得られた物
分家? 当主?
なんだそれ、どういうことっ!?
「えっと、それはどういう意味でしょうか」
「それはだね」
ゼインさんによると、三男のライカが成人して自身の下で領地運営の勉強させた後、領内にある未開拓地の近くの町へ赴かせ、そこを拠点として領地の一部を管理させる予定らしい。
でもそうなるとライカの護衛と、現地での従士隊とその隊長が必要になる。
そこで今回の褒美として、俺にその地位を与えることを約束しようという訳だ。
立場上はベリアス辺境伯の姓持ち家臣、アトロシアス家分家長兼従士隊分隊の隊長になる。
さらにロシェリ達との婚姻もゼインさんが承認し、いずれ生まれるであろう子供が跡継ぎになれる保証をしてくれるそうだ。
これにはノワール伯父さんも賛同しているようで、ゼインさんの後ろで頷いている。
「すぐに就任という訳ではないから、それまでは今まで通り冒険者活動をしていても構わない。どうだい、悪くない話だと思うが」
悪くないどころか相当良い待遇じゃないか。
なにせまだ当分は冒険者を続けられるし、引退後の仕事を約束してもらったようなものだ。
ライカはまだ十歳、成人までの五年に加えてゼインさんの下での勉強期間がある。
それがどれくらいの期間かは分からないけど、領地運営の勉強なら、一年や二年じゃ済まないはず。
仮に五年として、成人するまでの五年と合わせて十年、その時の俺達はおよそ二十代半ばくらい。
引退にはちょっと早いけど、それぐらいにはロシェリ達との間に子も出来ているだろうから、引退理由としては不自然じゃないだろう。
結婚や子供が出来たのを機に、収入が不安定で危険な冒険者業から離れる人は珍しくないからな。
「私からのこの褒美、受け取ってもらえるかな」
引き続きベリアス辺境伯家の庇護下にあるとはいえ、将来を保証してもらったんじゃ嫌とは言えない。
それに正式な爵位を得て国の都合でどうこうなるよりも、付き合いがあって信用できるベリアス辺境伯家に所属していた方が、気持ち的にも楽だ。
ロシェリ達へ視線を向けると三人が頷いた。
だったら断る理由は無いか。
「ありがたく頂戴いたします」
「そうかそうか、それは何よりだ。ああ、それとは別に領地を守ってくれたことへのお礼に金銭も出すし、その地での住居もこっちで都合しよう」
話を受けた途端に確保を強めてきたよ。
これは単純な褒美じゃなくて、ここまで世話するんだから、今さら断ることは無いよなっていう遠回しな圧力だ。
別にそこまでしなくとも断る気はないんだけど、貴族っていうのはそういうもんだから仕方ない。
「ご配慮に感謝します」
「うん、これからもよろしく頼むよ」
満足気なゼインさんに対し、俺の確保ができなくなったエルマ姫とアルス王子が苦笑いを浮かべている。
申し訳ないけど、こればかりは勘弁してもらいたい。
だって面倒な貴族生活するよりは、良い主の下で家臣生活している方が幾分か気が楽だし。
「さて、堅苦しい話はここまでにしよう。お茶を用意させるから、少し話そうじゃないか」
褒美に関する話はここで終わり、後はもう何気ない雑談になった。
ここまで緊張でほとんど喋れていなかったロシェリ達は、やたら目を輝かせるエルマ姫に俺との馴れ初めを徹底追及され、俺はゼインさんとアルス王子とノワール伯父さんと今後の事を話しつつ、さり気なくアルス王子が縁を繋ごうとしての提案をやんわりと断っていった。
しばらくして開放されると、どっと疲れが湧いてきた。
「あ~、疲れた」
「ご褒美は、嬉しい。でも……」
「あの空気は二度と御免だね」
「だけどいずれ王都に行っての謁見が待ってるぞ」
「「「あぁ~……」」
もっと緊張する催しが待っていると分かり、ロシェリ達は気が重そうな表情をする。
俺だってそうさ。
謁見だなんて、一生縁が無いと思っていたから。
「……とりあえず、帰って休むか」
「「「賛成」」」
そういう訳でアトロシアス家へ戻ると、待ち構えていたかのように従妹コンビが飛びついて来た。
「「お帰りなさい、ジルグお従兄様!」」」
「おぉっと!」
今度は腹に喰らわず受け止められた。
ふう、危うく昨日の二の舞になるところだったぜ。
「お従兄様とお従姉様達に~、お客様が来てるの~」
「冒険者ギルドのギルドマスターさんです!」
今度はギルドマスター?
