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入れ替えスキルでスキルカスタム  作者: 斗樹 稼多利
50/116

逃走の白馬


 場所、アトロシアス家の広間。

 右側。俺は渡さないとばかりに密着するロシェリ。

 左側。犬人族とのハーフエルフなのに、まるで猫のようにノワール伯父さんを威嚇するアリル。

 原因。仕事から戻って来ていたノワール伯父さんからの、俺に会ってもらいたい女の子がいる発言。

 以上、状況確認終了。


「伯父さん、詳しく説明を頼む」

「ああ、悪い悪い。お嬢さん達に勘違いをさせたようだな」


 謝罪をしてからの説明によると、見合いをしろだのそういうことではなくて、ダイノレックスの被害に遭った集落出身の少女に会ってほしいそうだ。


「構わないけど、どうして?」

「実はなかなかに複雑な子でね。お館様も対応に困っていたんだ」


 聞けばその集落というのは馬人族の集落で、件の子は訳あって生まれながらに処分されそうになった。

 それを止めて引き取った祖父母の手で育てられたものの、ダイノレックスの襲撃で祖父母が死去したことで避難所の部屋に引きこもっているそうだ。


「馬人族か。元実家の護衛に一人いたけど、男も女も一様に逞しい種族だよな」


 馬人族は馬の耳と尻尾、そして足に蹄のある種族だ。

 魔法に関する素質があまり無く、有っても自己強化しか適性のない種族だけど、男女問わず大柄で逞しくて強靭な肉体をしている。

 元実家にいた馬人族の護衛は、そうした肉体を持っていることが馬人族の誇りだって言っていた。


「その通りだ。ところが件の少女は数万人に一人の割合で生まれる、白毛の馬人族なんだ」

「白毛の馬人族?」


 ノワール伯父さんによると、白毛の馬人族は普通なら黒か茶色の体毛が全て白い。そして白毛で生まれると、馬人族にとって迫害の対象になる。

 理由は馬人族が最も誇るべき逞しさも肉体的な強さも得られず、どんなに頑張って鍛えても非力で鈍足で体も小柄なままだからそうだ。


「むぅ……」


 似たような理由で虐められていたロシェリが、不機嫌そうな声を漏らす。


「その代わり魔法の素質を必ず持っている上に、適性のある魔法が多い」

「えっ? それなのに迫害対象?」


 魔法に秀でているのなら、十分に非力を補ってくれるじゃないか。

 おまけに適性が多いってことは、色々な魔法を覚えて生活の役に立つだろう。

 戦闘でも通常の馬人族が前衛に立ち、後方には白毛を置いて多彩な魔法で攻めるって手が使えるのに。


「馬人族にとっては肉体の強さこそが全てなんだ。魔法がどれだけ使えるかなど、彼らにとってはどうでもいいことでしかない。馬人族は肉体に恵まれた種族であって、それを得られない白毛は馬人族の恥さらしとされてしまう」


 えぇぇぇ。いくら誇りだからって、それは違うだろう。


「何よそれ! ちょっと見た目が違って自分達に有るものが無いだけなのに、それだけで何も認めずに迫害するなんておかしいじゃない! ちょっと違うだけなのが、そんなに悪い事なの!」


 今度はアリルが怒ったか。

 怒りたい気持ちは分かるぞ。アリルはタブーエルフになったってだけで、住んでいた集落を追い出されたんだもんな。

 白毛で馬人族らしい体格をしていないってだけで否定して、魔法っていう他の才覚を認めず迫害するのが許せないんだろう。正直、俺もそんな考え方は理解できないし理解したくない。


「断っておくが、全ての馬人族がそういう考えというわけじゃない。だが彼女が生まれた集落では、祖父母以外に理解者がいなかった。生き延びていた両親でさえ、あの子は呪われ子だと言っているほどだ」


 もしもその両親が目の前にいたら、躊躇無くスキルを入れ替えていたな。

 どんな理由があるにしろ、自分の子を呪われ子だなんて言うのは親じゃない。

 まだ白毛の馬人族の子とは会っていないけど、こんな話を聞いたら手助けしたくなるのが俺というお人好しだ。

 両隣にいる二人も、自分と共通している点に共感してか、すっかりその気になっているのが窺える。


「そういう訳で、彼女と会ってくれないか? 最低でも馬人族が多くいるあの避難所から、別の場所へ移してやりたいんだ」


 彼女は今、ガルアに用意した被害者用の避難所で部屋に引きこもっている。

 食事もあまり摂っておらず、日に日に弱る様子にゼインさんも困っているそうだ。

 せめて部屋を変えてあげようと外へ出ることを促しても、途端に外に出るは嫌だと首を激しく横に振って震える始末。嫌がっているのを無理矢理連れ出す訳にもいかず、今でも変わらず引きこもり続けている。

