コミックス1巻発売記念小話
お久しぶりです。
おかげさまで、3月8日(金)に『王立騎士団の花形職』のコミックス1巻が発売となりました。
電子書籍と紙本あります。
どうぞよろしくお願いいたします!
「朝の訓練に参加させてほしい?」
アラン隊長は私の言った言葉に心底驚いたように口をぽかんと開けた。
そんなに驚くようなことを言っただろうか。
「あー、ハルカ。それ本気で言っているのか?」
「本気ですけど……やっぱり駄目ですか?」
ふざけているつもりはないのだけれど。
これは無理かもしれないなと肩を落とすと、困ったようにアラン隊長はラジアス様に話しかけた。
「……ラジアス、お前どう思う?」
「そうですね……ハルカ、一応確認だが俺たちが朝の訓練で何をやっているかは知っているんだよな?」
「もちろん知ってますよ」
朝は鍛練場での走り込みの後に軽い剣術練習と組手をやっている。
「つまり、魔法を使用することはないとわかっているだろ? ハルカが参加できることがほとんどないと思うんだ」
つまり魔力の供給をする必要が無いからやれることがないということなのだろう。
ただ、そんなことは百も承知。
「わかってます。ただ、私が参加したいのは最初の走り込みの部分です」
「はあ? 走り込み? みんなが一番嫌がるやつじゃないか」
私の言葉にアラン隊長が怪訝な声を上げた。
朝練の走り込みは第二部隊の隊員たちが元も嫌がる訓練だ。
なぜならひたすらに走るから。
その時間、おおよそ1時間程度。鍛練場を25周。終わった者から休憩に入れる。
距離は私の感覚だと約10km弱といったところだ。
同じ場所を走り続けるということを嫌う隊員も多い。
そんな訓練に自主的に参加したいと言った私は、彼らにとって理解不能なのだろう。
それでも、意欲的に参加したい・走りたいと言う私にアラン隊長は呆れたように溜息を吐いた。
「物好きな。まあ、参加したいなら構わないが……無理はするなよ?」
「はい! ありがとうございます! 早速明日から参加しますね!」
私は元々日本にいた時は運動部で、この世界に来る前からランニングを日課としていたから走ることは嫌いじゃない。
というより、こちらに来てから運動する機会が減って物足りなさを感じていた。
なかなかダッシュしたりする機会がないのだ。
そもそも騎士たちならまだしもそれ以外、特に女性などが思い切り走り回ったりすることはない。
(やったー! 久々に思いっきり走るぞー!)
久々に運動できることにウキウキしながら、明日の準備を整える。
「うーん、これはやっぱり履くのやめとこ」
こちらの世界にやってきた時に穿いていたランニングシューズ。
これが一番良いのだけれど、この世界の物ではないし、これからずっと走ることを考えれば支給された靴を履くのが一番だろう。
「意外と靴底のクッションいい感じなんだよね~」
長距離を走っても痛くはならなさそう。
まあ明日は初日だし、靴の感じを確かめるためにもいつもよりペースを落として走ろうと決めて眠りについた。
そして朝。
「えー、今日はハルカも鍛錬に参加する。といっても最初の走り込みだけだが、皆気にかけてやってくれ。ハルカは今日の様子を見て今後のことを決めるからな」
アラン隊長の言葉に場がざわめいた。
やっぱり私が参加するのはおかしなことらしい。
なにも組み手に混ぜてくれと言っているわけではないのだから、そこまで驚かなくても良いだろうに。
そんなことを考えているとセリアン様が信じられないようなものを見るような目を向けながら話しかけてきた。
「おい、お前本気か? 鍛練は遊びじゃないんだぞ? やめとけよ」
「本気ですし、遊びだなんて思ってないですよ」
失礼な、と思って言い返すと、セリアン様だけではなく他の隊員までもが私にやめたほうが良いと言ってきた。
「いいか、ハルカ。お前は知らないかもしれないが、魔力の多さと体力は比例しないんだぞ?」
「そうそう。長い時間走るんだ。辛いんだぞ?」
「無理して倒れでもしてみろ。ラジアス副隊長が心配するぞ」
「正直俺は自分のことに手いっぱいだからハルカのことを気遣う余裕が無い」
「ほんと、それ。無理だと思ったらさっさと離脱しろよ?」
みんなにいろいろと言われ思わずムスッとした表情になってしまう。
(10kmくらいなら余裕だっつーの!)
