92.独占欲の表れ
少し長めです。
―――そして夜会当日。
私は王城のスイートルームのような一室でジェシーとミリア、そして王城付きのメイドたちの手によって、頭の先からつま先まで磨かれていた。
部屋付きの浴室に連れ込まれ、抵抗虚しくあっという間に服を脱がされ湯の中へ。
一度経験しているとはいえ恥ずかしいものは恥ずかしい。
しかしそんな私のことはお構いなしに、湯浴みの次は念入りに全身マッサージが施される。
熟練の技とでも言うべきか、あまりの気持ち良さに私がぼんやりしている間に髪とメイクもささっと整えられた。
髪からはジェシーとミリアが用意してくれた柑橘系の香油が爽やかに香っていた。
髪型も事前に相談して決めており、両サイドの髪を緩く編込んで頭の低い位置で後頭部の髪と共に一纏めにし、ラジアスから貰った髪飾りで留めたシンプルなもの。
とはいえ、完成のあまりの速さに驚くばかりだ。
「首から上は完成ね。どうかしら?」
手鏡を渡され、自分でその姿を確認し、私は思わず振り返った。
「すごいです!私じゃないみたい!」
鏡の中にはどこからどう見ても女性にしか見えない顔が映っていた。
「お化粧はさほど濃くはしませんでしたが、ハルカ様は元の肌がお綺麗ですのでそれくらいでちょうど良いかと。いかがでしょう?」
「すごいです!うわぁ・・・女にしか見えないですよ!」
「何言ってるのよ。ハルカは元から女性でしょう?」
「それはそうですけど・・・うわぁ、すごいなぁ」
日本にいた時も興味が無かったわけではないが、どうせ男のような自分がメイクなんてしてもとどこか諦めていたから今回は言わば初メイクに近いのだ。
壊れたように「すごい」という言葉しか出てこない私をみんなが微笑ましげに見ていた。
「あの様にされているとやはりハルカ様も年頃の女性なのだなと実感しますね」
「そうですね。普段の男装のような格好ももちろんお似合いですけれど、こちらも」
「ええ。私たちとは違った色彩がまたハルカを凛とした女性に見せているようだわ。まあ今は少女のようなはしゃぎようだけれど」
ミリアやメイドたちもついつい笑みが零れる。
「さあさあ!時間がないわ!最後はドレスよ」
ジェシーの合図で最後の着替えに入る。
ドレスを身に纏うと気持ちが引き締まるような気がした。
「綺麗よ、ハルカ」
「素敵ですわね」
「本当に?おかしなところとか無いですか?」
「大丈夫よ。誰が準備したと思っているのかしら?完璧だわ」
ジェシーが自信満々にふふんと笑った。
「あ、でも待って。あと首飾りと耳飾りをつけなければ完璧とは言えなかったわ」
「そうなんですか?でもそんなの用意してなかったですけど・・・」
「それは、ねえ?」
「そうねぇ。ふふ」
ジェシーとミリアが顔を見合わせて笑った。
「?なんですか?・・・何か企んでます?」
「まあ、酷いわ」
「企むだなんて。少し情報提供しただけよ」
「情報提供?」
―――コンコン
私が聞き返したところで部屋の扉がノックされた。
「来たわ!素晴らしいタイミングね」
部屋の中にいたメイドが扉を開けると、そこには燕尾服に身を包んだラジアスが立っていた。
濃紺の生地でシャツは白、中に着ているベストはブルーグレーで刺繍が施されており、襟と蝶タイは黒色でいずれも光沢のある生地で仕立てられている。
色こそ第二部隊の騎士服を思い起こさせるが、それと比べると非常に華やかな装いだ。
ラジアス自身ももちろんそれに負けておらず、普段は無造作に掻き上げられている前髪も今日は撫でつけるようにしっかりとセットされていた。
私がラジアスを観察している間、彼もまた私をじっと見つめていた。
「・・・」
「あの、ラジアス様?」
「・・・綺麗だ」
「へ?」
「とてもよく似合っている」
真っすぐ私の目を見て放たれたその一言に耐えきれなくて思わず俯く。
じわじわと頬が熱くなっていくのを感じた。
(ええい!恥ずかしがって終わってたらいつもと同じだ!頑張れ自分!)
