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入れ替えスキルでスキルカスタム  作者: 斗樹 稼多利
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元の世界の現状


 体を鍛え続ける日々が終わり、次の段階へ移った修行は武器を用いてのものだった。

 軽い運動で体をほぐして防具を身に着けると、「刺突」と「強打」と「強振」をやってみるように言われた。


「どうしてその三つを」

「いいからやってみなさい」


 やれば分かるってことかな。

 言われるがままハルバートを構え、まずは「刺突」をやってみる。


「ふっ、っとおっ!?」


 以前と同じ感覚で槍部分を突き出すと、あまりの勢いに制御が効かなくて、思わず変な声が出た。

 なんだこれ。まるでスキルの入れ替えで、新しいスキルを入手したばかりの頃のようだ。


「ほら、ボサッとしていないで「強打」と「強振」もやりなさい」


 気を取り直して残り二つのスキルも試したけど、これも「刺突」同様に制御が効かない。

 どういうことかと疑問を浮かべ、母さんの方を見ると真剣な表情で語りだした。


「それが肉体も鍛えた上での、完全な「刺突」と「強打」と「強振」よ」

「これが……」

「前にも言ったでしょ。あなたはスキルを入手して技術的に扱えるようになっただけの、小手先のものだって。自力でそれらのスキルを習得して、そのレベルまで持って行くには、本来なら今ぐらい体を鍛えておく必要があるのよ」


 今ならそれが実感できる。

 ここへ修行に来るまでの「刺突」や「強振」といったものが、如何に小手先に頼った不完全な状態だったのが。

 それぐらいに力強くて、威力も速さも一味違う。


「今日からの修行は、それらを本当の意味で扱えるようにするためのものよ。並行して「槍術」と「槌術」と「斧術」、さらに魔法も鍛え直すから覚悟なさい」

「はい!」


 そして始まるのは、来る日も来る日もハルバートを振り、魔法を使い続ける日々。

 まずは鍛えた体でハルバートを扱うところから始まり、それができたら各種スキルの扱いを鍛え直す。

 突きも払いも振り抜きも、全てが以前と感覚が違うから幾度となく振り回される。

 その度に母さんからの指導が飛び、その指導とスキルを扱えるようにする修行の経験を基に修正をして、その修正方法が間違っていたらまた指導が飛んでくる。

 魔法の方は技術主体だから幾分か楽かと思いきや、そんなことはなかった。

 扱い方そのものを一から叩き直され、特に自己強越化魔法で強化した状態での修業は、より念入りに行われた。

 さらにはフレアエンチャントを始めとした各エンチャントも鍛え直されていく。

 厳しいしキツイけど、本来ならこれくらいのことをやって辿り着く所へ、ズルして小手先に頼っていたんだから当然だ。

 ズルをした分、ここで取り返さないと。


「力任せじゃ余計な消耗をするだけよ、適度な脱力を心がけなさい!」


「腕の力に頼ってるわよ! 腰の回転や体重移動、踏み込み、武器の重みといったものを利用するの!」


「強化したんだから、そのための加減を体で覚えなさい!」


「考えながら足捌きをしない! 体は全部で一つ、上半身と下半身で区別せず、連動しているのを忘れないで!」


「形に拘りすぎない! 大事なのは不格好であろうと、喰らいつく姿勢よ!」


 ああくそっ、本当に未熟者やってんな俺は。

 だけど向こうで受けていた、元実家の護衛やノワール伯父さんやシュヴァルツ祖父ちゃんの指導よりも、手応えを感じる。

 さすがは異世界の知識って訳か。


「余計な事を考えないで、修行に集中しなさい!」


 はい、分かりました。

 そうした感じで今日も修行を終え、プロテイン入りの牛乳を飲んだらハルバートと防具を次元収納へ入れ、帰路へ着く。

 既にロシェリ達は帰って来ているようで、筋肉従魔達が厩舎で鳴き声の会話を交わしていた。

 夕食前だからリビングにいるかと思いきや、いたのは薄茶色の不恰好な球体を満面の笑みで食べる精霊王だけだった。


「あっ、おかえり。お昼にアーシェに用意してもらっていた、シュークリーム食べる?」

「シュークリーム? 何それ」

「小麦を焼いて作った皮の中に、牛乳を甘く調理したクリームっていうのを入れた異世界の甘味だよ。外側はサクッと素朴で、中はふんわり甘くて美味しいよ」


 クリームは向こうにもあったから、どういうものかは知っている。

 だけどそれを、どうやって中へ入れたんだ?

