閑話 受け入れられた少女達と縁を切った元父親
やった。ジルグ君のお嫁さんにしてもらえるかもしれない。
お母さんにしてもらえるかもしれない。
いや、かもしれないじゃない。絶対にしてもらう。
だってジルグ君以外に、こんな私を受け入れてくれる人なんて、もういないかもしれないんだから。
絶対にこのチャンスを逃さない。ジルグ君も逃さない。掴みかけている夢も逃さない。
絶対ニ、逃サナインダカラ。
アリルさんも一緒に家族になるみたいだけど、私は別に構わない。
というよりも、何人奥さんがいても私は気にしない。私をお母さんにしてくれて、ジルグ君と家族になれるのなら。
ただ、ジルグ君の共有は許すけど独占と略奪は許さない。
私もジルグ君を独り占めしないんだから、他の人にもそんなことさせないんだから。
ソンナコトヲスル人ニハ、魔法ノ雨ヲ浴ビセナイトネ。
あっ、それだけじゃ駄目だ。
誘惑してジルグ君が誰か一人にしか目を向けなくなるのも、同様に許せない。
ツマリ、独占スルタメ誘惑スルアバズレハ、魔法デ殲滅スレバイインダ。
ふふふっ。ジルグ君は優しいしお人好しだから、悪い虫が付かないように気をつけないと。
慎重な割に私とかアリルさんのような不遇な人には弱いから、付け込まれる可能性は充分にある。
だけど「色別」で感情を読み取れるアリルさんがいれば、ジルグ君を誑かす悪い虫は見抜くことができる。
アリルさんは家族を作りたいという点でも、ジルグ君のお嫁さんになるっていう点でも同じ気持ちを持つ同志だから、きっと協力してくれるはず。
そうと決まれば、早速アリルさんに協力を要請しよう。全てはお互いの夢のために。
協力シテクレナイナラ、ジルグ君ノ共有ハサセテアゲナイ。
ううん。どうもジルグ君と家族になりたいって思うようになってから、たまに変な気分になっちゃう。
そう思う前は、こんなこと無かったのに……。
まあいいや。ジルグ君がこれまで通り、私を見捨てなくて優しくしてくれればそれでいいの。
私はジルグ君の奥さんになって、お母さんになって子供達を猫可愛がりするんだから。
邪魔スル人ハ、誰デアッテモ許サナインダカラ。
****
ジルグに悪い虫が近寄って誑かされないよう、ロシェリから協力を要請された。
うん、確かにそれは注意した方がいいわね。なにせあいつはお人好しだもの。
自分が実家で冷たく扱われたからか、孤児院で酷い目に遭っていたロシェリや、集落を追い出された私を放っておけずに手を差し伸べて、お金の都合やら食料の融通やら色々と世話を焼いてくれた。
あんな状況で手を差し伸べられて、なんとも思わない奴がいたら見てみたいわ。
確か吊り橋効果、だったかしら? それのせいだとしても、正直あの時はジルグが私を救ってくれる王子様に見えた。
そんなこと、本人に言える訳がないけどね。だって恥ずかしいし。
「それで……協力、してくれる?」
「勿論よ。あいつはお人好しだから、私達がしっかりして悪い虫が付かないようにしないとね」
しかも、あいつはスキルの入れ替えなんてとんでもない事をやるんだから、なおさら放っておけない。
誰にでもお人好しを見せるって訳じゃないけど、それに気づいてつけ込もうと考える悪女とか悪者は世の中に多いわ。
あいつは性格的に、そういう腹の探り合いの類が苦手そうだもの。「色別」で相手の感情を読み取れる私がしっかりフォローをして、妙な考えや悪い下心を持つ輩から守らないと。
「ソウ……。悪イ虫ハ……徹底、排除……」
ちょっとロシェリちゃん? なんか寒気を覚えるくらい怖い空気を発しているんだけど、気のせいかしら?
虫を排除するのは賛成だけど、私が嫌う虫とロシェリが今思い浮かべている虫は、なんか意味合いが違う気がするようにお姉さん思うんだけど?
そういえば昨夜の話し合いの時も、似たような空気を発する場面があったような……。
実はヤバい子だなんてこと、ないわよね?
