エルク村にて
ガルアからエルク村までの道中にある町には寄らず、ひたすらにエルク村へと進んでいく。
連日野営をしながら従魔達による移動をし続け、遂にエルク村へ到着した。
「思ったより早く着いたね」
「向こうへ行った時は閉鎖されていた道が、開通していたものね」
「なにより……この子達が、速かった」
アリルの言う通り、ガルアへ向かう時は土砂崩れで閉鎖されていた道が開通していたのもあるけど、ロシェリが言う通り従魔達が速かったのもある。
出発した時の猛烈な速度はともかくとして、それ以降の速度も結構速かったからな。
それでも先に出発した従士隊の人達には追いつかなかったから、向こうは不眠不休で移動しているのか?
「ところで、辺境伯様の子供と護衛の人達とは宿で合流でいいんだっけ?」
「ああ、そうだ。この村の宿で……あっ……」
そういえば、俺の記憶が間違っていないければ、この村には宿が複数あったはず。
どの宿で合流すればいいのか分からない。
「どうかした?」
「悪い。どの宿で合流するか、宿の名前を聞くの忘れてた」
「「えっ」」
「あっ」
どうやらロシェリも宿が複数あるのを思い出したか。
「ちょっと、どうすんのよ」
「ここは手分けして宿を当たって、それらしい人達がいるか、泊まっていったかを宿の人に」
「あっ、あんだらは!」
打ち合わせをしていたら、なんか訛りのある声がした。
振り返ったらそこには、見覚えがあるような気のするおっさんがいた。
「やっぱり、あのどきの兄ちゃんが! オラだオラ、キズアリの退治を依頼しだ狩人だ」
ああ、思い出した。あの時のおっちゃんか。
「久し振りだな」
「おうよ。兄ちゃんも元気にしでだみだいだな」
まさか最初に再会するのがこの人だとは。
あの時の怪我も、すっかり良くなっているみたいだ。
「怪我はもういいのか?」
「あれがらどんだげ経ったと思っでるんだ。とっくにこの通りよ!」
回復をアピールするように腕を回し、袖を捲って力こぶを見せてきた。
おお、年の割には良い体つきだ。
そして対抗するな、従魔達。
「おおう!? なんだぁ、ごいづらは!」
「大丈夫、俺達の従魔だ。筋肉なら負けないって、ちょっと対抗心出しているだけだから、気にしないでくれ」
「はぁ~。こりゃたまげだな。兄ちゃん、随分ど強そうな魔物を従魔にしたんだな。おまけにそんなめんごい娘達まで連れて。隅に置げないな」
あの時はロシェリと二人だけだったからな。
考えてみれば、大所帯になったよな。
人間二人、タブーエルフ一人、白毛の馬人族一人、従魔が四体、精霊が一体。
……なんでだろう、大所帯には違いないんだろうけど、半分以上が人じゃない。
一歩間違えれば雑技団にも見えかねない。
「んで、兄ちゃん達はどうしたんだ?」
「ちょっと依頼でな。この村で待ち合わせをしているんだ」
「そっだか。まあゆっくりすればいいさ。兄ちゃんがキズアリを倒してからは、この村もすっかり平和だがらな」
それはいいことだ。何事も平和が一番さ。
最近のガルアはダイノレックスの群れが出たり、変なアンデッドが住み着いていたり、人に憑依して虐殺をする猟奇趣味な精霊が出たりと、平和が一時的にしかなくて大変だよ。
「じゃあな。オラはこれがら、狩人の会合があっがら」
「ああ、元気でな」
「兄ちゃんもな」
会合へ向かうおっちゃんを見送り、俺達も行動を開始する。
まずは村の宿を当たって、ベリアス辺境伯家の人達がいないかを聞き込む。
途中で追い抜いていないから、少なくともこの村にいるか、既に王都へ向かった後のはず。
手分けして宿へ聞き込みに行ったら、リズが当たりを引いてくれた。
「宿泊はしていないけど、早朝に村の傍で馬を休ませていた集団がいたんだって」
馬に水をやるために水汲みをしていた人に、リズが聞き込みに行った宿の人が話しかけたら、ガルアから火急の報せを届けに行く途中なんだと慌てていたようだ。
彼らは馬に水をやると、早々に王都方面へ出発してしまったらしい。
身に着けていた防具の外見情報からしても、従士隊の人達で間違いない。
「ということは、合流できるのは明後日、早くとも明日の夕方くらいかな?」
従士隊だけなら馬で森の中を突っ切れるだろうけど、ゼインさんの子供を連れてそれはできないだろうな。
