戦い終わって
どれくらい寝ていたんだろうか、深い眠りから目が覚めた。
体を起こさず顔だけ動かし、ボーッとする頭で見覚えのある部屋を見渡すと、ここはアトロシアス家で間借りしていた部屋だと気づく。
どうしてここにいるんだ?
ジェノサイドとの戦いを終えた後、色々と胸のつかえが取れたのと疲労から、抗えない眠気に襲われて寝ちゃった所までは覚えている。
ということはあの後、ロシェリ達やノワール伯父さんがここへ運んでくれたんだろうか。
外は明るい。
一体どれだけ寝ていたんだろうか。
頭はまだ少しボーッとしているけど、あの後でどうなったのか知りたいから体を起こすと、寝間着に着替えさせられているのに気づいた。
こんなことまでしてくれたのかと思っていたら、部屋の扉が開いた。
「あっ、起きたん、だね」
現れたのはロシェリだった。
良い所に来てくれた、色々と聞かせてもらおう。
「良く寝てた、ね。一昨日に寝ちゃってから、寝てたんだよ」
「えっ? 一昨日?」
「うん。だから今日は、中一日明けた、朝」
そんなに寝ていたのか。
頭がボーッとするのも当然だな。
「それで、あの後はどうなったんだ?」
「ジルグ君が、寝ちゃった、後? えっと……ね」
ロシェリのたどたどしい説明によると、あの後の事後処理はノワール伯父さん率いる従士隊と騎士団に一任され、冒険者達は怪我人を連れてガルアの町へ帰還。
俺達もその際に帰還して、アトロシアス家の屋敷で休むことになった。
寝ていた俺はアリル達が協力してこの部屋へ運び、寝間着へ着替えさせられたとのこと。
お手数おかけしました。
「そっか。アリル達は?」
「二人でご飯……作ってる。従魔達は、外でいつもの、やってる」
いつもの……ああ、筋肉鍛えてるのね。
昨日の今日で元気なこった。
「レギアは?」
問い掛けに対して無言で指差された先では、小さなテーブルの上で寝ているレギアがいた。
「ところで……お腹、空いてない?」
そういえばずっと寝ていたってことは、その間は何も食べてないってことだ。
その事に気づいたら、なんだか腹が減ってきた。
「空いてる」
「じゃあ、ご飯……行こう」
「行こう。でもその前、顔を洗わせてくれ」
まだ頭が少しボーッとしてるから、顔を洗ってサッパリしたい。
という訳で後で合流ということにして、寝巻から普段着へ着替える。
その後で顔を洗って、ついでに頭に水も被って頭もスッキリさせてからリビングへ行くと、ロシェリ達が食事をテーブルに並べているところだった。
「あっ、来たわね」
「いつまでも寝ているから、ちょっと心配したじゃないか」
「すまなかったな。それと着替えとか、手間掛けて悪かった」
しかし改めて考えると、着替えさせられたのに気づかないって、どんだけ深い眠りだったんだ。
やっぱり短時間とはいえ脳の枷を強引に外して、本当の意味での全力を引き出したのが原因かな。
おまけに「超越」や強化魔法、「逆境」とか「剛力」とかのスキルの影響もあったせいか、全身の筋肉が裂けているんじゃないかってくらい体が痛かった。
仮に本当に裂けていたとしても、それはロシェリの治癒魔法で治っているはずだ。
でも肉体の疲れと気持ちの疲れは別物だって、母さんは言っていた。
だからこそ、今までずっと寝ていたんだろう。
「いいって、今さら。さっ、たくさん作ったから食べよう」
「保管してある食材は好きに使っていいって、ノワールさんから言われたから腕を振るったわ」
ほう、それは楽しみだ。
空腹を満たすため、たくさん並ぶ料理の前に椅子へ座る。
「じゃあ、いただきます」
「「「いただきます」」」
これも母さん仕込みですっかり慣れたもんだ。
という訳で食う、とにかく食う。
向こうで修業の日々を送った結果、全員の食事量が明らかに増えている。
前はあまり食べなかったリズでさえ、だいぶ食べるようになったぐらいだ。
要するに、テーブルの上の料理が次々に消えている。
尤も、その大半がロシェリの胃に収まっているんだけどな。
「そういえば、伯父さん達はいつ頃戻ってくるんだ?」
「分からないけど、領主様達の避難先へ人を送るみたいだから、そっちの方が先に戻って来るんじゃないの?」
