思わぬ形で頼る
辺境伯の屋敷での一件から十日ほど経った。
その間、俺達は特に大きな問題も無く冒険者活動に励んでいた。
以前に貰った助言通り、討伐だけでなく町への直接的な貢献をするため採取や町中での雑事に関する依頼も積極的に受け、一つ一つをしっかりこなしていく。
今は歩いて半日ぐらい掛かる村に住む両親へ手紙を届け、返事を貰ってきてほしいという依頼の帰り道の最中だ。手紙は昨日無事に届け、村で一泊してから返事の手紙を受け取ってガルアへの帰路へついた。
ガルアへ帰還後、依頼主に返事の手紙を届けて依頼完了のサインを貰ったらギルドへ直行。依頼達成の報告と一緒に、道中で狩った魔物を提出する。
「いつもながら、よくこれだけの魔物を狩るわね。従魔の餌にするとはいえ、大変でしょう?」
受付嬢のちょっと年を重ねたお姉さんが、世間話をするように話しかけてくる。
どうやら俺達が魔物を持ち込み、毎回その肉を全て持って行くのは従魔達の餌にするためだと思っているようだ。
否定して本当の事を話しても、信じてもらえないだろう。なにせロシェリの見た目は食が細そうな痩せ型で、大量の肉を消費するなんて思えないからな。
「はい。これが依頼の報酬と討伐報酬ね。魔物はいつも通り、解体所に持って行きなさいよ」
肉のためなら勿論です。と、ロシェリが何度も頷いて訴える。
はいはい、さっさと提出しに行こうか。
報酬と買い取り金の詰まった袋を次元収納へ入れたら、そのまま解体所へ向かう。すっかり顔馴染みになった解体所の所長と、ガルアへ来る時に同じ馬車に乗っていた猫人族の男に挨拶し、今回の分を提出。
往路の分は出向いた村のギルドで処理してもらったから、復路の分だけだ。とはいえ、結構な量がある。
「よくもまあ、毎回こんなに持ってくるな。まっ、お陰で儲けさせてもらっているからいいけどな」
そう言って所長は、いつも通り明日取りに来いと言って仕事へ戻っていく。
俺達もメガトンアルマジロ用に虫系の魔物の残骸を受け取ったら、後は任せてさっさと退散。仕事の邪魔をしてへそを曲げられたら、肉をこっそり減らされかねないからな。
また明日来るのはこれで決まりとして、今日はその足でバロンさんの工房へ向かう。
特に武器や防具が破損したという訳じゃなく、点検をしてもらうためだ。日頃の手入れはしているとはいえ、やっぱり職人の点検は欠かせない。
不機嫌な表情で出迎えたバロンさんに点検を頼み、見てもらっている間に孫のペッソ君が小声で不機嫌な理由を教えてくれた。
「じーちゃん、昨日酒友達のドワーフと飲み比べして負けたんだよ」
ペッソ君曰く、負けたら酒代は全部持ちらしい。そりゃ不機嫌にもなるな。
ただ、仕事はちゃんとやるから安心しろとも言われた。
「どんだけ飲むかは知らないけど、バロンさんぐらいの職人なら酒代くらい余裕で払えるだろ?」
「お金は大丈夫だぞ。単に負けたのが悔しいんだよ」
そっちで不機嫌なんかい。
まあドワーフは鍛冶だけでなく酒飲みでも有名だから、同族相手とはいえ負けたのは悔しいのか。
「おいペッソ、余計な事を言うな」
「あはは。ごめんじーちゃん」
「ふん。おい、点検は終わったぞ。特に問題は無い、手入れもちゃんとやっているようだな」
「当然だ。自分の命を預けてるからな」
「当たり前のことを自慢気に言うんじゃねえ。手入れの腕も、俺からすればまだまだ甘い。もっと精進しろ」
そう言い残すとバロンさんは不機嫌さを隠すことなく、足音を立てながら引っ込んだ。
「もう、口煩いわね。職人ってのはあんなのばっかりなの?」
「まあまあ。まだ成長の余地があるって受け取っておこう」
頬を膨らませるアリルを落ち着かせ、問題無しと言われた武器と防具を次元収納へ入れ、代金をペッソ君へ支払う。
そのまま宿へ向かい、この後は部屋でゆっくり休もうと思っていた。
