入れ替えて借りておく
どうしてスキルの入れ替えができないんだ。
ひょっとして種族固有スキルだからか? ブラストレックスでないと「ブラストショット」は使えないから、入れ替えられないのか?
だとしたら、あのスキルは弱らせることも失わせることもできない。
他のスキルを弱らせるか失わせるかするか? だとしても、どれを選べばいい。
今の俺のスキルで入れ替えに使ってもいいのは、「暗記」と「速読」がLV2分ずつ、「算術」と「解体」がLV1分ずつしかない。合計でLV6分、これでスキルを浅く広く削って弱らせるか、それとも一つか二つに絞って失わせるか。どうする、どうする。
どうにかできないかと考えていると、魔法が飛んできてブラストレックスの側頭部に直撃した。
良い気分なのを邪魔され、不機嫌そうに唸るブラストレックスが横を向く。俺達もそれに合わせて横を見ると、大隊長と数人の騎士団員がいた。
「しっかりしろ! 負傷者は下がれ、動けない者には手を貸してやれ! 動ける者はブラストレックスへ攻撃と撹乱! とにかく気を引いて、町へ向かうのを阻止しろ!」
そうだ、悩んでいる場合じゃない。ボサッとしてたら死ぬぞ。
急いで動けないロシェリとアリルの下へ駆け寄り、ロシェリを右肩に担いでアリルを左脇に抱える。
「ひゃっ!」
「ちょっ!? 何すんの!」
「怪我してんだから、ジッとしてろ! マッスルガゼル、コンゴウカンガルー、お前達も来い!」
従魔達へ声を掛け、全速力で後退して二人を下ろす。
後から来た従魔達もどうにか追いついたけど、だいぶ傷ついていて俺達と合流するとすぐに座り込んだ。
「ロシェリ、治癒魔法で全員の回復を頼む。その後はポーションで魔力を回復してから、俺と合流してくれ」
「えっ……? ジルグ、君……は?」
「怪我は大したことないし、まだ体力も魔力も十分にあるからな。あそこに行ってくる」
視線の先ではブラストレックスへ立ち向かう冒険者と騎士団員の姿がある。
見たところ、中傷以上の負傷者が後方へ下がり、軽傷か無傷の面々がブラストレックスを倒すために戦っている。
「あいつには、アレ使わないの?」
周りの耳を気にしてか、スキルの入れ替えのことをぼやかしながらアリルから尋ねられた。
「使いたいのが一つあったけど、それには使いたくとも使えなかった」
そう返すと理解したアリルは驚いたのに対し、意味を理解していないロシェリは首を傾げる。
「マジで?」
「ああ、あの暴風みたいなの。あれを狙ったけど無理だった」
「あれね。なんなのよ、さっきの口から吐いた突風は。まさか竜が使うようなブレスじゃないわよね」
「ブラストレックスがブレスなんて吐けるか」
会話に割って入ったテンダーさんは、足を怪我をしている軽い性格の剣士を地面に寝かせ、盾と片手斧を手に立ち上がる。
他の仲間達も足を引きずったり、肩や腕を押さえながらやって来る。
「あれは単なる吐息だ」
吐息? 吐息って、息を吐くって意味の吐息だよな?
「ダイノレックスは肺活量が桁違いに多い魔物だ。それを一気に吐き出して、さっきみたいな攻撃に転用できるんだ」
ということは、種族固有スキルの「ブラストショット」は吐き出す力に影響を与えて、吐息を攻撃化するスキルなんだろう。
「俺は向こうへ行ってくる。お前達はしっかり回復してから来いよ」
そう言い残して戦いへ加わりに行くテンダーさん。だけど、一人で突っ込むことはないだろう?
