入れ替えスキルへの疑惑
強めの風が吹いて小雨が降る生憎の空模様だけど、この程度で今日の予定は狂わない。
何度も深呼吸して気持ちを落ち着かせながら、雨具を纏って俺一人で道を行く。
さすがに辺境伯と会うのは遠慮するということで、ロシェリとアリルは宿に残っている。
新たな実家と判明したアトロシアス家の隣に建っている、元実家に負けず劣らずの大きさをしているベリアス辺境伯家の屋敷。
門へ近づくと、強そうな門番から声を掛けられたから名前と用件を伝えた。
「話は聞いている。案内する者を呼ぶから、悪いが少し待っていてくれ」
「分かりました」
門番の一人が早足で屋敷へ向かう。
もう一人の門番から、この悪天候なのに外で待たせて悪いと言われた。約束があるとはいえ案内を呼ぶことなく通す方が問題だろうから、気にしないでほしいと返しておいた。
そのまましばし待っていると、さっきの門番が戻って来て玄関まで案内された。
中へ入ると二人の若い女性使用人が待機していて、一方が雨具を預かってくれて、もう一方が案内を担当するようだ。
「どうぞ、こちらへ」
案内に従って移動する最中に周囲へ目を配る。
さすがはこの辺り一帯を治めている辺境伯。飾られている調度品は良い物に見えるし、清掃もしっかり行き届いている。
擦れ違う使用人達も動きが丁寧で、一礼されたら思わずこっちも会釈してしまう。
そうしているうちに目的の部屋に到着し、女性使用人のノックと呼びかけに入れという声が返ってくる。
扉を開かれて通された室内には、執務用の机に座る顎髭を生やした男、その後ろに立つ防具を纏い剣を腰に差すノワール伯父さん、そしてソファに座る眼鏡を掛けた真面目そうな猫人族の中年女性がいた。
思ったほど緊張感が立ち込めていない室内だけど、やっぱり緊張してしまう。
こういう時は俺から挨拶すべきだから、静かに息を吐いて挨拶を口にする。
「お初にお目に掛かります。私は」
「ああ、そういうのはいいよ。今日は非公式の場なんだ、堅苦しいのは止めておこう」
出鼻を挫かれた。まさか挨拶を言い切る前に中断させられるなんて。
思っていた以上に気さくなのは助かるけど、なんだかちょっと恥ずかしい。
「昨日言っただろう、ジルグ君。お館様は気さくな方だと」
「だとしても、最低限の礼儀は通すべきかと思って」
「そういうのは公式の場だけでいい。ただでさえ肩の凝る立場だというのに、非公式の場でもそうされたら堪ったものじゃない」
あの父親は、自分は名門貴族の当主なんだから礼を尽くすのは当たり前。寧ろもっと敬えって感じだったから、この人とは大違いだ。
お陰で肩に入っていた力が少し抜けた気がする。
「おっと、申し遅れたね。私がベリアス辺境伯家の当主、ゼインだ。隣にいるのは我が家の紋章官で、キャシーという」
「キャシーです。本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
この人が母さんの貴族証と、俺とアトロシアス家の関係を確認するのか。
「では早速ですが、アーシェ様の貴族証を見せてください」
「分かりました」
次元収納を開いて、そこから貴族証を取り出してキャシーさんへ見せる。
「失礼。確認するのでお借りします」
「どうぞ」
手渡された貴族証を受け取ったキャシーさんはまず表面を、次いで裏面や表面の細部までじっくり観察して確認していく。
やがて確認を終えると、一つ息を吐いて頷く。
「間違いありませんね。これはアーシェ様へ与えられた貴族証です。偽造防止用の特殊加工も確認したので、間違いありません」
そんな加工までされていたのか。キャシーさん曰く、どんな特殊加工かは口外できない上に貴族証毎に微妙に変えているらしい。
これを見抜けるようになれなければ、紋章官の資格を習得できないそうだ。というか、資格制だったのか紋章官って。
「では次に、ジルグ殿とノワール殿がアーシェ様の親族であることを確認します。お二人とも、貴族証へ魔力を」
返してもらった貴族証に先日と同じく順々に魔力を流す。貴族証が発光する度にキャシーさんは眼鏡の位置を直し、見逃すまいとじっくり観察する。
「もう結構です。お二人がアーシェ様の兄上とご子息なのは確認できました。ジルグ殿がグレイズ侯爵家の籍を外れているのは既にお館様が確認しているので、ジルグ殿がアトロシアス家の籍に入る事はなんら問題はありません。すぐに書類を作成し、王都の関係機関へ送ります」
その書類が届いて受理されれば、俺は正式にアトロシアス家の一員になる。
籍から抜かれているのは辺境伯が確認してくれたって言うし、継承権も無いから問題無く受理されるはずだ。
「頼むよ。ああ、やっぱり待ってくれ。追加でうちの跡継ぎ候補の末席に入れておいてくれるかな。念のための保険としてね」
えっ、何で? そんな話は今まで一度も出ていないんだけど?
