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入れ替えスキルでスキルカスタム  作者: 斗樹 稼多利
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無力感


 正体不明生命体の見張りを交代しに向かった部隊により、見張りをしていた部隊が全滅した一報が届けられた。

 周辺には数百の魔物の死体が転がり、肝心の正体不明生命体がいなくなっている点から、これをやったのは殻の外へ出た正体不明生命体によるものと判断され、周辺の捜索と近隣の村や町の調査が行われた。

 その過程で魔物の死体が多数見つかり、町が一つ崩壊しているのが確認されたが、住人は既に避難を完了した後だったため人的被害は確認されなった。

 これらの情報を元に進行方向を割り出して改めて捜索すると、冒険者や盗賊の死体が多数発見された。

 その先で正体不明生命体らしき存在を発見したものの、勘づかれて襲いかかってきたためやむなく応戦。

 だが、報告のために逃がされた一名以外は誰も帰ってこなかった。

 犠牲になった仲間のためにと、すぐさま正体不明生命体の外見と現在地、そして進行方向の情報は各地へ伝わっていく。

 それは進行方向の先にある、ベリアス辺境伯領にも届いた。


「これが今回届いた、正体不明生命体の外見と確認された被害に関する情報です」


 ガルア基地の会議室に集まった一同の前に、正体不明生命体に関する報告書が行き渡り、受け取るや否や一言一句見逃すまいと目を通していく。


「人の形状をした白光の体。その内部を様々な色の光が揺らめき、行き交うか。形状は人と同じでも、およそ人とは思えないな」


 報告書を目にしたガルア基地の大隊長の呟きに、全中隊長と全小隊長、領主のゼイン・ベリアス、その従士長として同席しているノワール・アトロシアス、冒険者ギルドのギルドマスター、そしてエルマ姉上と近衛兵達も難しい表情を浮かべる。


