不穏な足跡
山間部へ調査へ向かう日の朝。朝食の席で依頼の事をノワール伯父さん達に話して数日留守にすると伝えたら、ゼインさんの下にもその報告が届いていると言われた。
「本当に奇妙な事案だ。この季節だから、肉も皮もまだまだ需要があるというのに」
どうやらゼインさんもこの件に関しては首を傾げているようで、今回の調査には期待しているらしい。
あまり過度に期待されても困るとだけ返し、食事を続ける。
それが終わったらしっかりと装備を整え、昨日準備したポーションや食料等を確認していく。
「皆、氷石のタグは忘れてないな」
氷石のタグは寒い地方で採れる鉱石、氷石を使った首から下げるタイプの装備品。
見た目は長方形に整えられた銀を土台に、それより一回り小さい長方形をした、薄くて透明な青い石を嵌め込んだ首飾り。だけど冬場には欠かせない「耐寒」のスキルが備わっていて、装備者は寒さに対して強くなれる。
昨日準備をしていた時にバロンさんの所に寄って、息子さんの奥さんが作ったというこれを購入しておいた。
中品質でスキルはLV4の「耐寒」だけ。裏面に名前を刻むサービス付きとはいえ、そこそこ良い値段をした。でも寒いの苦手だし、寒さ対策をせずに野営したら辛いから、買わないわけにはいかなかった。
「勿論よ」
「これ無しで、野営は……死んじゃう」
「さすがに死ぬことはそうそう無いと思うけど、焚き火だけじゃ辛いよね」
三人は防具や服の内側から首に下げている氷石のタグを取り出し、ちゃんと持っているのを確認。ちなみに従魔達には与えていない。だって無くても平然と筋肉を鍛えているから。
一応確認はしたぞ? いるかってな。でも首を横に振ったんだよ。問題無いとばかりに筋肉を隆起させながら。
「よし、なら出発だ」
「「おー!」」
「おー」
だからロシェリ、お前はもうちょっと気合い入れてくれ。
ちょっとばかり力が抜けた掛け声の後、庭で寒さをものともしない様子で軽い準備運動をしている従魔達と合流。
本当に筋肉で冬の寒さをどうにかしていることに尊敬すら覚えつつ、集合場所へ向けて出発。氷石のタグのお陰で寒さを感じずに町中を進み、集合場所に決めた門の前に到着した。
既にベイルさんのパーティーが集まっていて、俺達に気づいて兎人族の女性が手を振っている。
「おう、おはようさん。準備は大丈夫か?」
「昨夜と今朝で二度確認した。問題無い、バッチリだ」
「だったらいい。しかし、これだけ逞しい魔物が揃っていると壮観だな」
感心した様子で従魔達を見るベイルさんに対し、従魔達は筋肉を隆起させたポーズを決めてアピールする。
はいはい。筋肉が凄いのは分かったから。って、ベイルさんところの虎人族のおっさんが上着を脱いで筋肉アピールで対抗してる!?
