森での一日
魔物の反応がある。
それを聞いたロシェリが勢いよく立ち上がって、辺りをキョロキョロと見渡す。
「落ち着け、そんな近くにはいない。まだ少し距離はあるから安心しろ」
「う、うん」
返事はしたものの、体はガチガチで顔も強張っているように見える。かくいう俺も肩に力が入っていて、ハルバートを握る手には薄っすら汗を掻いている。
お互い実戦どころか狩りの経験も無いんだから仕方ないとはいえ、冒険者になった以上は避けられない道だ。
「まずは魔物が見える所まで移動しよう。どうやって戦うかは、相手を見てからだ」
ウィンドサーチで魔物がいるのは分かっても、それがどんな魔物なのかは見てみないと分からない。
小さく頷くロシェリと反応のある方向へ移動し、距離が近づいたら気づかれないよう静かに接近する。
「いた」
木陰に身を潜めながら見つけたのは、普通より体が一回り大きくて体毛が茶色をしている山羊。俺達が近くにいることに気づいておらず、暢気に草を食べている。
「完全解析」を使ってみると、ブラウンゴートっていう魔物だ。持っているスキルはLV2の「突進」のみで、能力の数値もさほど高くない。
王都周辺に強い魔物はそうそういないと分かっていても、あまり強くないと分かるとホッとする。
「ブラウンゴートって魔物だ。さほど強くないから、落ち着いていこう」
「魔物も……知ってるんだ」
「王都周辺に出る奴だけは調べておいたんだ」
ということにしておこう。
「それで、どうする……の?」
どうするかね……。こういう時に経験が無いのが少々痛い。
知識の上でなら、気づかれる前に魔法なり弓矢なりで先制して少なくとも機動力を削るか痛手を負わせておき、弱ったところへ死に際の反撃に気をつけながらトドメを刺すか息絶えるのを待つ。それか最初の一撃で致命傷を与えるか。護衛の人達からはそう教わっている。
でもこちとら初心者だ。いきなりアレコレできるはずがないから、協力してブラウンゴートを倒すという結果だけに集中しよう。
「気づかれる前に魔法で倒そう。森の中だから、火事にならない魔法でな」
「じゃあ、光魔法で……いくね」
そういえばロシェリは光魔法を使えるんだっけ。他には氷と治癒と雷。
火事になりそうな雷と攻撃性の無い治癒を除けば、使えそうなのは氷と光の二つ。選択は悪くないか。
「なら俺は風魔法だ」
森の中で火は論外。水と土でもいいけど、ここは不意打ちのために速さを重視して風を選択させてもらう。
「まずは俺が風魔法であいつの足を攻撃して動きを鈍らせるから、頭を狙ってくれ」
「あ、頭……だね」
「そうだ。外しても気にするなよ。俺の攻撃だって外れるかもしれないし、こっちに向かって来たら守ってやるから」
「分かった、よ」
外してもいい、俺も外すかもしれない、いざという時は守ってやる。そう言ったのが良かったのか、幾分かロシェリの緊張が解けたように見える。
「それじゃ、いくぞ。エアスラッシュ!」
放った風の刃はブラウンゴートへ高速で飛来し、狙った左後足と左前足を見事に切断。片側の足を二本失って逃げるどころか立っている事もできなくなり、地面に転がって鳴き声を上げている。
「ライト、アロー!」
動きが止まったところへロシェリの放つ三本の光の矢がブラウンゴート目がけて飛んでいき、一本は外れたが残り二本は見事に後頭部へ命中。横たわって動かなくなった。
「よし、やった。お互いできてよかったな」
「あっ……うん!」
攻撃が上手くいったのが嬉しいんだろう。前髪で目は見えずとも喜んでいるのが分かる。
一本は外れたけれど、今大事なのは細かいミスを指摘する事じゃなくて魔物を狩るのに成功したっていう結果だ。だから俺も嬉しい。初めての実戦、初めての魔物との戦闘、少なからず緊張していたのが成功したことで解けた気がする。
「思ったより……大きいね」
二人で注意しながら近寄ると、離れて見るよりも大きいのが分かる。