「もしくは迎えに行って、一緒に戻って来るかも」
アリルとリズの返事に、食べるのに夢中なロシェリが口を動かしながら数回頷く。
「じゃあ、それまでは俺達だけか」
「そういうことになるね」
「いい機会だから、帰って来るまで体を休めましょうよ。特にジルグは、お義母様の奥義を使ったんだから相当消耗してるんじゃないの?」
「その通りだから賛成」
しっかり寝て顔も頭も洗ったのに、体は怠いし重いし鈍い痛みは残っているし、頭もまだちょっと働いていない。
でも食欲はあるから、休めば回復するだろう。
それに向こうでの修行の日々とジェノサイドの戦いの後だから、数日は実戦から離れたい。
体を鈍らせないようにするための訓練はするけど、命のやり取りはしばらく御免だ。
こっちでは一ヶ月でも、精霊王のいた場所では十ヶ月も修行に励んでいたんだからな。
「だったら、しばらくは屋敷に籠ってのお休みだね」
「そうね。町から住民が避難しているから、どこのお店もやっていないもの」
「食べ物があるなら、それで、いい」
「……食料の備蓄は?」
「この調子で消費したら、万全とは言えないわね……」
だよな。使用人も含めて不在になる家に、そんなにたくさん食料の備蓄があるはずがないもんな。
「残り少なくなったら、狩りと採取に行くか」
「そうね」
「そうだね」
どうやら何もせずに過ごせる日々は、あまり長くなさそうだ。
「ご、ごめんね……」
別に謝らなくてもいいんだぞ。
俺達も食事量が増えているから食料不足は困るし、住民不在で店舗がやっておらず食料を買えないのなら、自分達で狩りと採取に行くしかないんだし、それはそれで休息後に実戦の勘を取り戻す良い機会だと思っておこう。
「という訳で、数日はダラダラして惰眠を貪って食っちゃ寝の自堕落生活を送るってことで、よろしく」
「「「言い方!」」」
うん、分かってて言ってる。
でもそれはすぐに本当の事になった。
食事を終えて後片付けを済ませた後、部屋に戻って惰眠を貪って昼飯を食ってダラダラゴロゴロしながら雑談を交わし、一応は間借りしている身だからと使っている場所の掃除や自前の物の洗濯をし、食糧庫の隅にあった干し果実と粗茶でティータイムを過ごし、筋肉従魔達の様子を見に行って暑苦しい様子にすぐ屋敷へ戻り、起きたレギアと適当に会話を交わしているんだから。
そうして夕食はどうするかと相談していたら、酒と自前の食料持参で髭熊やタバサさんやベイルさんのパーティーが、二日遅れの祝勝会をやろうと訪ねてきた。
実は昨日も訪ねてきたらしいが、主役の俺が寝ていたから改めて来たようだ。
お手数お掛けしました。
「それじゃあ今回の勝利を祝って、乾杯」
『乾杯!』
何故か音頭を取る事になった俺の乾杯後、手分けして作った料理と酒を大いに飲み食いして盛り上がる。
「ったく、坊主は大したもんだ。一体どうやったらあんなに強くなれるんだ」
「母さんに修行をつけてもらった、ということで」
「ダッハッハッ! そりゃ面白れぇ話だ!」
嘘じゃないんだけどな。
まあ説明するのも面倒だし、酒の席での冗談って流れに乗っておこう。
「アンタさ、今回の件で褒美をたんまり貰えるんじゃないのかい? 王都を崩壊させたほどの奴を倒して、国の危機を救ったんだから」
「アーシェと同じく、名誉爵位とかな」
それは確実だとして、下手したら名誉が付かない正式な爵位を与えられることになるかもしれない。
できればそれは避けたい。
貴族生活なんて、面倒でしかないから。
「親が親なら子も子だな。揃ってデカいことやらかすんだからよ」
今回はその親に鍛えられました。
というか俺にとっては、自分のやらかしであんなのを生みだしたから、その責任を自分の手で取ったに過ぎない。
いや本当、倒せてよかったよ。
あれだけ修行して奥義まで授かったのに負けて、責任を取れずに死ぬとか勘弁だ。
「今回のでランクも上がるんじゃないか?」
「ということは、髭熊に追いつき追い越すのも時間の問題かな」
「そう簡単に追いつかれて追い越されてたまるか! というか、その呼び方まだ続けるのかっ!?」
髭熊の叫びに皆が笑う。
