また増えるガチでムキ
新たに手に入れた豪魔槍槌斧・ハルバードを試すため、付近の森へ魔物討伐に向かった。
最初に見つけたのはクラッシュトータスっていう、何でも噛み砕く顎を持つ全長一メートルの亀。
魔力で重みを増して槌部分で硬そうな甲羅を叩くと、あっさりと砕けた。それどころか肉体ごと地面へ叩きつけ、クラッシュトータスが吐血するほどだ。トドメに斧部分で首を刈ったら、ほとんど手応えを感じないほどスッパリと斬れた。
さらに沼地で遭遇したメタルアリゲーターを槍部分で刺すと、硬いはずの表皮をあっさり貫いた。さほど力を入れていないのに、やけにあっさりと。
その後も出会う魔物に試して行く度に、武器の性能の高さを実感する。
「予想以上に凄いな、この武器」
防御力の高い甲羅を砕き、手応えを感じさせないほどの切れ味で、つい先日まで防具に使っていた素材が採れる魔物の表皮をあっさりと貫く。
「完全解析」で凄い武器だと分かっていても、実際に使うとよりいっそう実感できる。
防具の方も動きに支障は出ていないし、一度攻撃を受けてみて全く傷が付かないほどの強度なのは確認した。勿論体も無事だ、ハードボディを使っていなくても傷一つ無い。
「これなら、よほどの魔物でない限りはどうにかできそうだ」
「調子に乗らないでよ。あくまで武器が凄いんであって、ジルグの実力が上がった訳じゃないんだからね」
分かってるよ、そんな事。
「武器頼みにならないよう、しっかり鍛えるって」
「それならいいんだけど」
「頑張……って」
おう、頑張るぜ。まずはこの武器を、もっとしっかり扱えるようにしよう。
体つきに合わせて作られた武器とはいえ、それを使いこなす技術は別の話だ。切れ味や強度や効果にばかり目が行っていたけど、前のハルバートとは使い勝手が少し違う。だからしばらくは、こいつを使いこなすための技術を身に着けないと。
「よし、次に行くぞ。アリル、他に魔物は?」
「この先に十体ぐらいの集団がいるわ。動く様子が無いから、何がいるのかちょっと見てくるわね」
茂みに身を隠しながらアリルが偵察へ向かうのを見送り、今のうちに倒した魔物をロシェリと次元収納へ入れ、武器の点検をしておく。
数が多いなら参戦したいのか、従魔達が鼻息を荒くしながら筋肉を隆起させてアピールしてくる。
ここまでの戦闘は新装備を試すため、俺ばかり戦っていたからな。そろそろ戦わせてやるか。
決して、従魔達の筋肉による暑苦しさとアピールの圧に屈した訳じゃない。
しばらくすると偵察を終えたアリルが戻って来た。でもその表情は、なんだか複雑と言うか微妙と言うかそんな感じになっている。
「何か……あった?」
何か面倒な魔物でもいたのか? いや、それだったらこんな表情はしていないか。
「まあ……見てもらった方が早いわね」
一緒に来てと案内されて少し歩いていき、茂みや木の陰に隠れながら見せられた光景は予想外のものだった。
というのも、一体の魔物を別種の魔物九体が取り囲んで袋叩きにしているからだ。
中心にいるのは体を屈めて踏ん張っている、全長一メートル半から二メートルぐらいのデカいアルマジロ。その周囲を取り囲んでいるのは全部オークだ。
「「……はっ?」」
「私も最初に見た時、そういう反応しちゃったわ」
確かにこれは反応に困るな。
見たところアルマジロ側は反撃が出来ずに防御に徹しているようだけど、身を屈めて甲羅なのか外殻なのかよく分からない部分で防いでいるから、攻撃は大して効いてなさそうだ。
でも、それに苛立ってオーク達の攻撃は苛烈になっている。
しかしあのアルマジロ、あれだけデカい図体ならちょっと暴れれば追い払えそうなのに、どうして反撃しないんだ。特に大きな怪我をしているようには見えないのに。
「どうする? あれ……」
魔物達を指差して意見を求められても、正直どうするか迷う。
こっちに気づいていないから襲撃して全部倒してもいい、オークだけ倒してアルマジロの魔物を助けてもいい、見なかったことにしてこの場を離れるのも有りだ。
でも最後の選択肢は冒険者的に勿体ないと思うし、この状況でアルマジロも一緒に攻撃するのは気が引ける。
いや、甘い考えなのは分かっているんだけど、なんかやり辛いっていうか。
「駄目……。駄目……」
うん? どうしたロシェリ。
「あんなの……駄目。助けて、あげよう?」
なんかあの光景にロシェリが同情してる。
見ようによっては虐めているように見えるから、虐められ続けたロシェリの何かに触れたんだろう。
「おね……がい」
はい、分かりました。そうしましょう。
前髪に隠れて見えないけど、上目遣いっぽい感じでそう言われたら逆らえません。これが惚れた弱みってやつか?
