陥落
騎士団本部での騒動は各所への報告に走った兵士達により、瞬く間に王宮や非番の騎士団員の下へ届き、避難や対処のために動き出す。
その一報は諸々の件で取り調べを受けた後、自宅謹慎を言い渡されていたゼオンの下にも届いた。
「なんだと! それは誠か!」
「はっ! ですので自宅謹慎を一時的に解除し、任務に当たってもらうとのことです」
なんということか、まさかバレルを乗っ取って操っていたという訳の分からん魔物が王都に来て、本部で暴れているとは。
しかも騎士団長まで倒されたとあっては、私の出番という訳だな!
我が可愛い息子に好き勝手してくれた奴が向こうから来るとは、これも息子の仇を討てという天の采配か!
「団長代理の指示で、ゼオン殿には――」
「分かっている、すぐに私も本部へ向かう! そんな奴、私の槍の錆にしてくれるわ!」
「いや、あの」
「ええいどけ!」
邪魔な団員を押しのけ、空間収納袋から自慢の槍を取り出して本部へ走る。
後ろでさっきの団員が何か叫んでいるが、知ったことか。
これは大チャンスなんだ。
息子の仇を討ち、汚名を雪ぎ、倒された騎士団長に代わる新たな騎士団長に就任する足がかりという、一石三鳥のまたとないチャンスだ。これを逃す手は無い。
「どけどけ、邪魔だ!」
本部の方から上がる煙を見て逃げ惑う平民を押しのけ、途中で発見した荷馬車から馬を徴収して本部へ走らせる。
「ちょっ、待ってくだせぇ!」
荷馬車の持ち主が煩いが、今は有事なのだから協力するのが筋だろう。
まったく困った非国民だ。これだから平民は。
だが大事の前の小事、さほど気にせず馬を走らせ本部へ到着した。
その場にいた適当な団員へ馬を任せ、本部内を入って件の乗っ取られた団員を探す。
「どこだ、どこにいる」
走り回っている団員に聞こうとしたが、奴らは取り合う暇も無く走って行ってしまう。
あいつら、副騎士団長を無視するとは何事か。後で厳重に罰しなくては。
むっ、向こうの方で戦闘音が聞こえる。あっちか。
音のする方へ走って向い外へ出ると、予想通りそこが現場だった。
訓練場のすぐ傍、私以外の副騎士団長全員が両手に魔力の爪を纏った団員と戦っている。
あの団員が、例の妙な魔物に憑りつかれた奴か。
「くそっ、強い!」
「まさかこれほど強いとは」
「奴は精々小隊長クラスだというのに、騎士団長以上じゃないか」
なんだなんだ情けないな、あいつら。
複数人で連携しているのに、たった一人に押されてボロボロじゃないか。
ここはやはり、私がなんとかしないとな。いくぞ!
「でえぇぇぇいっ!」
掛け声を上げながら駆け出し、「灼熱」で炎を纏わせ最高に熱した槍を突き出す。
もらった。こいつで串刺しにして、そのまま消し炭にしてくれる!
一時は不調だった調子を、ようやく取り戻してきたんだ。こいつに避けられるはずがない。
「うん? なんだお前」
そう思っていたのに、渾身の突きはあっさり避けられてしまった。
おまけに足も引っかけられて転び、副騎士団長達の下まで転がった。
「ゼオン殿!? 何故ここにいる!」
「何故も何も、そいつを倒しに来たに決まっている」
何を分かりきったことを言っているのだ。
「貴殿には、王都から避難する殿下と姫様の護衛を申し付けたはずだぞ!」
「そんなの聞いておらん」
「向かわせた団員には言いつけておいたはずだ!」
「聞いてないものは、聞いてない!」
これ以上の問答は不要。
退屈そうに欠伸なんかしている奴を、この手で倒してくれる。
「なになに? 新しいお仲間の参戦? 構わないよ、君達だけじゃツマラナイところだったし、獲物が増えるのは大歓迎だよ」
そうやって余裕をこいているのも、今のうちだ。
「ゆくぞ、パワーライズ!」
「待て、ゼオン殿!」
煩い。貴様らはそこで、私の華麗な戦いを見物していろ。
「ぬん!」
ニヤニヤ笑っている敵へ接近し、炎を纏わせた高温の槍を何度も突き出し、何度も払う。
なのに攻撃は一発も当たらず、遊ばれているかのように避けられてしまう。
何故だ、何故当たらない。