その後も宴は続き、ロシェリはモフモフ同盟なるものを結んだ樹人族のテレサさんとモフモフについて熱弁を交わし、アリルとリズは他の女性陣と飲み交わし、男連中の多くは何かにつけて乾杯を繰り返し、飲み食いできないのに途中参加したレギアは強そうな人を斬りたいと言い、酔って上半身裸になって筋肉自慢をし合っているマウロさんと髭熊の頭上へ手刀を俺の手刀が落とされた。
やがて宴が終わるとレギアは寝ると言い残して部屋へ戻り、女性陣を中心に後片付けが行われ、酔いつぶれた男連中の顔に水魔法をぶっかけられ、ついでに雷魔法が流されて起こされると千鳥足で引き上げていった。
「あ~、思いっきり飲まされたな」
尋ねてきた面々を見送った後、酔いで眠気に襲われながら部屋へ向かう。
先に部屋へ戻ったロシェリ達は大丈夫だろうか。
ロシェリはテレサさんとのモフモフ論が白熱した勢いに任せてだいぶ飲んでたし、アリルとリズも女性陣に唆されて随分と飲んでいたはずだ。
後片付けの時は辛うじて大丈夫そうだったけど、部屋に返した時はだいぶフラフラだった。
飲み過ぎで体調を崩していないか、明日は二日酔いかなと考えながら部屋に戻ると、レギアはさっきと同じくテーブルの上で眠り、ロシェリ達もそれぞれのベッドの上で寝ていた。
酔っているせいか、寝間着に着替えることもなくベッドの上に倒れて力尽き、静かに寝息を立てている。
「……俺もさっさと寝るか」
その光景を見て特に何も感じないくらいに酔っている俺も、ベッドに倒れ込んで眠りに落ちた。
****
「んで、揃って仲良く二日酔いたぁ、ザマぁねぇな。ハッハッハッ」
「レギア、煩い」
「頭、痛い……」
「でも、お腹空いた……」
「こんな時でも普通に食べようとする、ロシェリの食欲に驚きよ」
レギアの言う通り、昨夜の件で皆揃って二日酔い。
そしてアリルの言う通り、こんな時でも空腹を訴えられるロシェリの食欲おそるべし。
結局この日はロシェリ以外はあまり何も食べられず、ほぼ一日を頭痛に耐えながら過ごした。
その頭痛も翌朝には回復して、今日はどう過ごそうかと相談していたら、家主が帰って来ることになった。
先行して屋敷の様子を見に来た従士隊員と使用人達が、庭で体を鍛えている筋肉従魔達を見て俺達が滞在しているのを確認。
事態の収束の報告を聞き、事後処理のためにベリアス辺境伯とアトロシアス家の人達がもうすぐ戻って来ると聞かされた。
という訳で、急遽出迎えをするために玄関で待っていると。
「「ジルグお従兄様ー!」」
「ぐるっふぁっ!?」
扉を開けて真っ先にやって来たのは、腹違いの年子姉妹なのに双子のようにシンクロしているユイとルウ。
体当たりの如く飛びついてきて、無防備な腹部へ二つの衝撃が同時に叩き込まれた。
思わず変な声を出したけど、数歩下がって倒れそうになるのを堪える。
「「御無事で何よりです!」」
「ああ、ありがとう……」
今、君達のせいで腹部に大きなダメージを受けたけどね。
だけどそれは口に出さず、腰へ抱きつき頬ずりする二人の頭を撫でる。
「ジルグ!」
「ごっふっ!?」
続いてユアンリ祖母ちゃんの襲撃が首へ直撃して、思いっきり咽た。
他の祖母ちゃん達や伯母さん達やゴーグ従兄さんの奥さん、それとシュヴァルツ祖父ちゃんはそんなことしなかったものの、口々に無事に再会できたことを喜んでいた。
ただ、ノワール伯父さんとゴーグ従兄さんとリアン従姉さんは事後処理に当たるため、当分はベリアス辺境家で仕事をするようだ。
一緒の避難先にいたアルス王子とエルマ姫も辺境伯家へ戻っていて、王都が落ち着くまでは引き続きこっちへ滞在することになったとか。
「お館様だけでなく、殿下と姫様も感謝しておられたぞ。よくやってくれたと」
「直接お礼を伝えたいとのことだから、後ほど向こうのお屋敷へ行ってもらうぞ」
お礼を言われるのはいいとしても、その後で絶対に報酬がどうとかの話が出るだろう。
できれば報酬は、現金と名誉爵位の授与くらいで済んでほしい。
一代限りの名誉爵位なら余計な勘繰り事は起きないだろうし、アトロシアス家やベリアス辺境伯家にも迷惑は掛からないはずだし、王家としての面目も立つ。
