冬山での真相
調査二日目。
残りの発見場所を回って調べた結果、全ての場所の周辺でスケルトンの足跡が複数見つかった。
骨の形状から種族はオークやゴブリンやコボルトといったところで、一つの現場に別々の種類の足跡が混ざって残っていることもあった。
「ここまでの調査内容から、予定通り明日から死霊魔法を使う魔物の捜索に切り替える。いいな、捜索だぞ。見つけても無理に戦闘をする必要は無いからな」
夕食後の打ち合わせでそう告げるベイルさんに全員が頷く。
訂正、全員じゃない。あの三人組が戦う気満々でいる。指示を無視して突っ込まないよう、最悪気絶させても良いと後でタバサさんからこっそり言われたのも納得できるくらいに。
そんな一抹の不安を抱えつつ翌日から捜索に取り掛かり、ウィンドサーチに引っかかった魔物の反応をネルさんを中心とした斥候数名で確認に向かうも、見つかるのは魔物や動物ばかり。
この日はこれといった手掛かりも見つからず、野営して一晩を過ごした翌日。調査四日目に事態は動いた。
「この先に巣窟化している洞窟があったわ」
「なんだって?」
「本当か?」
周囲を偵察していたネルさんの報告に、ベイルさんとタバサさんのパーティーが難しい表情を浮かべる。
「あの、巣窟化って?」
分からないから尋ねるとジュリスさんが教えてくれた。
「洞窟や洞穴や大樹の洞なんかに魔力が溜まって、そこの地下に全く別の空間が発生している現象のことだよ。そうした場所には魔物が出入りして繁殖したり、共生するはずのない魔物同士でも共生したりするから巣窟って呼ばれているんだ。中から魔力が漏れているから見分けるのは難しくないし、魔力の濃さでどれだけ内部が広がっているかの見当もつくんだよ」
なるほど、魔物の住処になるような場所だから巣窟なのか。
納得している間にベイルさんとタバサさんがネルさんを呼び、三人で何事か相談している。
やがて相談が終わると、その巣窟化した洞窟に捜索中のアンデッドがいないか確かめるため、中に入って調査をすることになった。
「大丈夫なのかミャ?」
「見たところ、漏れている魔力は薄いからさほど広がっていなさそうよ」
「とはいえ、何があるか分からんから慎重にな」
確かに。場所が洞窟から地中へ広がっているから、逃げ道は限られている。慎重に行かないと、撤退する時にどうなるか分からない。
下手をすれば天井崩落で生き埋めになったり出口を塞がれたり、なんてこともあるかも。
「じゃあ案内するわ。こっちよ」
ネルさんの案内でしばらく移動すると、そこには薄っすらと魔力が漏れている洞窟があった。
「中の構造を知りたい。小僧、お前さんは空間魔法の構造把握を使えるか?」
「使える。ちょっと待ってくれ」
洞窟の入り口付近に手を添え、LV4で使えるようになっていた空間魔法、構造把握を使う。
この魔法は建物や洞窟の壁とかに触れて発動することで、その内部の構造を知ることができる。
ただし広さに応じて魔力が必要になるから、広すぎたら途中で魔力を使い切ってしまう場合もある。
今回はあまり広くないお陰で、あまり魔力を消耗せずに構造を理解できた。
「洞窟自体は大きくないけど、奥の方に地下へ続く大きめの通路がある。その先に広い空間が一つと薄い壁を挟んで狭い空間が一つ。そこからさらに奥へ繋がる長めの通路の先にもう一つ小さめの空間がある」
木の棒で地面に内部の様子を描きながら、構造把握で得た情報を伝える。
三つある空間の広さと位置と通路の長さと大きさを伝え、それを基に侵入時の並び順を決めている最中にストラさんの兎人族特有の長い耳が動く。
「中から足音が近づいてきます。数は五体分」
あの耳は伊達じゃないってことか。
即座に全員が入り口から距離を取って戦闘態勢に入り、中から来る何かに備える。
警戒する中で現れたのは、剣や槍や斧を手にしたオークのスケルトン。向こうも俺達を見つけると武器を構え、一斉に襲いかかってきた。
「早速お出ましか。いくぞ!」
