17
目玉焼きは実は塩コショウ派だと言う葉山さんに、ホッとしながら席につく。既に塩コショウを振ってしまった私としては、かなりラッキーな事だった。
朝起きたら、布団はちゃんと私に掛けられていて、リビングが無人だったことにより葉山さんが自室に戻ったことを知った。
深夜に一度起きて布団を返しに私の部屋に来たらしい葉山さんの気配を、ぐっすり眠っていた私が気が付く事は無かったけれど、寝顔を見られたと言うのは若干恥ずかしい。
朝からその話をした私に葉山さんはとても呆れた顔をして、
「年頃の娘みたいな事を言うな」
と言ったけれど、間違いなく私は年頃の娘だ。
まだ十代、あんなに大人になろうと焦っていた気持ちが、いつの間にやら穏やかになっている事に自分でも驚いた。
「今日の夜は宮坂は来ない。二十五人の立食パーティーだ」
朝食を取りながら葉山さんの言葉に頷く。
「午前は確か婦人会か何かの会議がありますよね?」
「お前は多分設営に回される」
「分かりました」
てっきり婦人会のお茶出しとケーキの配膳かと思ったけれど、違うらしい。
午前中に入る派遣は私を含めて三人。と言うことは、二人が婦人会の方で私は設営。ホテルとは言っても宴会パーティー婚礼以外に講演会や会議などにも使われる。朝から生真面目に仕事の話ばかりする私と葉山さんに、ツッコミを入れそうな芹澤さんは残念ながらこの場に居ない。
朝食を済ませた葉山さんはふと私に視線を止めて、目を細める。
「乗っていくか?」
「葉山さんの車にですか?」
「それ以外に何があるんだ」
「実は自転車が趣味で……とか」
「無い」
「……ですよね」
揚げ足を取った私に、葉山さんは眼光を鋭くして答えろと目で脅す。連れて行って貰えるのは有り難いけれど、誰かに見られる可能性を考えたら素直に頷けない。
「どうせ社員は知ってるんだ。何を心配してるのが言ってみろ」
「今日入る派遣さん、ちょっとお喋りで、しかも早めに来る人なんです。車で来るからばったり会ったりするかなぁって思いまして」
私がそう答えた途端に、葉山さんは白けたような顔をした。
「そういう事にはすぐ頭が回るんだな。私生活で抜けてるのはその反動か?」
「違う、と思いたいですけど」
葉山さんからの攻撃にぐっとこぶしを握って受け流す。私が握ったこぶしを一瞥して、葉山さんは朝が弱い割りにニヤリと意地悪な顔をした。
「それを振りかぶったら佐藤の素が出たと思っていいのか」
「……振りかぶりません」
「――まぁ、良い。乗って行け」
「話聞いてました?」
「コソコソ隠すより堂々としていた方が案外バレないものだろう」
「……一理ありますけど、バレたらどうするんですか。宮坂さん怒りますよ」
「何で宮坂が俺の女みたいな言い方をされているのかは追求しないが、関係ないだろう」
葉山さんがそうは言っても騒がれたら仕事がしにくいのはお互い様のような気もするのだけれど、そこら辺は考えないんだろうか。そうやって深く考え込んだ私に、最終決定が勝手に下される。
「恋愛禁止でも何でも無いんだから、何か言われたら俺と付き合ってると言え。それなら下手に追求されないだろう」
「充分されます。しかも火に油……!葉山さんちゃんと聞いてました?宮坂さんは葉山さんが好きなんですよ」
「聞いてる。昨日真琴からも聞いた」
「……それなら、何でそういう話になるんですか」
目玉焼きを完食して牛乳を飲む私に、葉山さんは溜め息を吐いて首を傾けた。
「詮索された時にお前は本当の事をべらべら話したいか?」
「何でそうなるんですか!」
「俺が詮索するなと言って置く。聞かれたら適当に話題を反らせ。そもそもお前は仕事中に無駄な話をしないだろう?」
そう言われれば、確かに。
勤務中は基本的に雑談しない。となれば、控え室で聞かれるくらいだ。
一緒に居る所を見られても適当にはぐらかして私が何も言わなければいいんじゃないか、と考えた所で気付く。
「いやいや、単純に一緒に出勤しなければ良い話ですよね」
「……朝からよく回る頭だ」
舌打ちした葉山さんに全く意味不明だと顔を顰めて朝食を平らげる。丸め込まれそうになったけれど、よくよく考えたら一緒に出勤する意味が分からない。
うん?と思い至った言葉は無意識に口からぽろっと零れた。
「あ、もしかして葉山さん、私と一緒に出勤したいんですか?」
言ってしまって慌てて気付く。なんたる勘違いだ。自意識過剰にも程がある。
「……どうだろうな」
「え?」
「ご馳走様、旨かった。……遅れずに出るように。遅刻したらハリセンだからな」
え、と振り返ったけれど、葉山さんは仕事で良く見掛けるハイスピードには全く見えないのにハイスピードな歩調で自室に戻ってしまった。
あの難しい速さは何処で修行したんだろうか。
返された言葉の意味を考えながら部屋に戻ると、次にリビングに出た時にはもう葉山さんは居なかった。




