到着早々
いきなり逆ナンパみたいに声を掛けられて固まっていると、俺と相手の間にロシェリとアリルが割り込んできて肩を掴まれている手を外した。
「だ、駄目。ジルグ君……は、私達の……!」
「そうよそうよ。逆ナンパお断りよ!」
いや、まだロシェリとアリルの物になってない。
というか、公衆の面前でそういうことを言うな。周囲の男達からの嫉妬の視線が痛い。
「ちちち、違います! そういうつもりで声を掛けたんじゃなくて、本当にどこかで会ったような気がしたので」
あわあわと慌てる様子と幼さの残る顔立ちから、やっぱり女性というより少女という印象を受ける。
身長が俺よりも高くなければ、年下に見えてもおかしくないくらいだ。
そんなことを考えているうちに野次馬が集まってきたから、大事になる前に三人を止めよう。ついでに敵なのかと思って、戦闘態勢に入ろうとしている従魔達も止めなくちゃ。
「ロシェリもアリルも落ち着け。お前らも、この人は敵じゃないから落ち着け」
今度は俺が間に割って入り、二人と二体を落ち着けて相手に向き合う。
「申し訳ありませんが俺はあなたを知りませんし、この町にはたった今着いたところなんです」
「以前にガルアを訪れたことは?」
「無いです。今回が初めてです」
「そうですか……。ごめんなさい、何か勘違いをしていたようです」
丁寧に謝罪して頭を下げられるとロシェリもアリルも落ち着き、従魔達も警戒を解いた。
すると周囲も興味を失い、この場から退散していく。
「いえいえ、気にしてませんから。じゃあ俺達は、今夜の宿を取らなきゃならないので失礼します」
「はい。どうも失礼しました」
改めて深々と頭を下げる女性に背を向け、宿への道を行く。
ふう、危うく到着早々に見世物になるところだったぜ。
****
妙に見覚えの有るような少年でした。
見た感じは成人して間もない感じだったから、私とも年齢が近いかもしれません。
尤も、向こうはこんなに背の高い私が年上に見えていると思います。
うぅぅ……。なんで背丈ばっかりこんなに大きくなってしまったんでしょう。どうせなら、全く成長していない胸が大きくなってほしかったです。
母上は結構大きいのに、どうして私はこうも断崖絶壁なのでしょう。
おまけに幼い頃は逞しい父上に憧れて鍛えて、今は仕事柄鍛えているから腹筋は割れているし、これで腕や脚が太くなったら嫁の貰い手が無くなりそうです。腹筋が割れている時点で怪しいっていうのに……。
「はぁ……。まだ身長は伸びているから、こっちも成長の余地はあると思うけど……」
成長しない胸に希望的観測を抱く自分に溜め息を吐き、家へ向けて歩き出す。
父上から頼まれた用事はもう済んだから、早く帰ってお風呂にでも入りましょう。そうすれば気分が少しは晴れるから。
そんなことを考えながら家路を急ぎ、周囲よりも大きな家、というよりも屋敷へ帰ると庭先で短パンにタンクトップ姿の兄上が重り入りのベストを着て腕立て伏せをしていた。
「おう、おかえり。用事は済んだのか」
汗を流しながらも爽やかな笑顔を向ける姿はとても好青年ですが、生憎と兄上は筋肉至上主義です。
顔も頭も悪くないのに、何事も筋肉があれば解決できると思っている残念な人です。腹違いとはいえ、こんな兄上を持ったのは少し恥ずかしい。
「はい。報告をしたいのですが、父上はどちらに?」
「外には出ていないから、屋敷の中にいるとは思うぞ」
「そうですか。ありがとうございます」
お礼を言うと気にするなと返した兄上は、そのまま腕立て伏せを続けます。
腕立て伏せをしながら会話ができる余裕があるなら、近々兄上のベストの重りが重量を増すでしょうね。
さて、父上はどちらにいるのでしょうか?