なにせ森の中は魔物が出るから、護衛対象を連れて余計な戦闘はしたくないはず。
護衛の役目は対象の身を守ることだけじゃなく、対象を目的地まで安全に連れて行くことだって、前に酔って絡んできたノワール伯父さんが言っていた。
「それまでは待機ね。どうする?」
「依頼中に別の依頼を受ける訳にはいかないし、訓練でもしながら来るのを待つか」
というか、それしかない。
いつ来るか分からない以上、エルク村から離れる訳にはいかない。
幸い道中で遭遇した魔物の肉があるから、ロシェリの食事に関して大丈夫だろう。
いざとなったら……出会った頃同様、水で誤魔化してもらおう。
「でもその前に、宿の確保だな」
ここまで野営で過ごして来たから、久々にベッド寝たいし。
そういう訳で冒険者向けの宿に部屋を確保したら、ギルド裏で訓練開始。
ガルアから走ってもらった従魔達は宿の従魔用厩舎で休んでもらい、俺達四人だけで訓練をする。
レギア? いつも通り寝てるよ。
「そういえば、例の人間に憑依する奴って、今はどこにいるんだろうね」
「さあな。でもそれっぽい騒ぎは見ても聞いてもないし、レギアの言う通り適当に寄り道してるんじゃないか?」
接近された場合に備え、短剣を使う練習をするリズの相手をしながら答える。
ガルアの基地をあれだけにしたんだから、そいつが何かをすれば周辺は騒ぎになるはず。
だけどそれらしき様子は見なかったし、話も聞いていない。
仮に寄り道とやらで何かをしていたとしても、そう大事にはなってないはずだ。
だからってそれが許される訳じゃないんだろうけど、現状俺達がどうにかできるって訳じゃないからな。
「その寄り道が、余計な騒ぎを起こさないうちにガルアへ戻りたいわね」
「しばらく……。騒動は、いらない」
同感。残りの人生は平穏無事に過ごしたい。
「ハッ。そうはいかねぇだろ。奴はそんじょそこらの奴らに、どうこうできる奴じゃねえ」
「なんだ、起きてたのか」
「ちょっとばかし寝飽きたんでな」
寝るのに飽きるって、どんな感覚なんだ? まあいいや、たぶん一生知ることは無いだろうし。
「で、簡単にはいかないのはなんでだ?」
「奴は俺様と違って自分で自分の力を使えるようなものだ。遊びや暇つぶしもあるとはいえ、かなりの戦闘経験も積んでいる。そんじょそこいらの人間じゃ、殺されるのがオチだってことだ」
ああ、なるほど。
レギアの場合は武器に憑依しても、それを誰かが使わなくちゃ意味が無いものな。
憑依して自分で自分の力を使えるのとは大違いだし、長く生きているのなら戦闘経験が膨大なのも当然か。
「正に、憑依しているところを不意打ちで即死させるか、封印するしかないってことか」
「そういうこった」
「あのさ! 普通に喋りながら攻撃を捌かれると、地味に傷つくんだけど!」
「そんだけリズが未熟ってことだ。ほれ」
「はう!」
短剣を捌いて足を引っ掻けて転ばせ、ハルバートの切っ先を突きつけて俺の勝ち。
「こんなんじゃ、自衛どころか時間稼ぎもできないぞ」
「分かってるよ。もう一本!」
「よしきた」
従魔達がいないとハルバートを失った時のための訓練ができないから、いくらでも相手になるぜ。
結局、今日はそのまま訓練を続け、ちょっと絡まれたから返り討ちにした以外は特に何も無く終わった。
翌日は従魔達も交えて訓練をしながら待ってたけど、それらしい人達は現れず、従魔達を相手にハルバートを失った時に備えて格闘技の訓練に励んで終わった。
そして滞在三日目の夕方。この日の訓練を終え、宿のどれかに来ていないか確認しに向かうと、商人向けの宿にそれはいた。
「あっ、ジルグ殿!」
ちょうど馬を止めていたリアン従姉さんが俺に気づき、手を振ってきた。
「リアン従姉さん。ひょっとしてこの宿に?」
「はい。お館様の長女のアルトーラ様と次男のディラス様をお連れして、先ほどこちらに部屋を取りました」
良かった、無事に合流できて。
というかリアン従姉さん、護衛に加わっていたのか。
「王都の方は?」
「私達が出発する前は落ち着いていましたが、国王や騎士団の判断次第では多くの住人が避難を余儀なくされるでしょう」
やっぱりそうなるか。
絶対に王都へ向かうとは限らないとはいえ、可能性が高いなら当然の対応だな。
「申し訳ありません。お嬢様達を逃がすのを優先していたので、それ以上は何も」