「わあ、冬なのに暑苦しい光景ね」
「暑苦しいというより、むさ苦しいミャ」
微笑んでいる兎人族の女性と、呆れている猫人族の女性の気持ちはとても理解できる。俺達もあの光景を見る度に、暑苦しくてむさ苦しいと思っているから。
短髪の青年も肩を落として脱力している中、虎人族のおっさんがポーズを解いた。
「見事な筋肉だ。我らは友だ」
そう言って差し出した手にコンゴウカンガルーとビルドコアラが手を重ね、次にマッスルガゼルが前足を重ね、最後にメガトンアルマジロが鼻先を重ねた。
見た目は寡黙で腕利きそうな仕事人風なのに、この人もアトロシアス家の男連中と同じ思考だったか。
「あんな奴だが、頼りになる拳闘士だからな」
「うちの従魔達もあんなだけど、良い前衛なんで」
ベイルさんとお互いの筋肉思考者のフォローをして、なんとなく共感を覚えている間にタバサさんのパーティーがやってきた。
「待たせたね。おおっ、従魔達も揃ってるね」
やっぱりそっちに目が行くか。
もう一人の人間の女性と鬼族の女性も従魔達に目を向ける中、樹人族の少女が不機嫌そうに俯いている。
「どうしたんだい、テレサ」
「従魔、どれもモフモフしてなさそう……」
ごめんな、筋肉な魔物ばっかりで。
するとロシェリが進み出て、テレサと呼ばれた樹人族の前に立った。
「モフモフ……好き?」
「当然。モフモフはこの世における絶対正義」
「「……」」
モフモフ好き同士が見つめ合う。前髪でロシェリの目は隠れているけど、見つめ合っているのは間違いない。
「モフモフ、は?」
「尊く、気高く、素晴らしい。モフモフを愛でることは?」
「何よりの……癒し。モフモフを、する時……は?」
「相手が嫌がるなら引くべし。モフモフを愛するのは?」
「「この世の真理」」
意見が完全に一致したからか、二人は両手でしっかりと握手を交わす。
静かな意気投合とでも言うべき光景は微笑ましい。でも現実の従魔達は筋肉ムッキムキで、モフモフの欠片も無くガッチガチな触り心地をしている。
そんな魔物達を改めて見たテレサさんは頑張れとロシェリに伝え、ロシェリはフードで顔を隠しつつ何度も頷く。
目を合わせたのに、どうしてフードで隠す。時間差で人見知りが顔を出したか?
「はっはっはっ。どうやらテレサとそっちの嬢ちゃんは気が合うみたいだね」
「惜しむらくは二人が望む従魔がいないことだな」
本当に、どうしてあんな従魔ばかり集まったんだろう。
いや、ビルドコアラは元々リズと一緒にいたから仕方ないんだけど。
「さてと、もうそろそろ時間だがあいつらは……来たか」
集合時間ギリギリになって四人組が来た。
気怠そうだったり眠そうだったりする三人組に続き、例の巨人族の男が大きな盾を手に重そうな荷物を背負ってきた。
「ちっす」
「はよーっす」
「ども」
「「「って、うおぉぉぉっ!?」」」
三人組がうちの従魔達を見て驚いてる。巨人族の男は目を見開いてちょっと驚いてはいるけど、騒ぐほど驚いてはいない。
「ななな、なんで魔物がこんな町中にいんだよ!」
「落ち着けバカ、こんな奴らさっさと討伐して」
三人組が剣を抜こうとするから、咄嗟にハルバートを間に入れて止める。
「うちの従魔達に何する気だ」
「完全解析」で見たところ、この三人じゃ従魔達には敵わない。
強力なスキルや装備を持っている訳でもないから従魔達は安全とはいえ、仕事前に怪我人を出す訳にはいかない。
「じゅ、従魔だと?」
「そうだ。ちゃんと証はあいつらの額に浮かんでるし、ギルドで登録もしている」
間に入れていたハルバートを引きながら、額に従魔の刻印が浮かんでいる従魔達を親指で指す。
「なんだ、従魔かよ。ビビらせやがって!」
そっちが勝手にビビったんだろうが、こっちは何もしてないぞ。
「おい、仕事前にやめろ。それよりも全員集まったんだ、出発するぞ」
指揮を執るベイルさんが睨みながら言うから三人組も引き、目的地の山間部へ向けて出発。
道中では連携と役割確認のためにと、自己紹介とパーティー内での役割を話すことになった。
最初に名乗りを上げたのは男四人組のうちの三人。まるで女性陣へ自分凄いアピールをするような三人組の自己紹介に、女性陣だけでなく男性陣も引いて従魔達でさえ呆れていた。
「オ、オデは、巨人族のドロン。盾使い、でず」
武器は手にしている大きな盾のみで、あれで押さえている間に他の三人が攻撃するスタイルらしい。
その三人組は盾無しの剣士二人と槍使い。見た感じ、自分達が敵を倒して目立つために、危ない役目はドロンさんに押し付けているようだ。