普通の山羊より一回り大きいくらいだと思っていたブラウンゴートだけど、近づいてみると実際は二回りは大きかった。
「さて。狩ったはいいけど、どうするか」
狩った以上は食料にしたり素材を採取したりすべきだろうけど、生憎と解体方法が分からない。
魚なら捌いたことはあるけど、こういった類の物を捌いた事は無い。一応ロシェリにも聞いてみたが、できないと返された。
「仕方ない。次元収納に入れておいて、ギルドで解体してもらうか」
「でも、今日のご飯は……どうするの?」
「食べられる木の実を見つけるか、川か湖を見つけて魚を獲ろう。駄目ならパンと干し肉と水だ」
せっかく狩れたのに食べられないことにロシェリはがっかりしている。仕方ないだろ、できない事をやって食えなくなるよりはずっとマシだ。
泣く泣くブラウンゴートを次元収納へ押し込み、散策を再開。毒にも薬にもならない植物はスルーして、花の群生地に一輪だけあった薬になる花を採取して、有毒だった木の実を投げ捨てて歩き続ける。
「はあ……はあ……」
体力の低いロシェリに早くも疲れが見える。このまま進むのは辛いだろうから一休みすることにして、その間に近くの木に登って方角の確認ついでに辺りを見渡してみた。すると、もう少し行った所に川があった。
「川が……あった……の!?」
木から降りて川のことを伝えると、息を切らしながらも強めの反応を見せる。
「ああ、方角も確認しておいたから休んだら行こう」
「うん。川があれば、魚がいる。絶対に……獲る」
なんか静かに燃えてるし。
確かにパンも干し肉も硬い上に味気ないから、川で魚が獲れて食事情が良くなれば嬉しい。
だけどロシェリの場合、食事量を増やす事にも繋がるから気合いが入っているんだろう。俺も量が食べられるなら、それに越したことはない。だって食べ盛りだから。
そんな訳で休憩を挟んだら川へ向けて出発。特に魔物とかと遭遇することも探知することも無く到着すると、幅はあるけど緩やかに水が流れる浅めの川があった。
「やった。じゃあ、早速魚を……」
「いや、まずは魚がいるかどうかを調べて」
「サンダー!」
有無を言わさず雷魔法使ったよ、こいつ!
杖の先から放たれた電撃が川へ降り注ぎ、それにやられた魚が浮いてきた。
「……君さ、食欲に忠実なんだね」
「あ、あうぅぅ……」
それでいて普段はこれとは。これがギャップって奴か?
「あっ、さ、魚が……流れて」
「へっ? あぁっ! 待てコラッ!」
せっかく気絶させた魚が流されてしまうの見て、慌てて川沿いに後を追う。
追い抜いたら靴を脱ぎ捨てて膝ぐらいの深さの川に入って回収し、一旦次元収納へ放り込む。後から来たロシェリは回収に失敗して三尾ほど流されてしまいそうになったけど、俺が追いかけてどうにか回収した。
「なかなかの大物だし、これだけあればなんとかなるか」
川から上がって濡れた靴を脱ぎ、次元収納から取り出した魚を数えているとロシェリが小さく呟く。
「足りない……」
「えっ? これで?」
「うん。もっと……欲しい」
そう言うと杖の先端を川へ向けた。
「ちょっ、待て。せめて獲りやすいように準備してから」
「サンダー!」
準備する間もなく再び電撃が放たれ、その後は今のと同じ。ハッとして「ごめんなさい!」と叫ぶロシェリと共に再び川へ入り、気絶して浮かんで流された魚を回収して次元収納へ放り込んでいく。
「あ、あの……ごめんなさい」
今度もどうにか全部回収して川から上がるとロシェリが謝ってきた。
俯いて顔をさらに隠すようにフードの裾を引っ張る様子からして、怒られるとでも思っているようだ。
「ミスが分かっているのなら、次はそうならないように落ち着いて頼むぞ」
ちょっと強めの口調でそこだけ叱ると、キョトンとした様子で顔を上げた。
「……怒らないの?」
「この場合は怒るよりも叱る方が優先だろ」
「うん? 怒るのと……叱るの、どう……違うの?」
えっ? そこから?
