道筋
暖かい空気に包まれている気がする。
このままずっと穏やかな空気に包まれて寝ていたい。
だけど何か声が聞こえる。
これは俺を呼ぶ声。
もっとまどろんでいたいけど、意識が目覚めそうだからずっと閉じていた目を開く。
「あっ、起きたよ!」
「ジルグ、君!」
最初に目に入ったのは大泣きしてるロシェリと、涙を浮かべているリズ。
ああ、どうやら俺は助かったようだ。
折れていた足は元通りだし、皮膚を突き破って飛び出ていた骨も治ってる。
その他、体のどこにも異常は無い。
運んでくれたアシュラカンガルーと、治してくれたであろうロシェリには感謝しよう。
進化した調子に乗って、制止を聞かずに運んだ点だけは感謝できないけどな。
「心配させるんじゃなわよ、この大馬鹿!」
目覚めた早々に随分な言い様だなアリル。
だけど、そう言われても仕方ないか。自分がどういう状態ったのかはよく覚えている。
「ジルグ殿、無事でなによりです。お姉ちゃんは心配しましたよ」
「ん、心配させてごめん。リアン従姉さん」
「こんな時くらい、お姉ちゃん呼びしてもいいと思いますけど!?」
やだよ恥ずかしいから。
「ところで、ここは?」
「シェインの町の先、バーナー伯爵領との境にある関所の一室だ」
おっ、ディラスか。無事そうで良かった。
「我々を逃がしてくれたことを感謝すると共に、あの場に一人残してしまったことを謝罪する」
「気にしないでください。あの場はああするしかなかったんですから」
「だが、そのせいでジルグ殿をあのような目に遭わせてしまった上に、必死で戦って傷ついた姿にその……嘔吐してしまったのだ……」
そりゃあ気まずいだろうな。
でも見慣れていないと、そうなるのは当然だと思う。
「重ねて言いますが、気にしないでください。俺達だって最初はそうでしたから」
「とはいえ、一言謝らないと私の気が済まないのだ。どうか受け取ってくれ」
これは受け取るしかないか。
こういう奴は一度言い出すと、なかなか引かないからな。
「分かりました、謝罪を受け取ります」
「うむ。ジルグ殿のお陰で姉上だけでなく、姫様と殿下もご無事だ。今は別室で救援が到着するのを待っている」
救援? あっ、護衛が減ったからか?
「さっきの戦いで近衛兵が減ったからですか?」
「それもあるが、あんなのにまた襲われた場合を想定してのことだ」
要するに俺が負けてあの場を突破されて、追いつかれた時に備えてということか。
気分的にはあまり良くないけど、立場と万が一を考えれば当然の対応だ。
「ところで、あの襲ってきた奴はどうなったんだ?」
「うん? レギアに聞いてないのか?」
「あいつが素直に喋る訳がないじゃないか。ジルグ君が気絶した理由がアシュラカンガルーのせいだって言ったら、そこへ入って寝ちゃったよ」
そこ? ああ、氷石のタグか。
本当だ、いつの間にかこれに憑依して寝てる。
「なるほど。それでさっきからアシュラカンガルーが、そこで土下座しているのか」
部屋の隅でずっと土下座しているのは気になっていたけど、自分のせいで俺を気絶させたからか。
六つの握り拳を地面に着けて深々と頭を下げているのは、まごうごとなき土下座だ。
傍らにはマキシマムガゼルとビルドコアラがいて、許してやってほしいと目で訴えている。この場にいないメガトンアルマジロは、大きくて中へ入れないから外にいるんだろう。
分かってるって、悪気があったわけじゃないって。
「もう頭を上げていいぞ。お前が来てくれたお陰で助かったのも事実だからな」
ずっと下げていた頭は上げたものの、表情がなんとなく申し訳なさそうだ。
まあ、主人をあんな目に遭わせたんだから仕方ないか。
そうだ、魔力も回復したから「完全解析」っと。
アシュラカンガルー 魔物 獣型 雄
状態:健康
主人:ジルグ・アトロシアス
体力1417 魔力144 俊敏1138 知力595
器用698 筋力1427 耐久1229 耐性736
抵抗714 運386
スキル
拳術LV8 跳躍LV6 屈強LV6 動体視力LV5 蹴術LV4
虚撃LV4 連打LV3 不屈LV3 回避LV1 集中LV1
種族固有スキル
怒髪天
閲覧可能情報
身体情報 適性魔法 趣味 三大欲求
適性魔法:なし
能力の数値はマキシマムガゼルに勝るとも劣らないのか。
おまけに「怒髪天」なんて種族固有スキルがある。
「集中」ってスキルは初めて見るけど、どんなスキルなんだ?