「倒された魔物の中には集落を作っていたオークの群れや、それを率いるオークジェネラルやオークキングといった上位種が確認されています」

「ワイバーンの死骸も確認されているとあるぞ」

「死んでいた冒険者の中にはBランクがいるし、盗賊の方は指名手配されている凶悪犯だぞ。まさかこんな形で発見されるとは」

「逃げた奴を追いかけて殺害した形跡まであるのか……」


 倒されていた魔物は雑魚ばかりでなく、冒険者や盗賊の方も駆け出しやゴロツキではない。

 それが全滅しているとあって、相当な戦闘力を有しているのが窺える。

 さらに、逃げた相手をわざわざ追いかけてまで始末している形跡がある点から、強い残虐性と殺戮衝動もあるのだろう。


「対話の意思は無いと見ていいな」

「荒事にならずに済めばいいと思っていましたが、そうはいかないか……」

「現在地はバーナー伯爵領なので、伯爵と現地の騎士団が対応に当たっています」


 報告によると伯爵は王都を崩壊させた元凶を討つべしと息巻き、迎撃の準備を進めているらしい。

 それでどうにかなれば良いのだが、そう簡単にいくだろうか。


「もしも領内に侵攻した場合は、騎士団だけでなく冒険者や従士隊といった戦力も投入し、迎撃に当たるべきかと」

「その際は近隣の町や村の冒険者ギルドにも連絡して、応援の要請をしましょう」

「それよりも住民の避難が優先でしょう。近隣の領地へ連絡して、住民の保護を要請しなくては」

「ご安心を。近隣の領地への根回しは済んでいるので、いつでも避難は可能です」

「それは助かります。避難時の護衛は、ランクの低い冒険者に任せますか?」

「それだけでは足りない、騎士団からも若手を中心に出しましょう」

「しかしそれでは、戦力が」

「対応するのはうちの基地だけじゃない。他所の基地からも応援が来るんだから、戦力は揃えられるだろう」


 大変な事態だと分かっているものの、この場にいるだけでも勉強になると思ってしまう。

 姉上も含めて重要な判断を下すだけの知識も経験も無いため、この場には参加しているだけのような形になっている。

 彼らからすれば王族である私達が会議に参加すれば、解決した後で父上へ報告する際の流れがスムーズになるから、いてくれるだけでいいのだろう。

 しかし、それが分かっていても悔しい。

 だが今の私達に、あのような素早い判断はできない。

 何かを口にしたところで、的外れな事を言いそうなのも怖い。

 姉上もずっと黙っているが、何を思っているのだろうか。


「殿下と姫様は、どちらへ避難させましょうか」

「でしたら私の家族と共に隣領のロビンス子爵領へ。子爵家には娘の学友がいますし、あそことは交流も深いので説明すれば殿下と姫様を受け入れてくれるでしょう」


 辺境伯の学友ということは姉上の同期ということか。

 それならば受け入れは容易だろうな。

 姉上に目を向けると、子爵の娘を知っているのか表情を柔らげて頷いた。


「何にしても、伯爵の迎撃作戦の結果待ちですね」

「とはいえ、準備は怠らないようにしなくては」

「冒険者にもバーナー伯爵領方面には行かないよう、危険を促しておきます」

「商業ギルドには私の方から話を通します」

「隣国への対処は――」

「睨み合っている状態ですが、場合によっては隣国へ危険を報せる使者を――」


 どうかこの会議が無駄に終わってほしい。

 そう願いつつ会議に意味を傾け、その後は引き続き辺境伯家で過ごしていたが、生憎と願いは叶わなかった。

 バーナー伯爵家の従士隊と冒険者と騎士団による、数千人規模の迎撃部隊が壊滅し、生存したのは報告のために逃がされた二名だけという報告が届いたからだ。

 それを受けてその日のうちに前回と同じメンバーが集められ、ガルア基地にて対策会議が行われることになった。


「数千規模の部隊が壊滅してしまうとは……」

「参加者にはAランク冒険者も数名いたというのに」

「おまけに従士隊を指揮していた伯爵まで亡くなっているとは」


 そうなると、後始末は伯爵の後継者に当たる子供か親族がするのか。

 うっ、あのレギアという精霊の言葉が蘇る。

 あいつ曰く、這いつくばって木の根をかじって泥水を啜ってでも生き延びて、不手際を詫びて後始末を全て済ませてから後継者に託すのが、本当の責任の取り方だったな。

 それの考えを基にすれば、伯爵はその地位における責任をはき違えて戦場に出た挙句に死亡し、後始末を子供に押し付けてしまったということか。

 後始末をしなければならなくなった者の気持ちを考えれば、仮令どんな姿であれ生き延びてほしかっただろうから、今ならレギアの言っていたことが理解できる。


「進行方向に変わりはないか?」

「はっ。ここまでと同様に、ベリアス辺境伯領へ接近中です」


 地図が広げられ、ここまでに確認された位置から進行方向が説明される。

