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入れ替えスキルでスキルカスタム  作者: 斗樹 稼多利
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休みだからって休めるとは限らない


 合同依頼でとんでもない目に遭ったものの、無事に生還した翌日。

 朝食を済ませたらドルドスとの戦いで損傷した武器や防具を点検してもらうため、バロン工房へと向かった。


「一体何と戦ったら、こんなに損傷するんだよ」


 呆れた表情でバロンさんが見ているのは、並べられたロシェリとアリルとリズの防具。

 三人の武器と「不欠損」スキルのあるハルバート、それと「衝撃緩和」スキルのある俺の防具は目立った損傷が無いものの、三人の防具はだいぶ損傷していて、それを目にしたバロンさんが難しい表情で頭を掻いている。


「悪いが小娘達の防具は直すよりも、新しい物に買い替えるのを勧める。特にアサシンカメレオンのマントは年季が入っているし使い込んでいるから、修復自体に生地が耐えられるかどうか」

「そんな……」


 そういえばあのマント、リズのお祖父さんが若い頃から使っていたんだっけ。

 形見とも言える物がそう宣告されたからリズが落ち込んでいるけど、物である以上はいずれ限界を迎えるものだ。

 俺の武器と防具だって壊れにくいスキルがあるとはいえ、永遠に壊れないなんてことは無いんだから。


「そう落ち込むな、馬人族の小娘。このマントは幸せ者だぞ」

「幸せ者、ですか?」

「大切に手入れをされていたのは見れば分かるし、こんなになるまで使ってもらえたんだ。それで持ち主の命まで守り抜けたのなら、防具としてはこれ以上無い幸せだと思うぞ」


 さすがはバロンさん、良い事を言う。

 直せないと言われて落ち込んでいたリズが、ボロボロになったマントを手に取ってありがとうって呟いて抱きしめている。

 しばしの間それを見守り、やがて別れを済ませたリズはマントを手放す。


「こいつは俺がしっかり供養する。それでいいか?」

「うん、お願いするよ」

「分かった。そっちの小娘達も構わないか?」

「頼むわ」

「お願い……します」

「おう、任せておけ。おいロイド、小娘達の防具を見繕ってやれ!」


 息子のロイドさんへ声を掛けたバロンさんは三人の防具だけでなく、より細かい点検をするために他の武器と防具も作業場へ運んでいく。

 代わってやってきたロイドさんは三人から意見を聞き、新しい防具についての相談を始めた。

 一人手持無沙汰になった俺は、受付で暇そうに足をブラつかせていたペック君と喋って時間を潰す。

 レギア? 首に下げてる氷石のタグへ憑依したまま寝てるよ。休みで暇だからって。

 それからしばらくペック君と喋り、今回の依頼のことやペック君の友達がどうとかという話をする。

 戦いの場面で興奮して目を輝かせる様子はいかにも男の子だけど、当事者の俺達は死にかけたってことをしっかり教えないと。変な夢を見て現実を勘違いされたら困るからな。

 そう思ってどれだけ危険な目に遭ったのかを伝えると、ちょっと怖がらせ過ぎたのか表情を引きつらせて固まってしまった。

 ごめんな、でもこれが現実だから。


「お待たせ。終わったわよ」


 おっ、やっと終わったか。なんだかんだで結構時間かかったな。


「ふふふ、どうかな。僕達の新しい防具は」


 嬉しそうにしながら、三人は身に着けている新しい防具を見せてくれた。

 ロシェリは灰色のロープ、アリルは赤茶色をした革製の胸当てと籠手、リズは藍色のフード付きマントか。


「奥さんに、採寸してもらって……。サイズも、合わせて、もらった」


 採寸からのサイズ合わせもしていたのか。それじゃあ時間が掛かっても仕方ないか。

 さてと、肝心の性能は……。




 グレータイガーの革ロープ 高品質 無属性

 製作者:ロイド

 素材:グレータイガーの皮

 スキル:魔力回復速度上昇LV4【固定】

     耐暑LV2【固定】

 状態:良好


 物理にも魔法にも強い丈夫な革製のロープ

 燃え難くて水も吸わないので濡れても重くならない

 毛は剃り取ってあるのでモフモフはしない




 ソニックラプトルの革胸当て 高品質 風属性

 製作者:ロイド

 素材:ソニックラプトルの皮

 スキル:衝撃緩和LV3【固定】

     防刃LV3【固定】

 状態:良好


 軽いながらも丈夫な革製防具

 土属性以外には高い耐久性を持ち、風属性には特に強い

 伸縮性に富んでいるため、一部分が急成長しても安心




 ソニックラプトルの革籠手 高品質 風属性

 製作者:ロイド

 素材:ソニックラプトルの皮

 スキル:衝撃緩和LV3【固定】

     防刃LV3【固定】

 状態:良好


 軽いながらも丈夫な革製防具

 土属性以外には高い耐久性を持ち、風属性には特に強い

 伸縮性に富んでいるため、鍛えて腕が太くなっても安心




 シャドーリザードの革マント 高品質 闇属性

 製作者:ロイド

 素材:シャドーリザードの皮

 スキル:認識阻害LV4【固定】

     闇耐性LV1【固定】

     影耐性LV1【固定】

 状態:良好


 物理的耐久性は高いが魔法への耐久性はそこまで高くないロープ

 暗闇や影に潜むと、予め認識していないと姿を見逃しやすくなる

 明るい場所でフードまで被っていると、不審者に見えるかも




 ロシェリは魔力の回復を手助けするロープで、アリルは防御力重視の籠手と胸当て、リズは前のマント同様に隠密性を考えたマントか。

 しかし「完全解析」よ、説明文の最後の方で少し遊んでないか?

