86.歪んだ想い
脱出劇はまだ終わりじゃありません。
※相変わらず変態さんは頭がおかしいので苦手な方はご注意ください。
「あれは、あれは一体何だ・・・?」
リンデン公爵邸から少し離れたところに待機していた国王の私兵は、月夜に浮かんだ白い巨体を見つめ呟いた。
暫く呆然としていた兵は公爵邸の方から聞こえる大きな音にハッとして我に返る。
このままここにいても何も分からない。リンデン公爵を助けるにしても、捕らえるにしても情報が少なすぎて判断が難しい。
慌てて公爵邸に向けて走り出した。
公爵邸に到着すると、兵は目を疑った。
「これは、竜?竜なのか?」
幼い頃、絵物語で見た竜と似た巨大な生物がそこにはいた。
そしてその下には一部が崩れ落ちた公爵邸と慌てふためき逃げ惑う使用人たちの姿が目に入った。
そしてそれらを囲うように僅かに色を帯びた膜が張られていた。
「これは結界か?!」
兵は結界を壊そうとするがびくともしない。
複雑に張り巡らされた魔力がそれらの破壊を防いでいた。
「くそっ!!」
壊れない結界をドンッと叩き声を荒げたところに「兵士様!」と声が掛かった。
「助けてください!」
「あれは一体何なのですか?!」
「旦那様が!」
公爵邸の使用人と思しき人たちが混乱し、口々に叫ぶ。
「落ち着いて!一体何があったのだ?」
「分かりません!急にお屋敷が揺れ始めて・・・初めは地震かと思ったのです」
「しかしどんどん揺れは激しくなり、旦那様のお部屋の辺りが大きな音とともに崩れたのです!」
「土煙で視界が悪くなって、私たちも急いで外に逃げ出しました。そうしたら、あれが、あれが空に!」
「魔術師二名が旦那様を守り応戦しているのを見つけ、私たちも加勢にと思ったのですがどういう訳かここから中に入れないのです!中にはまだ他に使用人もいるのです!」
結界の中を覗けば、使用人が言っていたようにリンデン公爵と茶色いローブを被った二人の魔術師らしき人物が巨大生物と対峙していた―――。
「お前たち!何でも良い!竜を引きずり下ろせ!」
リンデン卿の言葉に従い魔術師たちは天竜の頭上から氷の槍を降らせる。
『ッグゥ、結界といいこの攻撃といい人間の分際でやりよるわ』
「天竜!」
外へと出た私たちはそのまま上空へ飛び立とうとした。
しかしその直前、瓦礫の下から這い出してきた魔術師たちは素早く結界を張った。
私を腕に庇いながら応戦する天竜はなかなか結界を破ることが出来ない。
「天竜!私盾で自分を守れるから一旦下ろして!」
『ならん。あの者どもはハルカよりも強い。下りたが最後捕らえられるぞ。それに言いたくはないが、我もこの姿を保っていられる時間は長くない。早くここから出ねば―――まずい!!』
私たちに見たことも無いくらい強大な火炎球が向かってきた。
天竜が大きな尾を振り上げると、これまた見たことがないくらい強大な水の障壁が出来上がる。
ドォン!!
水の障壁に当たった火炎球は大きな音と共にジュワジュワッと白煙を上げて蒸発した。
ほっとしたのも束の間、今度は天竜に異変が起きた。
私を抱える腕がシュルシュルと少しずつ縮んでいったのだ。
『・・・すまぬ。今ので魔力を使い過ぎた。大きさを保っていられぬ』
ユーリと同じくらいの大きさまで小さくなってしまった天竜は私を抱えたままゆっくりと地上に降り立った。
それを見たリンデン卿は笑い声を上げた。
「ははっ、はっはっは!何だその姿は。もう終わりか?」
「うるさい!来ないでよ!」
リンデン卿はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
その間も魔術師たちの攻撃は止まらず、小さくなった天竜は応戦一方だ。
「ここまで来てまだそれだけ威勢が良いとは大したものだ。やはり君は普通とは違う。特別だ」
「馬鹿じゃないの!あんたこそ普通じゃない!あんたがどれだけ偉いか知らないけど、これだけの騒ぎになったらあんただってただじゃ済まないはずだ!!」
私の叫びに一瞬リンデン卿が脚を止めた。
しかしそれはほんのわずかな時間で、リンデン卿は歪んだ笑みを浮かべたまままたこちらに向かい進みだした。
「ああ、そうさ。私はもう終わりだろう。今まで築いてきた地位も、手に入れた名誉も全て失う」
リンデン卿は一歩一歩、歩みを進める。
「だというのに君だけが元の生活に戻り、皆に大事にされ、あの騎士の腕に抱かれるなど想像するだけで腹立たしい。不公平だと思わないかい?」
思わない。
大体これは全てリンデン卿が自分で蒔いた種なのだ。
私は巻き込まれただけの被害者で、こちらに責任を問われても困る。
こういう人間の思考回路を理解するのは一生かかっても無理だろう。
「そんなの自業自得だ!」
「ふふ、そうさ。不公平なのだよ。君だけが幸せになるなんて認めない」
『ハルカ!』
ついにリンデン卿は私に手が届くところまで近づいてきた。
天竜も必死に私を助けようとしてくれているが魔術師に二人掛かりで攻撃されたうえこの場を囲っているものと同じような膜に身体を縫い留められており身動きが出来なくなっていた。
『ハルカ!逃げろハルカ!ええいっ、離せ!離さぬか!』
逃げたい。
私だってそうしたい。
(でも脚が動かないんだよ・・・!動け!動け!)
人というのは恐怖を前にすると身体が固まってしまうらしい。
特に私みたいな異世界人は、なんだかんだ言って平和な世界にいて、命を左右するようなやりとりなど今までなかった。
脚は動かないのに涙だけが自然と溢れてくる。
「君は涙までも美しい。まさに私の求めた可愛い人形だ」
両手で私の頬を包みながら見つめてくるリンデン卿の瞳はどこか遠くを見つめているようだった。
「君の言うとおり私はもう終わりだろう。処刑されるか、生かされるかは分からないが私の人生はここまでだ。・・・君だけが幸せになるなんて不公平だ。君が他の誰かの者になるというのなら―――今ここで、君の人生も共に終わりにしようじゃないか」
リンデン卿は狂ったようにそう告げると懐から華美な装飾の短剣を取り出した。
(嫌だ、こんなところで死にたくない!まだやっていないことや伝えていないことがたくさんあるんだ・・・!お願いだから動いて!)
リンデン卿が短剣を振り上げ、私はもう駄目だと思った。
この時思い出されたのは日本にいる家族、こちらの世界で優しくしてくれた人たち、そしてラジアスの顔だった。
振り下ろされる短剣がスローモーションのように見える。
自分の死を覚悟し私はぎゅっと目を瞑った。
―――その時。
「汚い手でハルカに触れるな」
待ち焦がれたあの人の声が聞こえた。
ブクマ&評価&感想、誤字報告などありがとうございます。
やっと!やーっとラジアス登場です!
ヒーローは遅れて登場する・・・ええいっ、遅れ過ぎだ!
でもラジアスも頑張っています!




