母の真相に近づく
ブラストレックスに勝利した翌日、俺達は宿の冒険者達に弄られていた。
理由は当然、両隣で頭から煙を出しそうなほど真っ赤になって俯いているロシェリとアリルとの、昨夜の情事が原因だ。
防音のことをすっかり忘れて事に及んだから、隣の部屋の奴に聞かれて広められてしまった。
「いやぁ、若いねぇ。あんな戦いの後だってのに」
「お盛んなのは悪くねぇが、もちっと気をつけるべきだったな」
そんなニヤニヤしながら注意されても、何とも思わねぇよ!
「おいおい、そこまでにしてやれ。夜の戦闘も長く続いたみたいだからな、ほどほどにしてやろうぜ」
『ういーっす』
テンダーさん。間に入ってくれたのは嬉しいけど、ニヤニヤ顔はやめろ!
後ろの仲間の人達も、意味有り気な目で見るな。
もう朝飯どころじゃないぞ、こりゃ……。
あの食欲の権化のロシェリでさえ、沸騰しそうなぐらい真っ赤になって、食べるどころじゃなくなってるし。
「さてと、冗談はさておき」
嘘つけ! 全然冗談に聞こえなかったぞ!
「本当は昨日のうちに聞くつもりだったんだが。坊主、アーシェって名前に心当たりはないか?」
うん? それって母さんの名前だよな?
「母さんが同じ名前だけど、それが?」
「なんだとっ!」
なんかテンダーさんがテーブルを叩いて立ち上がった。
驚いたロシェリとアリルが顔を上げて、周りの冒険者達も何事かと注目している。
「お前、アーシェさんの息子かっ!」
叫ぶようなテンダーさんの発言に、注目していた冒険者達もざわめきだした。
主に中年くらいの人が反応していて、若い人はピンと来ていない。
「あ、あぁ……。そのアーシェって人が同名の別人でなければ……」
同じ名前の人なんて、世の中に何人でもいるからな。
「二十年以上前に活躍して、その功績で名誉士爵になった元冒険者だ! 王都でどっかの貴族の側室に入ったのを機に冒険者を引退して、十五年ぐらい前に死んでいる!」
この他にも色々と功績を聞くと、どれも使用人達から聞いた母さんの話ばかり。
間違いない。テンダーさんの言うアーシェは母さんだ。
「話を聞く限り、母さんで違いない」
「アーシェさんの……息子。うぅ……」
今度は急に泣き出した。
この様子だと、ひょっとして母さんのことを知っているのか?
「リーダー、どうしたんですか?」
「ああ、悪い。つい懐かしくなっちまってな。最後に会ったのはいつだったか……」
知っているどころか会っているのか。
「母さんと会ったことがあるのか?」
「会ったもなにも、あの人が冒険者活動を始めたのはこの町で、しばらく拠点にしていたんだぞ」
「えっ? そうなのか?」
冒険者時代の母さんについては、成し遂げた功績と爵位を得たことしか聞いたことがない。
出身地や冒険者になる以前の育った環境については、母さんがずっと口を噤んでいたから誰一人として知らなかった。
ひょっとして、ここが母さんの生まれ故郷なのか?
「今でも思い出すぜ。まだ駆け出しだった頃、運悪くオークと遭遇して死にそうだったのを助けてもらったんだよ」
厳つい顔のテンダーさんが懐かしみながらそう呟くと、周囲の年を重ねた冒険者達も口々に思い出を語りだした。
臨時で組んだパーティーでマッドベアに挑んだら、ほとんど一人で殴り倒していた。
薬草採取中、ゴブリンの集団に襲われていたのを瞬殺して助けてくれた。
盗賊に連れて行かれそうだったのを助けてくれて、女の敵と言いながら盗賊全員の顔面をボコ殴りにしていた。
出身の村の近くに現れた流れのオーガへ単独で挑み、無傷で討伐してみせた。
聞けば聞くほど無茶苦茶なことばかりだけど、知っている功績のことを考えるとおかしいとは思えない。
隣にいるロシェリとアリル、それと若い冒険者達は母さんの逸話にポカンとしている。
「あんたの母親、何者よ」
「凄い……ね」
そういえば二人は母さんの話を聞くのは初めてか。
というか、いつの間に復活したんだ。
「アーシェさんの功績は凄いの一言で片付かねぇよ。しかしお前が、アーシェさんの息子だったとはな。ブラストレックスと戦っている時に姿が重なって見えたのは、気のせいじゃなかったんだな」
まだ泣きながらうんうんと頷くテンダーさん。
よく面影があるとは言われていたけど、戦う姿が重なるほど似ているのか。
あっ、ひょっとしてガルアに来てからやたら会ったことがあるか尋ねられたのは、昔ここを拠点にしていた母さんの顔見知りの人だからか?