「どうか、した……?」
「別に、なんでもないわ」
空気がいつも通りに戻ったわ。気のせい……って訳じゃないわよね。あの寒気は本物だったもの。
もしも「色別」を使っていたら、何色が見えてどんな感情だったのか気になるわね。
「よろ、しくね……」
「任せておきなさい。お互いのためにね」
「うん……。これで……お母さんに、なれる!」
ロシェリの中では、私達三人が家族になるのは確定事項なのね。
でも、形は違えど家族関係で問題があった私達なら、そうならないよう良い家族になれるかもしれないわね。
幸か不幸か、寿命に関するタブーエルフになった私は二人と同じくらいの寿命になった。
つまりエルフが他種族と結婚したら避けられない、相手だけが老いていく姿を見たり、最後を看取った後も数百年生き続けたりすることは無い。
二人と一緒に老いて、仮に二人が先立っても近いうちに後を追えるし、私の後を追ってもらえる。
そう思うとタブーエルフになれて良かったかもしれない。
手を差し伸べてくれた二人と同じ時間の中、共に老いて死ぬ。他種族と一緒になったら絶対にありえない未来を過ごせると思うと、なんだか不思議な気分ね。
(ひょっとして、本当に運命?)
ついそう思ってしまうほど、タブーエルフになったのも、集落を追い出されたのも、彼らと出会ったのも、全部が全部そうなんじゃないかって思う。
じゃあやっぱり、ジルグが手を差し伸べてくれた姿が王子様に見えたのも、吊り橋効果なんかじゃなくて本当に運命の……。
て、何考えてんの私は! 違うんだから、あんなことくらいでコロッと落ちちゃうなんて、ありえないんだから! チョロくないもん、私はあのくらいで落ちるほど、チョロくないんだからぁ!
****
先日の模擬戦でボロ負けして以降、鍛錬をしている姿を見た部下や同僚からは下手な踊りだと言われ、疲れているせいだと思って十分に体を休めても動きが変わらない。
息子達も同様で、騎士団にいる長男は使えないからと雑用ばかりやらされ、騎士養成学校に通う三男と四男は陰口を叩かれたり、噛ませ犬のような役割りで戦わされ恥の上塗りをしたりしている。
何故だ、何故こんなことになったのだ。
騎士団内どころか貴族社会における我が家の評価は急落し、この前までおべっかを言ったり揉み手で近づいていたりしていた連中も最近は姿を見せない。
段々と孤立していく状況に、私の苦悩は絶えない。
「くそっ、こんな時にあいつと顔を合わさなくてはならんとは……」
模擬戦で私に勝った後のあいつの忌々しい笑みを浮かべつつ、資料を纏めて席を立つ。
これから騎士団幹部による、月一回の会議がある。
よほどの事情がなければ出席しなくてはならないこの会議には、当然あいつも出席する。
たまたま不調だった私に勝ったくらいで調子に乗って、まるで私が衰えたかのように言い触らしたせいで、私の評価は急落している。そうだ、評価が落ちているのはあいつが悪口を言い触らしているせいで、私は悪くない。
奥歯を噛みしめつつ、開始時間ギリギリで会議室に入った私へ、あいつは何も言わずただ卑しい笑みを見せるだけ。
挑発だと分かっているのに苛立つ気持ちを押さえ、席に座って報告のための資料を準備する。
「騎士団長、間もなく参られます」
名も知らぬ若い騎士団員がそう告げると全員で起立し、直立不動で入室を待つ。
やがて騎士団長が姿を現すと、揃って敬礼をする。
「待たせた」
一言だけ告げて席に座る、バーサム王国騎士団の頂点に立つ男。歴代で五本の指に入ると言われている強さを持つ、ヴェルダー騎士団長。
既に全盛期を過ぎていると自覚している初老の騎士だが、今現在でも騎士団最強の名を欲しいままにし、不調になる前の私でも敵わない実力を未だに持っている。
準男爵家の五男として生まれたくせに、叩き上げで騎士団長まで上り詰めたから騎士団内だけでなく庶民の間でも人気がある。
おまけに何をどう上手くやったのか、先代騎士団長にも気に入られて娘を妻に貰った上、積み重ねた功績から伯爵の爵位まで陛下から賜った。
くそっ、こいつといいあいつといい、忌々しい。今にその座から引きずり下ろして、顎で使ってやる。
「では、定例会議を始めよう。まずは担当地区における、事案報告から頼む」
王都の騎士団本部には国内各地の基地から一月分の報告書が届き、緊急性のある事案でない限りはこうした幹部による定例会議で情報共有を行う。
担当地区は騎士団長が王都直轄地を、それ以外の地を副騎士団長が分担して担当している。
この一月の間、私が担当している地区で緊急事案は発生していない。これは何事も起きていないか、各基地で対処できる事案程度しか起きていないのだろう。それは他の地区も同様で、順々に行われる報告はどれも小さな事案ばかりだ。
やがて私の報告も終わり、副騎士団長の中では一番若いホルス副騎士団長だけとなった。
「じゃあ最後、ホルス副騎士団長」
「はい。まずはこの件をお伝えします。既に騎士団長にはお伝えしていますが、シェインの町付近の山中にビーストレントが出現しました」
ビーストレントだとっ!? 獣や獣系の魔物を多く吸収したトレントが進化した、上位種の魔物ではないか。
緊急事案として取り扱っていないから既に討伐したのだろうが、どれだけの被害が出たんだ。
「これは既に、当地の騎士団により討伐されています。幸いな事に死者は無し。負傷者は重軽傷合わせて三十七名です」
死者は出なかったのはなによりだが、負傷者が三十七名?