「そうだな、その方がいいだろう。キャシー、面倒事を増やして悪いが頼む」
「承知しました。では、それ用の書類を取って参ります」
一礼したキャシーさんが部屋を出て行くのを見送ると、早速ノワール伯父さんへ尋ねてみた。
「あの、ノワール伯父さん。今の話、一度もしていないんだけど」
「それは当然だ。今、この場で判断したからな」
「理由は?」
「念のために我が家の後継者におきたいという意味もあるが、そうしておけばグレイズ侯爵家の面倒事に巻き込まれる心配が無いからだ」
どういう意味だ? ゼインさんはうんうんと頷いているから分かっているんだろうけど、俺にはさっぱり分からない。
考えても仕方ないから尋ねると、ゼインさんが教えてくれた。なんでも俺はグレイズ侯爵家の籍から外れていても、籍にいた記録が残っているという状態らしい。通常なら籍を外れればそれで終わりなのだが、そこは貴族らしい継承問題への対策がされている。何かあった時の備えとして、継承権が無くても籍を外されても籍にいたという記録だけは残しておくらしい。万が一が現実になった時、お家存続のため担ぎ出せるように。
そのため万が一にも何かの拍子にあの父親と異母兄達に何かあれば、籍に入っていたという記録が残っている俺が元実家の当主にされてしまう恐れがある。
「それを避ける方法が、他所の貴族家へ婿入りするか、別家の正式な継承権を得ることなんだ。その別家で一番あるのが、母方の実家だ」
なるほど、籍にいたという記録よりも正式な継承権が優先されるって訳か。
やっぱり一度抜けたからっていうのが理由かな? だけど……。
「でも、アトロシアス家は貴族じゃ……」
「確かに貴族じゃない。だが世襲可能な姓持ちの家臣は、仕えている貴族家の当主が継承権を認めれば貴族の継承権と同等に扱われるんだ。あくまで継承権だけだが、これでグレイズ侯爵家で継承問題が起きても法律上はアトロシアス家の継承権が優先され、君が無理矢理担ぎ出される心配は無い。交渉には来るだろうが、突っぱねても文句は出ないよ。優先権はアトロシアス家にあるからね」
さすがは現役の貴族家当主、頼りになります。
何にしても、これで俺はようやく元実家から名実ともに離れられる訳か。
そうしたら「完全解析」の名前の所も、ジルグ・アトロシアスになるのかな?
「受理されれば、後日にその旨を認めた通達が届くから、その時にはまた来てくれるかな」
「勿論です」
元実家と完全に縁が切れるのなら、何度でも来るさ。
そう思っている最中にキャシーさんが戻って来て、ぜインさんとノワール伯父さんに書類への記入を求めた。
まずはノワール伯父が記入し、次いでぜインさんが記入して印を押し、漏れが無いかをキャシーさんが確認する。
どんな複雑な事情が含まれていても、手続き自体は書類一枚で済むんだから面倒なのか楽なのかよく分からないな。
「はい。問題はありません。ではこちらも籍の変更の書類と共に、王都へお送りしますね」
「頼んだ。それと今回の被害の中間報告書が纏まったから、これも送るよう手配してくれ」
「承知しました」
報告書の束が入った茶封筒を受け取ったキャシーさんがは一礼して退室。
さてと、俺も用事が済んだからさっさと引き上げるかな。
「では、俺はこれで」
「まあまあ、そう言わずにちょっと話そうじゃないか」
ええええ、なんで? もう用件終わったじゃん。
村や集落への対応も一段落着いたとはいえ仕事はまだあるだろうし、今日は仕事が無くても休みたいだろうし、早く俺に帰ってもらいたいんじゃないの?
