」


 また何かやらかしたのかも、と思った私に葉山さんが軽く首を振る。


「取り合えず昼飯持って来い」


 それだけ言い残してさっさと消えた葉山さんに慌てて袋を掴んで控え室を出る。


 何か言われるのかも知れないと覚悟を決めて事務所に足を踏み入れると、前田さんが私に手招きをした。


「あの……」

「こっち!ほらほら座って。チーフ、飲み物ありましたっけ?」

「あるよ。佐藤さん、お茶で良かった?」

「大丈夫です、買って来てます。あの、チーフ」

「うん?」

「何か用事があったんじゃ……」

「お昼、一人でしょ。だから一緒にどうかと思って」

「……すみません。控え室で食べるので、大丈夫です」


 一緒に食べている所を他の派遣の人に見られたら、また媚を売っているなどと言われてしまう。遠慮と言うより拒否をした私に、チーフは気分を害した様子もなくにっこりと笑いかけた。


「大丈夫。他の派遣さんは婦人会の方に行ってるから、誰も来ないよ」


 説得するようなやさしい声音で言ったチーフに戸惑っていると、不意討ちで腕を引っ張られた。すとんと椅子に座った私に、してやったりと笑う前田さん。それを見て苦笑しながら、一人で食べるのを諦めた。


 本当は誰かと食べたいと言う気持ちは強い癖に、いざこざを避けようと躊躇った私に葉山さんはフッとまた鼻で笑った。


「……じゃあ、お邪魔します」

「はい、どうぞ」


 苦笑いしながら軽く頭を下げた私にチーフが頷く。


 コンビニ袋からサンドイッチを取り出して封を開けると、前田さんの手がにょきっと伸びた。


「やだわー育ち盛りがサンドイッチ!お姉さんの幕の内あげるから食べなさい」

「……単に前田がサンドイッチを食べたいだけだろう」


 ずばっと切り込んだ葉山さんに前田さんが不敵に笑う。差し出された幕の内弁当は私が好きな野菜が豊富な種類のやつで、ちょっと嬉しくなった。


「佐藤ちゃんってサンドイッチよく食べるよね」

「うわ、何で知ってるのよ、梶川くん。まさか佐藤さんのストーカー……」

「違いますから!よく見掛けるんですよ、サンドイッチ買うところ」

「えっ!?」


 お箸を握った私の耳に梶川さんの声が届いて思わずガン見する。


 なんか意外なところを見られてる…!


「佐藤ちゃん、ホテルの近くにあるコンビニでお昼買うでしょ」

「はい」

「朝あそこの道通るんだ。で、たまに寄るんだよね。だからギリギリになることも」

「梶川はもっと余裕を持って来なさい」


 諭すようなチーフに梶川さんがばつが悪そうに笑う。蓋を開けた幕の内は、私の大好物ばかりでまるで宝石みたいに見えた。

 きんぴらごぼうに白身のフライ、菜っ葉の漬け物に野菜の味噌炒めとバリエーションはとても豊富。


「……またハムとレタスか」

「んん?葉山さん食べたいの?」


 サンドイッチを食べていた前田さんが葉山さんに振り返る。葉山さんはいや、と答えて私を見た。


「ああ……えっと、一応玉子と迷ったんですけど」

「一応って何だ。玉子と迷わなきゃ行けない決まりでもあるのか」

「無いです」


 間髪入れず答えた私に、梶川さんがお茶を噴き出す。前田さんがうわ汚いと嫌そうな顔をして梶川さんから離れて私に寄りかかった。


「仲が良いね。良いことだ」


 チーフが数回頷きながらしみじみと言う。ぎょっとして弁解して欲しいと言う意味を込めて葉山さんを見たら、わざとらしく視線を反らされた。


「当たり前じゃないですか、チーフ。二人とも同棲してるんだから」


 ふふんと何故か自分の事のように誇らしげな前田さんに更にぎょっとした私は、箸に挟んでいたごはんをぽろりと白身フライの上に落とした。


「佐藤ちゃん大丈夫だよ!チーフ知ってるから!」


 復活した梶川さんのフォローは私の驚きを更に跳ね上げて、ついチーフへ視線を向けた。


 うんうん、と頷いている辺り、本当に知っているらしい。組織ぐるみだったのか…!と今更気付いた私に前田さんは可笑しそうに笑った。


「社員が結託したんだから当然チーフも仲間よ。当たり前じゃない」


 ハムレタスのサンドイッチをぱくついている前田さんに唖然とした私。これ以上無いくらいに驚いたけれど、頭を何とか切り替えてお弁当を食べ進めていく。



「それで、葉山と付き合うの?」


 爆弾発言、

 チーフから発せられた最後の爆弾に私はいよいよ頭が真っ白になった。


「チーフ!」


 慌てた葉山さんが制するようにチーフの名前を呼んだけれど、私の思考回路はぶっつり切れたように考える事を止めて一つの答えを浮かばせた。



 ――葉山さんって、私が好きなの?



 自惚れだと思う反面、微妙な葉山さんの態度はそれを裏付けているようにも見えて困った。


 お父さん、とは流石に言えないけれど、抱く感情はそれに近い。恋愛対象として見れない訳でも無かった。それでも、ちょっと違和感があるようなこの気持ちは一体どうしたものだろう。


「……このタイミングで言う?やっぱりチーフは謎だわ」


 興味深そうな前田さん、あーあやっちゃったと笑う梶川さん。笑ったままのチーフに、珍しく慌てた葉山さん。


 視界に写る光景は、私のキャパシティを超えてぼんやりと歪む。


「は、葉山さんって、私のこと、好きなんですか?」


 第二弾、口から零れた余計な発言に葉山さん以外が噴き出した。


「……そうだな」


 そして返された台詞は霞んでしまいそうなくらい小さい声で。



 ――ジーザス!



 って何の言葉だっけ。



 ああそうだ、

 おお神よ、お助けください!……だった。





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