もしも今回の件を理由に元実家の爵位を云々とか言われたら、全力で断ろう。
せっかくアトロシアス家の継承権っていう、断れる理由があるんだから有効活用しないとね。
「分かった。いつ頃になるかな?」
「時間を作ったら向こうから使者が来る手はずになっているから、それまではここで待機してくれ」
「了解」
シュヴァルツ祖父ちゃんにそう返し、この場は一旦解散。
避難のために持ち出した私物の整理のために各々が自室へ向かい、その後で改めてリビングに集まって話をすることになった。
屋敷の確認や不在中の清掃をするため、お茶を用意したら使用人は退室。
リビングには俺達と、アトロシアス家の人達だけが残った。
そこで交わされるのは、避難先でどうだったとか、ジェノサイドとの戦いはどうだったとか、当時は大事でも後になればこうした場で話題になる話ばかりだ。
「避難していた住民達も、徐々に戻って来る手筈になっているぞ」
「結果的に避難は無駄に終わったけど、何も起きないのなら、それにこしたことはないわよね」
まったくその通りだ。
今回は町に到着する前に倒せたから良かったけど、もしも俺達が間に合わなかったか負けていたら、王都の惨状がガルアで繰り返されていたんだから。
「それにしても、報告を聞いた時は驚いたぞ。お前達が件の正体不明生命体と渡り合い、倒したとな」
「精霊王のところで、相当鍛えられたからね」
うん本当、凄く鍛えられたよ。
思い出すと震えるくらいに。
「しかし、たった一ヶ月やそこらでそこまで強くなるとは……。いったい、どんな修行だったんだ?」
シュヴァルツ祖父ちゃんが興味深そうにしている。
まあ、普通に考えるとおかしいよな。
精鋭が集まった混成部隊が倒せなかった相手を、俺達が倒したんだから。
「確かにこっちでは一ヶ月だけどさ、向こうは時間の流れが違って十ヶ月過ごしたんだよ」
「あら? ということは、ジルグ君達は年齢が一歳上がったんじゃないかしら」
「「「「えっ?」」」」
ギルドカードで年齢確認……マジだ。
一応「完全解析」での確認もしたけど、全員年齢が一歳上がっている。
そうだよな、向こうで十ヶ月も過ごしたんだからな。
ロシェリ達なんかこの事実がショックだったのか、酷く落ち込んで俯いている。
一歳だけとはいえ、年齢を重ねたのは女性にはショックなんだろう。
「だ、大丈夫ですよ、お従兄様、お従姉様!」
「そうなの~。まだ十代だから~セーフなの~」
ユイ、ルウ。女性にとって年齢を重ねたっていうのは、そういう問題じゃないんだよ。
心の中で双子コンビへそう呟いた後、滅茶苦茶頑張って三人を慰めた。
その間のレギア? 部屋で寝てやがったよ、あの野郎。
****
翌日、ベリアス辺境伯家からの使者がやって来た。
筋肉従魔達とアルス殿下が怖がりそうなレギアは同行させず、ロシェリ達三人と一緒に屋敷へ出向いた。
通された部屋には家主で領主で当主のゼインさん、アルス殿下、エルマ姫だけでなく、疲れた様子のノワール伯父さんもいた。
事後処理、大変みたいだな。
「やあ、来てくれたね。今回の件は本当によくやってくれたよ。心からお礼を言おう」
「事が事なので、後日改めて父上からお礼を伝える事になるでしょうが、王家の者として感謝を述べさせてもらいます。ありがとうございます」
「私からも。此度のご活躍、誠に感謝致します」
改めてお礼を言われると、なんかちょっと照れるな。
「もう予想しているとは思うが、おそらく今回の件で陛下より褒美も出るだろう」
「王都に多大な被害を出し、国を滅亡の危機に陥れようとした化け物を討伐したのですから、期待していてくださいね」
「ですがご存知の通り、王都の被害が酷いので謁見は向こうが落ち着いてからになるでしょうね」
謁見や表彰は後でも出来るからな。
国の立て直しを優先するのは当然だな。
だけどその前に、確認しておきたいことがある。
「ちなみに、その褒美って何を頂くことになるのでしょうか?」
俺達にとって重要なのは、むしろそっちだ。
「高額の金銭は間違いないとして、他には爵位や地位でしょうね」
「あの、できれば爵位や地位は遠慮したいんですが……」