「何を話せばいいんでしょうか?」
「大したことじゃない。少し私の話を聞いて欲しいだけだ」
「はあ……」
拒否するよ理由が無いから了承して、ソファへ座らされた。
部屋の外で待機している使用人を呼んでお茶を用意するよう頼んだ後に聞かされたのは、話と言うよりも仕事や貴族社会への愚痴だった。
あれが面倒、これが厄介、それが嫌だ、長女が可愛い、今回の件を利用して恩を売ろうとして送られてきた他家の手紙がウザい、農村が被害に遭ったから食料自給率が低下する、被害に遭った村と集落からは税金が取れないから税収が下がる、次女が可愛い、現地の調査を頼んだ騎士団との会議が思うように進まない、酒で気分転換したいけど下戸だから飲めない、次男が反抗期、幼い頃に女性使用人の入浴を覗こうとしたら母さんに成敗された、幼い頃に若い女性使用人のスカート捲りをしたら通りかかった母さんに成敗された、三女が可愛い、王都でグレイズ侯爵家が笑いものになっている……。
なんか所々に関係無いの混じってる!? 特に最後の方! そして母さんは雇い主の息子相手に何してるのさ、ゼインさんの自業自得だけど!
「それでねジルグ君。今言ったように、王都じゃ君の父親と異母兄弟が実力不足で落ちぶれているのが笑いのネタになっているんだ。何か原因を知らないかい?」
「知……りません」
あっぶねー、危うく知ってますって言いそうだった。
「そうか。五年くらい前からそう言われだしたから、何か知っているんじゃないかと思ったんだが」
「知りません。寧ろ俺としては、あいつらの評価が下がるのをざまあみろって思いながら心の中で笑ってましたから、原因なんか気にした事がありません」
あいつらが自慢していた戦闘系のスキルを、「料理」や「速読」なんかと入れ替えながらね。
……言えない。絶対に言えない。いくらノワール伯父さんとその主人の辺境伯とはいえ、これを言えるほどまだ心は許せない。
特にゼインさんは領主で貴族の当主だ。腹の内で何を考えているか分からない以上は、スキルを入れ替えるなんて秘密は通常の十倍ぐらいの警戒心で対応すべきだ。
なにせスキルを入れ替えられれば、戦闘系のスキルだけを集めた人材や開拓に特化した人材を作ることさえできるんだから。
「それもそうか。変なことを聞いて悪かった」
引いてくれて助かった。というより、追及しても無駄だと思ってくれたのかな?
落ちぶれた原因を知りたかったみたいだけど、スキルを失ったからなんて誰が考える。
あの父親は疑って一度教会でスキルの確認をしていた。でもその時は、まだ全部入れ替えていなかったから気づかれなかった。LV1だけ残しておいて、レベルが上がったらその分だけ貰ってを繰り返していた時期だったし、教会での調べ方じゃ習得している全てのスキルは分からない。身に覚えの無いスキルが有ってもそっち方面で調べるか、先天的スキルの「解析」を持っている人に見てもらわなければ気づくことはない。
戦い一辺倒のあの父親が前者のような事する可能性は無いに等しいし、教会へ金を払って調べれば済むのに、わざわざ「解析」のスキル持ちを探して調べてもらうなんてこともしないだろう。教会と違ってより多くの情報を見れる分、教会より遥かに高い報酬を要求されるって聞くし。
「いや、実は私もあの家は気に入らなかったからいい気味だと思っているんだ。特にあそこの当主が同じ副騎士団長との模擬戦で無様な姿を晒した話を聞いた時は、平静な表情を保つのに苦労したよ」
しっかし喋る人だな。正直俺、ほとんど相槌打っているだけみたいな状態だし。
結局話は昼近くまで続いて、使用人とノワール伯父さんが止めに入った事でようやく終わった。
用件自体はあっさり済んだのに、辺境伯との会話の方が長引いて帰るのが遅れたって言ったら、ロシェリもアリルも呆れるだろうな。その事に軽く溜め息を吐きながら、風は治まったものの小雨が降りしきる中を宿へ帰って行った。
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「やはり彼は、父親と異母兄弟達の実力が下がった理由を知っているな。しかもだいぶ深く」
門番に見送られながら屋敷を出て行くジルグ君の背中を執務室から見送りながら、後ろに控えるノワールに向けて呟く。