「気にしなくていいよ。それより、ここを出発するのはいつ?」
「それについては私ではなく、今回の隊長に伺いましょう。合流の報告もしなくてはなりませんから」
それもうそうか。少なくとも合流の報告はしておかないとな。
という訳で宿に通され、今回の護衛の責任者と会うことに。
ちょうど護衛対象の二人も同じ部屋で説明を受けていたから、その流れで互いに自己紹介をすることになった。
「護衛に加わることになりました、冒険者のジルグです。後ろの彼女達は仲間で、他には従魔達が外にいます」
「ベリアス辺境伯家が長女、アルトーラ・ベリアスと申します。どうぞよろしくお願いします」
長女のアルトーラは貴族令嬢という呼び方がしっくりくる外見をしていて、物腰も柔らかそうに見える。
礼だけでなく姿勢もしっかりしていて、背筋がピンと伸びている。
「次男のディラス・ベリアスだ」
礼はしてくれたけど、どこかぶっきらぼうなディラス。
ゼインさんが反抗期だって言っていたし、そういうお年頃なんだろう。
「今回の護衛の責任者を務める、アレンだ。早速だが、明日以降の予定を打ち合わせしたい」
「分かりました」
責任感の強そうなアレンさんを中心に、打ち合わせが始まる。
王都からエルク村まで急いで来たから今日は宿で休み、出発は明日の早朝。
ガルアまではここまで来たのと同じルートを使い、二人の体調面を考えて道中の町や村には立ち寄って宿に泊まるということだ。
「別に私達は大丈夫ですから、気になさらなくていいのに」
「そういう訳にはまいりません。私共がお守りするのは身の安全だけにあらず、体調面も含まれますので」
その通りなんだけど、なんか責任感が強いのを通り越して堅苦しいな。
でも、だからこそ責任者に選ばれたんだろう。
「ところでジルグ殿達は、こちらの宿へ?」
「いえ、別の宿を使っていましたが、いつ来られて移動するのか分からないので、日毎に部屋を取っていました」
「でしたら、今夜はこの宿を使ってください。費用はお館様から渡された予算から出しますので、ご安心を」
護衛だから同じ宿に泊まるのは当然としても、代金が向こう持ちなのは助かる。
金に余裕があるとはいえ、出費が抑えられるのならそれにこしたことはない。
「なら、すぐに部屋を取ってきます」
「それでしたら代金を渡しておきましょう。それと、後でどこの部屋か教えてください」
「分かりました」
どこの部屋か分かっていれば、何かあった時に合流しやすいからな。
代金を受け取った俺達は、そのまま部屋を借りて厩舎へ従魔を連れて行った。
部屋の場所を伝えた後はさらに打ち合わせを続け、護衛の際の配置や戦闘時の連携についても話し合う。
特にアルトーラは嫁入り前の身だからと、傍には必ず女性を置くように言われた。
ひょっとしてゼインさんが俺達に依頼を出したのは、ロシェリ達を彼女の傍に置くためだったんだろうか。
従士隊に女性ってあまりいないからな。
「では、打ち合わせはこれで終了とします。全員、明日以降もお願いします」
『はっ』
アレンさんが最後を締めて打ち合わせは終了。
各自が部屋に戻り、明日に備えてゆっくり休むことになった。
ちなみに護衛対象のアルトーラの部屋にはリアン従姉さんが、ディラスの部屋にはアレンさんが一緒に泊まって護衛することになっている。
周辺の部屋は護衛の人達が固め、後から合流した俺達は少し離れた部屋だ。
四人で一部屋なのはもう気にしない。だけどアレンさんからは、仕事中なのを忘れないように言われた。
分かってるって。事に至る約束をしたのは、この仕事が終わってからのことだから。
ただ、食事の時間はちょっとだけ楽しかった。
「えっ? えっ? 料理が瞬く間に消えていく?」
「あんな細い体のどこに、あんなに入るのかしら?」
初めてロシェリの食欲を目の当たりにして、困惑する二人の反応が面白い。
護衛の従士隊の中にも初めて見た人がいるようで、何人かが驚いていたり唖然としたりしている。
「おか、わり……」
「まだ食べられるのか!?」
「胃袋って大体これくらいですよね。あの方の体型だとこれくらいで、でも食べた量は……あれ?」
おかわりの要求にディラスが驚き、アルトーラは両手でおおよその胃袋の大きさを想像しつつ、食べた量と合わないことに首を傾げている。