次から次へなんなんだよ。
若干うんざりしつつ従妹コンビの案内で客間へ行くと、シュヴァルツ祖父ちゃんとギルドマスターが待っていた。
「おお、戻って来たか」
「お待たせしました。不在にしていて申し訳ありません」
「いやいや、領主様の下へ行っていただから気にするな」
「さっ、座りたまえ。ユイとルウ、案内ご苦労だった」
「「は~い」」
元気な返事を残して去る従妹コンビを見送り、空いている席へ着く。
「それでギルドマスター、用件は?」
「うむ。今回の功績で君達全員をCランクへ昇格させるのが決まったから、それを伝えに来たのだ」
やった。Cランクということは晴れて一人前か。
嬉しくなる俺達に対し、シュヴァルツ祖父ちゃんは怪訝な表情を浮かべている。
「ギルドマスター、Cランクとはどういうことだ?」
「どういうこと、とは?」
「歴史に名を残すような功績を挙げたのに、何故Cランクなのだ。少なくともかの化け物と互角に渡り合い、倒してみせたジルグはもっと上のランクでもいいはずだぞ」
ああ、そういうことか。
冒険者経験が無い祖父ちゃんなら、その理由を知らなくても仕方ないか。
「シュヴァルツ殿。お気持ちは分かりますが、これは致し方ないことなのです」
「どういうことだ?」
「強さだけならおっしゃる通りでしょうが、彼らには実績が足りないのです」
「「実績?」」
そうなんだ。
上のランクへ行く冒険者は、ただ強ければいいだけじゃない。
ランクが上がれば大事な仕事を請け負えるし、身分が高い人からの依頼も受けられるようになる。
ただし、その大事な仕事や身分が高い人っていうのもピンキリで、Cランクになってようやくキリの方に関われる。
ギルドマスターの言う実績不足っていうのは、キリの方の依頼を全く経験していないこと。
一人前の冒険者としてそれができると証明していないのに、いきなりピンの仕事を受けられるようにするのは、冒険者ギルドとしては認められないという訳だ。
礼儀作法や言葉遣いを学んだ、貴族家出身だったとしてもな。
ギルドマスターからそうした説明を受けたシュヴァルツ祖父ちゃんは、こっちを向いて尋ねる。
「今の話は本当か?」
「本当だよ。登録時に渡された冊子にも明記してある」
返事を聞くと納得し、表情を和らげてくれた。
「そういうことでは仕方ないか」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
「なに、従士隊もそういう所は同じだ。どれだけ強かろうとも、指揮能力や事務能力が無い者は上に立たせられないからな」
そうそう、昇格するっていうのは今までと別の能力だったり、より高度な能力を求められるものなんだよ。
現状強さ一辺倒でしか目立っていない俺達じゃ、実績不足だと言われても言い返せない。
だって事実だから。
「ただ、ギルドから出した討伐依頼限定でAランクとして扱うので、よろしく」
「「「「はいっ!?」」」」
ロシェリ達と声が揃ったことなんか、気にしている場合じゃない。
そういう措置ってあるものなのか!?
「安心したまえ。これは実績は無くとも、人格と実力が伴っている場合のみに適応される特別措置だ。君達がちゃんとした人物なのは、よく分かっているつもりだからね」
本当に有ったのかよ。
しかもこれは、冒険者ギルドが俺達の強さと人格を認めてくれたと言ってもいい。
「平時はあくまでCランクだから、今後も励んでくれたまえ」
そうだ、これはあくまで限定された条件時の特別措置であって、本当のAランクになった訳じゃない。
ギルドから出した討伐依頼以外では、俺達はただのCランク冒険者だ。
調子に乗らないよう、気を付けないと。
「分かりました、今後とも精進します」
「うむ、頑張ってくれよ。そして良い素材をギルドへ持って来てくれ」
そういえばギルドマスターって、ブラストレックスの時に素材がどうとかって騒いでいたっけ。
やれ皮膚がズタズタだ、血が流れ過ぎてほとんど無い、角が折れているとか。
ひょっとして気に入った素材を自分で買い取って、保管して眺めていないよな?
