誕生
精霊王の下を訪れて八ヶ月目。
修業は佳境を迎え、別々に行っていた修業は終わった。
二十日くらい前からロシェリ達と合流し、互いの力を確かめ合ってから母さんの指導で連携の確認と特訓。
そしてつい数日前から、レギアを憑依させた上でのパーティーによる実戦的な修業が開始された。
母さんや精霊王を相手に。
「アッハッハッ。こうして戦うのは凄く久し振りだけど、彼女達との修業で良い感じに勘を取り戻してるね」
楽しく遊んでいる子供のように、無邪気な笑顔を浮かべる精霊王。
そんな顔しておきながら、多彩な魔法を広範囲に放っている。
俺達はそれを避けたり防いだり魔法で相殺しつつ、僅かな隙を見つけて反撃するものの、まるで通用していない。
母さんはそれを離れた場所で見物しながら、時折助言を飛ばしてくる。
「マキシマムガゼル、守ることに気が行き過ぎてるわよ。ロシェリちゃん達だって自分の身は守れるし、防御はギガントアンキロもいるんだからもっと前へ出なさい!」
後衛を守ることに意識が行き過ぎていたマキシマムガゼルは、鳴き声で応えると盾で身を守りながら助言通りに前へ出て、魔法を回避して精霊王との距離を詰めていく俺とアシュラカンガルーに合流。そのまま一緒に攻勢へ出る。
常に合わせている中央の腕を除く、上下四本の腕で虚撃を交えて連打を繰り出すアシュラカンガルー。
速さも威力もここへ来る前よりも上がっているはずの攻撃を、精霊王は一歩も下がらずに軽く捌いていく。
「いいねいいね、動きも攻撃の速さも強さも鋭さも、ここへ来る前とは比べ物にならないよ」
だったらそんな簡単に防ぐなよ。
そう思いながら、アシュラカンガルーが後ろへ下がるのと入れ替わるようにマキシマムガゼルと共に接近して、呼吸を合わせて武器を振り抜く。
レギアにより生み出された漆黒のハルバートと、重量のある棘付き棍棒。
その同時攻撃を、それぞれ片手で受け止めた。
「おっ、ズシリと来る一撃だね。アシュラカンガルーと入れ替わるタイミングもバッチリだ」
それならどうして防げるんだよ!
だけどこれも想定内。
既にホークアイは使っているから、後方へ下がって距離を取るアシュラカンガルーは視界にいる。
いけ、入れ替え!
一瞬で目の前にアシュラカンガルーが現れ、代わって精霊王が後方へ出現。
そこへ、後衛のロシェリ達が一斉に魔法を放つ。
「シャイニング、ブラスト」
「スパイラルブリザード!」
「アースポール!」
何本もの光の線と螺旋回転する複数の氷の塊、それと地面から放たれたいくつもの円柱が精霊王へ向かうものの、虫を払うような動作だけで全て防がれた。
だけどまだ、後衛を守ると同時に追い打ち要員の筋肉従魔が二体残っている。
破壊された魔法の後ろから、腕を横に伸ばしたゴウリキコアラと、「丸転」で転がりながら迫るギガントアンキロ。
しかしこれも、ゴウリキコアラのラリアットは人差し指だけで受け止められて軽く払われ、ギガントアンキロは片手で受け止められた。
これでも駄目か。
「うんうん、良い連携だと思うよ。だけど相手が悪かったね」
そこからは精霊王の独壇場だった。
押さえていた力を解放したかのように、片手で押さえていたギガントアンキロを押し返して吹き飛ばし、再度迫るゴウリキコアラが腕を掴まれ片手で投げ飛ばされ、ロシェリ達へ向けて魔法が嵐のように降り注いで悲鳴が響き、マキシマムガゼルとアシュラカンガルーが頭部への拳骨一発で沈み、目の前に迫る掌底を辛うじてハルバートで防ぐ。
「おっ、これに反応するんだね」
「俺様が憑依しているんだ、当然だろ」
レギアの言う通り、こいつが憑依していなければ反応できなかった。
それどころか、精霊王の動きすら見えていなかった。
「じゃあ、これはどうかな」
掌底を引くと、腕を鞭のようにしならせて上下左右から手刀を繰り出してくる。
変幻自在で縦横無尽な攻撃だけど、どうにか軌道を見切って防御できる。
だげど攻撃が速くて、下がりながら防御に徹するのが精一杯だ。
「ほらほら、守っているだけじゃ駄目だよ。グラビティボール」
「くっ!」
放ってきた重力魔法を「魔斬」で斬って防ぐ。