「なんだ、口の割には大したことないね」
「なんだとっ!」
「どうせ殺されるんだからさ、せめてもうちょっと頑張りなよ!」
「ぬぐっ!」
なんという蹴りだ。
向こうは軽めにやったというのに、この私が吹っ飛ばされるとは。
蹴られた腹を押さえながら立ち上がると、副騎士団長達が駆け寄って来た。
「ゼイン殿。貴殿の命令違反については後程追及させてもらう」
「今は協力し、こいつを倒すぞ」
何故そこで命令違反の話になる。
まあいい。確かに今は、バレルの仇であるこいつを倒すのが先決だ。
「いくぞ!」
『おぉぉっ!』
副騎士団長全員で一斉に襲いかかる。
だがしばらくすると、全員が地にひれ伏していた。
ほとんどものが息絶え、生きているのは私を含め二人だけ。
それが敵対していたあいつなのは、なんの因果なのだろうか。
「ふう。まあまあ楽しめたかな」
「この……化け物め」
「えぇぇぇ。酷いなぁ、化け物だなんてさっ!」
「ぬあぁぁっっ!」
あいつが傷口を踏まれて喚いている。
普段なら嘲笑ってやるところだが、私もそれどころではない。
必死で避けたから比較的軽傷なものの、全身に痛みが走って動けん。
「お前、ムカついたからちょっと実験台にしてやるよ。せっかく新しい玩具も見つけたしね」
実験台? 玩具? 何を言っているのだ。
訳が分からずにいると、奴が私の下へ歩いてきた。
「あんたさ、なんか面白そうな先天的スキル持ってるじゃん。この体よりも強そうだし、使わせてもらうよ」
何を、言っているのだ?
「あれ? 意味分かってない? この体から、あんたの体に乗り換えようってことだよ。鈍いなぁ」
ふざけるな。
好き勝手にやらせるものか!
「ふぅん!」
「おっと。まだ抵抗するの? まあ活きが良くていいけどね」
くそっ、渾身の突きを避けられるだけでなく、槍を掴まれてしまった。
この私が引き戻せないとは、どれだけ力があるというのだ。
「せっかく乗っ取るために手加減してあげたんだから、これくらい元気でないとね」
……手加減?
「うん? その表情、ひょっとして気づいてなかった? じゃあ教えてあげるよ。その体を使うため、あんたにだけは手加減、というか手抜きしてあげたんだよ。下手に大怪我させたら、乗っ取った時に使えないからね」
私が手加減されていただと?
バカにするな、他の副騎士団長共ならともかく、武門の誉れ高いグレイズ家の当主であるこの私に手加減など、ありえるはずがない!
このっ、このっ! 離せ、私の槍を離せっ!
「あんた程度が抵抗しようとしても無駄だよ。というわけで、もらうね」
奴から白い霧のようなものが出て来て、そこに浮かぶ目と口が私を見て不気味に笑う。
やめろ、やめろっ!
アァァァァァァァァッ!
****
ふう、新しい体もらいっと。
ふんふん、あのスキルは「灼熱」っていうのか。
「槍術」と「自己強化魔法」があるし身体能力も結構高いから、この体はなかなか使えそうだね。
さあて、あそこに生き残っている奴で「灼熱」スキルの練習でもしようか。
せっかく実験台として生かしてやっているんだから、それぐらいは役に立ってもらわないとね。
そうだ。「槍術」スキルがあるんだから、こいつの使っていた槍も使わせてもらおうっと。
「ひぃぃ。来るな、来るな」
そんなに怖がりながら後ずさりしないでよ。
これからとっても、とぉっても楽しいことするんだからさあ!
「ぎいぃぃぃっ!」
ちょっとちょっと、先っぽを刺したぐらいで悲鳴上げないでよ。
殺しまくるのに少しだけ飽きたから、じっくりいたぶって殺してやろうとしてるんだからさ。
他の奴等より長く生きていられるのに感謝しながら、僕の退屈を紛らわせてよね。
というわけで、「灼熱」スキル発動っと。
「あぁぁぁっ! 熱い熱い熱い!」
ふむふむ。武器や自分を炎で纏ったり高温にできるのか。
それでいて自分には熱が伝わらないから、火傷したり燃えたりはしないんだね。
こいつで金属製の防具を焼き溶かしながら攻撃すれば、体を直接切り裂くような感触が伝わってくるかな?
