初対面
精霊王を名乗る少年の登場に場は静まり返った。
あのレギアでさえ、額に手を置いてそうな感じで俯き気味に溜め息を吐いてるし、ロシェリとアリルとリズは互いの顔を見合わせて戸惑っているし、従魔達はポカンとしたまま固まっている。
かくいう俺もちょっと混乱している。
だって精霊王なんて名称が付いているから、てっきり威厳のある外見だと思っていたのに、実際に会ってみたら威厳も尊厳も貫禄も威圧感も何にも無くて、ただの陽気で明るくてちょっと足りなさそうな十歳くらいの少年だったんだから。
「あっれー、どうしたのかな? 僕の美少年っぷりに見惚れちゃった?」
両手の人差し指を頬に当てて微笑む自称精霊王に、誰も反応できない。
ここは心を強く持って、冷静に対応しないと。
まだポーズを決めたままの少年に歩み寄り、肩に手を置いて告げる。
「うん、背伸びしたい年頃なんだろうけど、勝手に精霊王を名乗っちゃ駄目だよ」
「いや違うよ!? 僕、本当に精霊王なんだよ! 勝手に名乗ってないし、年齢だってもう何万年も生きてるんだよ!?」
ショックを受けた表情でそう訴える少年の様子に、ちょっと驚いてレギアの方を振り向く。
溜め息を吐いたレギアは無言で頷いた。
「……本物?」
「本物だよ! どうして信じてくれないのさ!」
いや信じろって方が無理だって。
そんなに頬を膨らませて、プンプンとかいう擬音を発しそうな素振りで見上げられたら、怒って拗ねている十歳児にしか見えないって。
「当たり前だろ、テメェ。んなガキの姿でいたら、初対面で信じられるかっての」
「あっ、レギアお帰り。お土産は?」
「んなモンあるかっ!」
「え~っ。せっかくの帰郷なんだから、お土産の一つや二つや三つくらい持って来てよ~」
「誰が持って来るかってんだ」
やり取りが長期間仕事で留守にしていた父親と、留守番をしていた子供っぽい。
というか精霊王への土産って、どんな物を用意すればいいんだ?
「つうか何だよ、その姿は」
「これかい? これが今のマイブームってやつさ」
「俺様がいた時の、ジジイの姿はなんだったんだよ」
「それがその時のマイブームだったのさ!」
腰に両手を当ててドヤ顔で胸を張るのはともかく、話からして外見を好きなように変えられるんだろう。
でもブームってなんだ。
精霊ならではの言語か?
「ふっふっふっ。レギアとの会話で気づいたかもしれないけど、僕は自分の外見を好きなように変えられるんだよ!」
分かりきっていることをドヤ顔で言われても、凄いともなんとも思わない。
「例えばレギアが最後に見た、隠者風の老人」
一瞬光ったと思ったら、精霊王の姿はフードを被った男性老人へと変わった。
というか外見だけじゃなくて、声まで変わってる。
「怪しげな老婆」
次いで変わった姿は、腰が曲がった怪しい薬売り風の老婆だ。
ガルアでよく利用している薬屋の婆さんに、なんとなく似ている。
「渋みのある紳士」
今度は髭を生やした長身の男か。確かに渋い雰囲気だ。
「果てはそこにいる女の子達とは大違いの、ボンキュッボンの美少女にも!」
さっき登場したポーズを決めた、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ美少女になったら、背筋に寒気が走った。
思わず振り向くと、ロシェリ達が冷たい視線を精霊王へ向けていた。
「あははっ、そんなに怒んないでよ。ちょっとした冗談だからさ」
少年の姿に戻りながら宥める精霊王だけど、言っていい冗談と悪い冗談がある。
今の発言は、三人から怒りを買うには十分だ。
特に「大違い」って部分が。
だけど一瞬そこへ目を向けてしまったのは許してほしい。
だって凄く揺れたんだもの……。
「おい、遊ぶのはいい加減にして説明しろ。何の用で俺様達を呼んだ」
そうだそうだ、あまりにも登場と態度がアレだったから忘れかけていた。
するとレギアから指摘された精霊王の表情が引き締まった。
「アレの事を伝えるためさ。こういうのは精霊を間に挟むより、僕自身が伝えた方が良いからね」
まあそれ以外に用は無いだろうな。
さて、何を聞かされるのやら。
「結論から言うけど、アレは危険だ。もしもあの中から出てきたら、全ての生命が滅ぶくらいには」
いきなり凄い情報を明かされた。
「そんなにあいつは危険なんですか?」