ホント、こういう反応を見るのが楽しくなってきたよ。
それだけこの食欲を見慣れたってことだろうな。
「先天的スキルの影響でこの食欲だと分かっていますし、何度も見てますが、やっぱり驚きますね」
「リアンさんもですか。僕の知り合いにも大食いの奴はいますが、こんなに食べるのは初めて見ました」
この中で一番付き合いの長い俺でも、慣れるまでだいぶ掛かったんだぞ。
初めて見るディラスが驚くのも無理はないって。
「あの、ロシェリさんでしたっけ? 普段からそんなに?」
「うん……」
「それでいてその細さ? けれど普通はお腹周りが……あれ? 脂肪とか肥満って何なんでしょう?」
どうやらアルトーラはそういうのが気になる年頃か。
いや、年齢関係無く女性なら気にするか。
気にしないで食べるのに、この体型のロシェリが特別なだけで。
「君達、食費とか大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。頑張って魔物を倒して、大量に肉を得てますから」
次元収納にはまだまだ在庫がたっぷりだ。
「……君達はひょっとして、そういう目的で冒険者になったのかい?」
否定できません、アレンさん。
「まあいいか。道中で狩りに行く必要が無いのならね」
「安心してください。在庫はまだたくさんあるんで」
「……どれだけ狩ったんだい?」
……たくさんです!
正確には覚えていません!
そんな食事の時間は、ロシェリが満足するまで続いて周囲の客と宿の料理人をとても驚かせた。
同じ光景は翌朝の朝食でも見られ、再びアルトーラとディラスを困惑させていた。
「よし、準備を急げ」
朝食後はすぐに準備をしてガルアへ向かう。
アルトーラはリアン従姉さんの馬に同乗して、ディラスはアレンさんの馬に同乗する。
本当なら馬車なんだろうけど、急ぐために馬車は用意しなかったそうだ。
二人の荷物は護衛の人達がそれぞれ馬に括りつけ、俺達は来た時と同様に従魔達に乗る。
「あらあら、逞しくて頼りがいのありそうな魔物さん達ですね」
「くっ。悔しいが見事な筋肉だ。僕も鍛えてあれぐらいにならないと、駄目なのか?」
別に褒めなくていいぞ、こいつら調子に乗るから。
とか思っているうちに調子に乗って、筋肉を隆起させてポーズを決めている。
やめろって、冬なのに暑苦しくてむさ苦しいから!
「準備はできたな。では、出発!」
アレンさんの合図でエルク村を出発する。
さてと、このまま無事にガルアまで行ければいいけど。
****
同日深夜。それは王都へやってきた。
ようやく王都へ着いたよ。
わぁお、やっぱり人がたくさんいる。
こんなにたくさんいるのなら、千人や二千人ぐらい殺しても大丈夫だよね。
さあて、どいつを使おうかな。やっぱり冒険者か騎士団員かな。
この前みたいなハズレの奴じゃなくて、強いのがいいな。そうすればたくさん殺せるし。
ああでも、あえてハズレに憑依して強い奴との戦いを楽しむのも有りなんだよね。
ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な。
ほ・ん・の・う・さ・ま・の・い・う・と・お・り!
うん、強いのに憑依して、たくさん殺すのに決定!
だとしたら騎士団員がいいかな。強い冒険者はどこに住んでるか分からないけど、騎士団員なら騎士団の所へ行けばいるもんね。
えぇっと、場所が変わっていなければ、この辺りが騎士団の本部とかいう所だったかな?
「騎士団長。先日ガルアから届いた報告に関して、王城での会議の方はどうなってます?」
うん? 騎士団長?
なんか良さそうなのいるじゃん。
「相変わらず紛糾している。いつどこに現れるか、正確な情報が無いから方針が固まらん」
「陛下はなんと?」
「陛下も悩んでおられる。民を避難させるにも、受け入れ先の手配や護衛。さらに避難させた先に現れたらと考え、決断できていない」
「それでは我々は?」
「引き続き警戒と情報収集を続けるしかない。それといざという時は、仲間や友人や家族相手だろうと躊躇するなと再徹底させろ」
「はっ!」
敬礼をした部下の人がどこかへ行って、騎士団長が一人だけになった。
これはチャンスだ。騎士団長なんだから、そんじょそこらの雑魚とは違うんだよね?
強いんだよね、騎士団長なんだからさあ!