というか、よく見れば装備にも三人組とドロンさんとで差がある。三人組はある程度良さそうな武器や防具なのに対して、ドロンさんの盾は傷が多くて所々へこんでいる。おまけに一番危ない所に立つのに防具は革製だ。他の三人は鉄製の物なのに。
「彼、あまり良い扱いをされてないようだね」
確かに装備の感じや三人が彼へ向ける態度からして、彼を都合の良いように利用しているように見える。
だけど、だからって他所のパーティーの内部事情に口を挟めないし、気に入らないからってスキルをごちゃ混ぜにしてやることもできない。スキルをごちゃ混ぜにしたせいで、いざという時に足を引っ張られて命を落としたら、シャレにならないからな。
やるならこの依頼が終わった後だ。
「じゃあ、次はアタシのところにしようか」
続いてはタバサさんのパーティー。リーダーのタバサさんが盾持ちの剣士で、もう一人の人間のネルさんが斥候のできる短剣と弓の使い手でCランク。鬼族のキキョウさんは盾無しの剣士でEランク、樹人族のテレサさんはDランクの魔法使いだ。
ちなみにテレサさんの種族はアルラウネで、頭の花冠と髪に差しているような二輪の花は、頭から生えているらしい。
「それ……髪?」
「正確には髪じゃない。でも、私から生えている」
マッスルガゼルに乗っているロシェリからの問い掛けに、花冠と花を軽く引っ張って見せてくれた。
確かにどちらも頭皮から生えていて、飾りじゃないのが分かる。
これが同じ樹人族でもドライアドの場合は、後頭部に大きな花が咲いているとのこと。
「じゃあ次は俺らで」
トリが嫌って訳じゃないけど、さっさと済ますために小さく挙手した。
俺達を格下だと思っていたのか、リズ以外はDランクだと知った三人組が少し驚く。
最近ガルアへ来たばっかりだって話だから、三ヶ月前の出来事の詳細とか俺の出生を知らないんだろう。母さんの事とかアトロシアス家出身とかが判明した時は大騒ぎだったのに、今じゃすっかり落ち着いてるもんな。
「最後はわしらじゃな」
トリを務めるのはベイルさんのパーティー。リーダーでドワーフのベイルさんは片手斧と盾の使い手で、虎人族のマウロさんが聞いていた通り拳闘士でCランク。人間の青年はEランクの弓と魔法の使い手のジュリスさんで、猫人族で短剣使いのラナさんと兎人族で魔法使いのストラさんの二人は幼馴染で、ランクは共にDランク。
となると、この集団にはCランク四人にDランク六人、Eランク五人とFランク二人がいるわけか。
それなりのランクを集めたって女性職員は言っていたけど、Cランクが四人もいるのは心強い。
「もうすぐ目的の山だ。気を引き締めておけ」
先頭を歩くベイルさんの言う山は、頂上付近に薄っすら雪が積もった茶色一色の冬山。
寂しい雰囲気のあるその山へ足を踏み入れ、まずはギルドへ報告のあった地点の一つを目指して歩く。
俺とアリルを含めた風魔法の使い手が順番にウィンドサーチを使って周囲を警戒しながら、斥候ができるネルさんとリズとラナさんが先行し、進行方向の地形や異常が無いかの確認をしながら進む。
「かったりーな。こんな寒いんだから、慎重に行かなくとも何も出ねぇよ」
んな訳ないだろ。仮令冬でも活動している魔物は少なからずいるんだから、何か出る可能性はあるだろうが。
その辺をベイルさんが注意しているけど、頭を下げているドロンさん以外は適当に聞き流してる。
この場にいるのが仲間だけなら、何かいるとか言ってビビらせてやりたい。でも今は合同で行動中だから、余計な混乱と軋轢を生みかねない冗談はやめておこう。
「ベイルさん、地図にある位置はこの辺ミャ」
「おう、分かった。じゃあこれから、この辺りを調べてみる。パーティー毎に四方向へ分かれて行動し、辺りを探ってくれ。あまりここから離れすぎず、何かあったらすぐに報せるように」
指示に従ってパーティー毎に四方へ散開。あの三人組は渋々って感じだったけど、何を期待していたんだよ。
この仕事の意味を理解しているのか疑問に思いつつ、何かないかと地面や木の幹を観察し、時折上の方にも目を向けておく。必ずしも地上からとは限らないからな。
斥候ができるリズとアリルを中心に調査を進め、ウィンドサーチは俺が受け持って警戒に当たる。
地面に匂いを嗅いでいるマッスルガゼルとメガトンアルマジロにも反応は無く、木に上っているビルドコアラも収穫無しのようだ。
「一旦戻ろう。これ以上は離れすぎだ」
「ん、分かった……」
「了解。何の手掛かりも無しなのは悔しいわね」
「あはは。そう簡単には……うん?」
「どうした?」
「いや、この足跡なんだけど……」
地面にある足跡に気づいたリズがしゃがみ、その足跡を指差す。
別に冬だからって生物がいないわけじゃないから、別に足跡があってもおかしくは……うん?
