48.自覚 ※ラジアス視点
ブクマ&誤字脱字報告などありがとうございます。
途中で切ると変になりそうだったので、普段よりやたら長めになりました。
ラジアスは朝から気分が良かった。
それというのも今日の仕事が終わったらハルカとダンスの練習をすることになったからだ。
面倒な書類仕事も苦も無く進む。
「本当にハルカが来てから書類仕事が楽になったな!なあラジアス」
「ええ、本当に。これで隊長がご自分の仕事を俺に押し付けなければさらに楽なんですけどね」
「はっはっは!ラジアスは今日も手厳しいな」
ちらっと呆れた視線を送ってもアランには全く意味がないようだ。
普段はほぼ鍛錬場にいて書類仕事などしないアランだったが、どうしても隊長のサインが必要な書類が溜まった今日ばかりは大人しく執務室で書類をさばいていた。
今アランが見ている書類も、ラジアスが処理している書類も朝一番でハルカが仕分けてくれたものだ。
「そういえば隊長。今度の王城での夜会の警備態勢なんですが、俺が決めてしまっても良いですか?」
「ああ、構わないが・・・珍しいな」
「何がです?」
「何がって・・・いつもは隊長の仕事なんだから自分でやれって怒るだろ」
「結局ギリギリまでやらずに俺が手伝う羽目になりますけどね。まあ、今回は少し思うところがありまして」
「よくわからないが、まあよろしく頼む」
「はい」
話ながらもラジアスはどんどん書類を片付け、あっという間に夜会の警備にあたる隊員やその配置をまとめた書類も作り上げた。
「隊長、一応確認お願いします」
「ん?ああ、もう終わったのか?どれどれ・・・」
アランはこれでも一応第二部隊の隊長なので、不備が無いかの確認は念入りに行う。書き出された名前は第二部隊の中でも勤務歴の比較的長いものが多かった。
「問題無いな。熟練者が多いのも久々の王家主催の夜会だからだろ?」
「・・・まあ、そうですね。では隊長の了承も得ましたので後ほど正式に皆にも伝えます。俺はこれから鍛錬場に行きますが隊長はその書類しっかり今日中に仕上げてくださいよ」
そう言い残してラジアスは執務室から出て鍛錬場へと足を向けた。
歩きながらラジアスは先ほどアランから言われたことを思い出していた。
たしかに熟練者ばかりになったがその理由は王家主催の夜会だからではない。もっと個人的な理由からだった。
ラジアスは右手で頭をガシガシとかいてものすごい小声で呟いた。
「は~・・・。俺も存外余裕が無いな」
べつに警備にあたるのは若い者でも良いのだ。
自分も含め隊員は常に鍛錬を怠らないし、実力だって誰が出ても申し分ない。
ではなぜ熟練者ばかりになったかというと比較的年齢が上の者が多いからだ。そうなると必然的に妻帯者や婚約者のいる者になる。
夜会の警備にあたる者はハルカが着飾った姿を目にすることだろう。
その時に万が一にもハルカを好きになられでもしたら困るのだ。
男のようだとハルカを弟分のように見ている彼らも、女性らしさを前面に出したドレス姿を目にしたら分からない。
ハルカの内面の良さなど誰もが分かっている。
ただこの国では女性は髪が長いものだと皆が思っているし、男の格好をハルカがしていることからそちらに意識がいっていないだけなのだ。
きっと着飾ったハルカを見れば普段の彼女を知っている者は誰もが驚くだろう。
自分たちとは違う細い腰、華奢な肩、紅が塗られふっくらとした唇。
その唇から聞こえる自分の名を呼ぶ甘い声。
動く度に爽やかに鼻腔をくすぐる香水の香り。
慣れない格好をほんの少し褒めただけで恥じらい染まる頬。
全身からはっきりと醸し出される女性としての色香。
これらは全て数日前にラジアスが実際に感じたことだった。
正確に言うと、感じたというより気付いてしまったのだ。
自分がハルカを女性として見ているということを。
元々人として好いていた。
身内のいないハルカの兄のような存在になれればと、妹のような存在だと思っていた。
それなのに自分ではなくルバートとダンスの練習をしていたと知った時は面白くないと思った。
今なら分かるがあれは完全な嫉妬だ。
ダンスのためにハルカの手を取り、腰を引き寄せた時には思わず抱きしめてしまいそうになった。
成人したての男じゃあるまいし、それなりに女性経験はある。
女性の誘うような甘い香りに抱き心地の良い柔らかい身体も知っている。
だというのに、あんなに離れがたく胸が締め付けられるような思いを抱いたことが今までにあっただろうか。
自分を律するのがあれほど難しいと感じたことは今までに経験が無い。
そのくせ名を呼ばれただけで満たされ愛おしく感じるのだから心とは難しいものである。
あの時何事も無いようにダンスを踊っていた自分を褒めてやりたいくらいだ。
ハルカに贈った髪飾りも彼女に似合いそうだと思いながら自分の瞳とよく似た石がはまった物を選んでいるあたり恥ずかしさを覚える。
自分の色に染まってほしいなどなんと独占欲の強いことか。
(俺は本当にいつからハルカのことがこんなに好きになっていたのだろうな)
自分の思いに苦笑しながらも鍛錬場へ足を進める。
鍛錬場には自分の指導を待つ隊員もいるはずだ。
こんな浮かれた気持ちのままでいてはいけないと気合を入れ直し鍛錬場へと入っていった。
「今の一撃はなかなか良かった。だが大きく踏み込んだ後に脇が甘くなりがちだから気をつけろ」
「はい!ありがとうございました!」
「よし!今日はここまで!残るのは構わないが身体を休めることも忘れるなよ」
「はい!」
「お疲れ様です!」