「アリル、攻撃はオークにだけ。アルマジロには攻撃するな」
「はいはい、分かりましたよ」
仕方ない感じでアリルも同意してくれたから、簡単に作戦を立てて行動開始。
「じゃ、いくわよ」
まずはアリルが弓矢で奇襲。「複射」スキルを使って四本の矢を同時に放つと、三体の肩や背中や腹へ命中。オーク達の注意がこっちへ向いたところで、俺と従魔達が突撃。棍棒を振り上げて迫るオーク達へ対処し、それを後衛にいるロシェリが魔法で援護。この隙にアリルは「潜伏」スキルで身を隠しながら回り込み、死角から弓矢と魔法で援護する。
ガルアへ来てから何度か戦ったことのあるオークの戦い方は、ただ力任せに棍棒を振り回したり、拳を振り下ろしたりするだけの単調なもの。数がいても連携らしい連携すら取らず、ただ力押しするだけだから対処しやすい。
今回のオーク達も例に漏れず連携を取らない力押しだから、しっかり連携を取っている俺達の敵じゃない。ようやく戦えると張り切っている従魔達の活躍もあって、苦戦することなくオークを全て倒すことが出来た。
倒したオークを次元収納へ回収していると、助けてやったアルマジロの魔物がフラフラしながらゆっくり近づいて来た。
「あら、あの子ってば逃げてなかったのね」
「大丈夫……かな? 怪我、してる……」
さっきは遠目で分からなかったけど、よく見ると少し怪我をしている。防御力が高そうな見た目とはいえ、力だけはあるオーク九体から袋叩きにされていれば無理もないか。
ただ、なんか苦しそうな表情と鳴き声をしている。鳴き声もなんか訴えているみたいに聞こえるし、ちょっと気になるから「完全解析」で調べてみるか。
メガトンアルマジロ 魔物 雄
状態:軽傷 高熱
体力682 魔力70 俊敏438 知力371
器用275 筋力746 耐久1093 耐性417
抵抗388 運258
スキル
穴掘りLV3 突進LV2 屈強LV1 硬化LV1
種族固有スキル
丸転
閲覧可能情報
身体情報 適性魔法
おいおいおい、高熱ってマジか。
いくらオークの集団に囲まれて多勢に無勢だったとはいえ、全く反撃しなかったのはこれが原因か。反撃したくとも、体調不良で反撃できなかったんだ。
だとしたら鳴き声は、助けてくれって訴えているのか?
「アリル、こいつを「色別」で見てくれ」
「どうして?」
「いいから頼む」
強めの口調で言うと、分かったわよとブツブツ言いながらメガトンアルマジロを見る。
「えっと……えっ? 苦しい、助けて、お願い。どういうこと、これ」
やっぱりこの鳴き声は、助けを求めているのか。
野生の魔物を治療するのはどうかと思うかもしれないけど、前にマッスルガゼルを助けてやったんだから今更だ。
「怪我は軽傷だ。でも高熱がある。ロシェリ、治癒魔法を頼む」
「わ、分かっ……た!」
急に役目を振られたロシェリがワタワタしながらメガトンアルマジロへ近づき、病気用の治癒魔法リカバリーを使う。
淡い光を受けたメガトンアルマジロは目を閉じ、気持ちよさそうな鳴き声を漏らす。
念のために「完全解析」で状態を見ていたら、高熱だったのが熱になって微熱になり、やがて熱の文字が消えた。
「熱、治った……よ」
うん、俺も確認した。
さらにロシェリは頼んでもいないヒールを使い、軽傷の方も治していく。そっちくらいは放っておいても大丈夫だと思うぞ。もうやっちゃったから仕方ないけど。
「傷も……治ったよ」
満足そうにそう言って、体調も怪我も治って上機嫌に鳴くメガトンアルマジロの頬を撫でる。
それに応えるようにメガトンアルマジロもロシェリに頬ずりして、お礼でも言うように鳴いている。
「本当に良かったの? 治しちゃって」
「助けを求めていたんだから、別にいいだろう。マッスルガゼルの時もそうだった……し……」
ふと、その時の事を思い出してメガトンアルマジロの額を見る。良かった、従魔の刻印は浮かんでいない。
あの時はマッスルガゼルの怪我を治してあげたら、その恩返しとばかりにいつの間にか従魔の契約を結ばれていた。
てっきり今回もそのパターンかと思ったけど、どうやら契約はしていないようだ。
「どうか、した?」
「いや、てっきりマッスルガゼルの時のような感じで従魔の契約を結んだんじゃないかと」
説明を聞いたロシェリもハッとしてメガトンアルマジロの額を見て、従魔の刻印が浮かんでいないのを確認すると、ホッと胸を撫で下ろした。
「心配はいらないわよ。従魔の契約は一人につき一体までだから、ジルグとロシェリとはもう契約できないのよ。知らなかったの?」
初耳です。知りませんでした。
するとメガトンアルマジロがロシェリから離れ、少し残念そうに鳴いた。お前、まさか今の接触で従魔の契約を結ぼうとしていたのか?