「なんか……変?」
「足跡には違いないけど、形状がおかしいわね」
ロシェリとアリルの言う通り、普通の足跡の形状じゃない。まるで骨を足の形状に並べたかのような跡だ。
「そうなんだ。この足跡は肉が無い、骨だけによるものなんだよ。形状からして獣じゃないし、人にしては小さくて指の本数が違う。断言はできないけど、ゴブリンの足跡に似てるかな?」
さすがリズ、足跡を見ただけでおおよその見当までつけたか。
でもなんだって、こんな足跡があるんだ? 表皮どころか筋肉や腱すら無い、正に骨だけにならないとこんな足跡にはならないぞ。
そんなんで歩ける……はずが……。
「どうしたのジルグ、急に固まって」
「どうか……した?」
「待て待て待て待て待て。いやでも、それしか可能性が……」
「えっ、ど、どうしたのさ?」
落ち着け、落ち着け。簡単には落ち着けないけど、強引かつ無理矢理にでも気持ちを落ち着けろ。そして言うんだ、浮かんでしまったこの可能性を。
「これってアンデッド系の魔物、スケルトンが歩いた跡じゃないのか?」
浮かんだ考えを口にしたら従魔達は分かっていないから首を捻り、ロシェリ達は固まった。
「マジで?」
「状況証拠には十分だろう?」
引きつった表情のリズの問いかけにそう返す。
だって他に無いだろう、骨だけの足跡が残る理由なんて。
「ね、ねえ、これには……「完全解析」、使えない……の?」
「えっ? どうだろう……」
さすがに足跡へ使った事は無いからな。とりあえずやってみよう、「完全解析」。
スカルゴブリンの足跡
スケルトン化したゴブリンが歩いた形跡
使えたよ。人や魔物や物にばかり使っていたから、足跡にも有効だなんて全く考えなかったけど使えたよ。
スキル名に完全って付いているのは伊達じゃないってことか、恐れ入りました。
「どうだったんだい?」
「……スカルゴブリンの足跡って出た」
「えっ? それって……」
「説明にはスケルトン化したゴブリンってあった」
三人の表情が固まった。状況証拠が物的証拠になったからだ。
「とにかく、これが今回の件に関係あるかは分からないけどベイルさん達へ伝えよう。アリル、戻って報告を頼む。念のためコンゴウカンガルーも同行してくれ」
「分かった!」
返事をして駆け出すアリルに続き、鳴き声を上げたコンゴウカンガルーが飛び跳ねながらついて行く。
これで……って、もう一つ!
「あっ、それと! ゴブリンのスケルトンかもしれないってことで頼む!」
「分かってるって!」
俺の先天的スキルは表向き「入れ替え」なんだ。推測止まりにして、余計な詮索を免れておかないと。
「それにしてもゴブリンのスケルトンか。大変なことになるかもしれないね」
その通りだ。アンデッド系の魔物は死んだ時の恨みや憎しみ、無念といった感情によって生まれやすい。
ただしそれは、ある程度の知能を持つ生物に限る。
魔物の場合、人語を喋れるくらいでないとアンデッド化しない。つまり、普通のゴブリンが自然にアンデッド化することは無い。自然じゃない、たった一つの例外を除けば。
「ああ。死霊魔法を使うアンデッドがこの山中にいる可能性が高いからな」
死霊魔法はアンデッドを作り出して操る魔法で、これを使えるのはアンデッド系の上位種だけ。
自然に発生しないスカルゴブリンの足跡があるってことは、それを生み出した死霊魔法を使える魔物がいるってことになる。
「死霊魔法……使う、なら、骨とか集めてるの……納得、できる」
あっ、なるほど。そういう考えもできるか。でもちょっと効率悪くないか?