それならよく声を掛けられるのも納得だ。あの人達は俺自身じゃなくて、面影から母さんを連想して声を掛けてきていたんだ。
「ということは、ジルグのお母さんってこの町の出身なの?」
おいこらアリル、俺が聞きたかったことをお前が聞くな。
「それなんだが、実はよく分かっていないんだ」
「なん、で、分からない……の?」
「本人が喋らなかったからだよ。宿暮らしだし、何度聞いてもはぐらかされた。分かっているのは、自力で未来を切り開くために家を出たってことくらいだ」
そういう感情は誰しもが一度は抱きそうなもんだな。
親の敷いた道を行くのが嫌とか、こんな田舎で親のように貧しい生活をするのが嫌とか、理由は色々あるんだろうけど、共通しているのは現状を変えたいって気持ちだ。
でもこれはどんな環境でも抱きそうだから、出身のヒントにはならないな。
「まあ、どこの誰だろうが俺ら冒険者は気にしないけどな」
周りは頷いているけど、気になるって。息子の俺としては気になるから。
「だが坊主、お前もお前だ! なんで言ってくれなかった!」
「知らなかったんだよ、母さんがここで活動していたなんて。そもそも親の威を借るのは、冒険者として間違ってるだろ」
「そりゃそうだけどよ……」
納得はしてもスッキリはしない感じの表情で頭を掻いてる。
でもこんな展開、誰が予想できるかっての。
「しゃあねえ、それはそれでいいとしよう。話は変わるが坊主、俺らのパーティーに加わる気は」
「無い」
「だよなぁ……。素性と強さが分かったから誘うって、虫のいい話だもんな」
「分かってるのなら、どうして誘ったんだ?」
「一応ってやつだ、気にすんな。じゃあ、俺らはそろそろ行くぜ」
そう言い残してテンダーさんは仲間と一緒に出て行った。
他の冒険者達も気が向いたら声を掛けてくれ、程度には誘いの言葉を残して出て行く。
それを見送った俺達は、周りに弄られたせいで止まっていた食事の手をようやく動かせた。うわっ、すっかり冷めてる。
****
明日からテンダーさんを髭熊と呼ぼう、そうしよう。
「はうぅぅぅ……」
「あんの髭面! なにジルグのことギルドで広めてんのよ!」
ぐったりとしているロシェリは俺に背負われ、アリルは憤慨している。
理由はあの髭熊が、俺と母さんの親子関係をギルドで広めたからだ。
そのせいで、昨日の報酬を受け取りに行っただけなのに、あっちこっちから勧誘を受けてもみくちゃになって外に出るのも一苦労だった。
黙っていてほしいとは言わなかったし、こんなに影響が出るとは思わなかった。でもだからって、元凶認識しないほど大人でもない。この苛立ちは全部、あの髭熊のせいにしよう。
「ロシェリ、大丈夫か」
「駄目……。疲れ、た……」
体力が低いロシェリは脱出するだけでも大変だったようで、完全に俺の背に身を預けている。
正直俺も疲れたし、髭熊への怒りもあるから背中の感触を気にしている余裕が無い。
金を受け取って、今回の功績で俺とロシェリがDランクへ上がったって受付嬢から聞いたけど、喜んでいる場合じゃないくらい人が押し寄せてきた。中には母さんのファンもいて、握手してくれだのサインをくれだの言う人もいた。
こんなことなら、従魔達を連れて来るんだったな。昨日の疲れが残っているのか厩舎で爆睡していたから、そのまま置いて来たのは失敗だったかもしれない。
「どうする? 今日はこの後、あのドワーフに武器と防具の点検をしてもらいに行く予定だけど」
そうなんだ。今朝になって武器と防具の点検をしたら、ハルバートもメタルアリゲーターの防具一式もだいぶボロボロになっていたんだ。
とても手入れしてどうにかできる状態じゃなくて、本職に見てもらうしかないってことでバロンさんの工房へ行く予定にしている。
「帰って休みたいけど、今日中に行っておこう。その代わり、明日も休みにするか」
まだ昨日の疲れが抜けきっていない上に、ギルドでもみくちゃにされたから余計に疲れたし。
「「賛成」」
よし、賛成多数で可決された。
そう決まればさっさとバロンさんの工房へ行こう。
重い足取りでゆっくりと向かったバロン工房で待っていたのは、バロンさんが俺の武器と防具を前に渋い表情を浮かべる光景だった。