被害は少ないにこしたことはない。しかし、それにしては随分と少ないな。
一体どれだけの人員で事態に当たったのだ?
「なお、この件には旅の冒険者二名の協力がありました」
旅の冒険者? 一体どういう流れで協力することになったんだ。
流れがイマイチ掴めず首を傾げる者が多くいるため、ホルス副騎士団長が順を追っての説明を始めた。
発端はシェインの町にある基地で不定期に行っている、近隣の巡回を兼ねた山中訓練だった。大隊長が王都へ出向いていて不在の中、無能な中隊長達により若手女性ばかり三十五名で構成された隊がこれに出発。その最中にビーストレントと遭遇したようだ。
どうにか追い払ったが負傷者が多いため、軽傷の一名を救援要請のために町へ走らせたのは当然の判断だな。
しかし件の中隊長達が物資を出し渋っていたため、負傷者の治療が滞ってしまった。
「治癒魔法の使い手は魔力を使い果たし、僅かな治癒用ポーションも使い切ってしまったそうです」
「けしからん! その中隊長達は処分すべきだ!」
「落ち着け。そいつらは前々から問題があったとして、既に処分が下っている。この件で、さらに処分が上乗せになったがな」
当然の処置だな。そんな奴らが中隊長だったとは、嘆かわしいことだ。
「説明を続けます。その後、見張りをしていた一名が先天的スキルで冒険者の少年と少女を発見。接触して協力に承諾してもらいました」
ほう。なかなか使える先天的スキルを持つ者がいるようだな。
やはり持って生まれた才能とは偉大だな。あの出来損ないとは大違いだ。
しかも冒険者の少女が幸運にも治癒魔法の使い手だったようで、無事に怪我人は回復。さらに魔力用のポーションも分けてもらい、魔力を使い果たしていた人員も回復させてもらったようだ。
ところがこの少し後、ビーストレントと再遭遇して戦闘になってしまう。
だが、真に驚くべきことはこの戦闘だった。
その場にいたレイア小隊長が書いたという報告書によると、協力してもらった冒険者の少年が活躍してビーストレントを討伐してしまったという。
「バカな。上位種の魔物を、それだけの人員で討伐しただと?」
「途中で救援隊が来たのだろう?」
「いいえ。件の中隊長達が己の保身のため町の防衛を優先し、さらに近隣の基地へ救援を求めることに決めたため、救援隊は編成すらされていませんでした。一部の反発した隊員達が処分覚悟で救援に向かいましたが、合流したのは討伐後だったそうです」
では本当に、救援も無く討伐してしまったのか。
「こちらに先ほど述べたレイア小隊長の報告書の写しがあります。お配りするので、どうぞお読みください」
配られた報告書の写しには詳細が書かれていたが、そこに信じがたい名前が書かれていた。
活躍したという少年冒険者の名前が、あの使い物にならないからと追い出した出来損ないと同じだったからだ。
最初は同じ名前の別人だと思った。ところが報告書を読み進めていくと、こいつがあの出来損ないだと分かった。
食われそうだった隊員の救出、弱点の火魔法の直撃、手放してしまった武器を手元に戻す。その全てが二つの位置を入れ替えるという、こいつの先天的スキルによるものと書かれている。これはあの出来損ないの先天的スキル、「入れ替え」に違いない。
おまけにフレアエンチャントを使い、ビーストレントの足を二本も切り落としてトドメを刺しただと? 屋敷の護衛が何やらあの出来損ないを鍛えていたのは知っているが、それだけの実力があるはずがない。そもそもフレアエンチャントは、成人して間もないあいつが使えるような魔法じゃないし、ビーストレントを相手に戦えるほどの実力があの出来損ないにあるはずがない。これは何かの間違いだ。
「ホルス殿、これは真実か」
そうだ、その指摘は正しい。そしてホルスは言え、過剰に書かれた誤りの報告書だと。
「はい。誤りでないのは「看破」スキルが備わった魔道具で確認し、さらに冒険者ギルドに問い合わせ、この冒険者達がビーストレントを討伐した記録があるのも確認しました」
そんなはずはない。あいつがここに書いてある通りの実力のはずがない。
はっ、そうか。私としたことが迂闊だった。こいつは偶然同じ名前と、似たような先天的スキルを持つ別人なのだ。うむ、それなら辻褄が合う。