「危険も危険、超危険。今はあの世界に適応するため休眠している状態だけど、それから覚めたら殺戮衝動の下に暴れまわって最終的に地上にはアレ以外、生命体どころか植物一つ残らないだろうね」
「ひぃっ!?」
軽い口調で言うもんじゃない内容に、ロシェリが震えながら背中に引っ付く。
起死回生の一手だったはずが、なんてものを生み出す結果になったんだ。
「別に君を責めている訳じゃないよ、ジルグ君。君はデルスを倒すため、あの状況における最善の一手を取っただけなんだから」
「それはそうですが……って、なんで知ってるんだ」
「周囲の草木や大地に憑依している精霊達を介して、見ていたからさ。デルスがまた愚行を犯しているって報告があったから、様子を窺っていたんだ。それに僕に掛かれば、種族を入れ替えたのを見抜くぐらい訳ないよ」
見ていたのなら、あいつをなんとかしてくれてもいいじゃないかよ……。
「今、介入してくれてもいいじゃないかって思っただろうけど、僕は君達のいた世界に干渉できないんだよ。神界との狭間であるここに留まって、世界樹を管理しながら精霊を生み出して世界の流れを見守る。僕にはそれしかできないのさ」
行きたくとも行けなかった、ということか。
だから自分から俺達の前に現れるんじゃなくて、俺達にここへ来いって言ったのか。
「さっき、世界に適応するため休眠中って言っていたわね。それはどういう意味なの?」
それは確かに知りたいな。って、何で精霊王は軽蔑の眼差しをアリルへ向けているんだ。
「本当ならエルフの問い掛けになんか答えたくないし、それどころか姿も見せたくなかったけど、君はマシな方だから答えてあげるよ」
なんかアリルどころか、エルフそのものが嫌悪感を持たれている。
何でって視線を向けられても、俺に分かるかよ。
「ジルグ君の種族入れ替えによって、アレは矛盾した存在になったんだ。今はそれを解決しようとしている状態なんだよ」
「矛盾した存在?」
頷いた精霊王の説明によると、どうやら憑依した状態で種族を入れ替えたのが原因で、精霊へ人間が憑依しているとか、ありえない年月を生きた人間とか、憑依能力が無い精霊とか、いくつもの矛盾が発生してしまったらしい。
そこで体を変化させて矛盾を解決しようとしたものの上手くいかず、自滅してしまいそうだったからあの透明な球体に籠ったそうだ。
あの中で矛盾を解決して、存在を適応させるまでの時間を過ごすために。
「あそこから出たアレは、間違いなく殺戮衝動の下で暴れまわる。対話とか共生とかを考えても無駄だよ」
「どう、して……」
「それはデルスが原因と言わざるを得ないね」
溜め息を吐く精霊王曰く、あいつは矛盾を解決するために新たな一つの存在へ融合しようとしていて、その際に核になるのが「憑依対象支配操作」スキルを持つデルス。
そのデルスが殺戮行為に強い悦楽を覚えているから、誕生する生命体にはその影響が強く出て、殺戮衝動のままに暴れまわることになるようだ。
「ちっ、あの野郎が厄介なもんに魅入られたのが原因かよ」
「でも人間と精霊の融合体だろ? 知能ぐらいはあるんじゃないか?」
「有るには有るだろうね。だけどあの中から出たばかりのアレは、いわば赤ん坊。知能が有ってもそれが育つよりも先に、全ての生命体が滅んでいるよ。生まれながらに対話や共生を理解し、可能とする生命体なんて存在しないよ。精霊達でさえ、長い年月を掛けて知能を育む必要があるんだから」
殺戮衝動に支配された、全ての生命を滅ぼせる力を持った赤ん坊か……。
そうなるとあいつとの共生は模索できないから、戦って倒すしかない。
でないと俺達が死ぬどころか、全てが滅んでしまう。
だけど、どうやってそんな奴を倒せっていうんだ。
「だったら話は簡単だ。適応ってのが済む前に、奴を覆う球体をぶっ壊し続ければいい。そうすれば、矛盾とやらで存在を保てなくなって自滅するだろ」
ナイスアイディアだレギア。
そうか、あの球体があいつを自滅から保護しているのなら、何度張られようとそれを破壊し続ければいいのか。
「無理だよ。あれは別次元との間にある壁みたいなものだから、破れるのは神だけだよ。僕も頑張ればやれるだろうけど、神にしろ僕にしろ向こうへは行けないから実質不可能だね」
マジか……。
別次元ってのが何かは分からないけど、不可能となると球体破壊で自滅させるのは無理か。
だったらどうすればいいんだ?
