入れ替えてもいい輩
森を抜けた翌日の昼頃、俺達は無事にエルク村へ到着した。
村の手前にある木造の門の手前で王都を出た時と同じく、身分証のギルドカードを提示して「罪人の調」による審査を受ける。
「うん、問題無しだ。通ってよし」
「罪人の調」で何の罪も犯していないのを確認した騎士団員から許可をもらい、ギルドカードをしまう。
ついでに冒険者ギルドの場所を尋ねると、道なりにしばらく行った所にあると教えてもらえた。
「そうですか。ありがとうございます」
「ありがとう……ございます」
ギルドの場所を教えてもらったお礼を告げて門を潜ると、そこには王都以外で初めて見る町……いや村が広がっていた。
「のどか……だね」
「ああ」
王都のように人が多くなく、村の中には畑が広がっていて馬車や牛車が行き交い、休憩中の農家が知り合いと談笑し、時折子供達が笑いながら駆けていく。
畑に育った作物が実って絨毯のように広がっている光景なんかは、王都にいては絶対に見られないから壮観だ。
「……美味しそう」
実った作物を見てそういう反応をするのはロシェリだけじゃないだろうか。そう思いながら教わった通り道なりに歩き、あまり大きくない木造の冒険者ギルドへ到着した。
中に入ると数人の冒険者がいて、掲示板の前で依頼を選んでいたり卓を囲んで打ち合わせか相談をしていたりする。俺達へ視線を向けて来た奴もいるけど、こっちが余所者だからか装備が貧相だからか、すぐに視線は外れた。
特に絡まれることも無く受付へ着いた俺達は、恰幅のいい中年の女性職員へ話しかける。
「すみません。買い取りをお願いしたいんですが」
「あいよ。うん? 物はどこにあるんだい?」
俺達が荷物らしい荷物を持っていないからか、怪訝な表情で尋ねられた。
「今から出します」
買い取ってもらいたい物を取り出すために次元収納を使うと、女性職員が「ほう」と感心の声を漏らす。
「アンタ、空間魔法を使えるのかい」
次元収納へ手を突っ込んでいると、後ろから少し視線を感じた。
空間魔法の使い手は物の持ち運びと保管に便利だから、どこのパーティーでも欲しがるからだろう。さっきまで俺達に興味無かったくせに、調子のいいことだ。
「うぅ……」
視線がこっちへ向けられると他人に恐怖心を抱きやすいロシェリが不安そうな表情になり、俺の背中に寄り添って外套を握ってきた。安心しろ。ギルド内での騒ぎや乱闘はご法度だから、少なくともここじゃ何もされないって。
「まずはこの薬草なんですが」
カウンターの上に二種類の薬草と花を並べると、女性職員は胸ポケットから眼鏡を取り出してじっくり観察する。
「ふむ、これはベル草だね。こっちはノア草。空間魔法に入れていたから、さほど鮮度も落ちていないのがいいね。おや、こりゃフリカの花じゃないかい」
「珍しい物なんですか?」
「完全解析」を使えば何かは分かるけど、それが珍しいのかどうかまでは分からない。
よく似た薬にも毒にもならない花の群生に紛れて一輪だけあったそれを、「完全解析」で偶然見つけて採取したんだ。
「それほど珍しくはないけど、良く似たブルガの花の群生地に紛れていることが多いから見分けるのが難しいんだよ。よく見つけたね」
「なんとなく見ていたら、それだけ他と少し違ったので」
「ああ、なるほど。そういう見分け方をしたんだね」
頷く女性職員には悪いけど本当の事を言う訳にはいかない。「完全解析」なんて反則級の先天的スキルを使いました、なんて言ったらどうなることやら。
それにロシェリには俺の先天的スキルは「入れ替え」だって伝えている。今は「完全解析」の事も、それらを併用したスキルの入れ替えの事も伝えるつもりはまだ無い。いずれは伝えようとも思うけど、今はまだ話すつもりはない。拒絶されるのが怖いから。
「この量と質なら……全部で銅板一枚と銅貨四十一枚だね」
惜しい。もうちょっとで銀貨一枚だった。
「あと、魔物も買い取ってもらいたいんですが」
「解体はしてあるかい?」
「いいえ。それはお願いしたいんですか」