「さらにこの冒険者達は後日、他所で盗賊行為をして逃亡していた十五名を討伐したという報告が上がっています。その際には、新しい仲間と思われるエルフの少女も一緒でした」
やはり別人だな。出来損ないの分際で、盗賊を討伐したなどありえない。
「成人したばかりでこれだけの成果を上げるとは、この少年も大したものだ。騎士団にも、これだけの可能性を秘めた若い原石が欲しいな」
何を言うか、この騎士団長は。
今は少し腑抜けているが、私の息子達がいるではないか。あいつらこそ、騎士団の未来を担う若くて力のある原石なのだ。
それが分からなくなるほど老いたのなら、早く引退してその席を私に譲れ。そうすればこの騎士団を正しき方向へ導いて見せよう。
「中断させて悪かった。ホルス副騎士団長、続きを頼む」
「はい。では次に」
これ以降はあの出来損ないと同じ名前の人物の話題は出ず、会議はそれ以上の騒動や混乱も無く終わった。
ところが執務室へ戻る最中、あの男がニヤつきながら話しかけてきた。
「ゼオン殿、少々よろしいですか?」
「……なんだ」
こいつから話しかけるとは、何を企んでいる。
「大したことではありませんよ。先ほどのホルス殿の報告に出ていた名前、ゼオン殿が追放した次男殿ではないですか?」
こいつ。あの場ではなく、わざわざ会議の後で突いてくるか。
「そうですな、同じ名前でしたな。ですが、あれは追放したのではなく見聞を広める旅に出たのです」
「ゼオン殿、そのような建て前は不要ですよ。あなたが次男殿を追放したのは、誰もが分かっていますから」
余計なお世話だ。それに貴様と本音で喋るつもりは無い。
「まあ、その件はいいでしょう。それより、報告にあった少年は次男殿ではないと?」
「その通りです。同じ名前の人物など、世の中にいくらでもいます」
「しかし、先天的スキルまで同じではないですか」
私がこいつに偶々負けて以降、我が家に関するあらゆる話が騎士団内に広まっているのは知っていたし、その中にあの出来損ないの話があるのも知っている。
だったら知っているだろう、あの出来損ないの「入れ替え」というスキルが小物程度の物にしか使えないのは。
「確かに似ているが、あれの「入れ替え」は小物程度にしか使えない。報告書にあったのとは、大違いだ」
「ふむ……。ちなみにゼオン殿、「入れ替え」というスキルの効果を最後に確認したのは、いつですかな?」
「……あれに物心がついて、スキルを扱えるようになった頃だ」
五歳くらいの頃だったか。その時に、あのスキルが小物程度しか位置の入れ替えをできないのを知り、出来損ないと判断して見限った。
「なんと、そんなに昔なのですか? ではひょっとすると、ゼオン殿が知らぬ間にスキルを成長させ、報告通りの事もできるようになっているかもしれませんな」
そんなはずがないだろう。出来損ないがどれだけスキルを成長させようと、使えないものは使えない。
だからそんな、ニヤけた顔をやめてすぐに私の前から消えろ。
「だとすればやはりゼオン殿の眼力は衰えていますな。あれほどの強さを持った次男殿を、あろうことか追放するなんて」
「あの報告にあった少年が、奴という証拠は無い」
「しかし、次男殿ではないという証拠も無いでしょう?」
こいつめ。確固たる証拠は確かに無いが、あの出来損ないという証拠も無いんだ。
それなのに、奴が報告にあった少年のように言うんじゃない。
「まあいいでしょう。彼が次男殿であろうとなかろうと、既に自ら縁を切ったゼオン殿とは関係が無いのですから。では、失礼します」
ニヤけた表情を崩さず去って行ったそいつの背中を見送り、執務室へ戻った私は手にしていた資料を壁へ叩きつける。
「くそっ、くそっ、くそっ、くそがぁぁぁっ!」
どうせもう使わない資料だからと足蹴にし、ぐしゃぐしゃになるまで踏みつける。
あいつといい、あの出来損ないといい、どうして私の心をこうまで掻き乱す。
私は間違ってなどいない。あの出来損ないを追放したのも、あいつを除く息子達が本気になれば優秀だということも、私自身の強さと眼力も。全て間違っているはずがないんだ!