「だったらわざわざ骨とかだけ取らず、そのまま死体に死霊魔法使った方がいいんじゃないか?」
「そうだね。そうすればゾンビになって、自分で歩いてくれるからね」
「あう……」
予想がやや外れていたロシェリが、恥ずかしそうにフードを引っ張って顔を隠す。
反応はちょっと可愛く思うけど、今はそれどころじゃないから軽く慰めておいてアリルが戻って来るのを待つ。
ウィンドサーチに魔物の反応は無い。鳥か小動物がたまに引っかかって、特に何も無く範囲外へ出て行く。そんな状況をロシェリの空腹を水と干し肉で紛らわせてやりながら過ごしていると、ようやく待ち人が来た。
「お待たせ、連れて来たわ!」
戻って来たアリルとコンゴウカンガルーの後ろからベイルさん達が駆けてきた。
「遅れてすまない。それで、ゴブリンのスケルトンかもしれない足跡というのはどこだ?」
「これです」
地面を指差すとベイルさんとタバサさん、それとネルさんもそれを観察する。
「ふむ、確かに足跡にしては形状がおかしいの」
「報告通り、人の物にしては小さいし指の本数が足りないわね。ネル、あんたの目から見てどうだい」
「ゴブリンの足跡は何度も見てきたから、骨だけでも分かる。これはゴブリンに間違いないわ」
やっぱりそうか。「完全解析」で見たとはいえ、違うって言われたらどうしようかと思った。
「でもよお、スケルトンっつっても所詮はゴブリンだろ?」
「アンデッドを侮るなよ、若造。奴らには死への恐怖心や生への執着が一切無い。そんなのが集団で現れてみろ、どれだけ倒しても怯むこと無く、死を恐れることも無く次から次へ襲ってくるんだぞ」
三人組の一人の発言にベイルさんが強い口調で返す。
怖っ。アンデッド系の魔物と戦ったことが無いから想像の域を出ないけど、どれだけ倒しても恐れて逃げ出さない集団……。
怖いと同時に厄介としか思えない。遭遇したら全部倒すか逃げきるかしか、助かる術が思い浮かばない。
「そうだね。死霊魔法を使える上位種の魔物が、ゴブリン一体だけをアンデッド化するとは思えない。他にも多くいる可能性は高いね」
「だからって、そいつが関わってるとは限らねえだろ」
「だが、関わっていないとも断言できん。何せどっちも骨が絡んでいるからな」
今のところは、手がかり候補ってところかな。
関係が無かったとしても、警戒はしないといけないだろう。
「何にしても、この辺りにアンデッドがいるという確固たる証拠が無い現状じゃ、無暗に報告できん。調査はこのまま続行して、ここからはアンデッドにも警戒する。ウィンドサーチは可能な限り展開し続けて、斥候はよりいっそう周囲へ気を配ってくれ」
そういう訳で警戒を強めながら、ギルドで確認していた奇妙な死体の発見場所を確認して回る。
さすがに今日中に全部は回れなかったものの、三箇所を回ってその全てでスケルトンの化した魔物の足跡を発見。しかもゴブリンだけでなく、オークやコボルトのものもあった。
これを受けて野営の準備中にベイルさんとタバサさんが相談した結果、明日に回る残りの場所でも同様の痕跡を発見したら、死霊魔法を使う魔物が絡んでいると判断してその魔物を捜索することになった。
そうして迎えた夜。野営の準備を終えて食事を摂っている俺達の方へ、他の三パーティーの視線が集まっている。
理由? 温かい食事。
「やっぱり空間魔法があるのは羨ましいわ」
「私達の空間収納袋は容量が少ないから、調理器具を入れる余裕が無いものね」
タバサさんのパーティーが硬く焼いたパンをちぎって食べながら、アリルが作るスープを羨ましそうに見ている。
「ごめんなさい。僕に空間魔法の適性があれば……」