「数が多い俺達のパーティーが二体やります!」
俺達は四人と四体。既に「完全解析」で調べて、二手に分かれても戦えることは分かっている。
スカルオーク 魔物 アンデッド型 性別無し
状態:従属
体力 ∞ 魔力58 俊敏105 知力89
器用152 筋力0 耐久138 耐性167
抵抗140 運223
スキル
なし
閲覧可能情報
身体情報 適性魔法 趣味 三大欲求
今やLV8に上がっている「完全解析」だけど、魔物が何型かはともかく新しい閲覧可能情報がこの二つなのは、何でだろうか。
まあいい、今は戦闘に集中だ。
「分かった、頼む!」
よし、ベイルさんからの許可が出た。
「俺とロシェリとマッスルガゼルとコンゴウカンガルーで一体やる! アリル、そっちは任せた!」
「分かった!」
二人と二体の二手に分かれ、それぞれスカルオークに向かう。
俺達が相対した斧を持つスカルオークの攻撃をマッスルガゼルが受け止める。「屈強」と「硬化」のスキルがある強固な肉体には傷一つつかず、逆にスカルオークを押し返して体勢を崩した。
「ふん!」
体勢を立て直される前にコンゴウカンガルーと側面へ回り込み、スケルトン系に有効な殴打をするため槌部分で胸部を叩いて肋骨を数本折り、さらに追撃でコンゴウカンガルーが下顎へ左右の連打を入れて下顎の骨を割る。
定期的に「完全解析」を使い、能力の数値の上昇とスキルのレベルアップを確認しているとはいえ、こうもあっさり骨を砕けるまでになっているのか。
まあ、向こうの耐久の数値はさほど高くないし、武器は持っていても防具は身に着けてないからな。
そう思いながら一旦俺達が離脱すると、ロシェリが杖の先をスカルオークへ向けた。
「イリュージョン……レイ」
離脱した俺達に合わせてロシェリの光魔法が放たれ、変則的な軌道を描く複数の光がスカルオークへ降り注いで体を撃ち抜いていく。
体はバラバラになって斧は地面に刺さり、それでも前後に揺れて動いていた下顎の無い頭部をマッスルガゼルが踏み砕いてトドメを刺した。
「向こうは……」
片付いたからアリル達の方を見ると、地面に倒れたスカルオークを「丸転」スキルでメガトンアルマジロが轢いていた。
砕けた骨が宙を舞って辺りに降り注ぎ、後に残ったのは木っ端微塵になった体と手放された剣だけだ。
「ジルグ、こっちは片付いたわよ」
「こっちもだ。ご苦労さん」
「大した事なかったから、苦労ってほどでもなかったわよ」
確かにな。で、他のパーティーは……。
ベイルさんとタバサさんの両パーティーはとっくに倒しているけど、ドロンさんのいるパーティーはまだか。
あそこは攻撃用の武器が剣と槍だけで、殴打系の武器も魔法の使い手もいない。唯一殴打できそうな盾を持っているドロンさんは、攻撃は防いでいるものの怖がっていて反撃できないでいる。
「致し方ない」
そう呟いた拳闘士の虎人族、マウロさんが助太刀すると言って一瞬でスカルオークの背後へ移動。拳の一撃で頭部の骨を砕いて倒して見せた。
今の高速移動はシュヴァルツ祖父ちゃんも使っていた、「瞬動」ってスキルかな?
「お、おいおっさん! 何してくれてんだよ!」
「貴様らが苦戦していたから手を貸した。一時的にしろ手を組んでいるのだから、助力は当然。それだけのことだ」
「うるせえ! これから反撃するところだったんだよ! 邪魔しやがって!」
礼も言わずに文句ばかりマウロさんにぶつける三人組と、オロオロしているドロンさん。
どうしてああなのかな。
「そこまでだ! これから死霊魔法の使い手が潜伏しているかもしれない巣窟へ潜るんだ、文句があるのなら町へ戻れ!」
ベイルさんの一喝で、三人組は納得できていない表情を浮かべながらも黙った。
ここで引き上げたら何の評価も得られず、単に金と時間と労力を消費しただけで終わるんだからな。
「うん? この武器って……」
何気なく武器を見ていたリズが何かに気づいた。武器に何かあるのか?