 帰ってくる前にも寄ったそうだが、彼女の従魔のビルドコアラが励ますように鳴いていても、相変わらず何の反応もしなかったとのことだ。


「というかその子、従魔がいるんですか」

「しかもまた……」

「筋肉……」


 筋肉従魔増殖の可能性に、ロシェリとアリルはうんざりしている。

 いやいや、仲間になってもらうために会いに行くんじゃないからな。俺達の役割は、その子を部屋から連れ出すことだぞ。


「と、とにかく話は分かったから明日にでも会ってみるよ」

「そうか、助かるよ。その子はしばらくうちで預かってもいいから、どうにかあそこから出してやってくれ」


 どれだけやれるかは分からないけど、やるだけのことはやってみよう。

 結局の所、最後は彼女自身の問題だから。

 俺達にできるのは、切っ掛けになれるかどうかってだけだ。


「ところで、その子の名前は?」

「リズメルだ。年は君の一つ上の十六歳。明日はリアンに案内をさせるから、よろしく頼むよ」

「やるだけのことは、やってみるよ」


 何がどこまでできるかは分からないけどな。




 ****




 翌日。従魔達は留守番させ、道中でギルドに寄って前日に預けた魔物の買い取り金と肉を受け取った後、リアン従姉さんの案内で避難所へ向かう。

 そこにはダイノレックスの群れに襲われた村と集落の住人達が、臨時の生活拠点として暮らしている。

 元はガルア所属の騎士団の旧宿舎ということもあり、生活には問題が無いそうだ。


「で、問題のリズメルさんは?」

「同い年なので私も何度か会いに行きましたが、芳しくありません。どう声を掛けても、反応が無くて」


 アリルからの問い掛けにそう返したリアン従姉さんは、どうしたものかと溜め息を吐く。

 集落の住人達が同じ避難所にいるから、リズメルさんを良くない目で見たり心無い言葉を掛けたりする連中も多い。それが部屋の外を怖がって、部屋から出たがらない理由なんだろう。

 おまけに一部からは、呪われ子のあいつがいるから今回の被害が起きたと噂されているらしい。言いがかりにもほどがある。


「そういうわけで、今日はよろしくお願いします。お姉ちゃんは期待していますよ」

「やるだけのことはやるよ、リアン従姉さん」


 あえてリアン従姉さんの部分だけ強めに言うと、まだお姉ちゃんって呼んでくれないって落ち込んだ。

 だから恥ずかしくて言えるかっての!

 そうして到着した避難所には、種族を問わず多くの人達が共同生活を送っていた。

 水を分け合い、支給品らしき食料を配り合い、若者や男達は臨時の日雇い仕事を求めて職員の下に集まり、冒険者風の装いの人は子供達へ肉を取ってくると言っている。


「見ての通り、住んでいた村や集落が復興するか、こっちでの生活基盤を築くまでここで生活しています。予算の範囲内で物資を支援をしつつ、彼らが生活するための仕事の斡旋支援もしているんです」


 斡旋支援は仕事をさせて金を稼がせることで、物資の支援に依存させるのを避けるのと、今後の生活資金を稼がせるためにやっているのだと教えてくれた。


「それとあまり大きな声で言えませんが、人手不足が問題になっている職業への一時的な解決策としても利用しているんです」


 そりゃ大きな声で言えないな。

 さらにこのままガルアへ定住するのなら、そのままその仕事に就いて人手不足を解消してくれれば御の字だとゼインさんは考えているらしい。定住しないならしないで、故郷を自らの手で復興させたい人を募集し、復興作業の人員として働いてもらう計画もあるとのことだ。