「だったらあっちに提出しな」
指差した先には解体窓口とある別の受付があった。
俺達の話が聞こえたのか、中にいる髭を生やした体格のいい男がこっちを見てくる。
「おう、坊主達。どんな魔物を狩ったんだ?」
「えっとですね」
次元収納を開いてブラウンゴートとホーンディアスを出そうとしたら、後ろの方から声が響き渡った。
「おいおい、よく見りゃ鈍くさ無駄飯女じゃねえか!」
その声にロシェリの体がビクリと跳ねた。
恐る恐る振り返るのに合わせて俺も振り返り、受付のおっさんも声のした方を覗くと俺達と近い年頃の少年三人組がいた。
「うわマジだ。王都からここまでよく来られたな、その鈍足で」
「つーか何でまだ生きてんだ。とっくに飢え死にしてるかと思ってたぜ」
心無い事を言った三人組はロシェリへ悪口を言うと、品の無い笑い声を上げた。
その振る舞いに俺達だけじゃなく、ギルドの職員も冒険者達も不快な表情で彼らを見ている。
唯一違う反応を見せているのは俺の後ろに隠れるロシェルだけで、小さく震えながら俺の背中に顔を押し付けるように俯いて外套を強く握っている。
なるほど、あいつらは孤児院時代にいた頃に虐められていた連中なんだな。
「ところで誰だよ、その男は。どっかで飯食わせてくれる奴に拾われたのか?」
「一応は女だからな、股でも開いたんじゃね」
「バカ。あんな貧相で根暗で鈍くさい上に大飯食らいになんて、よっぽどの物好きじゃねえと欲情しねえよ」
「「それもそうか!」」
再び響き渡る品の無い笑い声にイライラが募る。よくもこうまで人のことを悪く言えるもんだ。
「なあアンタ、悪い事は言わねぇからそいつと組むのは止めときな」
「そうそう。何の役にも立たねえし無駄に食費がかかるだけだぜ」
「そんな奴なんかさっさと切り捨てとけよ。有能な俺達の仲間にしてやるからさ」
蔑みの目でロシェリを見ながら俺に仲間になれと提案したあいつらは、明らかに見下した表情をこっちへ向けている。なんかムカついたから「完全解析」を使ってやった。
モブン 男 15歳 人間
職業:冒険者
状態:健康
体力407 魔力98 俊敏385 知力99 器用397
先天的スキル
衝撃緩和LV2
後天的スキル
剣術LV2 盾術LV1 逃げ足LV1
コーザ 男 15歳 人間
職業:冒険者
状態:健康
体力398 魔力89 俊敏409 知力96 器用401
先天的スキル
危機感知LV2
後天的スキル
短剣術LV2 逃げ足LV1 回避LV1
ボヘ 男 15歳 人間
職業:冒険者
状態:健康
体力404 魔力94 俊敏379 知力102 器用399
先天的スキル
体力消費軽減LV2
後天的スキル
槍術LV2 逃げ足LV1 採取LV1
いや、言うほど大したことないじゃないかこいつら。
有能って言う割に一番高い数値でも400前後と平凡だ。スキルの数とレベルは置いておくとして、能力の数値からしてこいつらは平凡な体力系。魔力と知力が得意分野の領域に入っているロシェリの方が有能だし、食欲は促すものの「魔飢」で魔法系スキルを習得しやすい点から将来性も感じられる。
それに俺自身が今更ロシェリを見捨てられない。俯いて不安そうに俺の外套を握る姿を見て、そんなことができるはずがない。なんせお人好しなんでな。
「悪いが断る。俺はこいつの味方で仲間だ」
ハッキリと断るとロシェリが驚いた様子で俺の顔を見てきて、三人組は訳が分からないという表情になった。
「おいおい、アンタまさかそんなのが好みなのか? 趣味悪いな」
「だから俺が言っただろう? あのノロマで愚図な役立たずが股を開いたんだって」
「ぎゃははははっ! あんなので欲情するなんてマジ趣味わりー!」
……こいつらの知力が100前後なのがよく分かった。単に勉強がどうこうじゃなく、頭の成長がその辺りで止まってるんだ。
「さっ、そろそろ行こうぜ」
「おうよ。なんせ俺達はこれから、キズアリって呼ばれている普通よりデカくて強いっていうホーンディアスの討伐に行くんだからな」