くそっ、このまま終わってたまるか。
「レギア、やるぞ!」
「おっ、やるか。よっしゃっ!」
一度大きく距離を取り、レギアが共有させずにいたスキルを発動。
それによって大きく力が湧いてきて、迫る精霊王の姿もハッキリみえるようになった。
攻撃に反応と思考が追い付き、後ろへ下がらずとも防御できるようになり、回避と反撃もできるようになる。
「それか。それもだいぶ使いこなせるようになってきたね」
「どうにかな」
「ハッ。今日こそはテメェを」
「じゃあ、もうちょっと本気を出してもいいね」
「「えっ――」」
****
「はっ!」
「あっ、起きた? 二人とも、ジルグ君起きたよ」
何だ、いつの間に気を失っていたんだ。
無邪気な笑顔を浮かべた精霊王に、「もうちょっと本気を出す」と言われた直後から記憶が無い。
気が付いたらレギアの憑依が解けていて、ブルーシートとかいう敷物の上でリズに膝枕されている。
傍らではロシェリとアリルが休憩しつつ軽食を飲み食いしていて、レギアは敷物の隅で目をグルグルにして気絶中、そして筋肉従魔達は少し離れた所で暑苦しく筋肉を鍛えている。
「えっと……俺は精霊王との修行中に気絶したんだよな?」
体を起こして思い出そうとするけど、やっぱり思い出せない。
「あんた、覚えてないの?」
「精霊王から、もうちょっと本気を出すと言われてから記憶が無い」
「あれは、覚えてなくて……いい」
覚えてなくていいって、俺あの後どうなったんだ?
追求しようとしたら、リズが真剣な表情で両肩に手を置いた。
「いいかいジルグ君。世の中には、覚えていなくていい出来事もあるんだよ。だから忘れたまま、この後の修行に励もう!」
「あ、ああ、分かった……」
リズがここまで言うんだから、気にはなるけど素直に従っておこう。
なんだか知ったら嫌な記憶を思い出しそうだし。
そう自分に言い聞かせ、両肩から手を離したリズにプロテイン入りの飲み物を差し出された。
喉が渇いているから受け取って飲んでいると、母さんがやって来た。
「あら起きたのね。さっきの戦闘、終盤はともかく後半は悪くなかったわよ。だいぶ「超越」を使いこなせるようになったわね」
「強化が強すぎて、扱えるようになるまで苦労したけどね」
さっきの精霊王との修行中、能力が急激に強化されたのは母さんの先天的スキル、「超越」の効果だ。
レギアを憑依させての強化を扱えるよう修行していた頃、母さんが今度の戦いの切り札として提案し、見習いとはいえ神様相手にできるのかなと思いつつ、スキルの入れ替えをやってみたらできちゃったから驚いた。
ただし、「超越」を入手したのは俺じゃなくてレギアだ。
というのも、母さんは強力すぎる「超越」の影響で引退を早め、最後には命も落とした。
だからこそ俺じゃなくてレギアに渡し、戦闘中はいざという時だけ共有する形を取った。
レギアにそんなスキルを与えて大丈夫かとも思ったけど、そもそもレギア単体に戦うためのスキルは無く、精霊は直接攻撃ができないからさほど問題は無い。
念のため入れ替え前に精霊王へ確認すると、二つ返事で問題無いと太鼓判を押されたから、「看破」LV1と入れ替えた。
こうしてレギアは精霊で初の先天的スキルの所持者になった訳だけど、強力すぎる強化を扱えるようになるまでが大変だった。
「私も最初は制御に苦労したわね」
「その経験を基にした、扱いに関する修行はえげつなかったよ」
いくら強くなるためとはいえ、あんな修行は二度とやりたくない。
どんな内容だったかは聞かないでほしい。
思い出すだけで寒気がして、体が大きく震えるから。
「ジルグもだけど、皆も私のスキルで強化したスキルをちゃんと使えるようになったわね」
そう、母さんでもスキルの入れ替えが分かった途端、勝率を少しでも上げるために皆へもスキルを分配した。
尤も、その分の修業をやる時間があまり無いからLV1分だけだし、鍛え直しが相当キツかったけどな。
それでいても母さんは半端なく強くて、修業では毎回叩きのめされている。
母さん、あなた何者ですか。神様見習いでしたね。