「あの……襲ってきたあの人は、どうなった、の?」
おっと、話の最中だったな。確認は後にしよう。
とはいえ、「種族を入れ替えてなんか変なことになりました」なんて言えるわけがないし……。
「……あいつは、戦っている最中に妙な変化をしだして、今は繭だか殻だかよく分からないものに閉じ籠った状態だ」
嘘は言ってない。
本当に戦っている最中に変化しだして、今はそんな状態なんだ。
「うん? どういうことだい?」
「詳しくは分からないけど、少なくとも一月はそのままみたいだ」
「何故それが分かる」
ここは正直に答えても大丈夫かな。
「あいつが閉じ籠った後で、レギアの同類が現れて言ったんです。最低でも一月はそのままだと」
「本当か?」
「はい。確証は有りませんが、そう言われたのは確かです」
「分かった。私はすぐにこのことを伝えて来るから、ゆっくり休んでいてくれ」
そう言い残してディラスが出て行くと、アリルがジト目を向けてきた。
「……なんだよ、その目」
「誤魔化そうたって無駄よ。隠し事をしているのは、分かっているんだからね」
えっ、マジで?
「襲ってきたあいつの話をする様子から、なんとなくそんな気がしたから「色別」を使ったのよ。で、その時の色を見て確信したのよ」
なんだそりゃ。怖っ、女の勘って怖っ。
というか、そこまで読み取れる「色別」が怖い。
「へえ、そうなんだ。僕達に何を隠しているのかな?」
「教え……て」
はあ、仕方ないか。
逃れられそうにないから、隠していた事を正直に話した。
あいつがさっき教えた状態になったのは、種族に対して「入れ替え」を使ったからだと。
当然ながらロシェリ達はそれを聞いて驚いている。
「種族を入れ替えって、そんなことできるの!?」
「ふわぁ……凄い」
「でも一発逆転を狙ったそれが、結果的に悪手だったかもしれないんだよね」
「ああ……」
本当にアレは裏目に出たよ。
だけど、あの状況で他に手が無かったのも事実だ。
でなかったら、俺はあの場で死んでいた。
「それで、これからどう……するの?」
「……レギアの同類から、もう一つ言われたことがあるんだ。精霊王が呼んでるから、世界樹へ来いって」
「世界樹ですって!?」
うぉっ!? どうしたんだアリル、急に大声出して。
「アリル、世界樹を知っているのか?」
「知っているもなにも、エルフにとっての聖地よ。神へ救いを求めて願った場所はそこと言い伝えられていて、集落にいた頃は年始のお参りをしに毎年行っていたわ」
なっ、マジか。
まさかレギアだけでじゃなくて、アリルも知っている場所だったなんて。
「精霊王っていうのは」
「そっちは知らないわ。だけど、問題は行き方よ」
「問題って、何かあるのか?」
「世界樹へ行くためには、長老が「神代の樹木」って呼んでいた物が必要なのよ」
詳しく話を聞いてみると、集落にいた頃は年始に「神代の樹木」っていう木の枝と空間魔法の使い手によって転移の門を作り出し、その門を通って世界樹へお参りに行っていたらしい。
「神代の樹木」は代々長老が厳重に保管していて、取り出すのは年始のお参りへ行く時だけだそうだ。
「ということは、世界樹へ行くには?」
「どこかのエルフの集落か村へ行って、「神代の樹木」を使わせてもらわないと無理ね。だけど「神代の樹木」はエルフにとって神聖な物だから、使わせてもらえるかどうか……」
なんてこった。
行き方が分かっても、その手段が使えないかもしれないなんて。
「普通に行くことはできないのかい?」
「私も詳しくは知らないんだけど、この手段以外では行けないらしいの」
「そんな……」
だとすればどうするか。
行き方がアリルの言う方法しかないのなら、無理を承知でエルフの集落か村へ協力を求めるしかない。
でもレギアの知っている行き方が違う手段の可能性もある。
とにかく起こして、それを聞きださないと。
「おいレギア起きろ、おい!」