「テメェらはチマチマ薬草摘みでもして、精々小銭でも稼いでな。飢え死にしないようにな」
「「「ぎゃははははっ!」」」
心底ムカつく。
出て行く後ろ姿を俺だけでなく、他の冒険者やギルド職員も呆れた目で見ている。ロシェリは……隣で縋るように俺の外套をしっかり握ったままだ。
……うん、あんな奴らになら使っていいか。「完全解析」からの「入れ替え」を使い、あいつらがギルドを出るまでの間にスキルを入れ替えておく。あいつらのスキルとの入れ替えに使ったのは俺のスキルじゃなくて、ロシェリの「精神的苦痛耐性」LV4だ。そうしてスキルを入れ替えた今のロシェリがこれだ。
ロシェリ 女 15歳 人間
職業:冒険者
状態:健康
体力88 魔力593 俊敏79 知力518 器用87
先天的スキル
魔飢LV2 衝撃緩和LV1 体力消費軽減LV1
後天的スキル
光魔法LV2 氷魔法LV1 治癒魔法LV2 雷魔法LV1
整頓LV1 精神的苦痛耐性LV1 回避LV1
勝手にスキルを失わせるのはロシェリに悪いからLV1分だけ残しておいて、LV3分を「衝撃緩和」と「体力消費軽減」と「回避」のLV1分に使わせてもらった。「危機感知」は俺のウィンドサーチがあるから入れ替えず、数値の低い体力と俊敏をカバーできそうなスキルと物理的ダメージを減らすスキルにしておいた。
それとついでだから、あいつら三人の間でもスキルの入れ替えをしておいた。
モブン 男 15歳 人間
職業:冒険者
状態:健康
体力407 魔力98 俊敏385 知力99 器用397
先天的スキル
衝撃緩和LV1
後天的スキル
槍術LV2 逃げ足LV2 精神的苦痛耐性LV1
コーザ 男 15歳 人間
職業:冒険者
状態:健康
体力398 魔力89 俊敏409 知力96 器用401
先天的スキル
危機感知LV1
後天的スキル
剣術LV2 盾術LV1 採取LV1 精神的苦痛耐性LV1
ボヘ 男 15歳 人間
職業:冒険者
状態:健康
体力404 魔力94 俊敏379 知力102 器用399
先天的スキル
体力消費軽減LV1
後天的スキル
短剣術LV2 逃げ足LV1 精神的苦痛耐性LV1
それぞれの武器に関するスキルを入れ替えて、扱っていない武器のスキルを与えてやった。ああいう武器系のスキルはその武器を使っているから有効であって、それ以外の武器を使っても何の役にも立たない。つまりあいつらは扱っている武器のスキルを失ったも同然だから、戦闘にも支障が出るはず。これから魔物がいる森へ行って、それが原因であいつらが死ぬ事になったとしても、俺達が知った事か。ああいう奴らは痛い目を見た方がいい。
さてと、小さいけど仕返しとロシェリの強化は済ませたし、本来の用事を済ませるか。
「解体してもらいたい魔物なんですが、どこに置けば?」
「お、おう。そこの床に置いてくれ」
改めて魔物を渡すために一度閉じた次元収納を開き直し、受付の隣にある扉から出て来たおっさんの前にブラウンゴートとホーンディアス五体を置く。
「ふむ。状態はそう悪くないが、ブラウンゴートに比べるとホーンディアスには損傷があるな」
「最初に出会った一体が死の間際に鳴き声を上げたら、他の四体が集まって来たので慌てて応戦したものですから」
「そりゃあ、冒険者の間じゃ「怨嗟の遠吠え」って呼ばれてる習性だな。ホーンディアスが死の間際に上げる、仲間へ外敵の存在を知らせて呼び寄せる習性だ。よく無事だったな」
やっぱりスキルじゃなくて種族特有の習性だったか。次からホーンディアと戦う時はできるだけ見つからないようにして、奇襲や不意打ちで一撃必殺を狙うか鳴き声を上げられないように喉を潰しておこう。
注意点を振り返りながらおっさんがホーンディアスを観察しているのを見ていると、最後に倒した大きな個体を見て驚きだした。
「お、おい。こいつはひょっとしてキズアリじゃねえか?」
うん? それって、さっきの三人組がこれから討伐に行くって言っていたホーンディアスだよな? 普通よりデカいって言っていたけど、こいつなのか?