「悪いが、こいつらは限界だ。直せることは直せる。だが損傷が激しくて、直しても耐久性が著しく低下する。そんな、今にも壊れそうな武器や防具に命を預けられるか?」
マジかよ。そんなにボロボロだったのかよ、こいつらは。
「話は聞いてるぞ。だいぶ無茶したそうじゃないか。むしろ、こいつらがよく持ち堪えた方だ。武器にも防具にも感謝しろよ」
そうか、俺の無茶にこいつらを付き合わせちゃったのか。
スキルの入れ替えで入手したスキルで力を底上げして、ブラストレックスの硬い皮膚を何度も傷つけたハルバート。最後の方でヘマしてブラストレックスの攻撃を直に受け、地面へ叩きつけられた俺の命を守ってくれたメタルアリゲーターの防具一式。
入手してからしっかり手入れして一緒に歩んできた装備品だけど、昨日の無茶でそこまで消耗させちゃっていたのか。
「俺としては直すより、新しいのを購入することを勧める。だが……」
「防具はともかく、ハルバートみたいな特殊な形状の武器は無い」
「そうだ」
だろうな。これは王都で会ったあのドワーフが、半ば趣味で作ったような武器だ。
槍と斧と槌。三つの武器が組み合わさった特殊な武器なんて、普通は作らないから売っているはずがない。
これはもうハルバートは諦めて、普通の槍か斧か槌を買うしかないか。
「はぁぁぁぁ……」
深く溜め息を吐いて俯いたら、ロシェリとアリルが慰めるように背中を軽く叩いてくれた。
一方のバロンさんは、ジッと俺を見続けている。
「お前、そんなにこの武器が気に入っていたのか」
「ああ。俺にピッタリの武器だったからな」
「槍術」に「斧術」に「槌術」。この三つのスキルを同時に発動させるから、どれか一つだけより動けるし攻撃手段も多彩で気に入っていた。
でもだからって、わざわざ王都まで戻ってあのドワーフに注文しに行くのも大変だし、武器も無い状態で行きたくない。
「ふむ……」
髭を触りながらハルバート全体をマジマジと眺めたバロンさんは、両手に取って主に先端の三つの武器が組み合わさっている箇所を真剣な目で見つめる。
「おい小僧。作ってやってもいいぞ」
「えっ? 何を?」
「決まってるだろ、お前の武器だ。このハルバートとかいうの、俺が作ってやる」
「本当ですかっ!」
思わず身を乗り出して受付に手を置く。
ついこの間は点検と修理くらいしかしないって言っていたのに、どんな心境の変化だ?
「勘違いするなよ。バカ弟子の奇作をそこまで気に入ってくれたのと、無茶をしてまで町を救ってくれたことへの礼だ。今回だけの特別で、次以降も作る気にさせるかは今後のお前次第だ」
「だとしても、ありがとうございます!」
ドワーフの間で有名な鍛冶師が作ってくれるんだ。今回限りの特別だと分かっていてもメチャクチャ嬉しい。
「だがその前に、体を触らせろ。お前に合った武器を拵える必要があるからな」
そういえばシェインの町の女性ドワーフも、そんなこと言ってたっけ。
特に問題も無いからお願いすると、手足に腹部に背中と各所に触れては唸っている。
最後に掌を見て触れて、指の長さや関節の位置まで確認すると大きく頷いた。
「よし、イメージは固まった。明後日の昼までには作ってやるよ」
ふふふ、これは楽しみだ。
「おっと、そうだ。予算はどれだけあるんだ?」
「金板一枚くらいなら余裕です」
昨日の討伐で迎撃に参加したから金貨十枚、素材の売却金を全員に分けた別途報酬で金貨二十三枚、さらにはブラストレックスの討伐に大きく貢献したってことで、討伐報酬の金貨八十枚から金貨五十枚、つまり金板一枚も受け取った。残りの金貨三十枚は他の人達へ分配するそうだ。
合計で金貨八十三枚。これに元々持っている金もあるから、金板一枚の支出くらい問題無い。前にビーストレントを討伐した時に得た金も、まだまだたっぷり残っているしな。
ちなみに家を買うための積み立て予算には、アリルと会う前に稼いだ金は全く加えていない。というのも、それじゃあ自分が二人に依存したみたいだからって、主張してきたからだ。俺とロシェリは気にしないって言ったんだけど、どうしても譲らないから三人で稼いだ金で買おうということになった。
そういう点では、今回得た破格の報酬は家の購入への大きな前進だ。というか、贅沢を言わなければ普通の家ぐらい買えるんじゃないかな。相場を知らないからよく分からない。