 多少のズレがあって正確な一直線とは言えないが、ベリアス辺境伯領へ迫っているのに間違いはない。


「とにかくこうなってしまった以上は、嘆いている場合ではありません」

「その通りだ。すぐさま住民の避難を開始しましょう」

「近隣の領地へ使いを走らせろ」

「迎撃作戦の通達を領内の全基地へ」

「Cランク以上の冒険者に招集を掛けます」

「武器と防具、それと食料とポーションの準備を」


 素早く切り替えた一同により、準備を整えていた案件が次々と実行へ移される。

 そしてその中には、当然私と姉上の避難も含まれている。


「姫様と殿下は、予定通り私の家族と共にロビンス子爵領へ避難してもらいます」

「護衛には近衛兵に加え、先代従士長である父と私の子供達が付きます」


 辺境伯とその従士長であるアトロシアス家の当主が告げた内容に、拳を強く握って奥歯を噛みしめる。

 王族として何かしたいものの、私と姉上には逃げる以外に出来る事は無い。

 王都から脱出した時もそうだった。国の危機だというのに、無力なのが悔しい。


「迎撃作戦における指揮系統は、事前に決めた通りに」

「承知しました。お任せを」

「冒険者の方にも通達しておきます」


 今回の迎撃作戦の指揮は、領主である辺境伯ではなくガルア基地の大隊長が執る。

 辺境伯が戦事に通じていないのもあるが、彼はガルアから住民全員が避難するのを領主として見届け次第、自身もガルアから避難することになっている。

 戦う力も知識も無い身で領主として出来ることは、出来もしない戦場で指揮を執ることではなく、生き延びて領民のために采配を振るうことだという判断だ。

 彼の本心がどうなのかは分からない。しかしバーナー伯爵の末路を知っていると、悪い判断ではないと思ってしまう。

 向こうは当主が参戦して死亡し、後始末を子供か親族へ強制的に押し付けてしまったのだから。

 その点を踏まえると、辺境伯は避難さえ間に合えば生き延びられる。

 如何に迅速に避難活動ができるかに掛かっているが、こうした事態に備えて準備は進めていたから、想定外の事態さえ起きなければ大丈夫だろう。


「ところで正体不明生命体と最初に接触した彼は?」

「……まだ戻っていません」


 あれ以来、ジルグ殿とその仲間達は戻るどころか連絡一つ寄越さない。

 精霊の長の下へ辿り着く前に命を落としたのか、辿り着いた後に何かあったのか、そもそもまだ辿り着けていないのか。


「元より過度な期待はしない前提で話を進めていたのです。今は我々がやるべき対策に集中し、全力で事態に当たりましょう」


 そうだな、アトロシアス家の当主の言う通りだ。

 詳しい情報が無いのは残念だが、そういう前提で準備を進めていた以上は、いつまでも気にしている場合では無い。

 危険な正体不明生命体が、こうしている間にも迫っているのだから。


「では皆さん、迅速に対応へ当たりましょう」


 辺境伯のこの一言を切っ掛けに、全員が動き出す。

 私と姉上も辺境伯とアトロシアス家の当主と共にすぐさま屋敷へ戻り、準備しておいた荷物を馬車へ積み込み、辺境伯の家族と共にロビンス子爵領への避難を開始した。

 その最中に思い出すのは、王都から脱出した時のこと。

 こうして何もできずに逃げ出すのは二度目だし、何も出来ないのは分かっているが、やはり悔しい。

 しかし戦場に立ったことが無ければ、指揮をしたこともなく、剣術も嗜み程度にしかできない。

 身を守るために逃げるしかできのが悔しいと同時に、とても情けない。


「はあ……」

「どうかなさいましたか、殿下」


 情けなさから出た溜め息に、向かいの席に座るライカ殿が声を掛けて来た。

 姉上はアルトーラ嬢と別の馬車に乗っているため、こちらで意気投合した彼が私の馬車の同乗者となった。


「いや、王族なのに逃げるしかできない自分が情けなくてな」

「仕方ないですよ。僕達が何もできないのは事実ですし、それに逃げて生き延びるのも大事な役割ですよ」


 逃げて生き延びるのも役割か……そうした考えは無かった。

 地位が有るのだから何かしなければと考えるあまり、逃げるという選択は恥のように思っていた。


「それにただ逃げ出すんじゃなくて、ちゃんと対策会議に出て責任を果たして逃げるんですから、恥でもなんでもないですよ」


 むう、確かに。

 私が想像する逃げる輩は、責任を果たさず命惜しさで逃げる奴ばかりだ。

 それを考えれば私や姉上はこれから何が行われるのかを把握し、その上で逃げるのだから相応の責任は果たしているのか。


「そういう考えは無かったな」

「僕だって父上からそう教わるまでは、逃げるのは恥で悪い事だって思っていました」

「そうだな。逃げ方にも色々あるのだと、学ばせてもらったよ」

「ついでに言うと、ジルグお兄さんも王都から逃げて来た口ですよ」


 うん? 彼が王都から逃げて来ただと?