「そうなのかい?」
受付の女性職員も身を乗り出して尋ねてきた。さて、どうなんだ。
「通常より大きな体と角、何より額にある二つの傷。間違いない、狩人ギルドから依頼の入っていたキズアリって個体だ」
どうやら正解だったみたいだ。
しかし狩人ギルドからの依頼ってことは、結構厄介な奴だったんじゃないか? 狩人だって冒険者ほどじゃないけど魔物を狩れることは狩れるし。
「あの、キズアリって?」
「見ての通り、額に傷があるからそう呼ばれているんだ。結構な数の狩人がこいつの被害に遭っていて、自分らじゃ手に負えないからってうちへ依頼してきたんだ」
確かにこいつは強かった。氷魔法での防壁を力任せに破るし、能力の数値も他の個体と比べて高かった。もしもロシェリと一緒じゃなかったら、ちょっと危なかったかもしれない。
「一応、確認してもらう必要があるな」
「そうだね。ちょっと誰か、狩人ギルドまで行ってきておくれ」
「じゃあ僕が」
女性職員の呼びかけで若い男性職員が飛び出して行く。
これはアレか、確認が済むまではここにいた方がいい流れか。だったら大人しく待とう。
「そんじゃ、今のうちに確認をしようか。アンタ達、ギルドカードを貸してくれるかい?」
そういえばギルドカードには、採取した物や討伐した魔物の記録が残るんだったな。確認っていうのは、本当に俺達が薬草を採って魔物を倒したのかを調べることだろう。
特にやましい事は無いから素直に差し出すと、女性職員はそれを受け取って受付に置いてある水晶へかざす。ぼんやりと光が灯るそれと薬草や魔物を交互に見ながら確認を進め、それが終わるとギルドカードを返してくれた。
「はいよ、ありがとね。確かにこの薬草とそこの魔物は、アンタ達が採取及び討伐した物で間違いないね」
そりゃそうだ。こっちは不正も何もやっていないんだから。
ついでだ、今のうちにおっさんに聞いておこう。
「ところでこのブラウンゴートとホーンディアスって、肉以外は売れますか?」
「当たり前だ。どっちも皮は防寒具になるし、ホーンディアスの角を加工した装飾品は縁起物として人気だ。ブラウンゴートの角も矢じりの素材として需要があるし、どっちの骨からも良い出汁が取れるんだ」
思ったよりも無駄が無いんだな。これは買い取り額も少し期待できそうだな。
「でもなんだって肉以外なんだ? 肉も買い取れるぞ?」
「肉は引き取って自分達で食べようと思って」
「そういうことか。どっちも美味いぞ。ブラウンゴートは焼くと硬くなるが、茹でるか蒸すか煮るかすれば柔らかくて美味い。ホーンディアスは焼いて塩だけで食うのがいいな。脂は少ないが、肉自体の旨味がしっかりあって食い応えがある」
それは本当に期待できそうだ。
一応は由緒ある侯爵家だった実家じゃ魔物の肉も高級品な事が多かったから、賄いに使っていたのもその余りでブラウンゴートとホーンディアスは食べた事が無いんだよな。
「……ごく」
話を聞いただけなのにロシェリが唾を飲んでいる。どうやらさっきまでの怯えは治まったようだ。
とかなんとか思っているうちに、さっき出て行った男性職員が狩人ギルドの関係者らしき数名の男を連れて戻って来た。うち一人は怪我をしているのか腕を吊っている。
「あの、キズアリらしきホーンディアスを倒したと聞いたのですが」
「おうよ、こいつだ。確認してくれ」
おっさんに促された男達が近寄って俺達が狩ったホーンディアスを見ると、腕を吊っている男が驚きの表情をして訛りのある口調で叫んだ。
「こいつだ! こいつがキズアリだ!」
「間違いないのですね?」
「間違いねえです! オラの腕はこいつにをやられて、息子も大怪我させられただ!」
腕を吊っている男はキズアリの被害者だったのか。しかも息子さんまで。
「こいつめ! よくも、よくも! ざまあみやがれ!」
よほど恨めしいのかキズアリの顔を蹴っている。
あっ、やめて。気持ちは分かるけど、買い取り価格落ちるから。
「まあまあ落ち着いて。しかし、今朝依頼したばかりなのにどうして」
「そこの坊主と嬢ちゃんが偶然狩ってきたんだよ」
おっちゃんが俺達を親指で差すと、腕を吊った男が駆け寄って俺の手を握ってきた。
「あんがとな、坊ちゃん嬢ちゃん。こいつにはオラと息子だけじゃねえ、知り合いの狩人も随分やられただ」
「どう、いたしまして……」
褒められ慣れていないロシェリは照れながら返事をすると、俯いてフードを引っ張り顔を隠そうとしている。
「いえいえ、俺達はたまたま遭遇したのを倒しただけですから」
「だとしてもキズアリを倒してくれたのは事実だ、何かお礼させてくんろ。そんだ、報酬に支払うはずだった金を受け取ってくれねが?」
おっ、まさかの臨時収入か?