玄関近くにいた使用人に聞いてみると書斎にいると言うので、そちらへ向かい扉をノックする。
「誰だ」
良かった、おられたか。
「リアンです」
「戻ったか。入れ」
「はい。失礼しま……」
父上、何故書斎で片手倒立腕立て伏せなんてしているのですか。しかも上着を脱いだだけの仕事着のままで。
「あの……お邪魔でしたか?」
「いや、大丈夫だ。書類仕事に疲れたから、ちょっと気分転換していたんだ」
気分転換なら、もっと軽い運動で済ませてください。どうして片手倒立腕立て伏せなんですか。
というか、どうして疲れたのに余計疲れることをしているのですか。
若干の頭痛を覚えつつ、頼まれていた用事を済ませたことを伝えると片手倒立腕立て伏せを止めた。
「分かった、ご苦労。すまないな、雑用を頼んでしまって」
「気にしないでください。では私は――」
これで失礼しますと伝えて部屋を出ようとした私の目に、額縁に入れて飾られている一枚の絵が入った。
絵画趣味なんて無い父上が唯一飾っているその絵に描かれているのは、若い男女の肩に手を置いている男性の姿。
若い男性は成人したばかりの頃の父上で、男女の肩に手を置いている男性は既に隠居している若い頃のお爺様。そして若い女性は、一度もお会いしたことのない成人前の叔母上だ。
でも、その姿には見覚えがあった。いや、違う。この絵に描かれている叔母上の面影が、さっき会った少年にあったんだ。
「あっ、そうか。それで会ったことがあると勘違いを」
「うん? なんのことだ?」
つい口にしてしまったけど、特に隠す事でもないから話していいでしょう。
世の中には、似た感じの人間が二人か三人いると聞きますし。
「実は帰ってくる途中で、この絵に描かれている叔母上の面影がある少年と遭ったんです」
「……ほう?」
おや? なにか父上の雰囲気が変わったような。
「名前は分かるか?」
「確か、連れの方がジルグと言っていましたね」
私が彼の名前を告げると父上は目を見開き、椅子の背もたれに掛けていた上着を取りました。
「悪いが急用ができた。ちょっと行ってくる」
「えっ? 急用って」
手紙や報告が届いた訳でもないのに、父上は部屋を出て行った。
一体何があったのだろうか?
****
娘の話を聞いて部屋を出た私は、その足で屋敷を出て隣に建つ二回り大きい屋敷へ駆け込んだ。
屋敷の主と面識のある私はすぐに主の下へ通され、彼に娘から聞いた話を伝えた。
「今の話は本当なのか?」
問い掛けに頷くと、短く切り揃えた顎鬚に触れながら考え込む。
「まずは本人なのかを調べる必要があるな。すぐに調査をさせよう」
やはり相談に来て正解だった。私が動かせる人員は、こうした調査には向いていないからな。
この方もそれを分かっているからこそ、こうして調査を引き受けてくれた。
「だが、本当に彼なら何故ここへ? 確か彼はグレイズ侯爵家の……」
「私としては、それに関する調査もした方が良いかと思います」
「……そうだな。いや、むしろそっちを優先して調べるべきだな。その方が早い」
確かに。これまでは訳あってグレイズ侯爵家についても彼についても調べなかったが、もしも娘が会った少年が彼本人ならば、調べない訳にはいかない。
どうしてガルアに来ているのか、どうして冒険者のような装いなのか、グレイズ侯爵家を何故出ているのか。
その内容次第では、少々動く必要がありそうだ。
まあ、全ては件の少年が我々が知っているが会ったことの無い、あの子の忘れ形見である彼本人だったらの話だが。
「内容次第では彼に接触するか?」
「……そうだな。あの子が活躍しても爵位を得てもグレイズ侯爵家の側室になっても約束通り干渉せず、亡くなった後も約束を守って接触せずにいたんだ、もう接触してもバチは当たらないだろう」
ここまで約束を守り続けたんだから、調査結果次第では干渉しても許してくれるよな、アーシェ。
****
ガルアに到着した翌日。ガルアでの初活動をすべく防具を纏い、武器を装備して冒険者ギルドへ向かった。
そこで待っていたのはよく聞く定番というかなんというか、ガラの悪い先輩冒険者による絡みだった。
「おう、お前ら見ない顔だが今日からの新入りか? 登録したら俺達がEランクとして色々と教えてやるから、一緒に組もうぜ」
ニヤニヤ笑いながら俺達の前に現れたのは、顔の彫りが深い実年齢より年上に見えそうな細身の男。
後ろには如何にも小者そうな老け顔出っ歯のチビと、背が高いだけの痩せっぽちがいる。