 味も気になるけど、作り方もちょっと気になる。

 酒より甘味派の身としては手を伸ばしたい。でも今は無理だ。


「食べたいけど遠慮する。この手で食べ物を触りたくない」


 精霊王に両手の掌を見せた。

 制御しきれないスキルでハルバートを振り続けたことでマメは潰れ、皮膚はベロベロに剥けて出血の痕が残っている。

 こんな手で食べ物を直接触るのは、如何に甘味好きでも憚れるから、まずは治療をしたい。


「うわぁ、凄い手だね。どれぐらい武器を振ったんだい?」

「そんなの、いちいち数えてない」


 数えている暇があったら修業に集中しないと、母さんの叱責が飛んでくるから。


「それもそうだね。じゃあこれは夕食のデザートに出すよう、アーシェに頼んでおくよ」

「お願いします」


 心から切実に。


「ところでロシェリ達は?」

「部屋で休んでるよ。レギアも一緒」

「分かった」


 精霊王と別れて部屋へ向かうと、薄着姿の三人がベッドに寝転がっていて、レギアは備え付けの小さなテーブルの上で転がっていた。

 三人は無防備だから、ちょっと目のやり場に困るぞ。


「あっ、おかえりなさい」

「おか……えり……」

「あのさ、俺達の仲であろうとちょっと無防備じゃないか?」

「いいじゃないか、いまさら。互いの裸体を知り尽くした仲なのに」


 そりゃあ、そうだけどさ。

 まあいいや、今は治療が優先だ。


「悪いロシェリ、これの治療を頼む」

「わっ、痛そう……」


 痛そうじゃなくて、痛いんだよ。

 物を持ったり握ったりするどころか、指を曲げるのも覚悟がいるぐらい痛いんだ。

 ドアを開けるのすら、痛みを堪えながらなんだぞ。


「ハッハッハッ、相変わらず鍛えられているようだな」

「煩い。お前だって同じだろうが」


 最近になってようやく気絶しなくなったくせに、偉そうに言ってんじゃねぇよ。


「俺様とテメェの修行を一緒にすんじゃねぇよ。やっている質が大違いなんだよ」

「そうだよな。この前まで、連日気絶してたくらいだからな」

「おいコラ、余計なこと言ってんじゃねぇよ」


 余計なことって、事実を述べただけだろうが。


「でも質が大違いなのは確かだよ。見ているこっちも、寒気がするくらいだからね」

「私達の修行も、客観的に見ればあんな感じなのかしら」

「ガタガタ……ブルブル……」


 なんか三人が揃って遠い目をしている。

 そしてロシェリ、怖いのは分かったから震えを口に出さなくていいぞ。


「そらみろ、小娘達の方が分かってんじゃねぇか」

「仕方ないだろ、俺はどんな修行か見てないんだから」

「そこは想像で予測しやがれ」

「無茶言うな」


 想像の上だったら、いくらでも恐ろしい予測ができるわ。


「それよりもロシェリ、早く治してくれ」

「あっ、ごめんね。ヒール……」


 治癒魔法により、潰れたマメと向けた皮が治っていき、傷口も塞がった。

 はぁ、やっと手を握れるぜ。


「ありがとな」

「どう、いたしまして……」


 治療が終わったら休むためにベッドへダイブして、力を抜いて身を預ける。

 こういう時は美味く脱力できるのに、どうして武器を振る際の脱力は上手くできないのかな。


「手がそんなことになっているなんて、大変そうね」

「仕方ないって。スキルを自力で習得せず、入れ替えて入手してきたツケだからな」


 なにかと使ってきたスキルの入れ替えに、こんな問題点があるんだと実感しているよ。

 気に入らない相手に使ったり、戦闘での危機の時に使ったりしていたけど、そう都合が良いだけの力じゃないってことだ。

 母さん曰く、あのポンコツ女神の説明不足な点もあるから気にするなってことだから、恨みはポンコツ女神に向けていいんだろう。

 そう言う訳で、この修行が終わって母さんが神のいる世界に帰ったら、代わりに説教してもらうように頼んである。


「私達も似たような感じで、随分と鍛えられているわよ」

「安易にスキルを習得したり、レベルを上げたツケを払おうかって、物凄く良い笑顔でね」

「内容……地獄……」


 俺ほどではないとはいえ、ロシェリ達も入れ替えて入手したスキルやレベルを上げたスキルがある。

 それを本当の意味で扱えるようにするため、相当鍛えられているんだろうな。


「ハッ。俺様の修行に比べりゃ、小娘達の修行なんて遊びみたいなもんじゃねぇか」


 本当に一体、レギアはどういう修行をしているんだ?