 なんだかんだで、あの人も領主で貴族の当主なんだなって実感するしたたかさを持っているようだ。

 そんな事を思いつつ中へ入って廊下を歩いていると、正面から馬人族の若い男が二人やって来た。


「よう姉ちゃん。今日も来たのか」

「あんな呪われ女なんか、もう放っておけよ。それより俺達と狩りでも行こうぜ」

「他人を呪われだとか言う方と、一緒に行動したくありません」


 バッサリ切り捨てたなあ、リアン従姉さん。まあ俺も同じように声を掛けられたら、似たような事を返すけど。


「呪われてんのは本当だろ。あんな白い毛並み、気持ち悪くて近づけねぇよ」

「そもそも俺達の集落が襲われたのは、あいつがいたからだって」

「はあ、やだやだ。やっぱあんな奴、生まれた時に処分しておけば良かったんだよ」

「それをあの爺と婆が余計なことしやがって。あいつらと一緒に、あの呪われ女も死んどけば良かったんだ」


 ロシェリとアリルとリアン従姉さんの刺すような視線に気づかず勝手な事を言っている二人組に、周囲にいる馬人族達もそうだそうだと同意しながら頷き、リズメルさんと彼女を育てていた祖父母を批判している。

 俺? 睨みつけながら「完全解析」と「入れ替え」でスキルをごちゃ混ぜ中。ついでに「算術」と「速読」をLV1分ずつと「暗記」のLV2分を使って、「自己強化魔法」と「斧術」と「槍術」、ついでに新しく「強打」をLV1分ずつ貰っておいた。

 これで「自己強化魔法」がLV11に達して、「槍術」が「飛槍術」へ進化したように「自己強越化魔法じこきょうえつかまほう」LV1に進化した。どんな魔法なのかは「飛槍術」の時のように感覚的に理解したし、新しく覚えた魔法も何か分かる。でも、後で「完全解析」を使って確認しておこう。


「行きましょう、皆さん」

「ああ」

「そうね」

「うん……」


 これ以上は不快なだけだから、そそくさとその場を後にする。

 後ろにいる馬人族達からは舌打ちが聞こえたけど、無視してリズメルさんの部屋を目指す。


「こちらです。ああ、また!」


 連れて来られた部屋の扉には汚い字で、「出て行け」「呪われ子」「死んで詫びろ」と書かれた紙が貼られている。

 怒りながらそれを剥がすリアン従姉さん曰く、来る度に貼られているらしい。

 しかも酷い時には、扉に直接書かれているようだ。


「まったくもう! 集落が襲われた責任をあの子のせいにして、どうするっていうんですか!」


 奪い取るように剥がした紙をまとめて丸め、近くのゴミ箱へ叩き込む。

 その程度でリアン従姉さんの怒りは治まらず、表情には苛立ちが残っている。


「ちょっと待ってくださいね」


 入室前に怒りを抑えるため、ゆっくりと深呼吸を数回繰り返す。

 やがて幾分か表情がマシになったところで、ようやく入室の運びとなった。


「リズメルさん。私です、リアンです」


 数回ノックして呼びかけるが反応は無い。部屋から出てないって話だから、中にいるはずなのに。

 こっちから扉を開けようとノブへ手を伸ばそうとすると、リアン従姉さんがそれを制する。


「少し待てば開きますから、大丈夫ですよ」


 返事が無いだけで、反応はしてくれるってことか?

 すると中から鍵の開く音がして、ゆっくりと扉が開いた。

 一体どんな外見なのかと思っていると、姿を現したのは件のリズメルさんじゃなかった。ビルドコアラだ、前に遭遇したのより一回り小さいけどビルドコアラだ。

 従魔としてこいつがいるのは知ったいた。でもこいつが先に姿を現すのは予想外で、一瞬だけ戸惑った。


「いつもすみません。リズメルさんは中に?」


 毎回こうなのか、自然な感じでビルドコアラへ話しかけている。

 ビルドコアラは頷いて応えると、俺達の方へ目を向けた。


「大丈夫です。彼らは私の身内とその仲間です。それに、リズメルさんは何も言っていなかったでしょう?」


 うん? 何も言っていなかったって、どういう意味だ?