「何かやったのか」

「いいえ。これは聞いた話なんですが」


 ライカ殿によると、ジルグ殿は先天的スキルを理由に実家で酷い扱いを受け、成人と同時に追い出されたのを切っ掛けに王都から逃げてガルアまで来たそうだ。

 仲間の少女達も形は違えど似たような境遇から逃げ出したようで、特にロシェリ嬢が王都の孤児院で受けていた扱いには落胆した。

 子供同士の喧嘩ぐらいならともかく、虐めを無視した挙句に職員まで加担していたとは。


「こういう状況でなかったら、すぐに調査をしたいところだ」


 孤児院は教会の管理下にあるが、未来を担う子供達を保護していることもあり、国から補助金を出していている。

 そのため役所による監査も入っているのだが、経営には問題が無くとも内部には問題があったようだ。


「既に騎士団には話が通っているそうです。ジルグお兄さんの件も含めて」

「そうなのか? だが、そのような話は聞いたことが無い」


 孤児院の件はともかく、ジルグ殿の件は侯爵家の評価に関わるものだから城へ報告が届く。

 第三皇子で未成年の私の下に直接伝わることはないが、それとなく耳には入ってくるはずだ。


「直後に色々とあって、それどころじゃなくなったんですよ。ほら、王都の件とか」


 ああなるほど、確かにそれどころじゃない。

 国が滅んだら爵位もなにも無いからな。


「しかし、彼らの場合は逃げたというよりも追放されたから、それに従って出て行って旅立っただけではないか?」

「ジルグお兄さん達にとっては、嫌な思い出の場所から逃げたという認識らしいです」


 物は言いようだな。

 だが、この件が解決した暁には徹底的に調査する必要があるな。


「なんにしても、正体不明生命体をどうにかしないとならないな」

「そうですね。今回の迎撃作戦で、上手くいってくれるといいんですが……」


 どうにかなってもらわないと困る。

 このままではこの国どころか、世界の危機になってしまう。

 どうか頼んだぞ……。




 ****




 バーナー伯爵による迎撃部隊が壊滅した一報から数日が経ちました。

 正体不明生命体の進行方向を元に、通過すると予測された平原地帯に迎撃部隊が集結しています。

 住民の避難に必要な護衛を除き、ベリアス辺境伯領内の騎士団員、辺境伯の従士隊、ガルアやその近隣で活動しているCランク以上の冒険者が全てここにいます。


「壮観ですね」


 迎撃の準備を整え、部隊の様子を見回っている最中、同行者のライラが感激しながら辺りを見渡します。


「そうね。だけどこれから強敵と戦うんだから、あまり気楽にしていられないわよ」

「私はこれでも真剣です。自分なりに緊張を解そうとしているんです」


 ならいいんですけどね。

 しかし、報告にあった被害を思い出すと、これだけの部隊が編成されたのも分かります。

 私達は偶然にも正体不明生命体となる前の、精霊に憑依されて操られたゼオン副騎士団長と遭遇したのですが、まさかあれから一ヶ月少しでここまでの騒ぎになるとは。


「どうかしましたか?」

「いえ、一ヶ月前の遭遇の時に倒せていれば、こんな事態にはなっていなかったんじゃないかと思っただけです」

「それはあの場にいた全員の共通認識ですよ。だけど、あの時に私達が戦ったとして、倒せたと思いますか?」

「……言わないでください」


 あの時は本当に悔しかったです。

 国を守る騎士団の一員だというのに、あの場をジルグ君に任せて逃げるしかできなかったのですから。

 いくら姫様と殿下を守るためとはいえ、悔しくないはずがありません。


「その悔しさはここで晴らしましょう」

「そうですね。私も頑張ります」


 頬を叩いて気合いを入れるライラに頼もしさを感じます。

 そうです、今度こそ私達がこの国を守るのです。

 そんな決意を固めて少しして、正体不明生命体の偵察に向かった斥候が全滅したという報告が、斥候の監視役によって届けられました。


「これまでに送った斥候が全員戻って来ないから、念のために付けた監視だったが……」

「かの正体不明生命体は、気配を察知するスキルか能力を持っているとみていいでしょう」

「まさか「隠密」や「潜伏」といったスキルの持ち主ですら、見破られてしまうとは」

「悟られぬよう少数だったとはいえ、手も足も出ずやられてしまうなんて」


 ガルア基地の大隊長に続き、辺境伯の従士長ノワール殿、冒険者代表の男性二人が難しい表情を浮かべます。


「嘆いてばかりはいられません。報告の位置と進行方向からすると、奴は間違いなくこの平原に現れます」

「分かっている。進行速度からすると、今日中にここへ到着するだろう」


 この場に集められた全員に緊張が走ります。 

 もうすぐこれだけの被害を出した怪物と戦闘をするのだから、無理もありません。

 私だって気持ちを落ち着けようと、心の中で何度も落ち着けと自分に言い聞かせています。


「すぐに配置に付き、いつでも戦闘態勢に入れるようにしておけ!」

『了解!』


 迎撃部隊の総指揮を執るガルア基地の大隊長の号令で、各隊が配置へ向けて走ります。

 私が率いる部隊は「遠視野」の先天的スキルを持つライラがいることもあり、位置と様子を伝えやすいように中央のやや後方へ位置し、正体不明生命体の確認と魔法攻撃をする部隊を守る役目を担います。


「ライラ、しっかり探してくださいね」

「分かっています。こんな大役を任されたんですから、しくじれません!」


 下手に近づいたら察知されてしまいますが、ライラの「遠視野」なら接近せずとも対象を目視できます。

 それが私の部隊にとって、最大の役割です。


「そろそろ始めてくれ」

「了解。ライラ、頼みます」

「分かりました!」


 敬礼をしたライラは簡易的に作った櫓へ上がって、眉の辺りに手を添えて遠くを見渡す。

 現在正体不明生命体は平原の向こうにある森の中にいるようですが、あとどれくらいでここへ姿を現すのでしょうか。


「あっ、いました!」


 発見の一報にライラへ視線が集中します。

 思ったよりも接近していたのですね。


「正体不明生命体との距離は、ヒイッ!?」


 突然悲鳴を上げたライラが櫓の上でしりもちをつきました。


「どうした!」

「そんなまさか、ありえない。あの距離で目が合うなんて!」


 目が、合った?


「馬鹿な、偶然だろう」

「偶然じゃありません! だって、今も目が合い続けているんですから!」


 なんですって?