「どうしたリズ」
「いやさ、こいつらが使っていた武器がどうも鉄とは違うみたいで。これって……骨?」
「なんだと?」
ベイルさんが落ちていた槍を拾ってマジマジと眺める。
俺も斧を拾ってみて分かったけど、握った柄の感触が木や鉄とかとは違う。
「確かにこの感触は骨だ。しかも槍の穂先には牙が使われている。だがどういうことだ、スケルトンが持つ武器は品質は低くとも金属製のはず」
えっ? じゃあなんで骨や牙を使った武器を持っているんだ?
「むう……。どうやらこの武器は、誰かが作った物のようだ。しかも邪道な方法でな」
「邪道? どういうことミャ?」
ベイルさん曰く、これらの武器はどれも炉の炎を使わず魔法の炎で鍛えたものらしい。
そうすると炎の調整がしやすくて作り易い反面、製作者の魔力が残留して製作者本人以外が持つと武器に残留した魔力と持ち主の魔力が反発し、備わった効果やスキルが発揮できなくなるそうだ。
例外は死霊魔法で作られたアンデッドか、錬金術で作られた人造生命体のホムンクルスのような存在のみ。
どうしてこの二つが例外なのかは分からないけど、とにかくそういうものだそうだ。
「はっ。ドワーフとはいえ鍛冶もせずに冒険者をやっている奴に、そんな見分けがつくのかよ」
「ドワーフの目を侮るなよ若造。わしは鍛冶こそしていないが、ドワーフとしてあらゆる武器を見て、親の鍛冶を見て育った。これくらい見抜けないようじゃ、ドワーフの恥だ」
そのドワーフの恥って言い方、ドワーフなら誰もが使うんだろうか。武器や防具に関わった時は、言わなくちゃ気が済まないんだろうか。
少なくとも俺が出会ったドワーフは全員……じゃなかった。王都でハルバートを作っていたあのドワーフからは聞いていなかった。
「とにかく、これは誰かが作って持たせていた物に違いない」
「何のために?」
「分からん。真相はあの中にあるだろうよ」
全員の目が巣窟へ向かう。
薄っすらとしか漏れ出ていない魔力がどことなく不気味にも感じられる中、武器はその場に放置して内部へ足を踏み入れる。
ただこの時、俺はちょっとしたミスをしていた。どうしてスカルオークがあんな武器を持っているのかが気になって、その武器に「完全解析」を使っていなかったことだ。
この後にそれを後悔することになるとは、思いもしなかった。
そんなちょっと先の未来など知らずに巣窟に入った俺達は、気づかれないように最小限の明かりを確保して元々洞窟だった場所を通過して地下への下り坂を進む。
大柄なメガトンアルマジロとドロンさんも通れるくらいの通路を、ネルさんとラナさんを先頭に警戒しつつ進んでいくと二人から待ての合図が入った。
「最初の空間だ。中にはスカルゴブリンが六体とスカルコボルトが七体だ」
「それと、壁にたくさんの武器があります」
思ったより少ないなと思いつつ中を見ると、天井にびっしりと生えている苔のような物の淡い光に照らされながら、フラフラとした足取りでスカルゴブリンが中を徘徊し、武器を抱えたスカルコボルトがそれを棚のように掘った壁に立てかけている。
その壁には無数の武器が置かれていて、さっきスカルオークが持っていた剣や槍や斧に酷似している。
加えて他にも棍棒や槌や杖や大鎌や盾があり、剣だけでも何種類も飾られている。
「なんという数の武器だ。剣だけでも片手で振れる物に両手剣、短剣、あれは刺突に特化した細剣か。おお、あれは東の島国で作られている刀という剣ではないか、珍しい!」
剣を見たキキョウさんが小声で饒舌に語りだす。
ただ、刀ってのを見た時に興奮して声が大きくなったから、慌ててテレサさんが口を塞ぎネルさんが中の様子を確認する。