 特にアリルの胸当ての一部に関しては伝えられない。伝えたら絶対に泣くか怒り狂うだろう。


「うん、いいんじゃないか」


 色々と思う気持ちを抑え、笑みを浮かべて感想を伝える。

 すると今の感想が気に入らなかったのか、アリルがムッとした。


「ちょっと、もう少し気の利いた感想は言えないの?」


 気の利いたって、そう言われてもな。


「防具を似合うとか言われて嬉しいか?」

「……ごめん、嬉しくないわね」

「だろ?」


 防具は基本的に実用性重視。見た目にはさほど拘っていない物が多いんだから、似合うって言われても微妙だろう。

 ロシェリとリズも同感なのか、揃って頷いている。


「だったら装飾品はどうかしら? 見た目も拘っているから、普段使いもできるわよ」


 話に割り込んできたのはロイドさんの奥さんで、氷石のタグの製作者のエリナさん。

 彼女もまたドワーフだけど、槌を振るうよりも細かい作業の方が得意ということで装飾品を担当している。


「興味があるなら持って来るけど、どう? スキルが備わっている装飾品なら、冒険者活動にも役立つわよ」


 そう言われると興味が湧いてくる。

 前に氷石のタグを買った時は、「耐寒」スキルが備わっている物を紹介してもらっただけだから、どんな装飾品があるのかは知らないんだよな。

 ロシェリ達も興味が有りそうだからお願いすると、作業場にある棚から商品をいくつか持ってきてくれた。

 よくある指輪や腕輪や首飾りだけでなく、ピアスやイヤリングやネックレス、バレッタやカチューシャまである。

 さらに布製品としてリボンやスカーフ、布製と鉱物製の両方があるチョーカーといった物まで見せてくれた。


「布製の物も扱っているんですね」

「装飾品は鉱物を使った物だけじゃないからね。普通の布ならともかく、蜘蛛系の魔物の糸で織った布なら十分に耐久力があるし、スキルも備わりやすいのよ」


 なるほど。あっ、ロシェリとアリルが蜘蛛系の魔物の糸って聞いてリボンとスカーフを戻した。

 虫嫌いなのは分かっているけど、その糸で織られた布も嫌か。

 でもそれだと選択肢が狭まるから、同じようなので革製の物はないかな。


「革製の物はありますか?」

「悪いけど無いわね。革製品で身に付ける物だと、防具を除けばベルトとか靴とか手袋のような物だから、服飾店に行った方がいいわね」


 言われみればそうだ。革製品だと装飾よりも服飾ってイメージが強い気がする。


「何? 革製じゃないと嫌なの?」

「そういうのじゃなくてですね」


 布製品に一切手をつけなくなった二人に気を使い、小声で二人が虫系を苦手としていることを伝える。

 するとエリナさんも納得したように頷き、そういう人もいるから仕方ないと言ってくれた。


「優しいじゃない。可愛い彼女のために気を使えるのは、男として評価できるわよ」

「どうも……」


 当たり前の気遣いをしただけなのに、そう言われるとなんか恥ずかしい。

 つい逃げるように品物を見に行き、エリナさんの助言と「完全解析」の内容と値段と相談しながら購入品を検討。結果、俺は腕輪、ロシェリは指輪、アリルはイヤリング、リズはチョーカーを購入することにした。




 タフネスの腕輪 中品質 光属性

 製作者:エリナ

 素材:黒金

 スキル:体力回復速度上昇LV3【固定】

 状態:良好


 黒金を使用した薄手ながら丈夫な腕輪

 身に付けていれば体力の回復を促進してくれる

 ただし持ち主の体力以上に回復はしない




 待魔の指輪 中品質 無属性