ところがいつも利用している宿に近づくにつれて徐々に人の数が増えていき、焦げ臭い匂いがしてきて黒い煙も見えてきた。さらに走っている人から、燃えてるのは向こうかって声が聞こえる。
「火事……?」
マッスルガゼルの背に乗っているロシェリの言う通り、どこかが火事なんだろう。
煙の量がさほどでもないからそこまで大事になっていないんだろうけど、なんとなく気になって俺達もその場へ向かった。
辿り着いた現場はいつも利用している宿だった。まだ騎士団員と冒険者で消火作業はしているものの、火はほとんど消えていて煙は白くなってきている。
半焼状態の宿の前では両手と両膝を地面に着いて俯いている大将、泣きながら座り込んで従業員に支えられる女将さん、そして騎士団員と何か話している看板娘さんがいた。
どういうことだ、これ。
「おう、坊主達。帰って来てたのか」
「ちょっと髭熊、どうしてこんな事になってるのよ」
後ろにいた髭熊のパーティーに事情を聞くと、看板娘に言い寄っていた男が相手にされない腹いせに放火をしたようだ。
宿に冒険者が残っていたから早めに気づいて消火に当たり、放火犯の行方を騎士団が追っているらしい。
「振られたからって、なんでそんな事するかな……」
「何考えてるんか、サッパリ分からないわ」
「それより……宿、どうしよっか」
目下の問題はそれだな。全焼は免れたみたいだけど、とてもこのまま営業できそうには見えない。
ここに泊まれないのなら別の宿に泊まるしかない。でも俺達の場合は従魔がいるから、どこの宿でもいいって訳にはいかない。
だからって宿無しって訳にはいかないし、別の宿を探しに行かないと。
そう思って従魔も泊まれる宿を探したものの、体の大きいメガトンアルマジロが厩舎に入れなかったり、何かと費用が掛かるからと高い金を要求されたり、厩舎の状態が悪すぎて従魔達が嫌がったり、そもそもお客がいっぱいで泊まれなかったりと、なかなか代わりの宿が見つからない。
日も暮れてきたし、早く見つけないと夜になっちゃうぞ。
「どうすんのよ。最悪、町の外で野営よ」
「ベッド……が……」
せっかく町へ戻って来たのに野営するのは嫌だな。
でも道端で寝てたら良くて騎士団のお世話、悪いと強盗とかに襲われかねない。だからって俺達だけ宿に泊まって、従魔達はその辺にって訳にもいかない。俺達には従魔の面倒を見る責任があるから、それを放棄するような事をして何かが起きたら言い訳ができないからだ。
とはいえ、宿が見つからないのなら何か手を打たないと。このまま本当に、町の外へ出て野営をしないといけなくなる。
さて、どうするか……。
「あっ」
そうだ、絶対に大丈夫そうな場所が一箇所あるじゃないか。
「どうしたの?」
「何か……あった?」
俺一人ならともかく、この二人と従魔達もいるのにわざわざ町の外へ出て野営することはないか。
あそこに抵抗が無くなった訳じゃないけど、背に腹は代えられないもんな。
「一つアテがある。そこへ行こう」
「どこよ」
「?」
「こっちの実家」
****
場所、アトロシアス家の玄関口。
従魔達、玄関の外で待機中。
正面にいる相手、シュヴァルツ祖父ちゃんと奥さん一同とユイとルウ。
そう、絶対に大丈夫そうな場所というのはアトロシアス家だ。というより、ここ以外に頼れる場所が思い浮かばない。
肉親を頼るというのはまだ抵抗があるものの、旅路でもないのに野営の日々を送るのは避けたい。主な理由はロシェリとアリルがいるから。
「という訳で、泊めてください。必要なら金は払うし、従魔達の餌はこっちで用意するし、ロシェリ用の肉も確保してあるから」
急に尋ねた理由を説明して頼んでみた。そしたら……。
「全然構わないぞ。さあ、上がった上がった」
「「ジルグお従兄様と一緒です!」」
「災難だったわね。でも良かったわ、あなた達が火事に巻き込まれなくて」
何故かメッチャ歓迎された。