「では、私はこれで」
「はい。わざわざありがとうございました」
「なぁに、気にするな。それでは、失礼します」
一礼して退室したギルドマスターを見送り、俺達も退室して部屋へ戻った。
寝ているレギアしかいない部屋に戻った途端、全員がベッドへ寝転がって体よりも精神的に疲れた身を休める。
ゼインさんとエルマ姫とアルス王子、さらにギルドマスターとまで会談したんだから、疲れるのも当然だ
しっかし、自分のやらかしであんなのを生み出したとはいえ、解決したらしたで大事になったな。
当分はこの件で振り回されそうだけど、これも自分のやった事だから受け入れよう。
(にしても……)
天井へ手を伸ばし、それを対象に「完全解析」を使う。
ジルグ・アトロシアス 男 16歳 人間
職業:冒険者 Dランク
状態:健康
従魔:アシュラカンガルー
体力3094 魔力2041 俊敏2306 知力1592
器用2083 筋力2102 耐久2099 耐性1487
抵抗1560 運306
先天的スキル
入れ替えLV9 完全解析LV8 灼熱LV9
能力成長促進LV7 魔力消費軽減LV8 逆境LV8
剛力LV7 活性化LV7 体力消費軽減LV7
後天的スキル
算術LV1 速読LV1 夜目LV1 空間魔法LV8
暗記LV2 斧術LV10 槌術LV10 土魔法LV9
風魔法LV9 咆哮LV8 威圧LV9 強振LV7
料理LV1 解体LV5 刺突LV7 強打LV7
斬撃LV5 採取LV1 魔斬LV7 清掃LV1
整頓LV2 集中LV3 瞬動LV3 回避LV4
進化スキル
飛槍術LV2【槍術LV13】
自己強越化魔法LV1【自己強化魔法LV11】
業火魔法LV1【火魔法LV11】
激流魔法LV1【水魔法LV11】
心眼LV1【動体視力LV11】
閲覧可能情報
身体情報 適性魔法 趣味 三大欲求
まさかこんなに強くなれるとはな。
母さんの解析結果を見て化け物かって思ったけど、この調子なら俺もその化け物に届きそうだよ。
進化したスキルは五つ、レギアを装備すれば七つになる。
さらにLV9のスキルが三つあるから、これらのレベルが上がればレギア装備時には、進化スキルが十に達する。
しかもその三つは「土魔法」と「風魔法」と「威圧」だから、スキルの入れ替えで入手しやすい。
誰彼構わわず入れ替えるつもりは今後も無いから、狙うなら魔物とか盗賊とか絡んで来るロクデナシだ。
(あいつらも……成長したよな)
とある一部分以外はっていう余計な考えはすぐに切り捨てて、枕を抱えながら喋っているロシェリ達にも「完全解析」を使う。
ロシェリ 女 16歳 人間
職業:冒険者 Dランク
状態:軽度空腹
従魔:マキシマムガゼル
体力502 魔力2304 俊敏451 知力1846
器用463 筋力309 耐久744 耐性868
抵抗1551 運321
先天的スキル
魔飢LV8 衝撃緩和LV6 能力成長促進LV6
後天的スキル
光魔法LV10 氷魔法LV9 雷魔法LV9 整頓LV4
精神的苦痛耐性LV1 回避LV6 騎乗LV7
闇魔法LV8 採取LV2 魔力操作LV5 清掃LV1
進化スキル
仁治癒魔法LV1【治癒魔法LV11】
閲覧可能情報
身体情報 適性魔法 趣味 三大欲求
アリル 女 18歳 犬人ハーフのタブーエルフ
職業:冒険者 Dランク
状態:疲労 空腹
従魔:ギガントアンキロ
体力1278 魔力1631 俊敏1713 知力1507
器用1775 筋力586 耐久1119 耐性1250
抵抗1457 運269
先天的スキル
活性化LV8 色別LV7 魔力消費軽減LV8
能力成長促進LV6
後天的スキル
弓術LV10 解体LV7 料理LV7 氷魔法LV10
採取LV7 風魔法LV10 潜伏LV7 付与魔法LV9
夜目LV5 複射LV8 連射LV8 植物魔法LV6
聞き耳LV3 清掃LV4 整頓LV4 魔力操作LV4
閲覧可能情報
身体情報 適性魔法 趣味 三大欲求
リズメル 女 17歳 馬人族
職業:冒険者 Eランク
状態:健康
従魔:ゴウリキコアラ
体力615 魔力2042 俊敏538 知力1106
器用1217 筋力419 耐久1103 耐性1124
抵抗1384 運379
先天的スキル
悪意予知LV7 能力成長促進LV6