「お前は悪くないぞ、ジュリス。こればかりは仕方ない」
落ち込むジュリスさんを慰めるベイルさんのパーティーが、干し肉をかじりながらリズが焼いている大量のレッドウルフの肉を見ている。
おっと訂正、マウロさんだけは草や虫系の魔物を食べている従魔達を見て、どうしてあんな食事であれだけの筋肉をって呟いている。だからってそこに生えている草を、食べるべきかどうか悩ましい表情で見ないでほしい。
「ちっ。見せびらかしやがって」
「おい愚図! もっとマシな飯を出せ!」
「ぞう言われでも、あの予算じゃごれが精一杯で」
「値切るなり同じので安いのを探すなりすればいいだろ、ちょっとは考えろよ!」
ドロンさんを野次る三人組の視線は、俺が炊いている米に向いている。
そしてこの三パーティーと同じくらい、保存食の塩漬け野菜を切り終えたロシェリの視線が俺達の料理に向いている。はいはい、もうすぐできるから待ってろって。
やがて食事が始まると、ロシェリの食べる量を目の当たりにした彼らの目は点になった。
「最近はああいう、初めてロシェリさんの食事風景を目の当たりにした人の反応を見るのが、少し楽しいよ」
俺達も最初の頃の反応はああだったんだと思うぞ、リズ。
ただ、この後で山盛りの肉を数回おかわりするのに驚く様子は、俺も見ていて少し楽しかった。
そんな感じで食事と後片付けを済ませ、食休みを兼ねて夜の見張りについて話す。
「見張りはパーティー内で順番を決め、各パーティーから一名ずつは起きているようにしよう」
睡眠中の安全を考えれば当然の提案だけど、これにあの三人組がパーティー毎でいいだろうと反発。だけどベイルさんから見張り中に他所を出し抜こうとしたり、他のパーティーを襲ったりするのを防ぐために当然のことだと睨まれながら言われ、渋々引いた。
それからしばらく経ち、氷石のタグのお陰で寒さに震えることなく睡眠を取っていた俺はリズに起こされて見張りを交代し、焚き火の傍に腰を下ろす。
「でも、どうしてゾンビとかにできる肉体は放置してるのかしらね」
「知能を持っている以上、何かしらの理由があるのだろうが皆目見当がつかん」
見張りの時間が被ったキキョウさんとストラさんが焚き火を囲みながら、存在が浮き彫りになってきたアンデッドについて話している。
死霊魔法を使えることから上位種なのは確実で、元が魔物だとしても相応の知能を持っているから下手をすればビーストレントやブラストレックスよりも厄介かもしれない。あいつらは決して知能が無い訳じゃないけど、言葉を喋れるほどの知能は無かった。
力強いとか素早いとか身体的な強さも厄介だけど、知恵者は別の意味で厄介だろう。
「あ、あど……」
「どうかしたのドロン君」
「今日は、オデの仲間が、ずいまぜん」
一緒に見張りをしている最後の一人、ドロンさんが謝りながら頭を下げる。
確かに不快だった。移動中もタバサさん以外の女性陣へしつこく声を掛けてたし、自分達から無理矢理参加したくせに真剣に調査をしていなかった。でも別に、ドロンさんが謝る必要は無い。
「別に謝る必要は無いわよ。冒険者をやっていると、ああいう輩には少なからず遭遇しますから」
「左様。いちいち気にしていてはキリが無い」
「で、でも……」
「本人達がいいって言ってるんだから、それでいいだろ。うちの仲間達も従魔達のお陰で、そんなに迷惑掛けられてないし」
あいつらがロシェリ達へ声を掛けようとしたら、必ず従魔の誰かが割って入って相手を睨んでいた。
そういう所では空気を読んでくれるから助かる。今も寝ている三人を守るように、囲んで眠っているし。
「わがり……まじだ」
「ところで、貴殿は何故あのような輩と共にいるのだ? あまり良い扱いをされていないようだが」