 ちょっと疑問に思いつつも、再度頷いたビルドコアラが中へ通してくれたから入室。

 元が騎士団の宿舎とあってさほど広くなく、一つしかない部屋の隅にリズメルさんと思われる人が膝を抱えて座っていた。

 聞いていた通り、髪の毛も耳に生えている毛も尻尾も全てが白い。だけど腰辺りまでありそうな髪は何日も手入れをしていないのかボサボサで、耳と尻尾の毛並みも悪い。いくつもの修繕の跡が見れる古い上着と半ズボンに包まれている体は馬人族とは思えないほど細く、目は虚ろで顔色も良くない。

 正直、見た目からしてもうだいぶ参っているのが窺える。

 一応「完全解析」を使ってみよう。




 リズメル 女 16歳 馬人族


 職業:農家兼狩人


 状態:軽度衰弱


 従魔:ビルドコアラ


 体力204 魔力847 俊敏133 知力506

 器用548 筋力118 耐久295 耐性357

 抵抗592 運379


 先天的スキル

 悪意予知LV3


 後天的スキル

 農耕LV3 精神的苦痛耐性LV3 土魔法LV3

 水魔法LV2 植物魔法LV2 料理LV2 罠設置LV1

 穴掘りLV1 解体LV1 採取LV1


 閲覧可能情報

 身体情報 適性魔法




 軽度衰弱か。早めになんとかしないと、本当に危ないかもしれない。

 それとさっきリアン従姉さんが言っていた、何も言っていなかったってのは「悪意予知」のことか?

 名前からして、悪意を察知するっぽいけど。




 悪意予知:自身へ迫る悪意を予知する




 あっ、やっぱりか。

 つまり何も言っていなかったっていうのは、俺達に悪意が無いって意味だったのか。

 でもこれって、外に出ようとしたら馬人族達から悪意を向けられるって分かるってことだよな。そりゃあ外に出れないのも仕方ないか。


「また、来たの?」

「何度でも来ますよ。少なくとも、あなたがここから出るまでは」

「……その人達は?」

「冒険者をしている私の従弟と、その仲間達です」

「そう」


 反応薄いなぁ。ちょっとだけ上げた顔を下げて、それ以降は黙ってしまった。

 何度かリアン従姉さんが声を掛けても、彼女の従魔のビルドコアラが話しかけるように鳴き声を上げても、俺達が軽く挨拶と自己紹介をしても、一切の反応が無い。

 肘で軽く小突くアリルから、どうするのよと小声で尋ねられ、どう第一接触を果たすべきか考えているとロシェリが前に進み出た。

 チラリと見ただけのリズメルさんの右隣にしゃがみ込み、おそるおそるといった感じで話しかける。


「話、聞いた……よ」

「……」

「私も、孤児院でね、虐められてた、の」


 おっ、ピクリとだけど反応した。


「直接は、何もされなかった。でも……酷いこと言われたり、馬鹿にされたり、ご飯無しにされたり……した」


 お~いロシェリさんや、言ってる自分も落ち込んでいってるぞ。

 見知らぬ相手に自分から話しかけるのには成長が見れるけど、自分にもダメージ浴びてるぞ。


「私は、あなたが、羨ましい……」

「なんでさ……」

「味方が、いたんでしょ? 私には、誰もいなかった。大人も、全員……私を虐めてた……」

「もう……いないもん」

「いただけ、マシ。私は、最初から、誰も……いなかった」


 なるほど、言われてみれば育ててくれた祖父母がいただけ、リズメルさんはロシェリよりマシなんだな。

 その後も辛い体験談を語るロシェリだけど、なんか徐々に声から感情が無くなってきている気がする。おまけに闇属性っぽい魔力が漏れてるぞ。


「本当に、辛いんだよ。誰も頼れない、何を頼ったらいいか、分からない。どうすればいいのか……分からなくなって、何もできなくなるの」

「……確かに。僕の方がマシ」


 おっと、反応有りか。というか一人称が僕なのか、リズメルさん。

 さて、ここからどうなる?


「でも、これからは僕も同じ。もう味方は、誰もいなくなった」


 駄目か……。また俯いてしまった。

 すると今度はアリルがちょっと苛立った表情で歩み寄って行き、正面から両肩を掴んで無理矢理顔を上げさせた。


「ちょっとあんた! さっきから聞いていれば、何勝手なこと言ってるのよ!」

「な、何さ……」

「味方は誰もいなくなったですって? 違うでしょ! あんたが新しい味方になろうとしてる人を、拒絶してるだけでしょ!」


 目を逸らすリズメルさんに顔を近づけ、さらに詰め寄るアリルの剣幕が凄い。

 言っていることは分かる。心配して様子を見に来ているゼインさんやリアン従姉さんを拒絶して、味方になろうとして伸ばされた手を自分から振り払っているんだと。


「だ、だって……」

「分かるわよ。周りの全部が怖くて敵に見えて、全く信用できないって! 私だってエルフの禁忌を犯してこの姿になって集落から追い出された時、そうなりかけたわよ! でもね、この二人のお陰で救われたの! ちょっと勇気を出して差し出された手を掴んで、暗闇の中から引っ張り出してもらったの! あんたは同じ事を拒絶して、暗闇の中に引きこもっているだけ! あんたはそうやって、暗闇の中で一生を終えるつもりなの?」