ただ、そのお陰で「動体視力」がLV11に達して「心眼」に、修業での怪我を治療してもらっているうちにLV10になっていたロシェリの「治癒魔法」が「仁治癒魔法」に進化した。
ついでに言うとレギアを憑依装備している間だけ、「憑依装備者スキル強化」により「斧術」と「槌術」のレベルが上がって、「爆斧術」と「衝槌術」へそれぞれ進化する。
当たり前だけど、「憑依装備者スキル強化」でスキルのレベルが上がった場合の扱いについても、レギアを憑依した状態で修業済みだ。
その間レギアは精霊王からの修業を受けられないから、その分を取り返すのと「超越」を馴染ませるため、後から物凄い修業を受けたらしい。
ブツブツ愚痴って俺のせいだって言われたけど、原因はレギアのスキルだから八つ当たりもいいところだと思った。
「まあそれはそれとして。ジルグ、あなたには第二の切り札を授けるわ」
「第二の切り札?」
「ええ。切り札はいくつあってもいいでしょ?」
「それはそうだけど、俺だけ?」
「そうよ。だって今から授けるのは、接近戦における私なりの奥義だからね」
お、奥義。なんか凄そうだ。
しかも近接戦におけるものなら、後衛のロシェリ達には無理だ。
あっ、でも……。
「あいつらは?」
一応接近戦型だから、離れた場所で暑苦しく筋肉を鍛えている筋肉従魔達を指差して尋ねると、遠い目をして首を横に振った。
「彼らには無理よ。あんな筋肉特化に習得できるものじゃないから」
魔物だから以前に、筋肉特化だからって理由なんだ。
だったら仕方ない。だって筋肉従魔だから。
「そういう訳で、これを授けるのはジルグだけよ」
別の世界からの転生者で、伝説の冒険者だった母さんの奥義か。
いったいどんな奥義なんだろう。
「断っておくけど、習得したからって必ず相手を倒せる訳じゃないわ。習得できるかも含めて、あなた次第よ」
「ああ、分かった」
というかあれ? これってまさか……。
「ひょっとして、通常の修行に加えて俺だけ別にそれの修行を?」
恐る恐る尋ねると、母さんはそれはそれはとても良い笑顔で頷いた。
やっぱりかあぁぁぁぁっ!
アリルからは憐みの視線が向けられ、リズからは肩に手を置いて強く生きなさいと言われ、ロシェリからは頑張ってと励まされた。
ウン、ガンバル……。
「といっても、ある程度の事は最初の修行の内に含まれているから、一から叩き込むことは無いわ」
あっ、そうなんだ。
なんか少しホッとした。
「だけどそれはそれ、これはこれよ。習得できるかは別問題だし、短くて残り二ヶ月だから覚悟してね」
「……ハイ」
これが種族の入れ替えで、あんなのを生み出した事への責任か。
いいぜ、やってやる。習得して受け継いでやろうじゃないか、母さんの奥義とやらを。
あいつを倒すためにもな。
こうして新たに地獄の修行が始まった訳だけど、どういう修行なのかは割愛させてもらう。
語るも恐怖、聞くも恐怖のあの修行は、知らない方が良い。
****
殻に籠って、この世界と隔絶してから一ヶ月と十数日。
ようやく我に意識が宿ったということは、間もなくこの世界への適応が終了する。
我の存在理由は全ての生命を滅ぼすこと。
それを邪魔する者は何であろうと全て滅ぼす。
命という儚い物に縋る生命を殺めることは、我の存在意義。
殺戮、殲滅、絶滅、消滅、破滅、壊滅。
そんな言葉が常に頭の中で繰り返され、目覚めの時が近いのを実感する。
目覚めが間近になったことで、我を守る殻が鳴動しだすと外にいる有象無象が騒ぎ出す。
あのような矮小な存在がどれだけ集まろうとも、我を守る殻を破ることは不可能だ。
そして、間もなく誕生する我を倒すことも出来ない。
人と精霊が入り混じった以上、精霊でなくとも我を倒すことは可能。
しかし殺戮と殲滅を執行し、全ての生命体を消滅させ絶滅へと誘い、壊滅と破滅をもたらす我を倒すことが可能なのは、この世界へ現れることができない神か精霊王のみ。
故に、我がこの世界に生きる全ての生命体を滅するのは、不確定要素さえ発生しなければ確実に執行可能。
しかし不確定要素が発生する確率など、一割にも満たない。
よって、我の殲滅行為を阻止する者はほぼ現れないと判断する。