でも待てよ。これって冒険者ギルド的にはどうなんだ? 分からないから女性職員に聞いてみよう。
「あの、それってどうなんでしょうか?」
「ちょっと無理だね。誰も依頼を受けていなければ事後承認って形でそれは可能だけど、生憎とさっきの三人組が依頼を受けているからね」
ちくしょう、せっかくの臨時収入が。
「けれど対象が既に討伐されていると証明されたから、依頼は取り消し。依頼を受けてそれを達成した訳じゃないから報酬は依頼主に返金される。その金をどう使うかは依頼主次第さ」
お? おっ? これはまさか。
「でしたら返金されたお金は狩人ギルドからのお礼として、あなた方に差し上げましょう」
よっし! 臨時収入いただきだ。
「じゃあ手続きはこっちでしておくよ」
「解体もやっておこう。他の解体もあるから、明日の朝にでも来てくれ」
「だったら薬草の報酬もその時に渡すかね。それでいいかい?」
手持ちは銀貨二枚ぐらいあるし、一泊くらいならこれで大丈夫だろう。
「構いません」
「私も、大丈夫……です」
話が決まるとおっさんは同僚を呼んでブラウンゴートとホーンディアスを解体所へ運び、女性職員は受付業務へ戻る。俺達は狩人ギルドから改めてお礼を言われた後、宿の場所を聞いてそちらへ向かう事にした。
さほど大きい村ではないエルク村だけど、王都から商人が農作物の買い付けに来るから宿は三軒もある。そのうち二軒が商人向けのちょっと良い宿で、残り一軒が冒険者や旅人向けの安い宿。俺達が向かうのは当然、冒険者向けの安い宿だ。手持ち金は銀貨二枚と銅板一枚と銅貨二十三枚だけど、別々に部屋を借りるくらいは大丈夫だろう。足りなければギルドへ戻って薬草の買い取り金だけでも貰えばいいし。そう思っていたんだけど……。
「えっ? 一部屋しか空いてない?」
「ちょっと時期が悪かったな」
宿の大将が言うには、今は農作物の収穫期で王都からだけではなく他所の町や村からも商人が来ていて、他二軒の宿だけでなくこっちにも商人が流れて来ているらしい。
収穫期には大抵こうなるらしく、部屋が取れなかった冒険者や旅人や商人の護衛が空き地なり広場なりで野営するのも珍しくないとのこと。
「そう考えると、まだ一部屋空いてるから坊主達は運がいいぜ。どうする? 一応二人部屋なんだが」
どうするって言われてもな。いくら仲間になったとはいえまだ出会って二日だし、さすがに同部屋は不味いだろう。ここは部屋をロシェリに譲って俺は野営するかな。
「私は……その……いいよ」
うん? 何が?
「同じ部屋に……しよ?」
なんですと?
ちょっと待てロシェリ、どうしてそういう結論に至ったんだ?
「坊主。嬢ちゃんからこう言ってくれてるんだし、そうしとけって」
オイコラ大将。なんでニヤニヤしながら同室促してんだよ。
「お代は二人で一部屋だから一泊食事付きで銅板一枚。食事無しなら銅貨二十枚だ」
「ジルグ君、お金……お願い。明日の収入で……半分、返すから」
「いやいや、ちょっと待て。いいのかロシェリ、同じ部屋で」
「大丈夫。だって私達、仲間……だし」
なんで嬉しそうにしながらそう言うんだ。さっきのか? さっきの三人組の悪口にも勧誘にも乗らず、味方で仲間だって言ったからか?
確かにあいつらよりロシェリの方が信頼も信用もできるけどさ、それと同室で一晩過ごすのは違うと思うぞ。だからって断るのは信じてくれているのを裏切るような気がするし、できれば俺も慣れない野営よりも寝床で眠りたい。
……うん、何もしなければいいだけの話だよな。変な事をするつもりは無いし。
「じゃあ食事付きでお願いします」
「あいよ。これが部屋の鍵な」
結局寝床の誘惑に屈してしまった。
銅板一枚と引き換えに受け取った鍵を手に部屋に向かおうとしたら、大将がニヤつきながらこっちへ向けて言った。
「うちの宿は壁厚くないから、色々気をつけな」
余計なこと言うなコラァッ! 俺達はそんな関係じゃない!
「はうぅぅ……」
ロシェリもそんなに恥ずかしがらないでくれ、余計に誤解されるから!




