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入れ替えスキルでスキルカスタム  作者: 斗樹 稼多利
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備える元転生者


 地上の様子を見られる鏡に映るのは、無色透明な殻の中で膝を抱えて俯いた状態でいる何か。

 元々は生前の私が側室入りした男であり、そいつに憑依して操っていた精霊。

 それを倒すため愛息子が種族を入れ替えたら、あんなことになっちゃったのよね。


「それでポンコツ女神様、アレは一体どういう状態なの?」

「あなたね、質問するのならもう少し言い方があるでしょ」

「ポンコツ女神様、お教えください。アレは一体どのような状態なのでしょうか」

「どうして口調は丁寧にするのに、ポンコツ女神はそのままなのよ!」


 だってポンコツじゃない。

 どれだけ時が流れようとも、あなたが愛息子にしたことは忘れないんだから。


「まったく、あなたって根に持つのね」

「いいから教えないさいよ。アレは今、どうなっているのよ」

「私は上司なのに……。まあいいわ。アレは今、あの世界に適応しようとしているの」

「適応?」


 ということは、アレはあの世界に適応している存在ではないということかしら?


「新種の生物とか、そういうのとは違うの?」

「大違いね。なにせアレは、あなたの息子の行いによって矛盾した存在になっちゃったんだもの」

「むっ。私のジルグが何をしたっていうのよ!」

「やったでしょう? 種族の入れ替えを」


 呆れた表情で教えてくれたのは、追い詰められたジルグが起死回生の一手として使った手段。

 それによってあのロクデナシが精霊になって、憑依していた精霊が人間になった。

 だけどそれがどうして、矛盾した存在に繋がるのかしら?


「その顔は分かっていなさそうね。考えてもみなさい、憑依している状態でそんなことをすればどうなるのか」


 えぇっと、憑依されていた人間が精霊になって、憑依していた精霊が人間になった。

 つまり憑依した状態で種族を入れ替えた結果、精霊に憑依した人間に……あら?


「気づいたようね。そうよ、人間が憑依した精霊なんてありえるはずがないでしょ? 存在として矛盾しているわ」


 確かにそうね。

 憑依能力があるのは幽体系の魔物か精霊だけ。

 人間が憑依なんてこと、できるはずがない。


「それだけじゃないわ。精霊なら必ず持っている憑依能力が無い人間、人間にとってありえない年月を生きた精霊。これの種族を入れ替えたことで、精霊なら必ず持っている憑依能力が無い精霊、人間にとってありえない年月を生きた人間っていう二つの矛盾も生まれてしまったの」


 人間が精霊へ憑依している件も含めて三つね。


「もしもこれが精霊でなく幽体系の魔物だったら、矛盾への対応手段が無くて消滅していたわね」

「精霊だから、適応っていう対応手段があったってこと?」

「そうよ。精霊は憑依対象の変化や進化や退化に対応して憑依し続けるため、高い適応能力があるの。アレはそれを利用して、自身の存在をあの世界に適応させようとしているの」


 そういえば二度目の人生中に気まぐれで読んだ本に、精霊は自然そのものじゃないかっていう考察があったわね。

 こっちへ来てからそれが本当だと分かったけれど、そういうことなら高い適応能力があるのも頷けるわ。

 同じ植物でも環境によって見た目や性質が変化するんだから、それらに憑依する精霊には高い適応能力が必要とされる。

 というよりも、変化に対応できるように適応能力が備わったと考える方が自然ね。


「だけどさすがに三つもの矛盾にはすぐに適応できず、苦しんだ。その場で体を変化させて適応しようとしたみたいだけど、その程度で適応できる矛盾じゃないわ」


 ああ、腕や脚が太くなったり細くなったり、角や翼が生えては引っ込んでいたのはそれなのね。


「そうして取った手段が、あの殻に引きこもって時間を掛けて適応すること。自身が崩壊しないよう守りつつ、じっくり時間を使って適応するつもりなのよ」

「なるほどね。でもそんなことが可能なの? 三つも矛盾を抱えているのに?」

「可能だからやっているんじゃない」


 あっ、やっぱりそうなんだ。


「適応できなければ待っているのは死。それを避けるために、生命は変化や進化や退化をする。つまりアレも、死を回避するためにあの殻の中で矛盾を解決、あの世界へ適応しようとしているのよ」

「矛盾を解決って、どうやって?」

「……おそらくだけど、二つの存在を融合して完全に一つの存在になるつもりでしょうね」


 一つの存在ということは……。


「憑依している側とされている側が混じり合って、人間でも精霊でもない全く別の存在になるってこと?」


 私の推測にポンコツ女神は重々しく頷いた。


「人間としても精霊としても矛盾し、今の状態ですら矛盾している。これを解決するには両方の肉体も精神も魂も完全に混ぜ合わせて融合して、新たな一つの存在として完成することだけよ」


 何よそれ。そんなことが可能なの?