そんでマッスルガゼル、ロシェリの従魔は自分だと主張するように筋肉を隆起させなくていいから。コンゴウカンガルーも、対抗して筋肉を隆起させてポーズを取るな。
そしたら何か触発された感じのメガトンアルマジロが、ゆっくりと後足で立ち上がる。
後足だけで立てるのかと思いながら見ていると、四足歩行で見えなかった腹側にそれはあった。言うまでもない、従魔達に負けず劣らず逞しい筋肉だ。
「えぇぇぇぇぇぇ……」
「また、この手の奴だったか……」
「もう、筋肉は、いらないよぅ……」
遠い目で呆れるアリル、そういえば「屈強」スキルがあったなと額に手を当てて俯く俺、膝を抱えて嘆くロシェリ。
どうか、俺達の気持ちを察してほしい。特にそこで筋肉を隆起させて逞しさを競い合っている、三体の魔物達は。
「ねえ、私達って強制的に筋肉な魔物や人と繋がる呪いでもかけられてるの?」
「絶対に、そのせい!」
尖った耳の先端と尻尾が力無く下を向くアリルの呟きに、それだと言い張るロシェリ。
あってたまるか、そんな呪い。あったとしても、何の意味がある。せいぜい嫌がらせぐらいにしかならないだろう。
でも「完全解析」を使って状態を確認。うん、分かっていたけど全員健康で問題は無い。
「呪いは掛かってないぞ。俺達は至って健康だ」
「だったら何でこうも筋肉ばかり……。あんたの母親の実家の男共といい、従魔といい……」
「まだ、あのアルマジロは……従魔じゃ……ないよ?」
「従魔になろうとしていたんだから、同じようなものよ」
同じようなものなのか? 疑問に思っている俺の目に映るのは、当の従魔達とメガトンアルマジロが理解しあえたように、前脚や手で握手っぽいことをしている光景だ。
なんだろうか、あの清々しさと暑苦しさとむさ苦しさが混じり合っている混沌とした空間は。
もう思考すら放棄したい気分になってきている最中、三体は鳴き声で会話している。
途中でコンゴウカンガルーが俺の方へ手を向けて指し、また鳴き声で話したと思ったら従魔達がアリルを手と前足を指す。
「ねえ……。なんか、嫌な予感がするんだけど?」
「同感だ」
「同じ、く……」
こんなパターンをコンゴウカンガルーの時に見た。
そして案の定、四足歩行の体勢に戻ったメガトンアルマジロがノッシノッシと歩み寄って来る。アリルを目指して。
「ちょっ、やっぱり私なの? この中で従魔がいないのは私だけだから分かっていたけど、あの巨体で近づかれると何気に怖い!」
困惑気味なのは分かったから、落ち着いて離れてくれ。
引っ付かれること自体にはもう慣れたからいいけど、先日一線を越えた辺りから妙に滾りやすいんだ。今はそれを押さえる方に理性を動員している。どうしたんだこれ、ブラストレックスとの戦いで返り血を浴びた時に、精力剤の材料になる血を飲んだからなのか?