 聞いても素直に教えてくれないだろうし、想像するのも面倒だから深くは突っ込まないでおこう。


「これが終わったら、次は実戦的な修行かな?」

「並行してレギアが憑依しての修行もしそうだな」

「だとしたら、連携の修行も一緒にやっちゃうんじゃないの? 実戦的っていうのに絡めて」

「……まだまだ、地獄は続くん、だね……」


 その通りだよロシェリ。

 なにせ、ここでの時間でまだ半年はあるんだから。


「「「「はぁ……」」」」


 自業自得で自分で選んで決めたとはいえ、ちょっと心折れそうだよ。

 それでも立ち止まっている訳にはいかないから、この後で思い切り飯を食って風呂に入って寝た。

 翌日以降の修行に備えるために。



 ****



 正体不明生命体と仮称されている存在が出現して、もうすぐ半月になる。

 それと同じぐらいの月日を、同腹の姉であるエルマ姉上と共にベリアス辺境伯の下で滞在している。

 現在辺境伯はこの地の騎士団と共に、国内が混乱している隙を突かれないよう、隣国との国境の警戒に当たっている。

 とは言っても辺境伯本人は屋敷で領地の仕事に当たっており、国境には姓持ち家臣であり従士長でもある、アトロシアス家の者を中心とした従士隊を派遣している。

 さらに辺境伯本人も何もしていない訳ではなく、国境や正体不明生命体について騎士団の者と頻繁に連絡を交わしたり、万が一にも攻め込まれた時に備えて領民の避難計画を立てたり、その後方支援ができるよう手配をしたりと忙しく働いている。

 そんな中、辺境伯が二つの報告を伝えに来てくれた。


「父上が生きていたっ!?」


 一つ目は父上が生きていたという一報だった。

 これを聞いた私は思わず椅子から立ち上がり、姉上は両手を口元に当てて驚いている。


「ゼオン卿、その報告は真か」

「はっ。ガルア基地へ届いた報告によると、王都の騎士団の生き残りが、王城の瓦礫の中から陛下を発見して救助したとのことです」


 問い掛けに対し辺境伯は迷うことなく肯定した。

 父上は幸運にも柱や梁が支えになってできた空間におり、重傷ではあるが命に別状は無いということらしい。

 責任を取ると言って城に残った以上、亡くなっていると思っていた父上が無事と聞き、嬉しい気持ちが湧くと同時に安堵感から力が抜けて椅子へ腰を落とす。


「そうか、無事だったのか。良かった……」

「あぁっ、お父様!」


 嬉しさからか、姉上は人目も憚らず両手で顔を覆って涙を流す。

 気持ちを察してか誰も声は掛けず、世話役として付けられた辺境伯家の女性使用人が黙ってハンカチを差し出した。

 それで目を拭う姉上に頷きつつ、辺境伯は報告を続ける。


「陛下は治療を受けた後、被害を免れたノード公爵家にて保護されているそうです」


 ノード公爵家か。

 父上の良き理解者である叔父上が当主に就いている、あそこならば安心だ。


「そうか。王都の方はどうなっている?」

「陛下とノード公爵が中心となり、生存している大臣や貴族家の当主や騎士団と協力し、救助活動や避難生活の指揮を執っているそうです。尤も、一部を除きますが」

「一部、というのは?」

「生存したにも関わらず、何名かの大臣と貴族家の当主は私財をかき集め、家族と共に王都から逃げ出したらしいです」


 なんということか。

 国を支える立場や身分や役職にありながら、それを放棄して我が身を優先するとは。


「その者達は把握しているか?」

「詳細は不明ですが、陛下の指揮下で活動している大臣と貴族家は把握し、リスト化しております」

「なるほど。騒動が治まった後、責務を果たしている者への恩賞を間違いなく渡すのと、逃げた輩の割り出しに使うためか」

「御推察の通りです」


 いない者が分からないのなら、いる者を把握して後で照らし合わせる。

 王都崩壊の状況では、それが精一杯か。


「分かった。父上が無事だったのは何よりだ」

「はっ。それともう一つの報告なのですが……」


 どうしたのだろうか、辺境伯の表情が浮かない。

 よもや何か悪い報せなのか?


「どうしたのですか? 何があったのですか?」


 姉上の問い掛けに、辺境伯は重い口を開いた。


「ベルツ王太子殿下が正体不明生命体の存在を知り、動員できるだけの騎士団を連れて攻撃を仕掛けました」

「なんだってっ!?」


 ベルツ兄上が?