ていうか、方法は一つしかないよな
「もう気づいているだろうけど、アレをどうにかする手段は一つだよ」
指を一本立てた精霊王が微笑む。
嫌な予感しかしないし、その微笑みもなんか怖い。
「あの球体から出てきたアレを、力尽くで倒すんだよ」
やっぱりか。そうだよな、球体を破壊できないならそれしかないよな。
「本当ならあの中に籠る前に倒せれば良かったんだけど、それが唯一できたジルグ君は一撃でやられちゃうし」
はい、一撃でやられました。
攻撃も当てたけど、傷一つ付けられませんでした。
「ったく、思い出しても情けねぇ。気合いが足りねぇんだよ、気合いが」
気合いでどうにかなる相手じゃないって。
というか、レギアだってあの場にいて一緒に戦ったんだから、当事者と言えば当事者だろ。
何他人事みたいに文句言ってんだよ。
「でも、力尽くって……」
「あいつって相当強いんでしょう?」
「地上の生命を全て滅ぼせるって、断言するくらいだかね」
「そんなのをどうやって倒せばいいんだ……」
一ヶ月やそこらでどんな準備をすれば勝てるんだ。
後ろの従魔達、俺達に任せろって筋肉を隆起しても無駄だと思うぞ。
お前達でどうにかできるなら、生命体全滅なんて断言しないだろ。
「現状じゃ無理だね。全ての戦力を結集して装備を充実させて、多大な犠牲を省みない消耗戦を仕掛けても、アレには敵わない」
「じゃあどうすれば」
「安心しなよ、対抗手段はあるから」
対抗手段があるのか? 一体どんな方法だ。
「そのためにはジルグ君とレギア、二人が本当の意味で協力し合う必要がある」
「俺とレギアが?」
「俺様とこいつが?」
「そうさ。それによって得られる力をジルグ君が使いこなせれば、アレにも対抗できる」
本当の意味で協力し合うって、どうしてそんなことで対抗手段になるのか全く分からない。
物語じゃあるまいし、協力関係を築く程度で新しい力を得られるなんて正直信じ難い。
「あっ、疑ってるね。気持ちは分かるけど、本当なんだよ。そうすればレギアが進化して、もっと凄い力を発揮できるようになるんだからね」
ちょっと待ってもらおうか、レギアが進化するって何だ。
精霊って進化するものだったのか。
しかも協力し合うのがその条件って、それ自体も意味がよく分からないぞ。
「おい待て、進化ってどういうことだ。精霊は魔物と違って進化なんかしねぇだろ」
「普通はそうだよ。だけど君とデルスだけは進化が可能なんだよ」
えっ、レギアだけじゃなくてデルスも?
「聞いてねぇぞ!」
「教える前に君達が出て行ったんじゃないか。出て行った後も二人で好き勝手やっていて進化しそうにないから、教えるのを先延ばしにしていたんだ」
まったもうって感じの精霊王に対し、レギアはふざけんなとか叫びながらギャアギャア噛みついている。
しかし、どうして進化するためにそんな条件を満たす必要があるんだ。
おまけにデルスも進化可能ってことは、何かしら共通点があるのか?
「つうか何で俺様とデルスは進化できんだよ!」
「僕がそういう風に生み出したからさ。精霊の進化、というよりも成長を促すためにね」
「成長を促すため?」
なんのこっちゃ。
理解できずに首を傾げても、精霊王はニコニコと笑みを浮かべるだけで何も語らない。
「とにかく、そういう訳だからジルグ君とレギアにはアレへの対抗策としてここで修業を受けるように。アレを生み出した責任と、殺戮に魅了されだしていたデルスを放置した責任を取ってもらうためにね」
それを言われると断れない。
生み出した責任は感じているから、なんとかできるのなら尽力しよう。
レギアは俺のせいじゃないってブツブツ言っているけど、精霊王は軽く聞き流している。
「あの、私、達は?」
「君達には僕が修業をつけてあげるよ。彼らだけで戦うのは大変だろうから、君達を鍛えて援護ぐらいはできるようにしてあげるよ」
ということはロシェリ達も一緒に修業か。
従魔達が筋肉を隆起させているのは、見ていない見えていない気づいていないっと。
「それでジルグ君とレギアに修業をつけてくれる相手なんだけど」
うん? 俺とレギアの修業相手?
「どういうことだ。お前が俺様達を鍛えるんじゃねぇのか」
「彼女達と従魔達は僕が鍛えるよ。でも君達は別の人が鍛えてくれることになっているんだ」
そういえばさっきロシェリの質問に、「君達には僕が」って言っていたっけ。
「その相手なんだけど、そろそろ来るはず……」
「ハーッハッハッハッ! ハーッハハハハハッ!」
なんだこの高笑い。
声からして女だと思うけど、どこに……。
「あっ、あそこ! 世界樹の枝の上に誰かいるわ!」
アリルに指摘されて上を向くと、誰かが枝の上で腕を組んで高笑いしながら立っているのが見えた。
顔は……遠くて見えない。
というか精霊王といいあの女といい、ここではあそこから登場するのがルールなのか?