「どうしてそう判断した?」
「少し喋るのが速くなったのと、声が僅かに上ずった。視線も外れるのが多くなったし、組んでいた手の指先も微かに動いていて落ち着きがなかった。表情は平静を装っていても、細かい所作まで隠せていなかった」
これでも一応は貴族家の当主なんだ。相手の反応から嘘か真かを見抜く、嘘破術くらいは身に着けている。
実際に「嘘破」スキルも習得している。「看破」スキルと違って喋っている相手の嘘しか見抜けないが、対面で話す相手の嘘を見抜けるだけでも十分有益だ。
「ひょっとすると、彼が何かした可能性もある」
「何故だ」
「さっきの話には出していなかったが、彼の父親と異母兄弟達の実力の酷さが増したんだよ。ジルグ君が家を出た直後にな」
私が彼の事を調べていると、五年くらいは緩やかに下がっていたグレイズ家の評判が、彼が家を出た直後にガクンと急落した。そしてそれ以降は、評判がさらに急落するような出来事は起きていない。調査内容から少し考えれば、彼が五年をかけてジワジワと何かをやって弱らせ、家を出る日になって最後の一撃を加えて崩壊させたのではと推測できる。
勿論、第三者が何かをした可能性も否めない。しかし、急落したタイミングを考えると彼が絡んでいる可能性を否定できない。
証拠が無い上に彼自身が喋らないのでは、あくまで可能性があるという域から出ないが……。
「そう考えるのは分かる。だが、何をしたというのだ。意図的に狙った相手の実力だけを下げるなんて、できるはずがない。毒を盛って体を徐々に弱らせるのとは、訳が違うぞ」
「だがグレイズ家は確実に毒に侵されたのだ。実力が低下するという、奇妙な毒にな。しかもおそらくだが、スキルに関わる毒だ」
「スキルに?」
護衛であり親友の疑問に私は頷く。
というのも、調査によると模擬戦のような実戦訓練では最低の評価を受けているのに、基礎体力に関わる訓練では上位に入っている。だからこそ周囲はグレイズ家が強さに驕り、技術的な鍛錬を怠っているからだと思い込んでいた。実際、私も調べるまではそう思い込んでいたからな。
「彼らの持つ武器の扱いに関するスキルに何かがあって、上手く武器を扱えなくなったから実力が低下したのだとしたら……」
「それこそ考えすぎだ。他人のスキルへ干渉して何かしらの影響を与えるなんて、一体どうやるというんだ」
ノワールは脳筋なところこそあるが、決して頭は悪くない。腕を組んであいつなりに考えているようだが、答えが出ないようだ。
私だってそうだったさ。どうしても気になって、スキルに関する記録と歴史を調べてみるまでは。
「強奪」
「うん?」
「譲渡、弱技、消力、封印」
「何を言っている、なんだそれは」
「どれも歴史上、一人だけしか存在しなかった先天的スキルの名称だよ」
私はそう告げ、挙げたスキルの効果を順番に説明していく。
強奪:殺した相手のスキルを一つだけ奪って自分の物にする
譲渡:スキルを自分や別の人へ移す。ただし双方の合意が必要
弱技:触れた相手のスキルを全て弱体化させる
消力:一定範囲内にいる間、相手はスキルを使えない
封印:相手の持つスキルを口にすることで、それを使えなくする
説明していくのに比例して、ノワールの表情が強張っていく。どうやら気づいたようだな。
「そう、あるんだよ。どれも歴史上一人だけだが、他人のスキルへ干渉するスキルは存在するんだ」
長い歴史の中でたった五つだが、普通ならありえないと考える他人のスキルへ干渉するスキルは、確かに存在していた。
「しかし、彼の先天的スキルは「入れ替え」だろう?」
「その通りだ。どの程度の大きさの物まで入れ替えられるかは本人のみぞ知るだが、ある考えに至った時に一瞬寒気が走ったよ」
本当にあの時は恐ろしさを感じた。もしもこの馬鹿馬鹿しくて通常ならありえない考えが本当なら、絶対に彼を敵に回したくないほどに。
「なんだ、その考えとは」
「相手と自分の、スキルの入れ替えだ」
ノワールの表情が強張った。当然だ、先に挙げた五つのスキルも現存していたら驚異的だが、名称や効果からして国が動いて何かしらの対処をするだろう。実際、先のスキルの持ち主は国の管理下に置かれたり、危険だからと殺処分されたりしたそうだ。