俺も確認したところ、こっちを見たり近づいてきたりする様子は無いから気づかれていないようだ。直後にタバサさんの拳骨がキキョウさんへ落ちた。
「こんのバカっ! 気づかれたらどうするんだ!」
「も、申し訳ありません。つい……」
小声での説教にキキョウさんが縮こまっている。
「これだから剣術バカは困る」
テレサさん、見た目とモフモフ好きの割には言うんだな。
「して、どうするベイル」
「あの数なら倒せるだろう。問題はもう一つ先の空間にどれだけのスケルトンがいて、どんなアンデッドの上位種がいるかだな」
「ウィンドサーチで調べましょうか?」
小さく挙手をしてアリルが言うけど、それは無理だとベイルさんは返す。
なんでも巣窟内では少なからず魔力が漂っているため、ウィンドサーチのような魔法や索敵系のスキルは阻害されるらしい。
なるほど、それで侵入時にもウィンドサーチを使わないかったのか。
「面倒だな。あれ全部一気に倒して、奥を調べりゃいいじゃねえか」
三人組の一人がそう告げる。
言い方はちょっとムカつくけど、奥を調べるにはそれしかないかな。
ベイルさんも、あの数なら倒せるって言ってたし。後はベイルさんの決断一つだ。
「……よし、やるか。幸いにも奥の空間までは距離もある。派手な魔法の使用は避けて、迅速に倒すぞ」
「おっ、初めて意見が合ったじゃねえかジジイ」
できれば合いたくなかったって思っているんだろうけど、顔にも口にも出さないベイルさん。
さすが、大人の対応だ。
「スカルコボルトはわしと小僧のパーティーで、スカルゴブリンはタバサと若造のパーティーで担当だ。迅速に倒すために頭を狙え。それと密閉空間だから、火魔法は絶対に使うなよ」
狙う魔物を割り振りと注意を促され、武器を並べていたスカルコボルトが全ての武器を手放して背中を向けたのを機に突入。
頭部を狙ってハルバートを振り抜きスカルコボルトの頭部を粉砕。隣ではビルドコアラがタックルで転ばせた別のスカルコボルトの頭がリズの土魔法、ロックスパイクで貫かれている。
他も順調で、殴打武器が無い三人組は怖がるドロンさんを強引に突進させて盾をぶつけさせて転ばせた後、剣の面の部分や槍の石突きで頭をタコ殴りにしてスカルゴブリンの頭を砕いて倒していた。
なんだ、ドロンさんの扱いはともかく、ちょっとは考えてるじゃないか。
「よし、これで全滅だね」
辺りを見渡すタバサさんがそう言うと、少しばかり緊張が緩んだ。
「しかし凄い武器の数ね。これをスケルトンの軍団に持たせて、ガルアへ攻め込むつもりなのかしら?」
「ストラ、怖いこと言わないでほしいミャ」
「本当にそうなったら、ダイノレックス以来の大騒ぎ」
ここにある武器を持ったスケルトンが、大軍を成して町へ攻め入ってくるか。確かに怖いし大騒ぎだな。
「これ、全部骨や牙や角や爪で作ってあるのかしら?」
「見たところ、そのようだ。どれもさっきのと同じで作り方は邪道だが、物は悪くない。普通に作ればそれなりに売れるのに、こんな作り方をするなんて勿体ねえな」
ドワーフだけあってベイルさんの着眼点が違う。
適当に取った斧を軽く振りながらブツブツと文句を言って、すぐに戻している。
もしもこの中の武器が貰えるならどれがいいとか話している三人組は、さっきのベイルさんの話を聞いていたのだろうか。
製作者本人か死霊魔法で作られたアンデッドか錬金術で作られたホムンクルスでないと、備わった効果やスキルが発揮できないって言っていただろう。
何度目か分からない呆れを覚えつつ、奥へ進んで事の真相に近づこうとしたところで、それは現れた。
「っ!? 奥から何か来ます、数は一体!」
耳が動いたストラさんが声を上げ、全員が奥への通路から距離を取って武器を構える。