従妹コンビは大喜びで腰の辺りに抱きついて来て、こうも早く頼ってくれる日が訪れるとはとシュヴァルツ祖父ちゃんが何度も頷いて、孫を泊めるのにお金を取る身内がいますかとユアンリ祖母ちゃんが両手で手を握り、他の奥さん一同はいっそこのままここに住めばと勧めてくる。
まさかこういう反応をされるとは思わなかったから、若干戸惑いつつも中へ通されて風呂へ連れて行かれた。まずは汚れを落とせってことらしい。当然だけど男女別だ。
十人ぐらい同時に入っても余裕そうな広さの風呂に一人で浸かり、心地よい温かさを堪能する。
「しかし、こうもあっさり話がついていいのかな」
余程の事でない限りはあっさり話がつくのが身内、というのは分かるんだけどなんかしっくりこない。
まあこんな気分は、身内に対する俺の心の壁が感じさせているんだろうけど。全く、我ながら難儀に育ったもんだ。
思わず溜め息を漏らしながら目を閉じ、じっくり湯に浸かる。
「まっ、いいか。慣れるいい機会だと思っておこう」
あまり難しくは考えず、今は風呂を堪能しよう。せっかくこの広さを独り占めなんだから。
そういう訳でゆっくり風呂を堪能した後、いつから待っていたのか若い女性使用人が廊下で出迎えた。客間へ案内するというので後に続き、移動の最中に従魔達は庭にある厩舎で休ませていると聞かされた。
「なんで庭に厩舎が?」
「旦那様やご隠居様が遠出する際、馬を利用するからです」
そういえば元実家にも同じ理由で厩舎があったっけ。隅っこに小さいのが。
そんなことを思い出しているうちに到着した客間は広く、三人でこの一部屋を使うのだと説明された。
宿でも同じだったから別に気にしないんだけど、この部屋は防音で多少のベッドの汚れや乱れは気にしなくていいと耳元で囁かれた件については、ちょっとその真意を女性使用人へ問い詰めたくなった。
しないぞ、考えているようなことはしないぞ……たぶん。
「ふう、良いお湯だったわね」
「わっ。お部屋……広い」
湯上りの二人を見てたぶんの気持ちが揺らぐ。落ち着け、煩悩退散だ。
あの宿の防音の関係であの日以来していないとはいえ、堪えられない理性はしていないだろう。単に俺がヘタレなだけ? ほっとけ!
どうにか煩悩を追い払ってしばらくすると、夕食だとさっきの若い女性使用人が迎えに来た。
移動中にふとロシェリ用の追加と、それ用の魔物肉を渡すのを忘れていたのを思い出して厨房に寄らせてもらい、次元収納から料理人へ魔物肉を渡して追加を頼んでおいた。
前回の事もあって了承された後、改めて食堂へ向かい夕食の運びとなった。
「ロシェリお従姉ちゃん、どこにそんなに入るんですか~」
「それでいてそんなに細い腰……羨ましい」
従妹コンビよ、それは筋肉従魔ばかり集まるのと同じくらいの、うちのパーティー内での不思議現象だ。あまり気にしないでくれ。
「ところで、伯父さんと従兄さんと従姉さんは?」
「仕事だ。ノワールは遠出中のお館様に護衛として同行、ゴーグは留守を任されている若様の傍にいて、リアンは辺境伯家の屋敷の警備担当の日なんだ」
ノワール伯父さんが帰って来るのは明々後日、ゴーグ従兄さんはゼインさんが戻るまで向こうへ泊まり込みで若様とやらを警護して、リアン従姉さんは明日の朝に帰ってくるらしい。
「しかし災難だったな。うちと辺境伯家にはその旨を通達して、厳重に警戒するよう伝えておいた。若様もすぐに騎士団へ人をやって確認すると言っていたぞ」
まだ捕まったとは聞いていないから、その対応は正解だろう。
もしも自棄を起こして余計な犯罪を起こされたら、それこそ目も当てられない。
どうか早く捕まってくれるといいな。
「それはそれとして、最近はどうなんだ?」
「前に言われたように、討伐だけじゃなくて色々な依頼を受けてるよ」
なんかいつの間にか、飯を食いながら家族と今日の出来事を喋るっていう、幼い頃にちょっと憧れていた状況になっている。
あの時の喋る相手は使用人や護衛ばかりだった上に、一緒に仕事をしていたから何をして過ごしたかなんて、話すまでもなくて雑談ばっかりしていたっけ。