****
「という訳で、叱るのは悪い点を指摘して気をつけるよう注意するようなもの。怒るのはただ感情をぶつけるだけ。分かったか?」
「うん……」
回収した魚をナイフで捌きながら説明している間、何故かロシェリは自主的に正座している。これも孤児院での虐めや職員からの嫌がらせが影響しているんだろうか。
「別に正座でなくてもいいんだぞ?」
「あっ……うん。何か言われる時は……こうしなきゃ……いけなかったから、つい癖で……」
どんな癖だよ。ほとんど刷り込みなんじゃないか?
正座を崩したロシェリは恥ずかしそうに俯きつつ、早く食べたいのか俺の手元を食い入るように見ている。
あまり凝視されるとちょっとやり辛い気もするけど、できるだけ気にしないようにしよう。
実家の厨房で教わった通りの手順に従い、川の水でヌメリを洗い流したら鱗を取り、腹を切って内臓を取り出していくんだけど……。
(やり辛い……)
知識と技術はあるのに「料理」スキルをスキルの入れ替えで失ってしまった影響か、上手く捌けず切り口が歪になったり鱗を取っている最中に身を切ってしまったりと悪戦苦闘。それでもどうにか全ての魚を処理したら次元収納で保管。時間経過が遅いとはいえ痛んだら嫌だから、今夜にでも食べようと思ってその旨を伝えると残念そうな口調で尋ねられた。
「今、食べないの?」
ロシェリがとても魚を食べたそうに俺を見てくる。目は見えないけど、雰囲気がそんな感じだ。
「……味見するか」
「うん」
という訳で急遽火を熾し、木の枝をナイフで削って作った不恰好な串に刺して焼いていく。ただ、ここで一つ問題が発生した。
「塩を……買い忘れてた」
うっかりしてた。こうして獲った物を食べるつもりでいたのに、味付けに使う物を何一つ買ってない。
「がーん……」
それを口で発するのは見るのも聞くのも初めてだよ。
「悪いがこのままでいこう」
「食べれるのなら、それで……いい」
少なくともそこは大丈夫だ。一応全部に「完全解析」を使って毒の有無と食用なのかどうかは調べたから。
今焼いているのは一番数が多かったリバーバスっていう魚で、体長が肘から手首ぐらいまであって身も太く、食いでがありそうだ。即席の串に刺したそれが焼かれているのを見ているロシェリは、前のめりになって今にも食いつきそうになっている。
「美味し……そう」
「まだだ。魚はしっかり火を通さないと中にいる小さな虫で凄い腹痛になって、下手すれば死ぬぞ」
厨房にいるベテラン料理人から、そう教わった記憶がある。
だからって焼き過ぎたり焦がしたりしないよう、強火の遠火でしっかり焼けって教わったっけ。
「えっ? 虫……いるの?」
「見えるか見えないかっていうぐらいの大きさらしい。だから絶対に加熱して虫を殺せって言われた」
「よく焼こう」
それが賢明だ。お互いようやく色々なものから解放されたのに、こんな事で死んだらアホらしい。
しばし焼ける匂いに食欲を刺激され、まだかまだかと訴えるロシェリのソワソワする様子と決壊寸前の涎をスルーしながら焼き加減を確認するけど、これも「料理」スキルが無い影響かちょうどいい焼き加減なのかまだなのかイマイチ分からない。
こんなことなら「料理」スキルを残しておけばよかった。塩を忘れていたことといい、ちょっと見通しの甘さが目立つな。でも残していたら、あの家族から戦闘系スキルを全て奪えなかったのも事実だし……。
「ね、ねえ……まだ……?」
おっと、今さらこんなことで悩んでも仕方ない。
ともかく今はこれを食べよう。
「多分もう大丈夫だと思う」
「いただきます!」
大丈夫だって聞いた途端、もの凄い速さで魚を手にしてかぶりついたよ。本当に俊敏79なのか? ていうか、そんな急にかぶりついたら。
「あつ、あつ、あっつ!」
だろうよ。
「はい水」
「あひ、がとう」
受け取った水袋を一気に空にするぐらいの勢いで水を飲むと、今度は息を吹きかけて冷ましながら食べだした。
「はふはふ。おい……ひい……」
そうなのか? どれどれ?