徐々に近づいて来る足音。ゆっくりと歩いて現れたそれは、右手に持つ大きな槌を肩に担いでいる人型のスケルトン。それなのに纏っているのは魔法を専門にしているようなローブだからチグハグ感があるけど、存在感が圧倒的で背筋に寒気が走る。
従魔達も本能的に危険を感じ取ったのか、珍しく一歩下がって唸りながら威嚇している。
「なんだ。さっきから下僕が葬られているから何かと思ったら、羽虫が紛れ込んでいたか」
しかも当然のように喋った。ということは、ただのスケルトンじゃない。
体が底冷えするような声に鳥肌を立てながら、あいつへ「完全解析」を使う。
デッドリーメイカー 魔物 アンデッド型 性別無し
状態:健康
体力 ∞ 魔力3761 俊敏271 知力3628
器用3605 筋力 0 耐久739 耐性3446
抵抗3093 運417
スキル
鍛冶LV9 研磨LV8 精密作業LV7 錬金術LV7
魔力操作LV5 火魔法LV4 死霊魔法LV4 闇魔法LV4
槌術LV3 解体LV3 統率LV2
閲覧可能情報
身体情報 適性魔法 趣味 三大欲求
ちょっ、強い強い強い。
ブラストレックスに匹敵するって、こいつただのアンデッドじゃない。しかも体力が無限な上にどうして器用の数値も三千超えてるんだ。
「鍛冶」とか「研磨」のスキルで鍛えたからか? アンデッドでも技は鍛えればスキルが成長するのか?
というかデッドリーメイカーってなんだ、聞いたことが無いぞ! そしてアンデッドなのに状態が健康って、それでいいのか!?
「テメェが骸骨の親玉野郎か! 俺達がぶった切ってやる!」
「待て、バカ!」
剣と槍を構えていた三人組が声を震わせながら、傍にいたベイルさんが止める間もなく突っ込んで行く。
「物騒な羽虫がいるな。ちょっと歓迎してやれ」
その一言に応えるかのように壁の棚に置かれている武器のいくつかが動き出し、三人組へ飛来して串刺しにした。
「「「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」」」
「おまけに騒がしいときたか、煩わしい。黙らせろ」
次の一言で三本の剣が縦に回転しながら壁の棚から飛来。
武器が勝手に動くという光景に気を取られていた俺達は援護することができず、あっという間に三人組の首は切り落とされ、三本の剣は空中に浮いたまま回転を止めてデッドリーメイカーの周辺に留まる。
さらに串刺しになっていた武器も勝手に動いて三人組の体から抜かれ、同じように空中に留まって刃先をこっちへ向けた。
「ひいぃぃぃっ!?」
仲間が殺されたドロンさんは真っ青になってしりもちをつき、震えながらも逃げ出そうとして出口へ這っていく。
「おっと、逃がさんぞ。ちょうど戻って来たところだ」
戻ってって何が……。
「うわわわわわっ!?」
後ろから聞こえたドロンさんの悲鳴に振り返ると、出口付近に五つの武器が浮いていた。
ていうかあれ、さっき倒したスカルオークの武器じゃないか。あれも勝手に動くのか?
くそっ! こんなことなら、さっきあれに「完全解析」使っておくんだった。
今さらだけど、さっき見た斧へ「完全解析」!
インテリジェンスボーンアックス 高品質 無属性
製作者:オズワード
素材:ダイノレックスの骨
スキル:鋭刃LV7【固定】
強振LV6【固定】
状態:魂憑依
知性を与えられ、自ら動ける骨製の武器
ただし自ら考えて行動するほどの知性は無く、製作者の指示が必要
通常の武器と同じように扱うことも可能
ただし製作者かアンデッドかホムンクルス以外だと、スキルは無効
自ら行動する際は空中に浮遊できる
えっ、何これ。知性を与えられたってなんだ。
指示が必要とはいえ、自ら動くって。状態の魂憑依が関係しているのか?