初めて経験してみて思う。やっぱりいいよな、こういうのって。
「ところでジルグよ、明日も冒険者活動か?」
「いや、明日は解体を頼んだ物の買い取り金と肉を受け取ったら、ギルド裏で鍛錬予定」
「だったらちょうどいい、明日の従士隊の訓練ついでに私が見てやろう。一線を退いたとはいえ、まだまだ衰えてはいないからな」
確かにあの体つきからは、衰えなんて言葉は浮かばない。
持久力は落ちているだろうけど、その代わりに積んできた経験による巧者的な技術は豊富にありそうだ。
正直、今からちょっと楽しみになってきた。
「よろしく、祖父ちゃん」
「ふっふっふっ。どれほどのものか、楽しみにしとるぞ」
心底楽しそうにしているシュヴァルツ祖父ちゃんが、どれほどの老練の技を見せてくれるのか楽しみだ。
そう思っていた昨日の俺を、過去と現在を入れ替えて殴りに行きたくなった。入れ替えられるものならば。
「ほれほれ、どうした。もっと力を入れろ、筋肉を総動員して掛かって来い」
朝一番に冒険者ギルドへ行って用件を済ませ、アトロシアス家の裏にある訓練場で始まったシュヴァルツ祖父ちゃんとの手合わせ。どんな老練の技術を見せてくれるのかと思いきや、メッチャパワフルな戦い方をしている。
訓練用の模造品とはいえ、身の丈ぐらいの大剣を片手で軽々と振り回して次々に攻撃を繰り出してくる。しかも一撃一撃が速くて重くて鋭くて、比較するならビーストレントより少し上くらいか。
隙らしい隙も無くて、どうにか反撃しても受け止められて押し返されるか、上手く威力を流されてしまう。おまけに魔法を放ったら一閃して真っ二つに切り裂いて、その間を抜けて来るし。
こんな日が来た時に備えて知り合いに作ってもらったという、模造品のハルバートを使い慣れていないという言い訳を差し引いても、シュヴァルツ祖父ちゃんの方が実力は上だと実感する。
被害を出さないよう、強力な攻撃魔法以外はなんでも有りというからパワーライズとクイックアップ、さらに反応速度を上げる自己強化魔法アクティブアクションを使い、さらに弱めの攻撃魔法も使っている。対するシュヴァルツ祖父ちゃんは俺と全く同じ自己強化魔法を使っているだけで、攻撃魔法は全く使っていない。
剣捌きに無駄が無いとか受け流しが絶妙だとか、所々に技術的なものは垣間見えているけど全体的にパワフルで力づくで物理的だ。
「どうした、その程度か。まだ使っていないスキルがあるなら、どんどん使っていいぞ」
まだまだ余裕ってか? 一体どんな能力してんだよシュヴァルツ祖父ちゃんは!
ええい、これまで遠慮して使わなかった「完全解析」で見てやるよ!
シュヴァルツ・アトロシアス 男 68歳 人間
職業:元アトロシアス家当主 ベリアス辺境伯家臣
状態:健康
体力1749 魔力593 俊敏1276 知力575
器用964 筋力1833 耐久1681 耐性762
抵抗518 運438
先天的スキル
衰退遅延LV8
後天的スキル
剣術LV8 自己強化魔法LV8 屈強LV7 動体視力LV6
斬撃LV6 瞬動LV5 威圧LV5 肉体的疲労耐性LV5
魔斬LV5 無拍子LV4 統率LV4 指揮LV4
閲覧可能情報
身体情報 適性魔法
適性魔法:自己強化 付与
ツエー! シュヴァルツ祖父ちゃん強いよ、本当に七十間近なのか!?
ちょっと信じられないぞ、この数値は。ビーストレントすら一人で倒せそうじゃないか。
原因はあの先天的スキルか? 他の見覚えの無いスキルも含めて詳細を調べる。
衰退遅延:肉体の衰えを遅くする。寿命に影響は与えない
瞬動:一歩の移動速度と移動距離を上げる
肉体的疲労耐性:体力を消費していても疲れ辛い
魔斬:魔法を斬る技術
無拍子:行動時の予備動作が少なくて済む
やっぱりあの先天的スキルか! 「衰退遅延」があるから、衰え知らずで筋肉でパワフルで物理的なのか!