恥ずかしい気持ちを認めつつ、脳内で必死に自分を鼓舞する。
「ラジアス様も・・・」
「ん?」
「ラジアス様も素敵です。あと、あの・・・・お揃いみたいで嬉しいです・・・・」
顔を上げられないまま、しかも最後の方は小声になりながらも言い切った私の頬はさぞかし赤いことだろう。
そんな私をラジアスが嬉しそうに見ていることなど今の私は気づかない。
「ありがとう。陛下に伺って色を合わせた甲斐があったな」
「副隊長!ドレスも良いですけれどハルカの今日の髪型も素敵でしょう?」
恥ずかしさで動けなくなっている私の身体をくるっと回転させてラジアスに背を向けるように髪型を見せたのはジェシーだ。
私の髪にはもちろんラジアスがくれた髪飾りが光っている。
「ああ、本当につけてくれたんだな。嬉しいよ。やはりハルカに良く似合う」
「でもこれで完成ではありませんわよ?例の物、持ってきてくださいまして?」
「もちろん。ハルカ」
名前を呼ばれて振り返ると、目の前に差し出されたのはベルベットのジュエリーケースに入ったイヤリングとネックレスだった。
「これをハルカに」
「え?」
「・・・好みではなかっただろうか」
「ちがっ、こんな高価そうなもの受け取れませんよ!」
「いただいておきなさいよ。こういったことで男性に恥をかかせては駄目よ?」
「え?」
「ドレスは陛下に先を越されてしまったから宝飾品だけはご自分で用意するって副隊長がおっしゃってね」
「え?」
「ジェシー。余計なことは言わなくて良い」
「え?」
私はジェシーとラジアスの顔を交互に見返す。
なんとなく、気のせいかもしれないがラジアスの耳が仄かに紅く色づいているような気がした。
「ハルカは背が高いから私たちだとつけるのが大変ですの。副隊長、お願いしてもよろしいでしょうか?」
そう言ってミリアはラジアスの顔を見る。
いやいやいや。
私が椅子に座れば良いことではないでしょうか、などとは言えない雰囲気だ。
「俺がつけても構わないのか?」とラジアスが問えば、私を無視してジェシーやミリア、そして遠巻きに控えているメイドまでもがこくこくと首を縦に振るので彼はネックレスを手に取った。
首の裏へと手が回るとラジアスの身体が自然と近くなる。
ダンスの時よりも近づいたその距離に思わずびくりと身体が揺れた。
(ち、近い!ヤバイ!眩しすぎてもはや目の毒っ・・・!)
抱きついたり抱きしめられたりしたこともあるが、あの時とは状況が全く違う。
「良し、出来た」
ほっとしたのも束の間。
「後は耳飾りだな」
私の身体はまた固まった。
(耳飾りもラジアス様がつけるの?!)
するっと自然に伸びた手が耳に触れると私はもう岩のように固まりピクリとも動けなくなった。
「ジェシーたちにハルカがこの髪飾りをつける予定だと聞いたから同じ色の物を用意したんだが・・・」
(みみみ、耳元で話さないでーー!!)
一人で内心あたふたしている私をよそに、ラジアスが両耳にイヤリングを着け終え一歩下がる。
「・・・ああ、良いな。思った通り、良く似合う」
私を見て満足そうに頷き、笑った。
イヤリングもネックレスも髪飾りと同じように琥珀色の石が使われている。
ラジアスの瞳と同じ琥珀色。
ラジアスとお揃いのような色合いのドレス。
嬉しくないわけがない。
恥ずかしいけれど嬉しい。ラジアスといて何度この気持ちを味わっただろう。
「ありがとうございます」
私が精一杯の笑顔でお礼を言えば、ラジアスもまた極上の笑顔で返してくれた。
そこへコンコンと扉をノックする音が響き、メイドが顔を出す。
「そろそろお時間ですのでお二方ともご準備を」
そう声を掛けられるとラジアスは右手をすっと私の方へ差し出した。
私は「よろしくお願いします」と言ってその手に自分の左手を重ねた。
「ハルカ、楽しんできてね」
「ハルカ様、私たちメイドも会場の中と外に控えておりますので、何かございましたらお声掛けください」
「ありがとうございます。行ってきます!」
「副隊長、ハルカのことよろしくお願いします」
「ああ。では行くか」
「はい!」
こうしてラジアスとハルカは部屋を後にした。
残されたジェシーやメイドたちはそんな二人を微笑ましく見送った。
「あのお二人は本当にお付き合いされていませんの?」
「ガンテルグ様のハルカ様を見る目。こちらがくらくらするほどでしたもの」
「そうね。お顔も雰囲気も含めてとても人気のあるお方ですけれど、今まで見たことがないくらい優しいお顔をされてましたわ」
「絶対ハルカ様に想いを寄せてらっしゃいますわよね」
「ええ、ええ。しかも隠そうとしてらっしゃらないご様子でしたわ」
「どこからどう見ても相思相愛の恋人同士でしたわよ」
なのに何故。
恋人同士でないなんて信じられない。あの顔を向けられてハルカは何か気づかないのか。
皆不思議でしょうがない。
「自分のことを恋人にしたいと思う物好きな人などいるわけがないって以前言っていたから・・・無意識にあり得ないって思っているのでしょうね」
「あら?そうでしたの?」
「元の世界でも背が高い方で女学校に通っていたらしいのだけど、女性らしさとは縁遠かったと言っていたわ」
「女学校・・・さぞ人気がおありでしたでしょうね」
「でもハルカ様は原石でしたわ。あのようにお綺麗になられて」
「やはり元々のお顔が整っておいでですもの。普段のお姿も良いですけれど、着飾ったハルカ様は貴族のご令嬢にだって負けていませんわ」
メイドたちが頷く。
「ガンテルグ様も気が気でないでしょうね」
「ですからあれらの飾りなのでしょう」
「ああ、そうですわね」
「誰が見ても分かりやすいですわ」
自分の色を帯びた宝飾品は恋人、婚約者に贈る物の定番だ。
髪飾りに耳飾り、そして首飾りまで揃えると、それはもう独占欲の表れのようでもある。
「あれは本気ですわね」
「副隊長もはっきり言ってしまえば良いのに」
ジェシーはそう言いながら先ほど会場に向かった二人の姿を思い浮かべる。
「今日で何かが変わると良いわね」
そう言ってミリアは笑った。
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