……俺も少し、落ち着いた方がいいな。だからロシェリ、アリルに対抗して密着するな。俺に落ち着く時間をくれ。
「待ちなさい、そこの……名前、何?」
あっ、言ってなかったか。
「メガトンアルマジロ」
「そこのメガトンアルマジロ! なんで従魔になってまで、付いて来たいの!」
指差しからの質問にメガトンアルマジロは立ち止まり、喋るように鳴き声を上げる。
でも分からん。言葉の壁に種族の壁まで立ち塞がっているから、とてもぶ厚くて越えられそうにない。
どっかに魔物の言葉が分かるスキルを持っている人、いないかな。いたらスキルの入れ替えで入手して、こいつらの話聞けるのに。
なんて考えている間もメガトンアルマジロは鳴き声で訴え続けたけど、伝わらないものは伝わらない。
やがて従魔達が左右から肩っぽい位置を叩き、諦めろと首を横に振って促す。
そこでようやくメガトンアルマジロも諦め、俯いて鳴き声が止む。
「ふふふ、どうよ。説明できなければ連れて行けないようにすれば、向こうが諦めて勝手な従魔契約もされないって寸法よ」
完璧とばかりに薄い胸を張っているところを悪いけど、力づくで無理矢理という手段が残っていた。
もしも駄々をこねてそれを実行されていたら、どうなっていたことか。こいつがそういう事をしない、大人しい性格だったからこそ成立したんだぞ。
そう思いながらメガトンアルマジロがどうするのかを見ていると、しばし迷った後に顔を近づけてきた。
「な、何よ!」
強引にでも契約するつもりかと思いきや、少し手前で顔が止まる。
そして、巨体の割につぶらな目でジッとアリルを見だした。お願い契約して、とでも訴えるかのような瞳で。
「う、うぐ……」
悪意なんて欠片も無い子供のような瞳で見つめられ、アリルが怯んでいる。
「喜び、感謝、友好、謝辞。何度見ても、私達に恩返ししたい気持ちしか持っていないわ」
「色別」に突破口を委ねたみたいだけど、逆に追い詰められたか。
悪意の欠片も無い瞳と、これっぽっちも存在しない悪感情。
これをアリルは断れるのだろうか。多分無理だと思う。
「ああもう! 分かったわよ、契約するわ。契約してあげるから!」
やっぱりな。ちなみに俺も無理だ、ああいう目には弱いお人好しだから。
「また……筋肉……増える。ガッチガチの、ムッキムキ……ばかり。モフモフ……欲しい……」
嘆く気持ちは分かる。でもごめん、俺にはどうすることもできないんだ。せめて宿に帰ったらアリルの尻尾を触らせてもらうといい。
そう思いつつ、アリルとメガトンアルマジロが額を合わせ、従魔の契約を交わすのを見届ける。
「はぁ……。結局筋肉が増えちゃったのね……」
嬉しそうに鳴き声を上げて体を揺らすメガトンアルマジロを前に、アリルは肩を落として溜め息を吐く。
「増えたものは仕方ないって。問題は、こいつが何を食うかだな」
マッスルガゼルとコンゴウカンガルーは筋肉のくせに草食だから、毒さえ無ければその辺の草でいい。でもこいつは何を食うんだ?
そもそも、アルマジロ自体が何を食べるのか知らない。いや、ガゼルとカンガルーも知らないけど。
魔物だから動物と同じと捉えちゃいけないとはいえ、ちょっと気になる。
「なあ、お前は何を食うんだ?」
先輩従魔達と再度筋肉のアピール合戦をしている最中だけど、全く悪いと思うことなく尋ねる。
するとメガトンアルマジロは、こっちと顔で示すようにして歩き出す。
とりあえず付いて行ってみた先には、一体のアイアンアントがいた。
「「虫」」
二人から殺気が漏れた直後、メガトンアルマジロが体を丸めて突撃していく。あれが種族固有スキルの「丸転」なんだろう。
向こうが気付いた時には既に迫っていて直撃。轢かれたアイアンアントは潰れかけだけどまだ生きていて、なんとか逃げようとする。
でも旋回して戻って来たメガトンアルマジロが「丸転」を解き、トドメとばかりに右前足で数回踏みつける。
それで息絶えたアインアントを、さも当然のようにバリバリと食べだした。
「えっ、虫系の魔物を食うのか?」
硬い外殻をものともせず、噛み砕いて食べていく。
さらにこの後、普通のヘビやミミズ、後ろ足で立って木の実などを食べた。
「草以外は食べるタイプの雑食みたいね」
「だったら、大丈夫そう……かな」
「ギルドの解体場に頼んで、解体後の魔物を譲ってもらえば食費はなんとかなるか?」
以前に興味本位で、解体後に余った分はどうするのかと解体職人に尋ねると、ゴミとして捨てたり裏で燃やしたりするんだと教えてもらったことがある。町に戻ったらギルドの解体所で相談してみよう。
「じゃ、そろそろ戻るか」
「そうね。もういい時間だし」
「お腹……空いた……」
新しい武器は試せたし、なんだかんだで従魔の仲間も増えた。
さてと、明日からまた頑張るか。
なお、今日倒した魔物をギルドへ持って行ったついでに解体所で相談したら、処理が面倒だから助かるよと喜ばれて多くの虫系の魔物の残骸を分けてもらえた。虫嫌いの二人は複雑そうだったのに対し、メガトンアルマジロは宿の厩舎で嬉しそうにそれを食べていた。