 迫力に押されたリズメルさんが、キョドキョドと変な挙動をする。

 あの時、そんな風に思ってくれていたのか。ロシェリもうんうんと頷いているから、同じような気持ちを抱いているんだろう。そうと分かるとちょっと気恥ずかしいけど、手を伸ばした甲斐があるって思えてむず痒い。

 そんな事を思っている間にアリルはリズメルさんの両肩から手を離し、腕を組んでの仁王立ちで再度リズメルさんへ告げる。


「私が求めている答えは、暗闇の中で一人ぼっちのまま終わるのか、誰かを信じてみてその人と光の差す場所に出るのかだけ! さあ、どっち!」


 攻めるなアリルは。リズメルさんがキョドキョドを通り越してオロオロして、返答も反論もできずにいるぞ。

 さすがにこんな展開は予想していなかったからか、リアン従姉さんとビルドコアラも戸惑っている。

 少し場を収めるために、俺も口を挟んでおこう。

 歩み寄って空いている左側へしゃがみ込み、できるだけ優しい口調で話しかける。


「言っておくけど、君がこのままここで閉じ籠るのを選んでも構わないよ。俺達に強制する権利は無いからな。ただ……」


 手を差し出すと目をパチクリさせ、俺へ視線を向けた。


「こんな所を抜け出して、君を悪く言う人達から逃げたいのなら俺達と外に出よう」

「え、逃げる……?」


 逃げるって言葉にキョトンとしている。

 ひょっとするとリズメルさんは、外に出るのと逃げるのを繋げていなかったのか?

 だから、頑なに外へ出ることを拒絶していたのかもしれない。外に出ることを自分を嫌う馬人族達からの、悪意に晒されるだけの行為と思って。

 だったら話は早い。逃げるという点を強調して、少しの間だけ我慢すれば悪意だらけのここから逃げられると気づかせればいい。


「そっ。別に嫌な事に立ち向かえとか、逃げるなとか言わないって。俺達だって逃げてきたんだから、嫌な家族とか虐めていた連中とか生きて帰ったのに存在を否定する連中とかからさ」


 俺の説明を聞いたリズメルさんがロシェリとアリルを見ると、二人は頷いた。


「孤児院に、戻るのも……。孤児院があって、知り合いがいる、王都にいるのも……嫌。だから……ここまで、逃げてきたの」

「私だってそうよ。集落から逃げてガルアまで来たの。別に悪い事して逃げるんじゃないんだから、堂々と逃げていいのよ。もうあんた達とは付き合いません、ってね」


 二人の言葉を聞いて表情が悩みだした。

 どんな葛藤が頭を巡っているのかは知らないけど、これはチャンスだ。

 何日か掛けるつもりだったけど、なんか上手くいきそうな感じだから流れに乗ってみよう。


「どうする? 逃げずに閉じ籠り続ける? それとも、俺達と一緒に外へ逃げ出す?」


 差し出していた手をもう少しだけ近づけ、反応を待つ。どうだ?

 俺達を何度も見渡し、後ろにいるリアン従姉さんとビルドコアラの方にも視線を向け、最後に差し出した俺の手を見た後に俺の顔をジッと見てくる。

 表情からは反応が分かり辛い。どうなんだ?


「逃げるのは……怖い」


 ありゃ、駄目だったか。


「僕一人じゃ、外が怖くて逃げられない。だから、僕を引っ張って、ここから逃がしてください!」


 引っ込めようとした手をしっかり握ったリズメルさんは、泣きそうな目で訴えてきた。

 一人じゃ怖いけど、俺達を信じてここから逃がしてもらいたいってことか。ちょっと調子が良いお願いだけど、まあこれくらいはいいか。

 一応は、自分の足で立って逃げようとはしているみただし。


「今すぐ動ける?」

「大丈夫だよ。行こう、ビーちゃん。この人達と、ここから逃げよう」


 ビーちゃん? あっ、ビルドコアラの事か。

 ゴツイ見た目の割に可愛いらしい名前をつけられてるな。というか、こいつが雄だったらその名前はどうなんだ?