「本当だ、美味い」
「でふぉ?」
気持ち焼き過ぎた感じではあるけど、しっかりと乗った脂の旨味に身肉の味も負けていない。
王都にも氷魔法とか空間魔法で保管された魚はあったし、あの家族の食事に使っていた高級魚の残りを賄いで食べた事もある。それらとはまた違う旨さがあって本当に美味い。
惜しむらくは塩が無いことか。これで塩があってちゃんと焼けていたら、もっと美味いんだろうな。
「美味し……かった……」
えっ、もう食べ終わったのか?
見ると俺はまだ半分ぐらいなのに、ロシェリのはもう頭と骨しか残っていない。そして物足りなさそうな目で俺の魚を見ている。前髪で目は隠れているけど、そんな気がする。だからって食べかけを渡すのは気が引けるし、俺も食べたいからあげない。
結局最後まで視線と思われるものは外されず、食べ終えたら少しがっかりしているように見えた。
「これで夕食にも期待できそうだな。さっ、行くぞ」
「……うん」
視線に気づいていないフリをして出発したが、なんとなくロシェリの周囲だけ空気が重い。
考えてみれば昨日はほぼ絶食で、俺と出会ってから食べたのは今の焼き魚を除いて干し肉と硬いパンだけ。しかも量も控えめだったから、ほとんど水で誤魔化しているようなもの。
あの「魔飢」って先天的スキルでどれぐらいの空腹に襲われるかは分からないけど、満腹になるにはどれだけの量が必要なんだろうか。怖い物見たさに試してみたいものの、生憎とそんな余裕は食料的にも金銭的にも無い。
この後は時折見つかる薬草や、ようやく見つかった可食性の木の実を採りながら森の中を進んでいく。予定ではとっくに森を抜けていたはずだけど、歩く速度をロシェリに合わせて休憩もこまめに挟み、採取とかもやっているから予定よりずっと遅れている。でも深刻に思えるほど遅れている訳じゃないから、少なくとも今日中には森を抜けられるはず。
ただ、何事もそんな順調にばかり行くはずがない。
「ディメンジョンウォール!」
空間魔法による防壁を展開して、先端が鋭く尖った大きな角を持つ鹿の魔物、ホーンディアス三体の突進を防ぐ。
無色透明で視認しづらい壁に正面衝突して怯んだホーンディアスへ向け、俺の後ろにいるロシェリが魔法を放つ。
「シャイン、レイン!」
上方から雨のように降り注ぐ、威力は低いが広範囲へ放つ光の魔法を浴びたホーンディアス達が弱まる。
「今だ、パワーブースト!」
自己強化魔法を使ったら防壁を解除して接近し、ハルバートでそれぞれを一閃。胴体から首を切り落とした。
その直後、体と角が他より一回り大きくて額に斜めの傷が二つあるホーンディアスが俺へ突進してくる。「動体視力」スキルで動きは見えているものの、攻撃直後で回避も防御も間に合わない。
「アイス、ガード!」
俺を守るためにロシェリが氷の防壁を張ってくれたが、突進は止めたものの亀裂が入り徐々に広がっていく。これは不味いと下がった直後、氷の防壁は砕け散った。
「う……嘘……」
「あの体と角といい、あいつは他とは格が違うな」
ホーンディアス 魔物 雄
状態:健康
体力832 魔力101 俊敏862 知力314 器用422
スキル
突進LV4 追跡LV3 統率LV2
「完全解析」で調べたところ、他のホーンディアスより能力が高い。他は500前後だった体力と俊敏の数値が800以上。道理で強いわけだ。
「どうしよう……」
「落ち着け。少しの間なら突進を受け止められただろ? その隙に俺が攻撃する」
避けてもいいけどあの突進をロシェリが避けられるかが不明だから、この作戦の方が安全だろう。
「じゃ、じゃあ、もう一回……私が守るね」
「頼む」
頷くロシェリを守るように進み出てハルバートの先端を向けると、鳴きながら前足を上げた後にホーンディアスは再び突進してくる。
「アイス、ガード!」
再び展開された氷の防壁が突進を受け止めるけど、やっぱり徐々に亀裂が走っていく。だけどすぐには割れないから、この隙に反撃を仕掛けることができる。
「ロックスパイク!」