「よく戻って来たな。とはいえ、念には念をだ。閉じておけ」
次は複数の盾が一斉に動き出して、出口を塞ぐようにびっしりと貼りつく。
唯一の逃げ道を塞がれた俺達は、一層警戒を強くして周囲に目を配る。
今の俺達は周囲の壁に置かれている無数の武器に囲まれているような物。もしもあれが一斉に動き出して襲われたら、対処できるか分からない。
「これで静かになったか。さて、お前達は何だ?」
「それはこっちのセリフだ! アンタ、何者だ!」
タバサさんの問いかけにデッドリーメイカーは左手を下顎に当て、少し俯いて考える素振りを見せる。
「何者……か。悪いが、人でなくなった時に名は捨てた。種族名で構わないのなら、デッドリーメイカーと名乗らせてもらおう」
「デッドリーメイカーだと!?」
震える声で尋ねるタバサさんの質問に返された種族名に、ベイルさんが目を見開いて驚いている。
何か知っているのか?
「ほう、さすがはドワーフ。知っていたか」
「おいベイル、奴はなんなんだ?」
「鍛冶や木工といった、生産系スキルを二つ以上持った奴が死んだ後にスケルトンになって、それが進化した上位種の魔物だ。わしも祖父さんから聞いたことがあるだけで、見るのは初めてだ」
そんな魔物がいるのかよ。
でも剣術を持っていればスケルトンウォーリアーに、槍術を持っていればスケルトンランサーに進化するって聞くから、そういう風に進化してもおかしくないのか?
「そっちのドワーフの言う通り、私は「鍛冶」と「錬金術」の二つの生産系スキルを持って死んだ元鍛冶師だ。強い未練が残っていたため死後にスケルトンとなり、その未練への思いの強さで幸運にも短期間でデッドリーメイカーへ進化した。お陰で生前に成し遂げられなかった未練を果たすため、こうして研究と開発作業に打ち込んでいられる」
向こうは軽い感じで喋っているけど、こっちはそれどころじゃない。
いつ全ての武器が襲って来るのか分からない中、俺達どころかCランクのベイルさんもタバサさんも、ネルさんもマウロさんも動けずにいる。
動きたくとも隙らしい隙も無く、攻撃を仕掛けることも逃走することもできそうにない。
それにしても、あんな姿になったのが幸運だって? 一体どんな未練を残したんだ。勝手に動く武器に関係しているのか?
「では次に、こちらの質問に答えてもらおう。お前達は何だ」
「……わしらは冒険者だ。肉と皮だけの奇妙な魔物の死体が複数発見されたから、その原因の調査に来た」
向こうに対話の意思があるからか、ベイルさんが説明すると納得するように頷いた。
「なるほど、そういうことか。この体になって食事をする必要が無くなり、寒さも感じないから肉も皮も不要と下僕に放置させていたから、お前達が来たのか。これは迂闊だったな、死んでも生前の悪癖は治らないものだな」
今の言葉を聞くに、見つかりたくなかった気持ちはあるようだ。
理由は自分が魔物だからか、それとも勝手に動く武器の方なのか、それとも未練がまだ果たされていないからか。
「それで、お前はここで何をしている」
「さっきも言った通り、生前に成し遂げられなかった未練を果たすための研究をしている」
「それはそこで浮いている、勝手に動き回っている武器のことか?」
「おおむね正解、というところだな。私が成し遂げたいのは、この手で知性ある武器を作ることだ」
なんだって?
「馬鹿なことを言ってるんじゃないよ! 知性ある武器なんて、御伽噺の創作物じゃないか!」
その通りだ。知性ある武器、物語の中じゃ主に伝説の剣とかがそういう扱いをされていて、インテリジェンスソードとかインテリジェンスアイテムだとか書かれていた。
ただ、そういった物はタバサさんの言う通り創作の産物であり、実在はしていない。
「その通りだ。だが私はそれを実現したいと思い、生前に私なりの理論を組み立てていた。まあ、どうやって知性を与えるかが難題だったがな」
「当たり前だろ。物に知性を与えるなんて、わしらドワーフでも不可能だ」
「普通ならそう思うだろう。だが私は可能とする方法を思いついた。ホムンクルスだ」
ホムンクルスって、錬金術で作り出す人造生命体のことだよな。
詳しくは知らないけど、主に人の形をしていて製作者が死ねば肉体も魂も消滅するって話だ。
「ホムンクルスは人工的な肉体に魂を宿らせて生み出す。その技術を応用すれば、知性ある武器も作れないかと考えたのだよ」
言われてみれば可能なような気がする。
鍛冶と錬金術には素人だけど、聞く限りは作れるんじゃないのか?