実年齢は不明だけど、見た目通りの年齢でEランクだったら大したことないじゃんか。というか色々のところでロシェリとアリルに変な目を向けるな。
それが分かっているのか、アリルが面倒そうな顔してる。そんでロシェリはギルドに入ってからいつもの人見知りで、俺の背中に隠れている。
「どうした、返事しろよ。それとも女を二人も連れているからって、粋がってんのか?」
別にそういうつもりはないんだけどな……。
面倒だからカード見せていいか。どうせ名前と年齢とランクしか記載されてないし。
「はいこれ」
「なんだ、とっくに登録して……Eランク!?」
次元収納から出したギルドカードを見せると、俺が同ランクだから驚いてる。
「じゃあ私も。はい、どうぞ」
「……ん」
「こっちの女もEランクに……Dランク!?」
俺達が格下だと思って粋がってたのは、そっちだったな。
驚く男達の様子に周囲が笑い出す。
「だっせ、あいつ。自分と同格と格上に粋がってるぜ」
「その程度も見抜けないから、あいつら万年Eランクなんだよ」
「この前もスピンタートル討伐に失敗して、ボロボロになって帰ってきたもんな」
周りからバカにされた男達の顔が真っ赤になっていく。
もうこいつらはスルーして、さっさと受付で用事を済ませよう。
行こうとだけ声を掛け、ロシェリとアリルを連れて受付へ向かうために横を通り抜けたら、なんか睨まれた。
別に俺達は悪いことはしていない。そっちが勝手に自爆しただけだろ。
「いらっしゃいませ。ご用件はなんでしょうか?」
やや年上っぽい受付嬢のいるカウンターで、次元収納に入れてある魔物への対応をお願いする。
カードの処理をしてもらっている間に解体所へ行って、山中で狩ったビルドコアラとかを提出した。
「結構な量があるな。すぐには終わらないから、夕方ぐらいに取りに来い。それまでには終わるだろ」
「分かりました」
戻ったらちょうどカードの処理も終わっていたようで、受付嬢からカードを返却してもらった。
その後は掲示板へ行ってみると、これまでに見た事の無い数の依頼書が貼られてる。
内容も多岐に渡り、それを選んでいる冒険者の数も多い。
「どれに……しようか?」
「これはどうかしら。スパイスプラントの実の採取依頼」
「スパイスプラントってなんだ?」
「名前通り、香辛料が詰まった実が取れる植物よ。あの集落の近くでも獲れてたから、よく知ってるわ」
へえ、そんな植物があるのか。
「土地によって味も香りも変わるから、各地のを集めて独自の配合をしている料理人や商人がいるみたい」
ということは、スパイスプラントの実はどこの土地産であっても、少なからず需要があるということか。
だとしても、ちょっと気になることがある。
「採取依頼で推奨ランクはE以上か……」
これはつまり、対象がある場所へ行くのが少し大変か、辿り着くまでに遭遇する魔物の強さが最低でもEランク以上必要かってことだ。
「集落じゃGランクでも受けられる依頼だったのに、こっちはEランクなのね。でも関係無いじゃない、私達全員Eランク以上よ」
それもそうか。Eランク以上の理由は受付で聞けばいいし、この依頼でいこう。
誰かに取られる前に依頼書を取り、人波に酔いそうなロシェリを連れて受付で手続きをする前に、Eランク以上が推奨される理由を聞いてみた。
「辿り着くのはそう難しくないんだけど、スパイスプラントの花の蜜を狙ってサイレントビーがいるって報告があるのよ」
「「虫……?」」
あっ、二人の中の虫に対する何かが動いた。
受付嬢によると、直接戦う分には毒針に気をつければいいだけだが、接近時に羽音がしないのが厄介らしい。
音も無く近づいて毒針を刺して倒し、獲物を巣へ連れ帰って餌にする。それがサイレントビーの脅威とのことだ。
「それはつまり、近くに巣が?」
「今のところは近くに巣がある可能性がある、としか言えないわね。遠くから餌を探しに来ている可能性もあるし」
だからこそ、推奨ランクEなんだそうだ。
でもそういうことなら、俺達は問題無い。ウィンドサーチを使っておけば音も無く近づかれても気づくし、巣が近くにあったとしても数が多くて気づくことができる。
問題はこの二人がどう反応するかだけど……。
「安心してお姉さん! どんな虫だって、私達が殲滅してあげるから!」
「虫は……抹殺……滅殺……」
やっぱりな。というか大事なのはサイレントビーの討伐じゃなくて、スパイスプラントの採取だからな?