確認のため、こいつでちょっと実験しておくか。
逃がさないように槍は刺したままに、魔力の爪を高温にして肩を鎧ごと切り裂いてみた。
「ぎゃあぁぁぁっ!」
おおう、いいねえ。
予想通り鎧を溶かしてくれたから、直接体を切り裂くような感触が伝わってくる。
しかも焼けた肌や肉を切り裂くこの感触も、新感覚で気に入ったよ。
防具無しか革製防具の奴には今まで通りのやり方でいいとして、金属製の鎧の奴はこのやり方をしよう。
二つの感触が交互に味わえる……。ああ、味わってみたいなぁ。
でもまだだ。もうちょっと「灼熱」スキルの練習してからにしよう。
この実験台でね。
「じゃ、もうちょっと死なないで粘ってね」
「ひっ? ぎゃあぁぁぁっ!」
****
エルク村から数日かけて移動した俺達は、無事にシェインの町へ到着した。
たまに魔物と遭遇する以外は特に問題は無く、魔物自体もサクッと討伐して解体してロシェリの食料用に確保してある。
残った骨や皮や爪なんかは冒険者ギルドで買い取ってもらい、ついでに討伐報酬も貰っておいた。
宿も確保して、後は明日の出発までゆっくりして疲れを取ろうと思っていた。
ついさっきまでそう思っていたんだけど……。
「悪いな、付いて来てもらって」
「気にしないでください。護衛ですし、ディラス様のご指名ですから」
今は何故かディラスと一緒に町中を歩いている。
部屋でロシェリ達と休んでいたら、なんか俺と二人で外出したいって言われてこうなっている。
一応他にも護衛の人が距離を取ってついて来ているらしいから、安全面は大丈夫だろう。
しかもなんか、気を利かせたつもりなのかコンゴウカンガルーが隣について来てるし。
ちなみにレギアは寝ていたから部屋に放置してきた。
「今は他に誰もいないんだ、堅苦しい言葉遣いは止せ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう。それで、俺を指名したのはなんでだ」
「実は貴殿と少々話をしたくてな。宿の中では誰に聞かれるか分からないから、こうして外へ来てもらった」
話をするのは構わないけど、込み入った話なら聞かれて困るのは赤の他人じゃないのか?
実家から送られて来た護衛に聞かれて困るなんて、何か後ろめたい話じゃないだろうな。
「で、その話っていうのは?」
「……貴殿はリアン殿と、その……男女の関係なのか?」
……はい?
「俺が?」
「うむ」
「リアン従姉さんと?」
「そうだ」
「そういうのは一切無い」
向こうは俺を弟みたいにしか思っていないし、俺もリアン従姉さんをちょっと困る姉ぐらいにしか思っていない。
尤も、それを言ったらお姉ちゃん呼びを強要されそうだから、絶対に言わないけど。
「本当か?」
「本当だ。向こうも俺をそういう目では見ていない」
「そうか。道中で何かと親しいから、勘ぐってしまった。すまない」
「気にするな。あれは単に弟を構いたい姉、みたいなものだと思っておけ」
「なるほど。言われてみれば、昔の姉上達もあんな感じだったような……」
誤解が解けてなによりだ。
だけど、何でディラスがそんなことを気にするんだろう。
しかもわざわざ外に連れ出して……。
あっ、あぁ、そういうことか。なるほどなるほど。
「寧ろ良い相手がいたら、紹介したいくらいだ。リアン従姉さん、酔ったら相手がいないことをブツブツ愚痴ってるから」
「ふむ、そうなのか……」
横目でディラスを見ると、ブツブツ言いながら何か考えている。
やっぱりこれはあれか。
「ディラスはどうなんだ? 気にするくらいなら、リアン従姉さんを貰ってくれないか?」
「ほぁあっ!?」
なんか変な声出た。周りもちょっと驚いてこっち見てるし。
コンゴウカンガルーも小さく跳ねたぞ。
「ももも、貰ってくれなど。私程度にリアン殿は勿体ないくらいで」
アタフタしながらそんな事を言われても、嫌がっているようには見えないぞ。
というかこれ、絶対にリアン従姉さんのこと好きだろ。
良かったなリアン従姉さん、身近に貰ってくれそうな人がいたよ。
あれ? ひょっとして今の俺って、娘の嫁入り先を探してる父親の気分?