「魔物に例えればキマイラとかマンティコアが近いわね。複数の違う生命体の特徴を持った、一つの生命体だもの」


 なるほど、そういう感じなのね。

 例に挙げた魔物は、複数の生物の特徴を持った一つの生命体。

 じゃあ、今は殻に引きこもっているアレは、いずれ精霊と人間を組み合わせたキメラのようになるのかしら。


「人間と精霊が融合したら、どんな生命体になるの?」

「それは予測がつかないわ。生命を司る男神も、創世神様でもね」

「どうしてよ」

「動物や虫とは違うのよ。人間と精霊、しかも憑依した状態のまま融合したらどうなるのかなんて、予測できるはずが無いわ」


 そういえば、神だからって万能じゃないって言っていたわね。

 ということは、アレは神にとっても未知の生命体になるってことか。

 未知といえば……。


「ジルグが『完全解析』で調べても意味不明って言っていたけど、あれは?」

「『完全解析』とはいえ、世界に存在し得ないものは調べられないのよ。あの世界に適応した状態でならともかく、適応前の矛盾した存在じゃ調べられないわ」


 だから調べられなかったのね。

 発している言葉が意味不明だったのも、そのせいかしら。


「ただ、全てが不明という訳じゃないわ。断言できることが一つだけある」

「それは何?」

「仮令どんな生命体になろうとも、アレは殺戮衝動の下に活動をするってことよ」

「どうしてよ!?」


 なんでよりにもよって殺戮衝動なのよ!

 仮にも知能の高い人間と精霊の融合体なんでしょ!

 それがどうして、血に飢えた獣みたいなことになるのよ!


「理由はあのデルスって精霊よ。融合する際の核は、『憑依対象支配操作』なんてスキルを持っているあいつになるでしょう。そしてあいつは殺戮行為に魅入られ、溺れて、快楽と悦楽を得ていた。ああいう融合体はね、核になった生命体が最も強く抱いていた感情や思想や意思が大きく反映されるの」


 だから、殺戮衝動……。


「三つもの矛盾を解決して適応を終えるまで、最低でも一ヶ月。何の策も無しにアレを解放したら、あの世界は終わりよ」

「今のうちになんとかできないの?」

「無理よ。あの殻は適応が終わるまでの間、アレを世界から隔離する次元の壁。神でないと破ることはできない。だけど私達があそこへ行けない。それはあなたも分かるでしょ?」

「……ええ」


 神は世界へ直接関わることができない。

 できるのは、自身の失態で迷惑を掛けた相手の意識下に干渉することだけ。

 だから創世神様どころか、ポンコツ女神も私もアレを倒しに行くことはできない。


「神以外だと精霊王ならひょっとするとだけど、その精霊王も向こうへは行けないものね」


 精霊王といえば、神々とあの世界を繋ぐ世界樹の管理者で世界の観測者だったわね。

 そして精霊達を生み出せる唯一の存在。

 神と違って何度でも直接会うことは可能だけど、精霊王も精霊も年に一回お参りをしに来るエルフの前には姿を現さない。

 彼らが大昔、逆境に立ち向かわずに神頼みばかりしていたことに対して、今でも失望しているから。


「そういえば精霊王がジルグを呼んでいたけど、何故なの?」

「たぶんだけど、彼をアレへの対抗策として鍛えるつもりじゃないかしら」


 はぁっ!?


「なんであの子なのよ!」

「アレがああなったのは、彼が種族を入れ替えたのが原因だから」


 自分のお尻は自分で拭きなさいってことか。

 納得も理解もできるけど、母親としては心配よぉ……。


「それに彼の下にはレギアっていう、武器へ憑依できる精霊がいる。アレがどんな生命体になろうと精霊混じりだから、倒すには精霊の力が必要になる。それもデルス同様に戦闘力に繋がる精霊の力がね」

「だから、あの子達が選ばれたの?」

「そうでしょうね。原因であり、対抗手段になる精霊を連れていて、何より彼自身も高い適応能力を持っている」


 適応能力? あの子が?


「まさかあの子も、何か変身して」

「そういうんじゃないから」


 でしょうね。

 だけど一度言ってみたいのよね、私はまだ二回の変身を残しているって。


「スキルの入れ替えによる能力の変化、義理の兄から入手した『能力成長促進』スキルによる速い能力の成長、それらを扱えるようにする訓練を十歳の頃からやっているから、彼自身の適応能力がとても高くなっているのよ。精霊のように先天的でない、日頃の積み重ねによる後天的なものがね」


さすが私の息子!


「後はレギアって精霊の潜在能力を引き出して、互いが本当の意味で協力し合い、彼がそれによって得た力をできるだけ早く扱えるようになればアレへの対抗手段にはなるわ」


 潜在能力ってことは、今の時点でもレギアはまだ成長の余地があるってこと?