「ロシェリ、アリル。お前達もここで回復してから来てくれ」
「分かったわ」
「気を……つけて」
返事に頷き、次元収納に入れてある魔力用ポーションを飲んで魔力を回復してから、テンダーさんを追って駆け出す。
あまり足が速くないテンダーさんにはすぐに追いついて、そこからは並走する。
「坊主、大丈夫なのか?」
「怪我は大したことなかったから、魔力の回復だけで充分だ」
「そうか。だが無理はするなよ!」
「分かってる!」
だいぶ接近したブラストレックスに傷らしい傷は無い。
武器での物理攻撃や魔法での攻撃を四方から受けているのにまるで意に介さず、周りにいる冒険者と騎士団員を蹴散らしている。
「屈強」に加えて「硬化」ってスキルがあったから、かなり防御力が高いんだろう。生半可な攻撃じゃ通用しなさそうだ。
「俺達もいくぞ! パワーライズ、ハードボディ!」
自己強化魔法か。だったら俺も。
「パワーライズ、クイックアップ!」
さらに「活性化」も発動、治癒力は向上させずに身体能力だけ向上させる。多少怪我をしているから「逆境」も発動しているし、「剛力」だってある。これだけ強化すれば、いくら「屈強」と「硬化」を持っているとはいえいけるはず。
「動体視力」で振り下ろされた腕を回避して、クイックアップで強化した速度で接近。足首を狙ってハルバートを振り抜く。
だけど斧部分は僅かに食い込んだだけで、それ以上は硬くて刃が入っていかない。
「なんだこりゃ!?」
表皮が、というよりも中の肉がとんでもなく硬い。
力任せに押し込むこともできずにいると、足を振り上げられてハルバートごと吹っ飛ばされた。
「おぉっ……っと!」
どうにか姿勢を整えて着地する。
ちょうど入れ違いでテンダーさんが足下に辿り着いて片手斧を振るっているけど、効いているように見えない。
険しい表情で片手斧を何度も叩きつけても、傷らしい傷がつかない。他の冒険者と騎士団員の攻撃も同様で、大隊長の激しい剣戟も通用していない。
しかも当のブラストレックスは頭部に魔法を浴びても平然とした様子で、周辺を飛ぶ虫でも払うように冒険者と騎士団員へ反撃している。
「ちいっ、やっぱ硬いな!」
「もっと強力な魔法を撃て! 魔法でないと討伐は難しい!」
「そう言われても、さっきまでの戦いで魔力の残量が……」
「ポーションで回復しに行ったのが何人かいますから、それを待ってください!」
つまり時間を稼げってことか。
それにしても、いくら「屈強」と「硬化」があるとはいえ防御力が強すぎないか?
気になるから調べよう。「屈強」は知っているから「硬化」へ「完全解析」。
硬化:表皮や筋肉の耐久性が増す。「屈強」スキルで効果が増幅
原因こいつか! こいつと「屈強」が組み合わさって、防御力を強化してるんだ。だったら簡単だ、「入れ替え」で「硬化」を奪って防御力を下げればいい。
さっきは「ブラストショット」に「入れ替え」が使えなかったから冷静じゃなかったけど、今なら「硬化」に使うべきだって分かる。
「速読」LV1分と「硬化」LV1を入れ替え。これで防御力が少しは下がったはず。
「うおうりゃあぁぁっ!」
直後にテンダーさんが片手斧を振り抜くと、浅くだけど明らかな傷が入った。
「へっ?」
急に攻撃が通ったからテンダーさんが目を丸くしている。
ブラストレックスの方も急に攻撃を受けたもんだから、悲鳴のような鳴き声を上げた。
「おぉっ、見ろ! 攻撃が通ったぞ! 今が好機だ、一気に攻め込め!」
『おぉぉぉっ!』
明らかな傷と流血に士気が上がり、一斉に切りかかる。
俺もそれに加わってハルバートを振り抜くと、傷が入って出血が見れた。明らかにさっきよりも防御力が落ちている。
だったらついでだ。反撃の蹴りを避けたら一旦距離を取って、「屈強」を持っている冒険者か騎士団員のスキルで、一つくらいならレベルを下げても良さそうなスキルを使って、「屈強」LV6を消失。
さらに「強振」と「威圧」でも同じことをして、少しずつ弱体化させていく。
迫力を失い、攻撃はさっきまでよりも弱くなったから凌ぎやすくなって、防御力がさらに低下したから入る傷が大きくなった。
「いいぞ、何故かは分からんが攻撃が通るぞ!」
「さっきまでのお返しだ、食らいやがれ」
「魔法も効いてるぞ。無理に強いのを撃たなくてもいい、とにかく撃ちまくれ!」
形勢が傾いてきたからか、こっち側の勢いが増している。
ブラストレックスも反撃しているけど、すぐに起き上がったり仲間がポーションや治癒魔法でフォローして、勢いが衰えない。
「お待、たせ!」
「待たせたわね。私達も行くわよ」