「しかしそれでも駄目だった。ホムンクルスは肉体と魂を同時に錬金術で作るため、魂だけを作って武器へ定着させることがどうしてもできなかった。完成させたホムンクルスを生きたまま武器にすることが不可能なのは、考えるまでもないしな。だが!」
ここで初めて、ずっと淡々としていた口調に弾みが出て、左腕を大きく開いた。
しりもちをついたまま震えているドロンさんは怯えて蹲り、俺達は思わず身構えてしまう。
「天は私を見捨てなかった。この身はスケルトンと化し、こうしてデッドリーメイカーへと進化した。そしてそのお陰で、遂に最後の一ピースへと辿り着いた」
「最後の一ピース?」
俺の問いかけに、表情が変化しないはずなのにデッドリーメイカーが笑みを浮かべたように見える。
「死霊魔法だよ! 魂のみのゴーストやレイスといった魔物を生み出す死霊魔法を用いることで、遂に私の悲願へ近づくことができたのだ!」
喜々とした様子で語る内容によると、死霊魔法で生み出した魂と鍛冶で作った武器に錬金術でホムンクルスを生み出す技術を用いて、武器へ魂を定着させるのに成功したらしい。
ただ、定着できたのは僅かな時間だけだった。
その後も研究を続け、魂を確実に定着させるには肉体に近しい物を素材にした方がいいと突き止め、魔物から武器の素材になる骨と角と牙と爪だけを採取していたとか、武器には自身の魔力を残した方が成功率が高いからと魔法を用いる邪道な方法で武器を作ったとか、勝手に魔物が集まって来るのと身を隠すために数ヶ月前からこの巣窟へ住み着いたとか、最近は冬で魔物が来ないから適当に操ったスケルトンで材料を集めているとか、聞いてもいないことをペラペラ喋っている。
それなのに隙は一切無い。デッドリーメイカー本人には隙があるんだろうけど、いつ動くか分からない大量の武器の存在が俺達を一歩も動かしてくれない。
だけどこれで分かった。肉と皮に目もくれず放置していたのはスケルトンの量産をするためじゃなくて、デッドリーメイカーの身には必要が無いっていうのと、本命が採取した骨とかを使って知性ある武器を作る研究をしていたからだってな。
「そしてどうせ知性を持たせるのなら、誰かに使われるのではなく自ら動けた方がいいだろうと研究し、私の命令を理解して自ら行動できる武器を作れるまでに至った。今は私が命じなくとも、宿した魂自らの判断で動けるようにするにはどうすればいいのかを模索中だ。そこに漂っている五つの武器のように予め命令しておいて、それを守らせることはできるのだがな」
長々とした語りがようやく終わった。
全部の武器で一斉に襲わせればとっくに俺達を倒していたかもしれないのに、それをせずに語り続けていたのは余裕からか? それとも争う気は無いからか?
いや、それは無いな。だったらあの三人組も殺さず、脅しや牽制で止めたはずだ。
となると、やっぱり余裕からか? 悔しいけど、それだけの余裕を持てる理由があいつにはある。
今の俺達は、あいつが作った自ら動く多数の武器に囲まれているんだから。
「おや、少々語りすぎたかな。やはり生前の悪癖は死んでも治らないな」
って違うんかい! さっきまでの語りは悪癖なのかよ!
趣味のことや好きなことは語らなきゃ気が済まない、そういう類の語りだったのかよ!
「だがまあ関係無いか。君達の寿命が少し伸びただけだからな」
……デッドリーメイカーから殺気が一気に湧き出てきた。
どうやら対話の意思はあっても、手を取り合う意思は無いようだ。
怯えたままのドロンさん以外に緊張が走り、後衛の人達を囲むように前衛が配置に着く。
「研究を邪魔されたくないし、利用されるのもまっぴらだ。だからといって放っておいてもらえる保証も無い。これらの武器が実戦では通用するか否かの実証実験も兼ねて、君達には消えてもらおうか。お前達、始末しろ」
その命令に応じるように周囲の武器が動き出し、一斉に襲い掛かって来た。