「ですが、攻撃は一切通用しないはずでは?」

「はい。当然向こうにも情報は伝わっていますが、それは攻撃した者が軟弱なだけだと断じて忠告を無視して、避難された方角にある複数の基地から集めた騎士団員数百名、それと傍に付いていた近衛兵数十名を連れて総攻撃を仕掛けました」

「それで結果は?」


 辺境伯は無言で首を振った。


「どれだけ魔法を浴びせても、直接攻撃しても傷一つ付かなかったそうです」

「被害は?」

「反撃は無かったので、人的被害は出ていません。しいて挙げるのなら、その人数分の食料と遠征費用ぐらいでしょうか」


 死傷者が出なかったのはなによりだが、結果は出ずに貴重な食料と金銭を無駄に浪費したのか。

 これから王都を立て直せなければならないのに、この浪費は痛いな。

 しかも、それを先導したのが王太子であるベルツ兄上なのも痛い。


「ベルツお兄様は何をしているのですか。その浪費した食料と金銭で、どれだけの王都の民が助かることか……」


 悲しそうな姉上の言葉に私も頷く。

 とはいえ、いまさら嘆いても仕方ない。


「この件は父上には」

「おそらくは伝わっているでしょう」


 となると、父上と叔父上は頭を抱えているだろう。

 次期国王候補が周囲の声を無視し、遠征よりも王都救済のために使うべき食料と金銭を無駄に浪費したのだから。

 人的被害は出なかったとか、王都を崩壊させた原因である正体不明生命体を討伐しようとしたとか、言い訳ができないことはない。

 だが攻撃は通用しないと伝わっていたのに、周囲の忠告を無視して遠征した点は咎められるだろう。


「だが、ベルツ兄上への聞き取りと処分は後回しになるだろうな」

「おそらくは。今はそれどころではありませんから」


 現状で優先すべきは国内の混乱を最小限に抑え、この機を狙う隣国を警戒する事。

 そして何よりも重要なのは、正体不明生命体への対応だ。


「正体不明生命体について、何か分かったことはありますか?」

「残念ですが、未だ何も。様々な分野の学者や研究者を派遣して調査しているそうですが、まるで成果が上がっていません」


 球体の中から出て来た後はどう動くのか、どういう存在なのか、そしてどう扱うべきなのか。

 間もなく半月だというのに、具体的な対策がまるで立っていない。


「これからこの国は、どうなるのでしょうか……」

「アレがこれからどうなるのか分からないので、全く予想ができません」

「一部では精霊とやらの存在と、その警告を疑う者もいると聞く」

「警告を受けたのがジルグ君だけですから、それも致し方ないかと」


 当然だ。我々は彼に付きまとっている、レギアという精霊と会って言葉を交わしているから信じられるが、そうでない者は存在すら疑うだろう。

 あれから調べてみたが、精霊は古い文献には時折書かれていたものの、近年においては存在を疑われているとあった。

 正直あの時は精霊がどうこうどころではなかったが、私達は凄い存在と遭遇していたのだな。

 しかしそうと分かると、あの時にレギアから言われたことにも説得力がある。

 物怖じせず、威圧的かつ上から目線で説教をされた時の記憶は、今でも鮮明に残っている。

 というよりも、あんなの忘れられるはずがない。


「そういえば、そのジルグさん達は未だに?」

「はい。戻っておりません」


 唯一精霊と接触し、さらに精霊であるレギアを連れたジルグ殿とその仲間達は、正体不明生命体について探るために精霊の長の下へ向かっているそうだ。

 どうして彼らだけで向かったのかという意見も出たが、精霊の長は気難しく、大人数で押し掛けると機嫌を害してしまうとレギアから言われたらしい。

 事後報告のような形で辺境伯から伝えられた際、こんな時に何をという意見が出たものの、同じような抗議をしたという辺境伯はレギアにこう言い返されたそうだ。

 お前達と精霊の視点が同じだと思うなと。

 ひょっとすると今回の件は、我々にとっては一大事でも、精霊からすれば騒ぐほどではないのかもしれない。

 だからこそ、自分が相棒と認めているジルグ殿と、その仲間の少女達と従魔だけを連れて行ったようだ。


「一体どこまで行っているのでしょうか?」

「分かりません。レギアは行き先について、何も言っていませんでしたので」

「できれば早く戻って来てもらい、報告を聞きたいものだ」


 それ次第では、何かしらの対策が練れるかもしれない。


「ひょっとしたら、既に何か対抗策を授かっているかもしれません」

「できればそうあって欲しいが、過度な期待は止めておこう。調査に関しては引き続き行ってもらい、こちらでも対策を練らなくては」


 対策はいくつあっても困らない。

 重要なのはそれによって、正体不明生命体をどうにかできるかということだ。


「承知しております。騎士団にもその旨を伝え、現地の調査団に報せるよう手配しておきます」

「頼む」


 報告はこれで終了し、辺境伯は引き上げていった。

 姉上はアルトーラ嬢の下へ向かい、私もこちらにいる間に友好を深めたライカ殿の下へ向かう。

 ……ひょっとすると、こうして過ごせるのも今の内かもしれない。

 ふと、嫌な予感と共にそんな気がした。

 これが考えすぎによる気のせいであることを、心の底から願う。


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