「本当か? 別に安い素材を使っても、仕事はキッチリするぞ」
疑うのも無理はないか。でも払えるものは払えるんだ。
証拠として、さっきギルドで受け取った報酬が詰まった袋の中身を見せると、バロンさんが目を見開いた後に笑い出した。
「はっはっはっ。どうやら昨日の討伐でたっぷり稼いだようだな。なら、わしも気合いを入れて作ってやる。明後日を楽しみにしておけよ」
ニンマリ笑う顔は少し怖く見えるけど、同時に頼もしくも見える。
予算があると分かったから良い素材を使ってくれそうだし、今から楽しみだ。
「よろしく頼む」
「おう、任せとけ。おっとそうだ、こっちの武器と防具は貰っていいか?」
うん? どうしてわざわざ……あっ、そうだった。
「話は女性ドワーフから聞いてる。別の物に作り変えるなり、鍛冶の糧にするなり好きにしてくれ」
「分かってるじゃないか。よっしゃ、こいつらの供養も任せておけ」
腕まくりをして武器と防具を抱えて仕事場に向かう姿に、受付に残ったバロンさんの孫のペッソが目を輝かせている。
「にーちゃんスゲーな。じーちゃんに武器作ってもらえるなんて」
「今回だけの特別だけどな」
「だとしてもスゲーよ。どんな武器作るか、俺も楽しみだぜ」
幼くともやっぱりドワーフなんだな。仕事をする祖父の姿に目をキラキラ輝かせている。
「ところでジルグ、防具はどうすんの?」
「……あっ。忘れてた」
ハルバートを作ってもらえることに舞い上がって、防具のことを相談していなかった。
とは言っても、今から声を掛けて相談できる雰囲気じゃない。
邪魔するなって空気を背中から発していて、とてもじゃないけど声を掛けられない。下手に声を掛けたら、気分を悪くしてハルバートを作ってくれないかもしれない。
仕方ない、受け取りに来た時に改めて相談するか。
「邪魔しちゃ悪いから、今日はもう帰ろう。明後日にまた相談するさ」
「はぁ。仕方ないわね」
「待っ……て」
うん? どうしたんだロシェリ。
「帰る前に……ご飯。お腹、空いた……」
安定の空腹感にちょっと安心して笑みが零れた。
そういう訳で、この辺りにある店で前回とは違う飯屋へ入店。
今回の店も安いわりに量がある上に、品数も前の店より多いからロシェリの表情が輝いている。目が隠れていなければ、輝いている目も見えただろう。
汗を掻く人向けの味付けなのかちょっと濃い目の味だけど、十分に美味くてロシェリが何回もおかわりして、他のお客を驚かせていた。
そうした食事を終え、明日は不動産屋で家について聞いてみるかと話しながら宿へ戻る。
すると、この宿の看板娘である大将の娘さんが、三つ編みのおさげを揺らしながら駆け寄って来た。
「あの、お客様にお客様が……」
うん? ああ、俺達に客ってことか。ちょっと紛らわしいな。
でも誰だろう。こっちに来てから何人かの冒険者とは仲良くなったけど、今の時間はギルドにいるか仕事中のはず。
となると冒険者以外の誰かか? でも誰なんだ?
「あちらでお待ちになっています」
案内された食堂の席にいたのは、ガルアへ来た初日に逆ナンパ紛いの接触をしてきた長身の少女だ。
どうして彼女が俺達を尋ねて来たんだろう。
ひょっとして昨日の話を聞いて、パーティーへの加入を求めに来たのか?
纏っている重装備の鎧と足下に置いてある剣と盾からして、タンクを務める防御重視の前衛だろう。
こっちが近づいて来るのに気がついた彼女は、席を立って一礼してきた。
「突然お尋ねして申し訳ありません。それと以前は失礼しました」
「ああ、それついてはもう……落ち着け」
なんかロシェリが守るように俺にしがみついて、アリルが犬人族とのハーフエルフなのに猫みたいに相手を威嚇している。
「えっ!? 私、何かしましたかっ!?」
「前にジルグ逆ナンパしておいてまた来るなんて、いい度胸じゃない!」
まだそれ引っ張ってるのか。半月も前の事だぞ?
「だから、それは誤解だと言ったじゃないですか!」
「だったら何で来たの!」
「ジルグさんに用事があるんです」
俺に用事? なんだろうか。
「ジルグさん、私の父上に会ってください」
……!?
んんんんんんんん!?
ちょっと待とうか、それどういう意味だ?