 ビルドコアラ 魔物 雄


 状態:健康


 主人:リズメル


 体力632 魔力58  俊敏548 知力281

 器用294 筋力726 耐久703 耐性367

 抵抗325 運319


 スキル

 屈強LV2 拳術LV2 蹴術LV1


 閲覧可能情報

 身体情報 適性魔法




 うん、雄だった。でもビルドコアラが嫌がっている様子は無いから、スルーしておこう。

 そのビルドコアラは少し立ち直った様子の主人に嬉しそうに鳴き、部屋の隅に置かれていた僅かばかりの荷物を抱えて持ち上げる。


「ん、っと……」


 久々に動くからかリズメルさんの動きは硬い。

 立ち上がったその体はやはり細くて、胸元や尻の膨らみもあまり無い。


「じゃあ、ここから逃げるか。伯父さんはうちで預かってもいいって言っていたけど」

「大丈夫です。父上から、今日連れて来ても泊まれるように部屋は準備していると聞きました」


 対応が早くて助かる。それじゃあ、さっさと行きますか。

 部屋から出ようとすると「悪意予知」が発動したのか、俺の手を掴むリズメルさんの手が震えだす。安心させるためしっかりと握ってあげて部屋の外に出ると、廊下にいる馬人族達からの鋭い視線がリズメルさんへ突き刺さる。

 それに怯えて俯き足が止まりそうだったから、引っ張って逃がしてと言われた通り強めに手を引いて廊下を進む。


「ようやく出て行くのかよ。ったく、グズグズしやがって」

「そのままどっかで野垂れ死んどけ」

「はあ、せいせいするわ」

「帰ってくるんじゃねえぞ!」

「二度と戻ってこないでね」


 勝手な事を言っている連中のスキルを素早く適当に入れ替えつつ、痛いくらい強く握られている手を引いて足早に避難所の外へ出る。

 外に出るとリズメルさんの顔が少し上がり、避難所から離れるに連れて表情が晴れていく。


「逃げられたんだね、あそこから」

「そうですよ。しばらくは私の屋敷に泊まって、今後の事を決めていきましょう」


 さっきは反応が薄かったリアン従姉さんからの言葉にも、今はしっかりと頷いている。

 どうやらあの場所から逃げられたことで、何かが吹っ切れたのかな。


「だったらさ、その……。この人達と一緒にいたい」


 えっ、何故に。


「だって、僕と一緒に逃げてくれるんでしょ? だったら一緒にいるのが筋でしょ?」


 そうきたか。いや別に悪い事じゃない。

 俺達にとっては仲間が増えるし、従魔のビルドコアラも加われば前衛と後衛にそれぞれ厚みが増す。

 ロシェリとアリルも反対ではないのか頷いている。

 問題があるとすれば、また筋肉従魔が増えることだけか。これは二人も察しているようで、荷物を抱えたビルドコアラを見て溜め息を吐いている。


「ねえ、いいかな?」

「俺達は冒険者だ。それでもいいなら」

「僕は気にしないよ。狩人だったお祖父ちゃんと一緒に狩りや採取ならやったことがあるから、迷惑は掛けないと思うよ」


 そういえば職業の所が農家兼狩人だったし、「採取」スキルがあったけ。

 「罠設置」スキルは狩りの過程で習得したんだろうし、即戦力とは限らないけど素人じゃないのは大きい。


「だったらまずは冒険者登録だな。明日にでもギルドへ行こう」

「うん、よろしくね!」


 掴んでいた手を離して腕にしがみついてくるリズメルさんが、初めて笑顔が見せてくれた。

 髪はボサボサだし顔色も悪いままだけど、なかなかに可愛らしい笑顔だ。

 やめろアリル、さりげなく尻をつねらないでくれ。ロシェリも背中を叩かないでくれ。


「えへへ……。逃避行かぁ、へへへ……」


 おまけにリズメルさんもなんか小声で妙なこと呟いてるし。

 リアン従姉さん、ニヤニヤ見てないで助けて!


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