だが彼の「入れ替え」の効果は、二つの対象の位置を入れ替える。これだけでは役立つと思うことはあっても、危険と判断することは無い。私だってこの可能性に気づくまではそう思っていた。
「考えてみれば彼のスキルで入れ替えるのは、「二つの物」ではなく「二つの対象」だ。自分と他人のスキルを対象に選べば……」
「た、確かにそれも可能だろう。しかし「入れ替え」を使うには、対象が視界になくてはならない。目視不可能なスキルを、どうやって見るというんだ!」
そうなんだ、そこが私の仮説を証明できない問題点なんだ。
目に見えないスキルを見るためには、先天的スキルの「解析」か教会で使うような水晶が必要だ。だがスキルを見るための水晶は国と教会によって厳重な管理がされているから、手に入れるのは不可能。仮に手に入れていたとしても、あれは一人分のスキルしか表示しない。彼の「入れ替え」でスキルを入れ替えるのならば、二人分のスキルが見えなくてはならない。だからといって二つ持っているというのも、とてもじゃないが考えにくい。
「解析」スキルなら二人分を同時に見ることも可能だが、彼の先天的スキルは「入れ替え」だからこれもありえない。
どう考えても仮説としてすら成立せず、全てが空想か妄想の領域で止まってしまう。
「考えすぎだゼイン。お前の頭の良さは知っているが、考えすぎるのは悪い癖だ」
「分かっている。だがグレイズ家の急落と彼の追放がほぼ同時期なのは、間違いなく事実だ。それにさっきの反応を見るに、彼が何か知っている可能性が高いのも事実だ」
ただの偶然と考えて思考を止めるのは誰にでもできる。
しかしこの件は、決して無視できない気がする。私の先天的スキル「直感」がそう訴えている。何かが、何かが足りないんだ。だがその何かが分からない。
先の五つのスキルと「入れ替え」の唯一の共通点は、過去に記録が無い彼しか持っていないスキルという点だけ。だが同じく一人しか持っていないスキルは他にもある。アーシェの「超越」や彼の仲間のロシェリという少女の「魔飢」も、これに該当するスキルだ。
つまり一人しか記録の無いスキルの全てが、他人のスキルへ干渉する類ではないということだ。
やはりスキルの入れ替えなど、荒唐無稽な発想だったか?
「ううむ、分からん」
「いいじゃないか、別に。仮に本当にジルグがスキルの入れ替えをできるとしても、誰彼構わずやるような奴じゃない。まだ数回しか会って話していないが、伯父の俺が保証する!」
自信満々に胸を叩くノワールの言っていることは分かる。
先ほどの彼の態度と「直感」のスキルから、私も彼がそういった類の人間でないと見抜いているつもりだ。嘘破術を習得する過程で「人間観察」のスキルを習得した私の目にも、彼が見境の無い人物には見えなかった。
調査によると冒険者としてちゃんと働いているし、仕事ぶりも悪くない。しっかり鍛錬もしているし、仲間との関係も良好。いや、ノワールによると良好どころじゃないな。仲間の少女二人とは、将来の約束もしていると聞く。
ただ、その過程を聞いて実際に彼を見て一つ思ったことがある。彼は歪だと。
冷静そうでありながら上位種の魔物へ単身で突っ込み、肉親には強い警戒心と強固な心の壁を作るのに他者への警戒と壁はそれに比べて弱く、似たような境遇の仲間二人には甘い。
さすがに私は貴族の当主とあって警戒していた素振りが見えたが、これはおそらく父親の影響もあるからだろう。
最も頼れる身内を頼れず、赤の他人も簡単には頼らず、頼るのは自分自身と仲間達のみ。育った環境を考えれば内面が歪になっても仕方ないと思えるが、まだ若い彼がそんな風に生きていると分かると少しやるせないな。
「ノワール。彼とは良好な関係を築き、頼られるようになりたいものだな」
「当然だ。甥っ子と仲を良くするのは当たり前だからな!」
笑うノワールに笑みを返すが、やはり私は貴族の当主なのだな。
頭の片角で、本当にスキルの入れ替えができるのならどれだけ役に立つのか、それを明かしてもらえるほど信用してもらうにはどうすればいいのか、そんなことを考えてしまう。
そしてそのために使えそうで、彼が仲間として迎え入れてくれそうで、対応に困っている少女を思い浮かべ、悪いとは思いつつも彼女を救うのとジルグ君との関係を良くするために利用させてもらおうと決めた。
本当に、我ながら貴族とは嫌な生き物だ。