 製作者:エリナ

 素材:金剛石 水晶

 スキル:魔法待機LV2【固定】

 状態:良好


 金剛石のリングに水晶を嵌め込んだ指輪

 持ち主の魔法を一つだけ水晶の中に留めさせ、任意で使用できる

 あまり強い魔法は留めさせられない




 平静のイヤリング 中品質 無属性

 製作者:エリナ

 素材:銀 エメラルド

 スキル:沈静LV3【固定】

 状態:良好


 銀とエメラルドを使用したイヤリング

 気持ちを落ち着け冷静さを保ち、集中力が増す

 混乱状態から脱しやすくなる




 レジストのチョーカー 中品質 無属性

 製作者:エリナ

 素材:エラースパイダーの糸 銀

 スキル:状態異常耐性LV2【固定】

 状態:良好


 伸縮性に秀でたエラースパイダーの糸を使用

 あらゆる状態異常への耐性を得るが、限度があるので過信に注意

 首に回して金具で止めるタイプ




 スキルはどれも一つだけとはいえ、実用性はしっかりしている。

 それぞれが身に着けて見せ合っていると、作業場からバロンさんが戻ってきた。


「おう、待たせたな。ちょっとばかり修復と調整をしたが、小娘達の防具以外は問題無しだ」


 太鼓判を押してもらった武器と防具を返してもらい、手に取って感触を確かめたり装着して動き心地を確かめたりして、問題が無いことを確認したら次元収納や空間収納袋へ入れておく。

 これで用事は済んだから、お礼を言って代金を支払ったら工房を出て、近くにある飲食店に入って今後の予定を話し合う。


「せめて明後日までは休みたいね」

「賛成だ。今回の疲れはしっかり取っておきたい」


 注文した甘味を食べながらリズの提案に賛成する。うん、従妹コンビに聞いて初めて来たけど美味い。


「休んだ、後は……? あっ、すみません」


 既に三皿を食べ終えたロシェリは、ちょっと驚いている女性店員を呼んで追加注文をする。

 一気に五品を頼んだから、二度見されている。


「今まで通り依頼を受けつつ、修業に励もうと思う。昨日言ったけど、あの戦いで強化したし」


 「入れ替え」でスキルのレベルを上げたことは、既にロシェリとリズに伝えてある。

 一人除け者状態のアリルを宥めるのは苦労したものの、相手の持つスキルがアリルに適さなかったことを説明し、なんとか納得してもらえた。


「それにこいつが協力した時に、あの力をもっと使いこなせるようになるためにもな」


 視線を手元の甘味から氷石のタグ、正確にはそこに憑依しているレギアへ向ける。

 相変わらず寝ているこいつによって得られる力は、強大だった。そして体への負担が大きかった。

 だからこそ、強化された力を扱えるようになるのと、体が少しでも長く耐えられるように修業する必要がある。


「それでいいんじゃない。依頼が少ない時期なんだし、鍛える時間はあるわよ」

「うん、僕も賛成だね」

「暖かくなったら、魔物、たくさん出る。それまで鍛えて……たくさん、狩る。お肉、確保」


 アリルとリズはともかく、ロシェリは鍛えるための理由がちょっとズレてる。

 まあ、らしいっちゃらしいけどさ。


「よし。そう決まれば今日と明日はゆっくり休もう」

「だったら芝居小屋でも行かない? 一度行ってみたいと思ってたのよ」

「僕は吟遊詩人達の詩を聞きながら飲食するっていう、詩場に興味があるね」

「屋台巡りで、買い食い!」

「「「……」」」


 あのさロシェリさん。どうして今食べているのに、そこからさらに屋台巡りの買い食いを提案するのかな?