「嫌なら嫌って言ってくれていいぞ」
「嫌ではない! むしろ嬉し、あっ」
はい、自爆したっと。
真っ赤になって照れる様子は、反抗期というよりも素直になれないお年頃って感じに見える。
「だったらいいんじゃないか? 身分の差があるし、ディラスも婚約者がいるだろうから正妻は無理だろうけど、二番目なら問題無いだろ」
「いやまあ、確かにそうだが……」
「それにリアン従姉さんは従士長の娘だから、主従の繋がりを強くする意味でも互いの親は反対しないと思うぞ」
「……貴殿、やけに詳しいな」
「これでも侯爵家の次男だったからな。元がつくけど」
「そういえばそうだったな。そうか……そういう意味でも反対される可能性は低いか……」
本気で考えだしたか。
こりゃあリアン従姉さんへの春のお届は近いかな。
「必要なら協力してやるよ。出来る範囲でな」
「それは心強いな。是非、お願いしたい」
この話が上手くいけばディラスは俺の義従兄か。
年下の義従兄って、なんか妙な感じだな。これについてはゴーグ従兄さんにも話して、妙な気分を共有しよう。
「では早速だが、領地へ帰ったらノワール従士長への根回しを頼む。私は婚約者へ向けてその旨の手紙を送り、父上への打診をしようと思う。いやしかし、今は国を危機に陥れるかもしれない輩が暴れているかもしれないのだから、こうした話は不謹慎か? だが根回し程度なら」
すっごい本気じゃんか。
出会いが無いとか言ってたけど、こんな近くに出会いはあったよリアン従姉さん。
結局この話は、今だと不謹慎だからと最低でも解決するまで持ち越しになった。
その代わりに最近のリアン従姉さんのことを色々聞かれたり、何かと構ってくるゼインさんが煩わしいと相談を受けたり、複数の異性と上手くやっていくにはどうすればいいのかを聞かれたりした。
というかディラスの反抗期、というより反抗している最大の理由って、ゼインさんの子煩悩が煩わしいからじゃないのか?
そんな形で交流を深めて宿に戻ると、ちょうどリアン従姉さんと遭遇。
さっきの話を思い出して、やや挙動不審になるディラスの反応がちょっと面白かった。
そして翌日、宿の前で出発の準備をしていたら懐かしい人と遭遇した。
「あっ、ジルグさんとロシェリさんじゃないですか。お久しぶりです」
誰かと思えば、巡回中らしきレイアさんとライラさんだった。
「久しぶりですね」
「お元気そうで何よりです。本日は依頼か何かですか?」
「そんなところです。お二人は巡回ですか?」
「ええ。実は人を乗っ取って操るという、魔物だか何だかよく分からない奴が出現しているという連絡がガルアの方からありまして、警戒を強めているんです」
ちゃんと連絡は行き届いていたか。
この町はまだ大丈夫そうだけど、肝心のそいつはどこにいるんだか。
「ところで今はどちらで活動を?」
「俺達は今」
「あっ、レイア中隊長、大変です!」
なんか騎士団の人が駆けて来た。
というかレイアさん、中隊長に昇進したのか。
「どうしたの?」
「王都から早馬が! 件の人を乗っ取るとかいう奴に操られた、ゼオン副騎士団長が王都で大暴れしているとのことです!」
『なっ!?』
マジで?
ここを通過して、王都に出現したのかよ。しかもあいつを乗っ取ってるだと?
スキルを奪ってやった後のバレルであれだったんだ、あいつを乗っ取ったらどれだけの強さになるのか想像できないぞ。
「王都の住人の避難はどうなっているの! 王家の方々は!」
「避難状況については不明ですが、王族の方が二名、避難のためこちらへ向かっている最中とのことです」
「分かりました、すぐに基地へ戻ります。申し訳ありませんが、これにて失礼します!」
駆け足で基地へ走って行くのを見送り、俺達も準備を急ぐ。
こうなった以上は一刻も早く王都から距離を取るべきだ。
俺達は騎士団員じゃないし、今の仕事はアルトーラとディラスの二人を安全にガルアまで届けることだ。
気にはなるけど、義務を放棄することはできない。
「ちっ、やりやがったかあの野郎。とうとう見境無しか」
レギアが舌打ちをして何かブツブツ言っているのも、気にしている暇は無い。
とにかく大急ぎで準備を整えた俺達は、脇目も降らずにガルアへ向けて出発した。