「ありがとございました!」
鍛錬を終えた俺は足早に自室へと向かおうとしていた。
さすがにこんな汗まみれではダンスの練習どころではない。
そんな急ぐ俺の進路にいたのはフィアラ・スイーズ伯爵令嬢だった。
(急いでいるというのに・・・厄介だな)
最近やたらと騎士団に顔を見せるようになった彼女は、その容姿と柔らかな物腰で隊員にも花のようだ、蝶のようだと人気があった。
俺はというと、実はあまり関わりたくない人物でもある。
その理由は彼女の父親でもあるスイーズ伯爵にある。
スイーズ伯爵はレンバック王国の中でも少数派の聖獣にあまり重きを置いていない貴族の筆頭だ。
幼い頃からユーリを知っていた自分とは違い、ほとんど聖獣を目にすることのない貴族たちの中にはそういった者もいるのは仕方がないことだとは思うが、仲良くしたいかと問われればその答えは否である。
それに加えて顔見知り程度の間柄にもかかわらず、さも親し気にラジアス様などと呼ばれたり腕に手を添わされたりするので、あまりいい気はしない。
どちらかというと苦手なご令嬢でもある。
「ごきげんよう、ラジアス様。少し拝見させていただきましたがやっぱりお強いのですね」
「いえ、私などまだまだですよ。しかし剣術など貴女のような女性が見ても面白くないでしょう」
「そんなことございませんわ。それに私は流民の方と違ってラジアス様のお立場の大変さは分かっておりましてよ」
「・・・それはどういう」
急にハルカのことが出てきて思わず反応してしまった。
「騎士団第二部隊副隊長というお立場ですもの。普段からお忙しくていらっしゃいますでしょ?それなのにあの流民の方まで預けられてしまって・・・私、貴方様のお身体が心配でたまりませんの」
何故ほぼ他人のフィアラ・スイーズ嬢にそこまで心配されなければならないのかは甚だ疑問だが、それ以上に彼女の言い方に引っかかりを覚えた。
「ご心配には及びません。むしろハルカが来ていろいろ助かることも多いのです」
「まあ、ラジアス様は本当にお優しくていらっしゃるのね。でも無理はなさらないでください。こちらの常識も分からない者がお傍にいるのは大変ですわよね。それなのにそのように気を使われて・・・国からのご命令とはいえ同情いたします。それなのにあの方ときたら少しばかり聖獣様と近しいからといって我が物顔で城内を歩かれたりされているそうではないですか。今この場には私しかいませんから少しくらい愚痴をこぼされても大丈夫ですわ」
そう言って彼女は見る者によっては慈悲深く感じられる笑みを顔にのせて俺の腕に手を這わせてきた。
彼女が喋る度に苛立ちを覚える。
ハルカがそのような図々しい態度だったことなど一度もない。
たしかにこの国の常識はなかったかもしれないが、違う世界から来たのだからそれは当たり前のことだ。
そして、そのことをよく分かっているハルカはそれを補うために勉強も努力も欠かさない。
「ハルカはそのような人物ではありませんよ。この世界で懸命に生きていこうとしています。第二部隊で預かることを決めたのはハルカを気に入った隊長ですし、もちろん私も賛成しました。貴女の心配される事などひとつもありませんよ」
苛立ちを笑顔の下に隠し、腕にかかった手をやんわりと外す。
ハルカのことをよく知らない者がとやかく言うなと言ってやりたいが、この手の女性は自分に都合の良い言葉しか受け入れないだろう。
これ以上は本当に時間の無駄だ。
ああ、でもフィアラ・スイーズ伯爵令嬢が苦手ではなく嫌いだということを確認することは出来たな。
「ラジアス様・・・」
「・・っと、もう行かなくては。この後大事な用がありますのでそろそろ失礼します。お気をつけてお帰り下さい。では」
もうこれ以上話すことはないと、すぐにその場から離れた。
せっかくこの後のことを考えて楽しい気分でいたのに台無しである。
ハルカの良いところ、好ましいところは自分だけが分かっていれば良いと思いつつ、誰かにハルカを悪く言われるのは腹が立つという複雑な気持ちだ。
宿舎に戻り自室に入ろうとすると、ちょうどハルカが隣の部屋から出てきた。
「あれ、ラジアス様今お戻りですか?」
「ああ、ちょっと戻る途中に蛾にまとわりつかれてな。遅くなってすまない」
「蛾って・・・うわぁ、嫌ですねそれ。お疲れでしたら練習は無しでも構いませんけど」
「嫌だ。絶対に練習するからな。汗を流したら声を掛けるから部屋にいてくれ」
「嫌だって子供ですか・・・」
「何とでも言え。俺は朝から楽しみにしていたんだからな」
俺の言葉にハルカは驚いたようにこちらを見上げた。
「朝からって。・・・しょうがないから待っててあげます」
そう言って耳を赤く染めながら顔を逸らすハルカのなんと可愛らしいことか。
頬に触れようと思わず伸ばした手を慌てて上に持っていき、頭にぽんと手を置いた。
「じゃあまた後でな」
自室に入ると先ほどハルカの頭を撫でた手を見て溜息をつく。
ハルカへの気持ちを自覚してから自制が利かなくなっている気がする。何をしてもハルカが可愛く見えて困る。
「しっかりしろ」
自分に言い聞かせるように言って浴室へと向かった。
お読みいただきありがとうございます。
バレンタインデーに少しでも甘い話になったかな?
ラジアスが“蛾”と言っていたのはもちろんフィアラ嬢のことです。
興味の無い人には冷たいラジアスです。
もし面白いなと感じてくださいましたら感想などいただけると嬉しいです(・∀・)
もちろんメッセージなども大歓迎です。
よろしくお願いしまっす!