 皿の枚数が二桁に達するほど食べても足りないのか?

 いつもの事だから俺達は慣れてるけど、見聞きしている周囲は驚いてるか引いてるぞ。


「図書館も行きたいわね」

「いいね。あっ、僕は靴屋に行きたい。まだ履けるとはいえ、だいぶくたびれてきてるから」


 二人揃って普通にスルーしたよ。

 しかし靴屋ね。俺もそろそろ換え時かな。

 新品は生地が固めで動き辛いから、今のが履けるうちに買っておいて柔らかくしておかないと。


「俺も靴屋に賛成だ。新しいのを買っておきたい」

「じゃあ靴屋は決定ね。せっかくだから私達も新しいの買う?」


 アリルの提案に、話を持ち掛けられたロシェリは無言で頷く。

 無言の理由は口に注文した品が詰まっているからだ。それ、何皿目だ?

 何はともあれ、靴屋行きは決定。ロシェリが注文した分を食べ終えたら店を出て、冒険者がよく利用しているっていう靴屋へ行ってみた。


「らっしゃい」


 あまり大きくない地味な外観の店に入ると、眼鏡を掛けて髭を生やした店長らしき中年男性が革を縫いながら挨拶してきた。

 棚に陳列されている靴を冒険者風の装いの数人が品定めしていて、エプロンをつけた中年女性が接客をしている。


「さあて、どれがいいかな」

「昨日収入も入ったばかりだし、どうせなら良いの買っちゃう?」

「いい……ね」


 あっ、これ長くなるパターンだ。

 予想は的中。三人は素材の良し悪しだけでなく、見た目にも拘って選ぶため、商品を手に取っては検討するのを繰り返している。しかも途中から店長の妻だという中年女性も加わり、あれこれと助言をしだした。

 早々に軽くて丈夫で靴底に踏ん張りの利く溝が彫られている靴に決めた俺と違い、向こうは一人分すらまだ決まっていない。

 あの調子で三人分を選ぶともなれば、長引かないはずがない。

 他の男性客や店長から気の毒だと言いたげな視線を向けられながら待ちぼうけして、途中から呼ばれると意見が欲しいと言われて数種類の靴を見せられ、なんとか意見を出して決まったと思ったら別の意見が出て話し合いが続く。それを何度も繰り返し、ようやく終わった頃には俺だけ精神的に疲れていた。


「良い物が買えたわね」

「値段も……靴としては、お手頃」

「どれも良い品だから迷ったよ」


 あれだけ長く検討していたのに、三人共元気だね。

 そしてこの流れはあれだ、何か他の物も見に行く流れだ。


「よし! このまま何店か巡りましょ! 掘り出し物を探すわよ!」

「おーっ!」

「おー」


 ほら見たことか。

 できれば楽しんで来いって送り出したいけど、そうはいかないんだろうな。さも当然のようにアリルとリズに両腕を組まれて、ロシェリに背中を押されて連れて行かれているから。

 平静を装いつつ心の中で溜め息を吐き、色々と連れ回されるであろう未来を予想した。




 ****




 帰宅して部屋に戻って早々、レギアが憑依している氷石のタグをベッド近くの棚の上へ置き、そのままベッドへ倒れ込む。

 予想以上だった。想像していた未来以上の現実を突きつけられて、体力的にはまだ大丈夫なんだけど精神的にとても疲れた。

 女性の買い物に付き合うのが大変なのは分かっていても、今日は本当に凄かった。

 先日の戦闘を生き延びた開放感からだろうか、それともその戦闘で溜まった鬱憤でも晴らそうとしたからだろうか。あっちこっち連れ回され、予算に限りがあるからと長々と品定めして、どっちがいいとか似合うかとか意見や感想を求められ、たまに屋台で買い食いして、また別の買い物へ向かうという怒涛の一日をどうにか乗り切った。