「テンダー殿、今行きます!」
おっ、ロシェリ達とテンダーさんの仲間達も回復したか。
一緒に攻撃に加わり、魔法を浴びせて足元を斬りつける。
回復していた人達も徐々に戦線に戻ってきたから、形勢は完全にこっちへ傾いてた。
反撃をされつつも、盾を持った人達が敵の意識を自分に向けさせる「挑発」スキルで引きつけたり、徹底した頭部への魔法攻撃で妨害したりしている。
するとブラストレックスが両腕を頭にやり、やや俯いて防御姿勢を取った。
「いけるぞ! このまま押しきる!」
なんかそれフラグっぽいと思ったら、悪い意味で的中した。
足を攻撃している最中にふと見上げたら、両腕で守っている下で息を吸い込んでいたからだ。
やばい、こいつ防御してじっと我慢しながら攻撃の準備をしてやがる。
「逃げろ! あの吐息がくるぞ!」
俺が叫んだのとブラストレックスが自分の足元へブラストショットを撃つのは、ほぼ同時だった。
地面に当たった暴風が周囲へ拡散して、俺達へ襲いかかる。
全方位に広がったからどこにいようと吹っ飛ばされ、迫っていた魔法は軌道を逸らされて周辺へ飛来する。
「ひゃわあぁっ!」
「魔法押し返すとか、どんだけの強風なのよ!」
ロシェリはしがみついているマッスルガゼルごと転がっていって、近くに魔法が落ちたアリルは文句を言っている。
俺の傍にも誰かが手放した槍が降ってきた。気づいて避けたから良かったものを、危うく串刺しになるところだった。
「やべぇ、また来るぞ!」
誰かが叫んだ直後、新たに息を吸い終えたブラストレックスが再びブラストショットを放ってきた。
しかも首を横に振りながら放つから、さっきので倒れている人が次々と宙に舞っているか、地面を転がっていきながら悲鳴を上げている。
重そうな鎧を纏っている冒険者が踏ん張れないんだ、俺達が耐えられるはずがない。従魔達と一緒に何度も転がって、止まった頃にはせっかく詰めた距離がかなり開いていた。
さらにこれだけで終わらず、放つ方向を変えながらブラストショットを連発する。
「無茶苦茶しやがる!」
「なりふり構ってられないってことっ!?」
「つまり、それだけ奴も追い込まれてるんだ。もう少しだ!」
「でもどうやって! これじゃ近づけないし、魔法も当たらないじゃない!」
もうちょっとなのに、その切っ掛けが作れない。
乱発するブラストショットに近づきたくとも近づけなくて、どんな魔法を放っても軌道を逸らされて当たらない。
ただ息を吐き出しているだけなのに、スキルとして使うとこんなに強力になるのか。しかもブラストショットは「入れ替え」で奪えないから、それ以外の対処法を考えないと。
何か……何か……そうだ。ポンコツ女神から教わった、スキルの入れ替えとは別のもう一つの「入れ替え」の可能性。
必要な空間魔法はもう使えるし、この半月の間に試しているからできるのは分かっている。
でもその前に、使えるレベル分のスキルを全部使ってスキルを入れ替える。
急げ。ブラストショットの連発は終わったけど、一旦引くために俺達を警戒しながら森の方へ後ずさりを始めた。
(あれとあれとあれ……あれも)
これで準備は完了。後は実行するだけだ。
この後のことを考えると、エアロエンチャントを使っておこう。
「ロシェリ、アリル。ちょっと無茶してくる。エアロエンチャント!」
「はっ!?」
「無茶、って、どういう……!?」
説明している暇は無い。
正面をこっちへ向けたまま後ずさりするブラストレックスへ接近すると、この場で唯一動いている俺に視線が向いた。
「待て坊主、何をするつもりだ!」
テンダーさんの声を無視して接近、エアロエンチャントの効果で空中を駆けて接近。
意識が俺に向いているところで、頭上へ魔法を放つ。
「ビッグフレア!」
放った火の塊はブラストレックスじゃなくて、その上を通過する軌道を描く。
だからブラストレックスは一瞬反応しそうになったけど、当たらないと分かるとビッグフレアを無視して俺に集中して息を吸いだした。
それが命取りなんだよ。いくぜ、新しい空間魔法。
「ホークアイ!」
この魔法の効果で、一時的に高い所からこの辺り一帯を見ているかのような視界になる。
ブラストショットを放つために息を吸っているブラストレックス、その頭上を越えようとしているビッグフレア、そして空中を駆けて正面から接近する俺自身も。
そうだ、俺自身も見えているんだ。
一部でも見えれば使える「完全解析」と違って、全体を捉える必要のある「入れ替え」は俺自身に使えなかった。
でもこのホークアイと組み合わせれば、自分自身の全体を捉えて俺自身の位置を入れ替えられる!