「ふっ、頼もしいわね。そうよ、虫はこの世から消去すべきよ」
お姉さんも虫嫌いですか。なに頼んだ、任されたって感じで親指を立てて無言の会話を交わしてんだ。
ともあれ手続きは済んだから、早速スパイスプラントが生息している場所へ向かおうとギルドを出たら、さっきの三人組が待ち構えていた。
「待ってたぜ。さっきはよくも恥を掻かせてくれたな」
「いや、そっちの自爆だろ」
「誰がどう見ても自爆ね」
「自……爆……」
俺達が即座に返すと、何事かと見物していた人達から失笑が漏れた。
さらにギルドから出て来た冒険者達も、さっきのやり取りを見ていたのか笑っている。
そのせいで三人組の顔が真っ赤になっているけど、今回も自爆に近いから俺達は悪くない。
「う、うっせぇっ! グダグダ言ってねぇで勝負だ! ちょうど三対三、文句は言わせねぇぞ!」
なんでそうなる。ギルド内じゃないから禁止事項には触れないとはいえ、下手に騒ぎすぎるとギルドじゃなくて騎士団のお世話になるぞ。
武器を抜いた三人組に一般の人達は怯えて距離を取り、周囲にいる冒険者達はいざという時に備えて警戒する。
仕方なく俺達も武器を手に構えると、歩み寄ってくる複数の足音と、何か硬い物同士をぶつけ合っているような音が聞こえだした。
俺達にとってはなんとなく聞き覚えのある音に、全員の視線が音のする方へ向けられる。
そこにはやっぱり、あいつらがいた。
「ひっ!? ま、魔物がなんでここにっ!」
驚く男を睨みつけたまま、従魔達は俺達の方へ加わって筋肉を隆起させてポーズを取る。
うん、いつもはなんかイラッとするけど、こっちの数が増えた上に相手をビビらせているから今日は良しとしよう。
「こいつら俺達の従魔だ。つまりこっちの味方」
「「「はっ!?」」」
唸りながら威嚇して足下を均すマッスルガゼルと、やる気満々で拳同士をぶつけ合わせているコンゴウカンガルーの放つ気迫に、三人組はすっかりビビッている。
というか、冒険者なのに魔物にビビるなんて情けないぞ。
こりゃもう一押しすれば、戦わずに済むかな。
「で、どうします? 周りに被害を出さないなら、こっちはやってもいいですよ」
ハルバートの先端を向けて「威圧」スキルを使う。
三人組の表情が真っ青になっていくから、効果はあるようだ。
「へっ、へん。そんな魔物を連れてるようじゃ、たかがしれてるな。お前ら程度なら、俺らが手を下さなくとも勝手に野垂れ死ぬだろうから、見逃してやるよ」
とか言ってビビってるのがバレバレだって。後ろにいる連れよりも膝が震えてるし。
というか、捨て台詞が思いっきり小者だ。
場合によってはスキルの入れ替えも考えたけど、この程度なら入れ替えなくていいか。
武器を収めて去っていく三人に、魔物が加わった程度で逃げるのか、だから万年Eランクなんだよと失笑が起きている。
「さてと、邪魔が入ったけど俺達も行くか」
「そうね。虫を滅殺してこないと」
「抹殺……抹殺……」
だから目的はスパイスプラントの実の採取であって、サイレントビーの討伐じゃないからな?
移動中に何度か釘を刺し、二人は分かっていると返事をしていたけど、いざ到着するとやっぱり駄目だった。ちょうどスパイスプラントの花に群がっていたサイレントビーへ弓矢と魔法を放って全滅させ、さらにアリルがウィンドサーチで見つけた背後からの別働隊も全滅させた。
俺と従魔達? 抜けて来た奴へ対処しようとしたけど、一体も撃ち漏らしが無かったから採取以外、何もしてないよ。
どうしてこう、この二人は虫に対しては矢と魔法の命中率が爆上がりするんだろうか。
念のため調べてみたけど付近に巣がある様子は無く、ちょっとホッとした。今の二人の様子だと、巣へ突撃してもおかしくないからな。
「あなた達、スパイスプラントの実の採取に行ったのよね? サイレントビーの討伐に行ったんじゃないのよね?」
依頼達成の処理をしてくれている、朝とは別の受付嬢からこう言われた。
ちょっと気まずい空気の中、アリルは目を逸らして吹けもしない口笛を吹こうとして、ロシェリはフードで顔を隠して俺の背後に隠れている。
こんな感じで俺達のガルアでの冒険者活動が始まったものの、初っ端からこんな調子で大丈夫だろうか。