「ハッハッハッ。情けねえな、ちょっとメス共に連れ回された程度でよ」


 余計なお世話だ。寝てるかニヤニヤ笑って傍観しているかだったくせに。

 今あの三人は買い物をしてきたと知った奥さん一同に連れられ、今日の戦利品を披露しに行っている。

 お陰でこうして休める訳だけど、今日のは本当に大変だった。


「明日もどっか出かけるんだろ? 精々頑張んな」

「他人事だと思いやがって」

「他人事だからな」


 これって休めているのかどうか疑問だけど、働いていないから休んでいることになるのか?

 ……今はそんなの、どうでもいいや。とにかく今は休もう。

 たぶん明日も、今日と同じような一日が待っているんだろうから。

 そう思っていたら、予想は良い意味で裏切られた。


「明日の行き先は芝居小屋に詩場に図書館って、買い物は行かないのか?」


 戻ってきた三人に明日の予定を尋ねると、今日の予定に挙がっていた中で買い物と無関係の場所へ行こうと言われた。


「買い食い……買い物……。今日で、満喫した」

「靴を買った勢いで買い物しかしなかったから、明日はそういうのもお休みだよ」

「買い物へ行きたい所は、今日で回っちゃったしね」


 助かった。二日連続で買い物に付き合うことになったら、どうしようかと思った。


「それとユイちゃんとルウちゃんが、明日は勉強も訓練も休みだから一緒に行きたいって言ってるんだけど、いいかな?」

「別に構わないぞ」


 あの二人が付いて来るのを断わる理由は無い。

 むしろ今日の買い物に付いて来なくて助かった。この三人の相手だけでも大変だったのに、従妹コンビまで加わっていたらどうなっていたことか……。

 その点については助かったと思いつつ迎えた翌日、慣らしも兼ねて購入したばかりの新しい靴を履き、従妹コンビに手を引かれながら外出。

 連れて行こうと思っていた従魔達は一様に首を横に振り、従士隊の訓練場へ行きたがっているからノワール伯父さんに預けておき、暇つぶしになるから連れて行けと煩いレギアは渋々ながら連れて行く。


「今日の芝居小屋の演目は見逃せません」

「面白いって評判なの~」


 芝居小屋に行くのは初めてだけど、どんな演目なんだろう。

 題名は「戦乙女の伝勇記」っていうらしいけど、内容が想像つかない。

 従妹コンビは知らないかと聞いたら、秘密だと声を揃えて言われた。


「あっ、あそこです」

「早く早く~」


 評判の演目とあってか、芝居小屋の前には大勢の客がいて入場券を買い求める列が出来ている。

 売り切れになる前に急いで並び、後方ながらどうにか席を取れた。

 混雑する中を移動して購入した番号の席へ座って少しすると、演目が始まる。

 従妹コンビが秘密にする内容はどんなものかと、ちょっと楽しみになりながら見ていたら驚いた。

 というのも、開始された「戦乙女の伝勇記」というのは母さんをモチーフにした演目だったからだ。

 いや、分かるって。主人公の女性の名前がアーシェだし魔物と拳で戦ってるし。


「あれ、ジルグ君の……お母さんの……話?」

「みたいだな……」


 隣に座るロシェリの疑問を肯定し、舞台を見続ける。

 場面は母さんがアトロシアス家を出る場面から始まり、駆け出し冒険者として活動を開始。

 周囲が引くほど激しく、時に訳の分からない訓練をして鍛えながら魔物や盗賊を倒していき、名を挙げていく物語。

 やがて名誉貴族になって貴族家へ嫁入りし、最後の場面では赤ん坊を模した人形に自分の意思を継いで強く育てと言って亡くなった。

 舞台を盛り上げるためなのか、所々誇張した感じの場面があったり作った感満載の台詞が多々あったりしたけど、全体的に観客は盛り上がり俺達も楽しめる内容に仕上がっていた。