後は殻が割れるのを待つのみ。
鳴動と共に心臓の拍動も大きなっていき、思考は我が行うべき事項をより鮮明にしていく。
殺戮、殲滅、絶滅、消滅、排除、破壊、破滅、壊滅、それを執行することが我の成すべき事であり、我に愉悦を感じさせる唯一の手段。
さあ、早く殻よ割れろ。
我は一刻も早く殺戮による愉悦を味わいたいのだ。
殻に亀裂が走り、外へ光が漏れる。
外にいる有象無象が慌てふためくが、貴様らに出来る事など何も無い。
むっ、だいぶ亀裂が走ったな。間もなく誕生だ。
亀裂が大きくなり、漏れた光に有象無象が眩しそうにしている。
やがて殻が破壊されると、その際の衝撃波と光が辺りへ有象無象は醜く地面を転がっていく。
さあ見よ、この世界に恐怖と殺戮をもたらす、我のこの神聖なる姿を。
邪魔な土煙が晴れると、有象無象が戸惑いながら武器という物を向けてきた。
「う、生まれたみたいだぞ」
「落ち着け。外見はともかく人のような姿なんだ、まずは対話を試みよう。えっと、言葉は通じるか?」
体、思考、思考による体への伝達速度、全てにおいて異常無し。
体の形状は人という種族と同じ、関節の可動域も同じ。
違うのは白光している体の中を何色もの光が揺らめき行き交う、この美しい姿のみ。
さっきからしつこく喋りかけてくる有象無象の会話も聞き取れ、言葉も理解できる。
だがこの口は、呼吸はできても喋る事は不可能のようだ。
「おい、聞いているのか」
「落ち着けって。喋れないのかもしれないだろ」
「そもそも、言葉を理解しているのか?」
「やはり駆除すべきでは?」
……うるさい。
喧しい有象無象へ歩いて近づく。
「お、おい、こっちへ来るぞ?」
「対話の意思があるのかもしれない。様子を見るんだ」
対話? 何故、そのようなことをする必要がある。
貴様らは間もなく死ぬというのに。
奴らの前で立ち止まると、人間と猿の獣人がへっぴり腰で槍を向けて来た。
それを制して狐の獣人が進み出る。
「こちらの言葉は分かるか? 我々に」
耳障りだ、黙れ。
腕を軽く振って狐の獣人の首を跳ねる。
目を見開き硬直した人間と猿の獣人の胸を貫き、心臓を破壊する。
ああ、これこそ待ちわびていた感覚だ。
この命を奪う瞬間こそが、我を何よりも愉悦へと導く。
そんな悦楽に浸る中、周囲で様子を見ていた連中が騒ぎだして我へ攻め込んできた。
「コンドルブレイブ!」
「サンダーランス!」
「はあぁぁぁっ!」
人間と獣人が貧弱な魔法を放ち、鬼族が剣で非力な物理攻撃を首元へ当てるが、その程度で我が肉体は傷一つ付かない。
「バカな、全く効いていないだと……」
当然だ。貴様ら有象無象が、我に傷をつけるなどありえぬ。
首元にある剣を握ってへし折り、鬼族の顔面へ折った刀身を突き立てる。
「なっ」
声を上げる間もなく息絶えたそいつを見て、有象無象が一斉に攻撃の意思を見せて襲い掛かって来た。
無駄だというのに、力の差も分からない愚か者ばかりか。
だが、誕生してすぐに殺戮という愉悦を味わえるのなら悪くない。
そんな若干の喜びに浸ったのは僅か一分。
足元には死屍累々で血の海となっているが、僅か百ばかりの数しかいなかったようで、全滅させても物足りない。
弱い、弱すぎる。
こんなものでは準備運動にも肩慣らしにもならないし、愉悦と悦楽も全然足りない。
仕方なく新たな獲物を探そうとしたら、向こうからやってきた。
この辺りに生息する、魔物という脆弱な生命体だ。
どうやら我の出現を本能的に察知して、逃げられないと判断して立ち向かいに来たか。
本来なら結託などしない、様々な種族が集まっている様子と鬼気迫る表情からして、我の強さを理解してはいるようだな。
ここに転がっている有象無象とは違い、野生で生きてきた察知能力と潔さは評価しよう。
だが貴様らの行いは勇敢でも蛮勇でもなく、無謀、というのだよ。
それでも数百はいるだろうから、精々準備運動と我が愉悦の糧になってもらうぞ。
それからすぐに魔物達の雄叫びが断末魔の悲鳴に代わり、死屍累々とした血の海が広がっていき、数百もの魔物が全滅するのに五分も掛からなかった。