「ん……んだよ、うるせぇな。おっ、起きたのか」
「まあな。それよりも、世界樹への行き方を教えろ」
「ああ、それか。そんなの、そこのエルフの小娘にでも聞いとけ」
「……えっ?」
なんか嫌な予感がする。
ロシェリ達も同じ予感がしたのか、表情が固まってる。
「俺様とデルスはエルフ共が帰ろうとした転移に突っ込んで、向こうからこっちへ来たんだ。つうかエルフ共が使ってる手段しか行き来する方法はねえから、そこのエルフの小娘に聞いても同じだ」
嫌な予感が的中した。
予感が的中したのに全く嬉しくない。
どうせならこんな予感、盛大に外れてほしかった。
ロシェリ達も同じ気持ちのようで、俯いて落ち込んだり天を仰いだり頭を抱えたりしている。
「ということは、「神代の樹木」が絶対に必要ってことか……」
空間魔法の使い手は俺でいいとしても、アリルの話を聞く限り「神代の樹木」だけは簡単に準備できない。
使わせてもらうのには苦労するだろうけど、世界樹へ行くためにはなんとかしないと。
「どうにかして、使わせてもらわないとね」
「うん……」
「苦労しそうね」
「「「「はあ……」」」」
思わず溜め息が出る。
だけど、他に方法は無いから致し方ないか。
「あん? 何言ってんだテメェら。向こうへ行く道標なら、そこの大食い小娘が持ってるじゃねぇか」
「「「「えっ?」」」」
一瞬驚いてレギアへ向けた視線をロシェリへ向ける。
大食い小娘っていうのがロシェリで、道標はアリルの言う「神代の樹木」なんだろうけど、どうしてロシェリがそれを持っているんだ?
本人は心当たりが無いから、首を横に何度も振っている。
「ロシェリは知らないみたいだぞ」
「お前らの目は節穴か? その大食い小娘の使ってる杖だよ杖」
杖だって?
それって……。
「こ、これ?」
ひょんなことから手に入れて以来、ずっと使っている混宿の杖。
あれが「神代の樹木」だって?
「どういうことだい?」
「んだよ、知らねぇのかよ。それに使われている宿木が、世界樹へ転移するための道標なんだよ」
なんだって!?
「こ、これが?」
「じゃあ長老が使っていた「神代の樹木」って、宿木だったの?」
「マジで知らねぇのかよ。ったく、嘆かわしいぜ。ちょっと年月が経っただけで、そういったことは忘れ去られるんだからよ」
お前からすればちょっとでも、俺達にすれば膨大な年月が経っているんだよ。
どこかしらで失伝していてもおかしくない。
「詳しくは面倒だから省かせてもらうぜ。知りたきゃ、向こうで俺様達を呼び出した奴に聞きな」
はいはい。いつもの喋りたくない流れね、分かった分かった。
「まあ何にしても、これで行くために必要なものは集まったわけだな」
世界樹へ行くための手段はアリルとレギアが知っていて、そのために必要な「神代の樹木」こと宿木はロシェリが持っていて、空間魔法は俺が使える。
だからって仕事中にいきなりいなくなるわけにはいかないから、一旦ガルアへ戻って護衛の仕事を終わらせてから、せめてノワール伯父さんぐらいには世界樹行きを説明しておいたほうがいいだろう。
当然だけど、種族の入れ替えであんなことになったのは伏せておこう。
「はぁ? まだ足りねぇぞ」
足りないだって?
でもアリルが言っていた「神代の樹木」はあるし、空間魔法も俺が使えるから問題無いはず。
「何が足りないんだよ」
「おいエルフの小娘。何か忘れてねぇか?」
「ええ? 何かって……あっ」
忘れてたんだな。そして今思い出したんだな。
「そうだった。空間魔法を使える人が入口用と出口用、合わせて二人必要だったわ」
えぇぇぇぇぇ。
「じゃあ俺とレギアだけで行くって訳にはいかないのか。最低でも、空間魔法を使える人があと一人は」
「ちょっと、待って」
なんだロシェリ、なんか怖い空気なんか発して何があった。
というかアリルとリズも睨みながら怖い空気発してるし、何がどうなってるんだ!?