キキョウさんの突っ込んだ質問に、ドロンさんが後ろへ視線を向ける。
視線の先には準備する時間はあったのに碌な防寒対策をせず、寒い寒いと文句を言いながら寝ている三人組。
見張りもドロンさん一人に押し付けようとしていて、さすがにそれは看過できずベイルさんが口を挟んでなんとかしたものの、眠そうな様子からして結構長い時間見張りをやらされているな。
「安心して。三人とも寝てるみたいだし、私達は口外しないから」
ストラさんに合わせて俺とキキョウさんが頷くと、少し躊躇しながらも教えてくれた。
ドロンさんは三人組と同じ村出身で、両親と兄は村を守る衛士として活躍している。
村を襲ったオークの群れも退けたというのだから、結構な強さなんだろう。
ところがドロンさんは力こそ強いものの、気が弱くて怖がりだった。
仮令弱い魔物でも怖くて攻撃できず、怯えて盾に隠れるようにして身を守ることしかできずにいた。そんな不甲斐ない様子を見かねた両親から、家を出て一人前の戦士になるまで帰って来るなと言われた。
具体的な一人前の戦士の基準として、Cランク冒険者を条件にされたためドロンさんは冒険者に。
戦闘が怖かったため土木作業や畑仕事の手伝いや運搬といった仕事をこなしながら、少ない金で細々と生活していたところへ、あの三人組が接触。そんなので一人前の戦士になれるかよと言われて自分達と組むのを強要され、気弱なドロンさんは断れずに承諾した。
三人の手引きで討伐依頼を受けるようになってFランクに上がったものの、直接魔物を倒していないからと分け前は少なくされ、せめてこれくらいは貢献しろと荷物運びや見張りといった雑用全てや壁役を押し付けられる日々。
辛くはあっても他に気弱な彼をパーティーへ入れようとする冒険者はおらず、抜けたいと言えばどんな目に遭うか分からないため、致し方なく行動を共にし続けているとのことだ。
「そういうことなのね」
「ご両親からの言いつけは家族内の問題で、自分の意思で彼らと共にいるのだから、拙者達はどちらに関しても口出しできん。だが、分け前を平等にしないのは許せん」
腕を組んだキキョウさんが怒るのも分かる。雑用を押し付けた挙句、分け前は少なくしているんだから。
「でも……。オデ、役立たずだがら……。魔物、倒じてないじ」
「そのような事は無い。雑用や見張りをしているのだろう? それは立派に役に立っているではないか」
「そうね。荷物を運ばないと活動に支障が出るし、素材や討伐証明を持ち帰れないもの」
「見張りがいないと夜に落ち着いて寝れないしな」
「加えて、その盾で魔物の攻撃を防いでいたのだろう? 討伐はしていなくとも、貴殿は討伐への貢献はしていたということだ」
目だった活躍こそしていないけど、縁の下の力持ちとしてパーティーを支えていた。
ドロンさんがいたからこそ、パーティーは依頼を成功させていたとも言える。
だから、報酬の分け前に文句を言う権利もあるってことだ。
「でも、言っだら何ざれるが……」
むう……。当の本人がこれじゃ、外部の俺達が何を言っても状況は良くならないな。仮にギルドへ訴えたとしても、結局は本人達への聞き取りで証言が取れなければギルドも動けないし。
視線が合ったストラさんとキキョウさんも、これは難しいと首を横に振る。
話を聞いた以上、お人好しとしてはなんとかしてやりたいけど難しいな。
「まあいいわ。とにかく、明日からまた頑張りましょう」
そう締めたストラさんだけど、この後でロシェリ達との関係を根掘り葉掘り聞かれた。しかも途中からキキョウさんまで加わって。ドロンさん、目を逸らしてないで助けて。