 接近するどころか、遠距離からの監視すら察知するなんて。


「距離は!」

「あの森が終わる手前辺りです! ヒイィィッ! なんか不気味に笑ってます、あっ、こっちへ駆けだしました!」

「っ!? 総員、戦闘準備!」


 有無を言わさぬ開戦に、伝令が全体へ伝わって緊張が高まっていきます。

 それからすぐ、報告にあった外見をした正体不明生命体が森を抜けて平原へ姿を現しました。

 愉悦の笑みを浮かべながら両腕を大きく振り、猛スピードで走って迫っている姿が不気味で、背筋に寒気が走ります。


「正体不明生命体を目視! 全魔法部隊、攻撃用意!」


 ガルア基地の大隊長の号令で正気に戻りました。

 そうだ、私達はアレを倒すためにここにいるのだから、動揺していられません。

 既に後衛の魔法部隊が総員攻撃態勢に入っており、いつでも攻撃可能な状態になっています。

 その間にも正体不明生命体はこちらへ走って迫っており、その距離は僅かな間に随分と詰められました。


「攻撃、開始!」


 合図と同時に無数の魔法が一斉に放たれます。

 すると正体不明生命体は迫りくる魔法を見て足を止め、地面を滑りながら立ち止まると右を向いて息を吸うような動作をし、口を開いて白い光の筋を放ちました。

 そのまま光の筋を放ち続けながら右から左へ顔を振ると、それに合わせて光の筋も右から左へ移動し、全ての魔法を命中前に破壊してしまいました。


「馬鹿な、あれだけの数の魔法を、たった一発で?」


 誰かの呟きに恐怖が湧いてきます。

 光の筋は全ての魔法を破壊すると消えましたが、それを放ち終えた直後に正体不明生命体は歪んだ笑みを浮かべます。

 感じるのは冷たい恐怖。

 誰もが一瞬硬直したんじゃないかと思っている間に、再び駆け出して接近してきます。


「げ、迎撃! 再度魔法を撃ち込め!」


 号令により再度魔法が放たれますが、正体不明生命体は両手と両足に魔力の爪を生やし、迫る魔法をわざわざ一つずつ爪で潰していきます。

 一つ二つならともかく、無数の魔法にそれをやっているため動きが尋常ではありません。

 それなのに表情は笑っており、まるで遊んでいるかのようです。

 いや、あれは遊んでいます。さっきの光の筋で無力化できるのに、それをせずにいるのですから。


「くそっ、涼しい顔してなんて動きしやがるんだ!」

「ええいっ、撃ち方止め! 前衛部隊前進! 魔法部隊は魔力の回復を!」


 新たな指示で魔法が止み、前衛部隊の精鋭達が正体不明生命体へ勇ましい声を上げて接近していく。

 たった一体の存在に対して過剰な人数で迫りますが、人数の差など無意味でした。

 手足を振るうだけで複数人の悲鳴が上がり、鮮血が噴き出て舞い上がる。

 囲もうとしても囲む前に吹き飛ばされ、切り裂かれ、地面に叩きつけられていきます。


「そんな……」


 櫓から降りたライラが驚愕しています。

 いや、この場にいる全員がそうです。

 所属の垣根を越えて協力しているのに、全く何もできずに屍を増やして血の海を広げているのですから。

 正直、目の前で起きている光景が信じられません。