「っおぉぉぉっ!」
ハルバートを振り上げたところで「入れ替え」を使う。
ブラストレックスの頭上を越えようとしていたビッグフレアと俺の位置を入れ替え、頭上に俺が、正面にビッグフレアが出現。
急に俺が巨大な火の塊になったからブラストレックスは動揺して、ブラストショットを撃つための空気の吸引が止まり、ビッグフレアが顔面に命中。若干上を向いたブラストレックスの目を狙って、頭上から空中を蹴って接近してハルバートを振り下ろした。
「いっけぇっ!」
斧部分が目に命中して鮮血が吹き出して返り血を浴びた次の瞬間、絶叫のような鳴き声と共にブラストレックスが頭を振りながら暴れ出す。
「こん……のっ!」
深く食い込んだ斧部分を抜き、その場から離脱。爪が迫っていたから空中を蹴って回避して、さらに数回空中を蹴って一旦距離を取りつつ魔法を放つ。
「シャークブラスト!」
水で形成された複数の鮫がブラストレックスの頭部へ命中。一体だけ外れにしておいた鮫の位置と、俺の位置をホークアイで捉えている状態で入れ替え。
今度は側頭部に移動して攻撃しようとしたら、俺と入れ替えたシャークブラストが命中してブラストレックスの頭部が動き、後頭部の角に槌部分が命中して角が折れた。
……ちょっとミスったけど角が折れたから良しとしよう。
すぐに空中を蹴って距離を取り、そしてまた魔法。今度は全て外すつもりで放ったロックバレットだ。
どれと入れ替わるか分からないから、ブラストレックスはやたらめったら腕を振り回して小さなロックバレットを攻撃している。でもそのせいで、俺自身への注意が疎かになってるぞ?
「コンドルブレイブ!」
シャークブラストと同等の風魔法だ。風で構成された複数の鷲が嘴から突進したり、翼で切り裂いたりする。
さらに空中を蹴って接近して斧部分で鼻先を切り、また空中を蹴って即座に離脱。
そこでようやく俺へ注意が向いたけど、今度は頭上にわざと外したコンドルブレイブが一体いるのに気づいていない。
というわけで「入れ替え」。正面からコンドルブレイブが命中、さらに頭上へ移動した俺が斧部分を頭頂部へ叩きつける。
この時、さっきやった味方内でのスキルの入れ替えでテンダーさんから無断で借りた、持っている物と自分自身の重さを増すことができる先天的スキル、「加重」スキルを発動。これでより強くて重い斧部分での一撃が頭頂部へ食い込み、さっきよりも大きな鳴き声が上がった。
迫る腕に潰される前に離脱。それと、これは置き土産だ。
「ウィンドカッター!」
これも冒険者の女性からスキルの入れ替えで無断で借りた、数回だけ風魔法の威力を上げる先天的スキル、「疾風」で強化したから速さも切れ味も段違いだ。
「まだまだぁ!」
怯んだ隙に空中を蹴って、がら空きの腹部へ移動。今度は騎士団員から借りた先天的スキルの「震撃」だ。
物理攻撃をした際に振動を与えるこのスキルを、槍部分で腹部を刺しながら「飛槍術」と同時に発動。振動する突きが体内を駆け抜け、ブラストレックスが吐血した。
すぐにまた空中を蹴って距離を取りながら、これも冒険者から借りた先天的スキルの「炎上」で火魔法の威力と大きさを強化する。
「ブレイズナックル!」
巨大な炎の拳がブラストレックスを後方へ吹っ飛ばし、炎で包み込み飲み込む。
焼かれて苦しむ様子を見ながら着地して、どちらも騎士団員から借りた「底力」と「覚醒」の先天的スキルで身体強化を施す。
そうだ、スキルの入れ替えは敵と味方だけじゃない。前にロシェリとアリルにスキルの入れ替えを説明した後でやったように、味方同士で貸し借りして一時的に自分自身を強化することだって可能なんだ。
つまりの俺のスキルは、ここにいる大勢の味方の分だけ強化できる。
所詮は借り物だから本当の自分の力じゃないし、付け焼刃なのは分かっている。でも、何もせずいるよりはマシだ。
勿論、後でちゃんと持ち主に返すから、どうか勘弁してもらいたい。
「決めるぞぉっ!」
この時、思わず叫んで接近していく俺は気づかなかった。
俺の戦う姿を見たテンダーさんが、ポツリと呟いた一言に。
「……アーシェ?」