「ハッハッハッハッハッ! とうっ!」
高笑いをしていた女が飛び降りた。
「ふんっ! はぁっ!」
おおっ。なんか体を伸ばしたまま、縦横に何回転もしながら降りて来る。
「どっせいっ!」
声はともかくとして、轟音が響くほどの着地なのに姿勢は全く崩れていない。
見事な着地に、何故か分からないけど十点とか言いたくなる。
って、あれ? なんかあの人って俺に似て――。
「私、見・参!」
……こっちには飛び下りて登場した後、ポーズを取って決め台詞を言う風習もあるんだろうか。
見事な飛び下りと着地を決めたその女性は、腕を組んで膨らみの少ない胸を張って仁王立ちを決めた。
笑いながら拍手をする精霊王に対し、ロシェリ達はポカンと固まって、レギアは「はっ?」って感じで呆れてる。
対抗心を燃やして筋肉隆起ポーズをする従魔達はスルーっと。
ちなみに俺は登場した様子よりも、もっと別の点が気になって仕方ない。
だって目の前に現れたその女性は、俺と似た面影があるんだから。
「あ、あれ? なんかあの人、ジルグ君に似てるような?」
「そうね……」
「えっ、ひょっと……して」
うん、たぶんそうだ。
どうしてここにいるのかとか、初対面がこんなのでいいのかとか、色々と思う所はあるけど確認しよう。
「……母さん?」
「ちっがーう!」
あれっ、違った? ただ似ているだけの誰か?
「ママって呼びなさい!」
「無理」
無理。
あっ、心より口の方が先に出た。
「即答で拒絶……だと。そんな、子供が生まれたら一度言われてみたかったのに」
がっくりと崩れ落ちて落ち込む理由がくだらない。
親にならなきゃ分からない気持ちかもしれないけど、無理なものは無理だ。
第一、俺の年を考えてほしい。
「だけど母は挫けない! 夢にまで見た念願の息子との初対面、初会話。ここで挫けたら元Sランク冒険者、アーシェ・アトロシアスの名が廃るわ!」
やっぱり母さんだったよ。
でも何でだろう、嬉しさとか喜びとか感動とかそういう気持ちが全く湧いてこない。
むしろ外見は面影があるけど、これが本当に母さんなのかって感じだ。
登場は良いとしても、その後の言動で全てを台無しにされた。
「もう一回確認させて。母さんで間違いない?」
「ええそうよ。私はまごうこと無きあなたの母、アーシェ・アトロシアス! グレイズの姓で過ごした過去は自分の中で無かったことにして、アトロシアス姓を再び名乗る伝説の冒険者! アーシェ・アトロシアスよ!」
確認をした途端に起き上がり、ポーズを決めながら自己紹介のような言葉を放つ母さんに一言。
「これが俺の母親か……」
「これっ!? 今、息子から呆れられながらこれ扱いされたっ!?」
なんで驚いているんだろう。
自分の言動を省みて、その薄い胸に手を当ててよく考えてみなよ。
「くっ。これも親の愛が足りなかったからね。でも心配しないでジルグ、この母が! 全身全霊の愛を持ってあなたとそこの精霊を鍛えてあげるから!」
腰に手を当ててビシッを指を差された。
普通ならちょっとカッコイイと思うかもしれない。
でもここまでの言動の影響から、そんな気持ちは微塵も湧いてこない。
ちょっとドヤ顔の母さんは気にせず、笑っている精霊王に確認を取ろう。
「要するに俺とレギアを鍛えるのは、母さんってことか?」
「そうだよ。いや~、創世神様から連絡を受けた時は驚いたよ。今の彼女はとある女神の補佐をしていてね、そんな人が来るのかって一瞬耳を疑ったよ」
今は俺が自分の耳を疑ったよ。
それってつまり、神に近い存在になっているってことか?
実家を出て高名な冒険者になって、名誉爵位を得て侯爵家へ側室入りした死後、神の補佐として働くってどんな人生だ。
「そういう訳だから、早速修行を開始するわよ。時間はたっぷりあるとはいえ、有限だからね」
「たっぷりって。あいつが目覚めるまで、早ければ一ヶ月切ってるんだけど?」
「大丈夫よ。この場所は向こうと時間の流れが違っていて、こっちでの十日が向こうでの一日なの。つまりここでなら、向こうの十倍の期間も修行が出来るのよ」
ここってそんな空間だったんだ。
単に世界樹のある精霊が住む場所だと思ってた。
「とはいえ有限には違いないから、ちょっと荒っぽくいくから覚悟してね」
お手柔らかに、と言える状況と雰囲気じゃないな。
頑張ろう。