後天的スキル
農耕LV2 精神的苦痛耐性LV1 土魔法LV9
水魔法LV8 植物魔法LV8 料理LV4 罠設置LV1
穴掘りLV3 解体LV4 採取LV5 観察LV5
火魔法LV6 雷魔法LV6 闇魔法LV5 空間魔法LV4
清掃LV3 整頓LV2 重力魔法LV4
閲覧可能情報
身体情報 適性魔法 趣味 三大欲求
全員何かしらの能力が四桁に達して、当たり前のように先天的スキルが複数、後天的スキルも二桁あってLV9やLV10のスキルもいくつかある。
スキルの入れ替えによる強化に加え、精霊王の下での修行。
この二つがあったからこその現状。
そういえば母さんはスキルの入れ替えのことを、スキルカスタムなんて言っていたっけ。
カスタムは改造、本来ある状態に手を加えること。
それ自体は決して悪い事じゃない。
でも、やり方を間違えるな、やり過ぎて自分を見失うな、最後にそう注意された。
(これが今の俺か……)
改めて自分の解析結果を見る。
もしもスキルの入れ替えができていなければ、俺はどんな俺になっていただろう。
こうしてロシェリ達と出会えただろうか、アトロシアス家の一員になれていただろうか。
ある意味この状況は、スキルをカスタムしたからこその結果。
だとすると、今のところスキルをカスタムしたのは正解だったんだろう。
でも、間違っていないとは言い切れない。
なにせ自力で習得した訳じゃないスキルが、いくつもあるんだから。
体と技術を鍛え、今や完全に俺のものになったと言ってもいいけど、そもそもスキルの入れ替えができなかったら習得していただろうか。
特に先天的スキルに関しては、スキルの入れ替えでないと絶対に複数入手できない。
(一人に一つだけ、だもんな普通は)
先天的スキルは一人につき一つだけ。
そんな常識が、「完全解析」と「入れ替え」で覆って生じた非常識。
きっかけはポンコツ女神のミスとはいえ、こんな事は決して口外できないし、ロシェリ達以外と共有するのも怖い。
だってこんな非常識、公開したら確実に悪い輩が近寄って来る。
自分のスキルをこうしろ、こういう人材が欲しいからスキルを調整しろ、先天的スキルを増やせ。
ひょっとしたら、自分がスキルの入れ替えをしたいから、「完全解析」と「入れ替え」を寄越せって言われるかもしれない。
だからこそ、この事は今後も秘密にする。
でもそのためには、「解析」スキルへの対策を取る必要がある。
これは精霊王から指摘された注意点で、明かさないのなら絶対に対策しておけと言われた。
(バロンさん一家が戻ってきたら、相談してみるか)
どうせ王都での謁見は先の話だ。
それまでに対策を取れれば十分だろうし、「解析」対策をするのもスキルを隠すのも違法や無礼じゃない。
という訳で、今は避難中のバロンさん一家が戻ってきたら相談しよう。
武器や防具の点検もしてもらいたいしな。
さてと、余計な事を考えるのはここで止めて、一眠りするか。
そう決めて就いた眠りは、従妹コンビが襲撃してくるまでの束の間だけだった。
****
それからしばらくの間は比較的平穏に過ごした。
休んだ間の勘を取り戻すための訓練をしたり、冒険者ギルドで全員がCランクへ昇格したのを喜び合ったり、冒険者活動を再開して仕事をしたり、従士隊の訓練に参加して鍛えつつ将来のために指揮を勉強したり、休みの日はロシェリ達と出かけたり、従妹コンビに遊びに行こうとせがまれたり、伯母さん達や祖母ちゃん達から結婚時期はどうするのかと詰め寄られたり、仕事に疲れたリアン従姉さんから癒しのためにとお姉ちゃん呼びを強要されたり、避難先から戻って来たベイルさん一家に装備を点検してもらいつつ、「解析」対策に「隠蔽」が付与された装備品を購入したり、勧誘や弟子入りを志願する冒険者への対応をしたり、斬りたくなる相手がいないとレギアがブツブツ文句を言ったりと、デルスが暴れ出す前に戻ったような日々を送った。
そうして三ヵ月ほどが過ぎた頃、とうとうその時が来た。
「明日、僕達は王都へ戻ることになりました」
「皆様もお父様との謁見のため、それに同行してください」
呼び出したエルマ姫とアルス王子からそう告げられ、分かったと返事をする。
そう、王都へ向かって謁見する時が来たんだ。
どうか、何事も無く済みますように……。