 私達は今、何と戦っているのでしょうか。


「ば、化け物だ……」

「あんなのに勝てるかよ」


 部下の言葉に私も同じ考えが頭を過ってしまいます。

 逃げ出したい、だけど逃げられる気がしません。

 あの正体不明生命体は何処までも私達を追いかけ、命を奪うでしょう。

 そう思うと足が竦み、以前の悔しさを晴らすという決意が揺らいでしまう。

 そんな中、正体不明生命体は前衛達を一蹴して吹き飛ばすと後退して距離を取り、口を開いて大音量の嫌な音と共に衝撃波を放ってきました。

 平原に響き渡るほど大きい嫌な音に誰もが苦しみながら耳を塞ぎ、さほど強くなくとも幾度となく襲い来る衝撃波に前衛が吹き飛び、やがて私達も耐えられなくなって転んだり吹き飛んだりします。

 あっちこっちで悲鳴が上がり、土煙が舞い上がって人が地面を転がっていく。

 やがて嫌な音と衝撃波が収まって土煙が晴れると、倒れて苦しむ大勢の人々を前に、正体不明生命体は愉悦の笑みを浮かべて楽しそうに体を揺らしていました。


「……無理。こんなの無理です」


 倒された全員がこれだけの絶望を感じたのだろうか。

 震える体は立ち上がるどころか、這って逃げる事ことすら叶いません。

 このままここで死ぬんだと思っていたら、正体不明生命体の正面に突然光の壁が現れました。

 それを見た正体不明生命体は警戒して距離を取り、低い姿勢で様子を見ています。


「なんでしょうか、あれは」


 ライラの問い掛けに何も返せないでいると、壁の中から四体の魔物が姿を現しました。


「あれはマキシマムガゼル? それにゴウリキコアラにアシュラカンガルー、ギガントアンキロまで」

「それにあのマキシマムガゼル、武器を持っているぞ」


 あのマキシマムガゼルとアシュラカンガルー、見覚えがあります。

 ひょっとするとと思っていると、今度は杖や弓を手にした種族の違う三人の少女達が、そして最後に不気味な赤い目と口が浮かぶ漆黒の籠手、胸当て、脛当てを身に着け、同じ顔の浮かぶ特殊な形状をした漆黒の武器を持つ少年が現れると光の壁は消えました。


「ようやく戻って来たか、ジルグ」


 近くで倒れているノワール殿が腕を押さえながら体を起こし、どこか嬉しそうに呟きました。

 彼の言う通り、そこに現れたのは以前より強く逞しく感じるジルグさんとその仲間のロシェリさん達、そして彼らの従魔達がいました。


「ああ。また彼に頼ってしまうのだな」


 情けないですが、彼らはこの場にいる誰よりも強くなっています。

 おそらくあの正体不明生命体を倒せるのは、彼らだけでしょう。

 だからこそ託します、どうか勝ってください。


「待たせたな。あの時の決着、つけてやる!」


 そう言い放って武器を構えるジルグさんと、その仲間達。

 これがそう遠くない未来、白光の悪魔と漆黒の救世主として語り継がれる戦いの始まりでした。

 その歴史の目撃者にこれからなってしまうなど、この時の私達は考えてもいませんでした。


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