 だけど一言だけ言わせてほしい。

 息子が意思を継ぐ続編を期待しているお客さん達、それ俺が恥ずかしいから実現してほしくありません。


「いやあ、思いがけず楽しい演目だったね」

「楽しめ……た」

「若干一名、複雑な心境みたいだけど」

「分かってるなら言うな」


 ちなみに芝居の後、近くの屋台で飴を売っていた老人の下で飴を買った際に聞いた話だと、演目の最初の方は母さんがアトロシアス家の出身だと判明してから追加されたもので、それを下に母さんの心境の場面に手を加えたり、アトロシアス家で母さんを心配する家族の場面が加えられたりしたらしい。

 ただ、そうして手を加える前の内容も未だに人気があるらしく、改良された現在派と改良される前の前作派で意見が分かれているようだ。


「ちなみにわしは前作派じゃな。現在も悪くないが、やはり慣れ親しんだ前作の方が良いわい」


 こうして意見が割れているものだから、この演目をする時は午前が現在の物を、午後は前作の物を披露することになったようだ。

 正直俺としては、さっき聞いた続編が出なければどっちでもいい。


「従兄様、次は詩場ですよ」

「ついでにそこでご飯も食べよ~」


 はいはい、今行くから腕を引っ張らないでくれ。

 飴を舐めながら詩場への移動中、五人の女連れということで複数の男から嫉妬の眼差しを受けたけど気にしない。

 幸いにも睨まれはしても絡まれはせず、無事に詩場へ到着。

 適当な席へ案内され、飲食をしながら舞台上で吟遊詩人達が奏でる音楽と詩へ耳を傾ける。

 約一名、詩よりも食事の方を優先しているけどいつものこと。

 そうしてゆっくり過ごしていると、舞台上で歌っていた吟遊詩人の男性が拍手を受けながら退場し、交代で眼鏡を掛けた女性の吟遊詩人が舞台に上がった。

 うん? なんかあの人、見たことがあるような……。

 誰だっけと首を傾げている中、その女性は楽器を奏でながら歌いだした。




 それはあるエルフの少女の物語

 エルフの少女はある日、集落を訪れた人間の少年と出会った

 同じ冒険者として気が合い、共に行動し、やがて二人は恋に落ちる

 しかし長い時を生きるエルフの少女にとって、人との恋は茨の道

 少年もそれを分かっているからこそ、エルフの少女を諦めようとしていた

 だが諦めきれないエルフの少女は覚悟を決める

 同族から後ろ指を差されようとも構わない

 少年と同じ時の流れを生きたい、少年と一生を添い遂げたい

 その思いでエルフの少女は禁断の果実を口にした

 禁忌を犯したエルフの少女は長い命を失い、人と同じ命の長さを生きる姿となった

 そんなエルフの少女の覚悟を少年は受け止め、二人の想いは実った

 しかし集落のエルフ達は二人の選んだ道を許さず、追放する

 歓迎も祝福もされず、非難と罵声を浴びながら二人は集落を出た

 だが二人の表情は晴れやかった

 手を取り合った二人は旅立つ

 同じ時を生きる男と女として




 要約するとそんな感じの詩を聞いて、ハッとした。

 思い出した! あの人、ガルアへ来た時に同じ馬車に乗っていた吟遊詩人のお姉さんだ!

 ていうか、今の詩って思いっきり馬車の中での会話がモチーフになってるし!

 アリルもお姉さんを思い出したのか、真っ赤になって耳と尻尾がプルプル震えている。

 あの時に寝ていたロシェリと、その時にいなかったリズと従妹コンビは拍手を送っているけど、こっちはそれどころじゃない。

 ここは早めに退店するしかない。でないとアリルが暴走しかねない。


「あら、あの時の少年とエルフちゃんじゃない。久しぶり」


 気づくなよ、お姉さん!

 なんか周りの客から視線が集まって、詩に出ていた少年とエルフの少女じゃないかってヒソヒソ話してるし!