というか、このスキルはどれも欲しい。でも自分で決めたスキルを入れ替えてもいい相手の基準を、当然ながらシュヴァルツ祖父ちゃんは満たしていない。残念だけど諦めるしかない。
「どうした、気が散っているぞ」
おっと危ない! 迫る剣を回避して距離を取り、接近されないようシュヴァルツ祖父ちゃんの足元へ水魔法のバブルボムで牽制して足止め。
この隙に全速力で接近しながら「刺突」も合わせた突きを出したけど、剣の面部分を盾代わりにして受け止められ、さらに後ろへ跳んで威力も殺された。
「いい突きだ。これは「刺突」スキルを持っているな。それとこれまでの振りからして、「強振」スキルもあるだろう? ただ「強打」は無いようだな」
確かに「刺突」と「強振」は有って「強打」は無いけどさ、攻撃を見たり受けたりして分かるものなのか?
こういう所に経験豊富な老練さを感じさせるけど、大剣を振り回す力強さと攻撃魔法を斬れる「魔斬」スキルで魔法を斬る豪快な戦い方が、老練さに関する印象を薄めてしまう。
その後も高度な技術を隠してしまうほどの豪快なシュヴァルツ祖父ちゃんの戦い方に押され、粘ることは粘ったものの負けてしまった。
だけど疲れさせることはできたようで、勝負がついたらシュヴァルツ祖父ちゃんは腰を叩きながら座り込んでしまった。
見学していた従士隊の人達は解散して訓練に戻り、この後で戦い方を見てもらう予定のロシェリとアリルはポカンとしている。
「寄る年波には敵わないな。このくらいで疲れるとは」
確かに今の手合せの運動量は俺の方が圧倒的に多かったけど、シュヴァルツ祖父ちゃんだって結構動いていたよな?
動きに無駄が無くて魔法を避けずに斬ることで、回避のような大きい動作を削ったからかな。
あっ、「無拍子」で予備動作が少なく済んでいるのもあるかも。
「年の割には良い動きと武器捌きと魔法の扱いだ。だが、少々目に頼りすぎているな」
「目?」
「動きから察するに、「動体視力」スキルを持っているだろう? それに頼りすぎて、相手の動作を見過ぎている。見ること自体は悪くないが、ジルグの場合は見過ぎだ。必要以上に見てしまっているから、取るべき動作が僅かに遅れているし虚の動きで余計な思考をしてしまう。悪い癖になる前に直したほうがいいな」
見過ぎ……ね。言われてみれば、そんな気がしてきた。
どちらかというと防御より回避を重視しているから、相手の動きをちゃんと見ようとしてそうなったのかも。
「それと実戦における対人戦の経験も少ないな? 武器捌きからそれが垣間見えたぞ」
実戦での対人戦は盗賊との一戦しか経験したことがない。隠さずに頷くと、やはりと呟かれた。
「Cランク冒険者になれば盗賊退治の仕事も出てくるだろう。相手なら私やノワールがするから、構わず殺す気で攻撃して慣れておけ」
「……はい」
この後もいくつかの改善点を指摘され、まだまだ自分は甘いのだと実感させられて反省会は終了。
疲れたから直接手合せはせず、二人が手合せする様子を見て指導すると言われて向い合うロシェリとアリルを祖父ちゃんに任せ、俺は一休み。
にしても……。ああああ、くそっ! まだまだ甘いのを痛感させられたぜ。
食っていくために始めた冒険者とはいえ、悔しいことは悔しい。
でもこれだけ悔しいってことは、それだけ冒険者っていう職業に真剣に取り組んでいるってことだ。そりゃなあ、大変なこともあったけど楽しいこともあったからな。
おまけにロシェリとアリルっていう、いつの間にか将来の約束まで交わした二人とも出会えた。
(スキル構成から選んだ仕事だけど、結果的に俺には合ってたのかな)
そう思いつつ、魔法で相打ちをして地面を転がって目を回してしまったロシェリとアリルに苦笑しながら、この後もシュヴァルツ祖父ちゃんの指導を受けて色々と助言を貰った。
後日、利用していた宿に放火した男が捕まり、宿屋組合と役所から出た補償金と男からの賠償金であの宿が再建を目指すという話を聞いた。
これで一安心と思いつつ依頼をこなし、今日もアトロシアス家へ戻るとノワール伯父さんが戻ってきていた。
そしてこう告げてきた。
「ジルグ。ちょっと会ってもらいたい女の子がいるんだが」
次の瞬間、ロシェリが駄目とばかりに俺をホールドして、犬人族とのハーフエルフのはずのアリルが猫のようにノワール伯父さんを威嚇した。