俺の提案にロシェリ達も頷く。
こいつらも貴族や余計な立場は勘弁だって言っていたもんな。
別にそうやって国に囲われるのが嫌という訳じゃないけど、引退間近ならともかく、年齢的にも肉体的にもまだまだ現役の冒険者が出来る身としては、早々に責任ある立場に就きたくない。
「授かるとしても、名誉爵位になりませんかね?」
「何故ですか?」
「自ら望んでグレイズ侯爵に残っていた籍を抜けた身ですから、陛下から与えられるとはいえ、爵位を頂くのは筋違いかなと思いまして」
これは昨夜考えに考えて思いついた言い訳だ。
俺が持つアトロシアス家の継承権が効力を発揮するのは、あくまで他所の継承権に関わる場合のみ。
手柄を上げて新たに爵位を得るのは別問題。
だからこそ別な言い訳が必要な訳だけど、これなら文句はあるまい。
自分の意思で元実家の貴族籍から完全に抜けたのは事実だし、それでいて貴族じゃないアトロシアス家の籍に入ったというのは、正式な爵位には二度と関わらないという意思を暗に示している。
そこを主張すれば、正式な爵位を断って名誉爵位を主張する理由になる。
名誉であろうと爵位を与えて受け取ってもらえれば、王家としての面目は立つしな。
「お気持ちは分からなくもないですが、あれほどの被害を出した存在を討伐したとなると、名誉爵位では弱いと思います」
「私もそう思うよ。偉業に対して王家が出す報酬が少なければ、受け取る側は良くとも周囲が良しとしない。それは侯爵家出身の君も分かるだろう?」
それはそうだけどさぁ……。
「ではその分、報酬の金額を上げていただくことは可能でしょうか?」
「平時なら可能でしょうが、これから王都の復興や被害者の支援をするためには多額の資金が必要になります。ですので、金額を上げるのは難しいのではないでしょうか」
今は復興や支援以外の余計な出費を抑えたいだろうから、金額を上げるのは難しいか。
となると、他には何がある?
「そうだ、勲章を授けるというのはどうでしょうか!」
「おお、その手がありましたな」
「それです、姉上!」
エルマ姫の提案にゼインさんとアルス王子の表情が晴れる。
なるほど勲章か。
確かにそれなら王家が功績を認めたことになるから、今回の報酬として扱うことが可能だ。
「えぇっと、今回のような場合はどのような勲章が相応しいのでしょうか?」
「ドラゴンやベヒモスといった魔物を倒した訳ではないので、武力により国を救い護った者へ与えられる勲章、武護救国勲章がよろしいかと」
そんな勲章があるんだ。
内容からして、戦争とか反乱の粛清に活躍した時に貰えそうな気がする。
「そうですね。では正式な爵位を望んでいない点も含め、その旨を伝える手紙を王都へ送っておきましょう」
えっ、そんなことしてくれるの?
「よろしいのでしょうか?」
「気にしないでください。近況報告を兼ねていますし、こうした事を伝えておけば謁見の打ち合わせや報酬を決める会議もスムーズに進みますからね」
まあ、褒美についてグダグダになって謁見が無駄に長引くよりは、速く済んだ方がいいよな。
一言で国の立て直しとは言っても、年単位の時間が掛かるものなんだから。
「そうだ。ジルグ君の希望が通りやすくなるように、私からも褒美を出そうじゃないか」
ゼインさんからの申し出に、思わずキョトンとしてしまう。
「いいんですか?」
「直接雇っていないとはいえ、姓持ち家臣の継承権を認めた者が成果を挙げたのなら、主として褒美を与えないとね。それにそうすれば、私からの褒美も合わさって陛下からの褒美を軽減させやすいぞ」
それはありがたい提案だ。
前半はアトロシアス家の継承権を認めた立場上の対応で、後半が希望を通しやすくするための手なんだろう。
ゼインさんから授かる褒美を合わされば、これ以上の褒美は過分ですと主張できるからな。
問題は、そのゼインさんからの褒美なわけだけど……。
「あの、ゼインさんはどのような褒美を考えていらっしゃるんですか?」
緊張した面持ちで尋ねるリズに、ゼインさんは笑みを浮かべて告げる。
「ジルグ君、今すぐとは言わないがアトロシアス家の分家当主にならないかい?」
はいっ!?