「何? あのお姉さん知り合いなの?」

「……あっ。馬車で、会った……吟遊詩人の……お姉さん」


 どうやらロシェリもお姉さんを思い出したようだけど、寝ていたから詩のモチーフになった話までは知らないだろう。

 だから今の詩が俺とアリルをネタにした詩とは気づいていない。


「いやあ、あの時の話と君達を見ていて舞い降りたこの詩、なかなか好評でね。不明な部分が多いから創作気味に作ったんだけど、どうかな?」


 いつの間にかお姉さんが舞台から降りて歩み寄っていた。

 ていうか、そんな事を言うから周りの客の視線が余計に集まってくる。

 ロシェリとリズと従妹コンビは、どういうことって聞いてくるし、限界に達したアリルは顔から湯気でも出そうなほど真っ赤になってテーブルに倒れてるし、レギアはなかなか楽しませてくれるなって傍観を決めこんでるし、これどうすればいいんだよ!

 この後、お姉さんは詩場の人から次の詩を頼むと言われて舞台へ戻り、俺は周囲からの視線に耐えつつアリルを介抱しながら事情を説明した。


「寝てる間に、そんな事、あったんだ……」

「へえ、地域によってはタブーエルフも見方が変わるんだね」

「ねえねえルウ」

「分かってるよ~。これはお母さん達とお祖母ちゃん達に報告だね~」

「やめてくれ!」


 そんなことされたら、絶対にあのお姉さんの詩を聞きにここへ来るから。

 未だに復活できず、違うんだからぁって呟き続けているアリルを落ち着かせながら、どうかこの事を報告しないように説得し続けたが失敗に終わった。

 おそらくは後日、奥さん一同があの詩を聞きにここへ来ることになるだろう。 




 ****




(ここに来て、ようやく休めている気がする)


 最後の目的地である図書館で適当な本を読みながら、思わず心の中で呟く。

 だって芝居小屋では母さんの演目を見て、俺が意思を継いだ事になる続編が期待されていたし、詩場では俺とアリルを題材にした創作の詩を聞かされたんだぞ。

 体は休んでいても、気持ちは休めている気がしなかった。

 ようやく訪れた静寂と安寧に、ちょっとばかり図書館っていう場所が気に入った。


(さすがにここじゃ、騒ぎようがないからな。というか、騒いだら叩き出されるし)


 読んでいる本から視線を外すと、左右に従妹コンビが陣取り、正面にはロシェリ達が並んで座っている。

 全員が一様の持ってきた本に目を向けていて、一言も喋らない。

 それを確認して俺も自分の本へ視線を戻す。

 読んでいるのは種族に関する本で、これにはエルフや馬人族の欄に備考程度だけどタブーエルフや白毛の馬人族の事も載っている。

 これならひょっとすると、精霊の事も載っているかもしれない。

 昨夜にレギアが寝ている隙に「完全解析」の内容をロシェリ達へ伝え、精霊について知らないかを尋ねたらロシェリとリズは知らなかったけど、アリルは幼い頃に小耳に挟んだことがあるものの詳しくは覚えていなかった。


(でも、存在を認識されているって事は、何かしら資料があるはず)


 そう思って本は退屈だから寝ると言ってレギアが寝ているこの隙に、種族に関する本で調べている。

 先に読んだ最新版には載っていなかったから一番古いのを選んだけど、載ってるかどうかは半信半疑だ。

 なにせ最新版に載っていなかったんだから――。




 精霊

 遠い昔から存在していると言われている

 しかし最後に目撃されたのは数百年前のため、近年は存在自体が疑われつつある

 大地や草花や水といった自然そのものに宿っているとされている

 人の手が加わった物には宿らないため、自然そのものが精霊ではないかという説もある




 あった。どうして最新版には載ってなくて、古いのには載っているんだ。

 存在が疑われつつあって、遂には信じられなくなって削除したのか?

 まあ経緯はどうでもいいや。とにかく精霊は自然そのものに宿って、人工物には宿らないとされている存在だってことだ。

 ……思いっきり人工物の装備品に宿ってるんだけど!?

 ひょっとしてレギアが自分を外道のはぐれ者って言っているのは、こういう精霊らしくない物へ宿るからか?

 寝てるこいつは、絶対に教えてくれないだろう。

 なんにしても、ちょっとだけこいつのことが分かった。

 他にも何か手がかりがないか似たような本を探ったけど、これ以上の手がかりは見つからなかった。

 途中でレギアも起きたから調べるのをやめ、日も落ちそうだから図書館を出て帰路に着く。

 結局、休めたんだか休めなかったのか、よく分からない二日間だったな。


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