それとロシェリ、非力なお前でもあまり強くしがみ付かれると少し痛い。アリルもそんなに唸っていると、本当の犬にしか見えないぞ。なんか尻尾と耳の先端が上を向いているし、尻尾の毛は逆立ってるし。
「ひゃっ! な、なんでそんなに怒ってるんですかっ!?」
「人の夫を親の力で奪う気なの、あんたはっ!」
夫じゃない。まだ夫じゃない。
それと看板娘さんや、修羅場って何度も呟きながら目を輝かせないでくれ。そういう展開が好きなのか?
「ち、違いますよ」
「だったらどういう意味よ!」
なんか当事者の俺を一切挟まずに話が進んでる。
しかも言いたいことは、まるで代弁しているみたいにアリルが全部言ってるし。
「ジルグさんはかつて高名な冒険者だった、アーシェ様の息子さんですよね? 父上は、そのアーシェ様の兄なんです!」
はいっ? この人の父親が母さんの兄?
つまりこの人、俺の従姉か従妹?
呆気に取られたロシェリの力が弱まって、アリルの耳と尻尾も元通りに戻った。
看板娘さん、あなたはどうして残念そうにしているんだ。
「本当に?」
「本当です。ですので、どうか父上に会ってくれませんか?」
本当に母さんの実家がこの町にあったのか。
正直、少し疑わしい。でも、いくら有名だった母さんの息子とはいえ、俺なんか所詮は今日Dランクへ上がったばかりの冒険者だ。嘘をついてまで関係を作ろうとする理由が思いつかない。
そもそも、母さんと俺のことは今朝に分かったばかりだから、動くにしてもまずは事実確認をしてからだろう。ギルドでも本当なのかって尋ねる声が多かったし。
もしも事実確認をしているのなら、この人から俺の事を聞いたんだろう。それで母さんの面影のある俺が気になって、この半月で調べていた可能性はある。
一応、確認だけはしてみるかな。
「調べたのか?」
「はい。失礼ながら」
やっぱりか。でも大事なのは証拠だ。
「証拠はあるのか? 母さんとあなたの父親が、兄妹だって証拠が」
「こればかりは信じてもらうしかありません。アーシェ様の貴族証があれば、話は別なのですが……」
「貴族証?」
なんだそれ、聞いたことも無い。
「貴族家の当主が持っている、家紋入りの小さな装飾品です。社交や謁見の場で付ける他、本人とその身内の確認にも使えるそうです」
これくらいの大きさの物ですと、親指と人差し指で大きさを教えてくれた。大体、小指の指先から第二関節までの大きさかってところか。
ああ、そういえば元父親がパーティーとかに行くときに付けてたな、そんな感じのを胸元に。
しかし、そんな便利な物があるのなら身内の確認にも使えるから、出生を誤魔化すのを防いだり出生の確認をしたりするのに使えるな。
「アーシェ様は一代限りの名誉とはいえ、貴族になった際に製作されて渡されているはずですが」
「生まれてすぐ死別したから、受け取っていない」
「ですよね……」
有るとしたら実家の方だろう。
わざわざそのために、あそこへ戻るつもりは無い。使用人へ手紙でも書いて、探して送ってもらおうかな。
しかし小さな装飾品ね。装飾品……。あっ、ひょっとして。
ふと思い出したのは、実家を出る日に使用人から受け取ったお守り。あの時に金属っぽい物が中に入っている感触があったけど、まさか……。
御利益とやらが無くなるから、中身は妄りに見ないように言われていたのは覚えている。でも重要な物かもしれないから勘弁してもらいたいと思いつつ、袋を開けて掌の上で逆さまにすると長方形の金属物が落ちてきた。
「それ……なに?」
首を傾げるロシェリは察してないけど、たぶんこれが母さんの貴族証なんだと思う。
表面には紋章のような模様が刻まれていて、裏側には留め具がある。
「あっ、それが貴族証です。持っているじゃないですか」
やっぱりか。
「中身を知らなかったんだんだ。まさかこんな物が入っていたなんてな」
「だとしても、有るのなら話は早いです。詳しくは父上が話すそうなので、屋敷まで付いて来てくれませんか?」
屋敷? 家じゃなくて屋敷?
「屋敷って、どこのだ?」
「この地の領主であるベリアス辺境伯家――」
ちょっと待て。まさか母さんって、ここの領主の娘だったのか?
ということは俺、ベリアス辺境伯の甥っ子なのか?
「に代々従士長としてお仕えしている、アトロシアス家の屋敷です」
違うんかい! 領主じゃなくて、その家臣の方かい!
でもちょっとホッとした。
「そうだ、申し遅れましたね。アトロシアス家の長女リアン・アトロシアスと申します。今年十六歳、あなたの従姉になります。お姉ちゃんって呼んでくれると嬉しいです」
そんな風に呼べるか、恥ずかしい!