「ジルグ君さぁ、僕達を置いて一人で世界樹とやらへ行くつもりなのかい?」
「だって呼ばれたのは俺だし。それに一人じゃなくて、レギアも一緒だ」
「そこの黒いのはどうでもいいのよ。というか、私達を置いて行くつもりなの?」
「駄目なのか?」
「「駄目」」
「だ……め」
なんだろう、三人から向けられている圧力が凄い。
「いやでも、呼ばれたのは俺とこいつで」
「だからって、同行者がいちゃ駄目というわけじゃないでしょ?」
それは俺には判断が付かない。
どこかにいる精霊さんや、答えてくれないか?
「まあ大丈夫だろ。精霊王の奴はその程度、気にしねぇからよ」
答えに詰まっているとレギアが割り込んできた。
いやまあ、確かにお前も精霊だけどお前が答えるとは思わなかった。
だけど答えてくれたことは助かる。いや、助かってるのか?
今の流れだと、ロシェリ達を連れて行っても問題無い口実を作られてしまった気がする。
別に連れて行くのが嫌という訳じゃないんだけど、何があるか分からないからな。
色々と考えているとリズに両手で右手を握られた。
「ジルグ君なりに心配してくれているんだろうけどさ、僕達だってなんでもかんでも引くつもりはないよ?」
痛い痛い痛い。力入れすぎだ、せっかく治ったのに右手が壊れる。
「確かにあの場は引くしかなかったわ。だからってね、今回も引くとは限らないのよ?」
痛い痛い痛い。左肩に置かれたアリルの手にも力が入っている。
「もう……置いてかれるの、やだ……」
ロシェリさぁん! いくら非力でも首に抱き着かれて気道を塞がれたら、呼吸が苦しいんですけどっ!
「という訳だから、世界樹までは一緒に行くよ」
「でないと向こうへの転移門を開いてあげないから」
「杖も、貸さない、よ」
分かった分かった、連れて行くから。
「まず……首……開放……」
「首? って、ロシェリさん極まってる! それ極まってるよ!」
「手と肩はともかく、そこはシャレにならないわよ!」
「へっ? はっ、はわわわわっ!」
はぁ、助かった。
危うく窒息するところだった。
「ご、ごめん」
「いいって。それよりも、護衛の仕事が済んだら一緒に行こう。世界樹まで」
一緒に行く許可を出したらロシェリ達は喜んでハイタッチを交わし、アシュラカンガルー達は自分もと主張するように鼻息を荒くしながら筋肉を隆起させている。
はいはい。お前達もこの場にいないメガトンアルマジロも連れて行くから、暑苦しいことすんな。
「問題は俺ともう一人、空間魔法が使える奴が必要ってことか」
誰でもいいって訳にはいかないから、探すのに苦労しそうだ。
「あっ、それなんだけどさ。僕でどうかな」
「えっ?」
「僕の適性魔法に空間魔法もあるんでしょ? まだ覚えてはいないけど、スキルの入れ替えでジルグ君のを分けてもらって訓練すれば、なんとかなるんじゃないかな」
その手があったか!
そうだそうだ、すっかり忘れていたけど十四種類もあるリズの適性魔法の中に、確かに空間魔法があった。
今から習得するのは時間が掛かるけど、スキルの入れ替えで俺の「空間魔法」スキルを分けてガルアへ着くまでに扱えるよう訓練すればいける。
だったらすぐにでも取り掛かろう。
「じゃあ俺から「空間魔法」をLV1分渡すから、リズからは……」
「僕からは「水魔法」をあげるよ。それでジルグ君のスキルを進化させなよ」
「いいのか?」
「あんな奴と戦うのなら、手札は多い方がいいでしょ?」
「分かった、ありがとな」
「どういたしまして」
ウィンクをするリズに感謝して、俺の「空間魔法」とリズの「水魔法」をLV1分ずつ入れ替える。
これで「水魔法」がLV11に達して、新たに「激流魔法」LV1へ進化した。
覚えた魔法はスパイラルフォールか。どんな魔法なんだろうか。
「終わったぞ」
「うん。これで準備すべきものは全部だね」
「そうだな。これで全部だ」
世界樹への行き方はアリルが知っていて、必要な物はロシェリが持っていて、必要な魔法は俺とリズが使えて、向こうの事を知っているレギアがいる。
なんか都合が良すぎて後が怖い気がするけど、後の事は後で考えよう。
全ては世界樹へ行ってからじゃないと始まらない。
「待ってろよ世界樹。そして精霊王」
でもまずは、ディラス達をガルアまで護衛しないとな。