地面から石の棘が飛び出す土魔法により、腹部へ棘が刺さったホーンディアスが怯む。
この隙に氷の防壁を解除してもらい、ハルバートの槍部分を喉に突き刺して倒すのに成功した。
「どうにかなったな」
「うん」
戦闘が終わった事にホッとしながら、頬に付着したホーンディアスの返り血を拭う。
「まったく、参ったぜ」
最初はこいつらとは別の個体が一体だけだった。
ウィンドサーチに引っかかったそいつを狩るために接近して、ブラウンゴートと同じ手順で倒したまでは良かった。ところが死の間際に上げた鳴き声を聞きつけたのか、次元収納へ回収中に四体のホーンディアスが新たに接近してくるのに気づいた。逃げようと思ったけど、足が遅くて体力の低いロシェリがいるから逃げきれないと判断して迎撃することにした。
若干慌てての応戦とはなったものの、迫ってくる方向とタイミングをウィンドサーチで察知していたお陰でどうにか対応できた。
それにしても、あの鳴き声は何だったんだ? 「完全解析」で調べた時にはそういった効果のありそうなスキルは無かったから、おそらくスキルとかじゃなくて種族特有のものなんだろうけど。
(それにしても、これが生物を殺す感触なのか)
魔物とはいえ初めてこの手で直接命を奪ったせいか、今までに経験したことのない感触と気分で心も体も少し乱れて吐きそうだ。魚を捌いていた時や魔法で倒した時は、こんな感覚は無かったのに。
「冒険者をやるなら、こういうのにも慣れなくちゃならないんだな」
「でないと、食べられない……もんね」
そこに行きつくのがロシェリらしいし、尤もな意見だとは思う。
生物をその手で殺すのは生きるのに必要な作業だと思っておけって、護衛の人とか厨房で働く人からも教わったっけ。実体験してようやくその意味が分かった。魔法で倒すのとは全然違うということが。
「とにかくこれを回収しよう。手伝ってくれ」
「うん」
二人で協力してホーンディアスを次元収納の中へ入れ終えたら、休憩を挟みつつ薬草や木の実を採取をしながら歩き続けて日暮れ前には森から出ることができた。日が落ちるまでさらに移動をして、迂回路との合流地点付近で野営をすることにした。
川で獲った魚を焼くため、次元収納の中へ入れておいた木の枝で火を熾したら魚の準備へ移る。片腕の長さぐらい大きいクラウントラウトっていう黄金色の魚の頭を落として三枚に下ろして切り身を焼こうとしたら、またも調理技術と知識はあるのに「料理」スキルが無い事による弊害が発生。中骨に身が余った上に切り身が歪になって見た目が悪くなってしまった。その上、やっぱり火の通り加減が分かり辛い。これに関してロシェリは。
「美味しければ……文句は……無い」
見た目に拘らないのはとても助かる。
ついでだから身の余った中骨も一緒に焼くことにした。食べ方は意地汚くなるけど、それがまた美味いのを知っているからやってしまう。厨房の手伝いをした後でたまに食べさせてもらったあの味を思い出しつつ、この魚はどうだろうかと少し楽しみにする。
結果。火が通りすぎているのに、メチャクチャ美味かった。特にクラウントラウトの身が。
「おい……ふぃよ……これ!」
「なんだこのクラウントラウトって。しっかりとした旨味と脂があるのに、それがクドくなくていくらでも食べられるぞ」
俺達は知らなかった。このクラウントラウトは漁師が売らずに自分で食べてしまうほど美味い上に、市場に出れば王侯貴族が金に物を言わせてでも競り落とすほど美味な超高級魚であることを。そんな魚だから当然、一緒に焼いていた中骨に残った身も美味くて残らず全部食い尽した。
他の魚と木の実も同様に食い尽し、膨れた腹を撫でながら大きく息を吐く。
「ふう。ごちそうさん」
「はふぅ。こんな美味しいの……初めて」
「俺もだ。くそっ、塩を買い忘れたのが本当に悔しいぜ」
ちゃんと調理すればどれだけ美味かったんだろう、クラウントラウト。
「ところで、木の実って……まだある?」
えっ? ひょっとしてまだ足りないのか?