「そうすれば、あの殻を破れるの?」

「それは無理ね。あの殻は神か精霊王でない限り不可能よ。外へ出て来たところを倒す、これしかないわ」


 むう、ままならないわね。


「なんにせよ、後は精霊王に任せましょう。私達にできることは……なくもないわね」


 えっ、あるの? できること。


「ちょっと確認が必要だから外すわね。大丈夫そうなら、そのまま許可も取ってくるわ」


 何を調べに行ったのかは分からないけど、足早に出て行ったポンコツ女神を見送った私は愛息子を見て待つことにした。

 六本腕のカンガルーさんに仲間の下へ運ばれ、前髪で目を隠した子に怪我を治してもらい、世界樹への行き方をエルフの子と話し合い、白い毛の馬人族の子に「空間魔法」のスキルを与えて「水魔法」のスキルを進化させている。

 着々と準備を進めつつも依頼を優先する様子に良し良しと頷いていると、やっとポンコツ女神が帰って来た。


「お待たせ。確認したところ問題無いそうだから、許可を取って来たわ」

「何の許可よ」

「あなたが世界樹のある空間へ行く許可」

「……へっ?」


 私が? 世界樹のある空間へ?


「あそこは半分神界のようなものだから、許可さえ取れれば行けるのよ。といってもあそこは精霊王に任せっきりで誰も行かないから、確認は必要だったけどね」


 へ、へえ、そうなんだ。

 だけど、どうしてそんな許可を取ったのかしら?


「私がそこへ行って、どうするの?」

「鍛えてあげなさいよ、あなたの愛息子とやらを」

「へっ?」


 私が、あの子を鍛える?


「創世神様としても、アレを放置するつもりは無いみたいよ。あなたが鍛えたからって必ず勝てるわけじゃないし、これくらいの干渉なら問題無いだろうって」

「本当に、いいの?」

「いいから言ってるんじゃないの。母子としての時間を、存分に過ごしてきなさい」


 あの子に、ジルグに会えるの?

 最初の人生では望んでも得られず、二度目の人生では得られたのに死別して、ここから見守ることしかできなかった愛息子と会えるの?

 しかも鍛えてあげられる。

 母親なのに何もできずに死別した私が、あの子のために何かをしてあげられるの?

 嬉しい! 最初で最後であろうと、私と過ごした母子の記憶をあの子へ与えられるのなら、これっきりでも構わないわ!


「そうそう、これはサービスよ」


 そう言ってポンコツ女神様が指を鳴らすと、体が光に纏われて力が漲ってきたわ。

 なによこれ、まるで二度目の人生で一番良い時と同じぐらい力が溢れてるじゃない。


「あの子への修業をつけやすいよう、あの世界での全盛期の身体能力とスキルにしてもらえるよう交渉してあげたのよ。それで思う存分、鍛えてあげなさい」

「私は今、初めてポンコツ女神様を尊敬したわ!」


 あまりの感動でそう叫んだのに、当のポンコツ女神様は釈然としていない様子。

 どうしたの、お腹痛いの?


「ねえ、本当に尊敬したの? だったらなんで、呼び方がポンコツ女神のままなの? 私もう、ポンコツ女神が名前になりつつあるの? 女神になってもう名前は無いんだけど、知らない間に改名されちゃった? 姓はポンコツ、名は女神? 生前の名前はとっくに忘れちゃったけど、少なくとも改名の制度がある世界と国じゃなかったわよ? というか本人の承諾も委任状も無しに、何時の間に改名されちゃったの? ねえねえねえ」


 なんか泣きそうな表情で長々と名前について語ってるんだけど、大丈夫かしら?


「うぅぅ……。部下が酷い」

「ドンマイ」

「なんで原因のあなたに慰められなくちゃならないの!」


 泣きそうになったり怒ったり忙しいわね。

 まあ元気が出たのならいいわ。


「ところでこの体の状態は、いつまで続くの?」

「あの子が世界樹のある空間から出て行くまでは継続されるわ。出て行ったら、自動で元に戻るわよ」


 ということは、しばらくはこのままなのね。

 だったらちょうどいいわ。


「そういうことなら、しばらく外すわね」

「うん? どこ行くのよ」

「ちょっと武術を司る神様のところへ」


 せっかく全盛期の状態を取り戻したのなら、感覚も取り戻さないとね。

 あの神様なら、喜んで訓練を手伝ってくれるでしょう。

 どうせあの子達が世界樹へ行くまで少し掛かるだろうし、その間に取り戻せるでしょ。


「というわけで、行ってきます!」

「何が、というわけよ! 待ちなさい、仕事はどうするの!」

「頭使って働きたくないでありんす!」


 私は頭を使うよりも動いていた方が好きなのよ。

 決して考えたくないとか、頭を使うのが嫌って訳じゃないからね。


「待ちなさいよ、ねえ。仕事しろー!」


 こんな時は聞こえない、都合の良い耳で良かった。

 待ってなさいよ、ジルグ。

 お母さんが全身全霊で鍛えてあげるからね。


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