そんな私の表情に気づいたラジアス様が苦笑いを浮かべながら近づいてきた。
「ハルカ、みんなお前のことが心配なんだよ」
「いいえ、あれは完全に舐め腐ってますよ。私が女だからって馬鹿にし過ぎです」
拗ねたように言う私の頭にラジアス様がぽんと手を置いて髪をわしわしと乱した。
「そう言ってやるな。あいつらはハルカが長い距離を走れるなんて知らないんだ。俺だって半信半疑だからな」
「え? 疑ってるんですか?」
「ハルカが嘘を吐いているとは思わないが、さすがに10kmが余裕ってところはなあ」
「……いいですよ、べつに。今から信じることになりますから」
そう宣言して始まった走り込み。
結果として私は半数以上の隊員たちより速く25周を走り切った。
しかも普段よりペースを落としたからまだまだ余裕がある。
タオルで汗を拭い、水分補給を済ませ、走り終わって座り込んでいる隊員たちにタオルと水を渡す。
「お疲れ様です」
「おま、嘘だろ……なんでそんなに速いんだよ。信じらんねー……」
私からタオルを受け取りながら、セリアン様がゼーゼーと呼吸をする。
他にも私に走り負けた隊員たちがなんとも言えない表情で私を見る。これは鍛練の一環で勝負ではないのだけれど、勝ったような気分になる。
「これで私がふざけてないってわかりましたよね? 走れと言われればあと5周くらい今からでも行けますよ」
「は……? やっぱお前本当は男――」
余計なことを言おうとしたセリアン様をぎろっと睨むと「セリアン? あなたのその不用意な発言、何とかしないと自分の首を絞めますよ?」とルバート様が窘めた。
セリアン様は何かというと「お前本当は男だろ?」と言う。
まあこの世界の女性の常識から逸脱している自覚はあるので仕方ないとは思うのだけれど、やはり何度も言われれば気分は良くない。
セリアン様は悪い人ではないけれど、女性に対する理想像が明確にあるというか、なんというか……わかりやすく可愛らしい、女性らしい子が好みなのだ。
いいじゃないか。女がめちゃくちゃ体力があったって。たくさん食べることができたって。誰にも迷惑かけないしね。
やれやれと思いながらアラン隊長を探すと、隊長もまた走り終えてラジアス様と話しているところだった。
ちなみにラジアス様は私よりも速かったよ。
「アラン隊長も、私明日からも参加していいですよね?」
「ああ、もちろん。恐れ入ったよ」
まさか本当に私が走りきると思っていなかったのだろう。降参だとでも言うように両手を軽く上げてそう言った。
「しかし、速かったな。正直なところ走り切れても最後のほうだと思っていた」
「だから言ったじゃないですか、余裕だって。今日はまだ抑えて走ったほうですよ」
ニッと笑ってそう言えばラジアス様もアラン隊長も顔を見合わせた。
(おっと? これはまた信じていないな?)
明日はもっと速く走ってやろうと決めた瞬間だった。
ちなみに後から知ったことではあるが、私に走り負けた隊員たちがその後やたら走り込みに力を入れたり、公開演習の時に走り込みをこなす私を見たご令嬢方が「滴る汗が美しい」「腰に手を当てて髪をかき上げる姿が絵になる」「汗を拭って差し上げたい」と言っていたとかいないとか。
セリアン様たちは「俺たちだって同じことをやってるのになぜハルカだけ!」と悲しんでいたが、そんなの私に聞かれても知らないよ。
ただ、最近やたらとタオルをプレゼントしてくれる令嬢が多いのはそのせいだったのかなと納得した。
(『男装の麗人』っていうネーミング効果? 絶対にラジアス様のほうがカッコイイのに)
私だったら令嬢たちと同じような感想をラジアス様に思う。
まあ拭ってあげたい、までは思わないけれど。
公開演習にラジアス様目当てで見学に来ている令嬢がたくさんいるのも知っているが、きっとラジアス様は格好良すぎるから騒ぎにくいのだろうなと思っている。
(そんな人の近くにいるんだよね)
ちらりと隣を歩くラジアス様も見ると、その視線に気づいた彼が「どうした?」と言った。
「なんでもないです!」
「? 変なやつだな」
慌てて目を逸らす私に笑って頭をくしゃっと撫でる。
悔しいがイケメンは何をやっても様になる。イケメンめ、ドキドキさせおって。
(ラジアス様だからってわけじゃないよね。うん、イケメン怖いな)
なんとなく、ゆっくりと、けれど確実に変化していく自分の気持ちを感じながらもそれが恋心だとはこの時の私は思っていなかった。
「もう! 髪ぐしゃぐしゃにするのやめてくださいよ!」
「おー、悪い悪い」
まったく悪いと思っていないラジアス様に文句を言いいつつ、私は自分でも気づかないうちに笑っていたのだった。
久々のハルカたちでしたー。
もう少し詳細なコミックス情報は活動報告に書いてありますので、気になる方は確認してみてくださいね。
ではまた!