魚も木の実も結構な数があった上に、干し肉とパンも含めて大半をそっちが食べたのに?
「あるにはあるぞ」
明日の朝食用に残しておいたのが。
「食べちゃ……駄目?」
「明日の朝食が干し肉とパンだけになってもいいのなら、食べていいぞ」
「我慢、する。水、ください」
だろうよ。俺だってせめて木の実くらいは付けたい。
満杯にした水袋を渡しながらそう思い、夜空を眺めながら寝転がる。しばしそのまま焚き火の音だけがする静寂の時間を送り、そろそろ寝ようかと思った頃にロシェリが話しかけてきた。
「そういえば……さ」
「何だ?」
「家族から……悪い扱いを受けていたって、言ってたよね? どういう……こと?」
ああ、昨日の夜にそんな事を言ったっけ。隠す事でもないし、喋っていいか。
「先天的スキルのせいで家族から家族扱いされず、物心ついた頃から使用人として働かされていたんだ」
「……えっ?」
理由の根底にあるのが同じ先天的スキルとあってか、ロシェリが反応する。
そこから「完全解析」絡みの件は隠して説明していった。貴族家の次男に生まれた事、先天的スキルが原因で継承権が与えられず使用人として働かされていた事、死んだ実の母親に恩義のある使用人や護衛によって支えられていた事、そして切っ掛けとなった「入れ替え」スキルを実演付きで説明した。勿論スキルの入れ替えじゃなくて、その辺の石を使った入れ替えだ。
「貴族だったんだ……」
「記録上はな。その記録からもとっくに抜かれているだろうし、今はただのジルグだ。気にしなくていいぞ」
あの家族のことだ。俺が家を出たその日のうちに、貴族籍からも抹消しているはず。
「大変だったね」
「ロシェリの方がもっと大変な目に遭ってるだろ。俺は支えてくれていた人達がいただけ、まだマシだ」
「でも、家族から……悪い扱いを……されたんでしょ?」
「あいつらを家族と思った事は無い」
向こうが俺を家族だって思っているのなら、あんな扱いをするはずがない。向こうが家族だと思っていないのに、どうして俺だけがあいつらを家族と思わなくちゃならないんだ。
使用人を庇った時の暴行だって全くの手加減無しで、愛情なんて欠片も受けた覚えは無い。だからこそ、俺も遠慮なくスキルを入れ替えてやった。今頃苦労しているか苦悩しているだろうが、ざまあみろだ。
「……難しいね。家族って」
「はあ?」
「家族がいれば、私は虐められなかったかもしれない。家族がいなければ、ジルグ君は苦労しなかったかもしれないでしょ?」
「……そうだな」
もしも俺とロシェリの立場が逆だったら、全く違った人生を歩んでいただろう。けど所詮はたらればの話で、目の前の現実が今の俺達だ。
そう思いながら、今夜も交互に見張りをしながら夜を過ごす。明日は王都を出て最初の村だ。




